八代尚宏氏の勘違い
八代尚宏さんより、近著『規制改革で何が変わるのか』(ちくま新書)をお送りいただきました。ありがとうございます。
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480067302/
規制改革は「格差を拡大させる」という常識が日本に蔓延している。規制で守られているのは「弱者」であり、市場競争に晒せば弱肉強食の社会になってしまうというイメージがあるためだ。しかし規制は真に「弱者」を守っているのか。特定産業を保護することは、本当に公平なのか。本書は労働、農業、医療、介護・保育、教育、都市・住宅の争点を、肯定派/否定派の対立点から読み解いていく。そこから対立を超えた競争と成長のビジョンを示し、日本の未来を明晰に解き明かす。
内容は下記の通り、多岐にわたっていますが、もちろん本ブログの観点から重要なのは第1章です。
第1章 労働市場の規制改革―企業への規制は雇用を守るか
第2章 農業の規制改革―関税徹廃は日本農業を破壊するか
第3章 医療の規制改革―患者の利益をいかに尊重するか
第4章 介護・保育の規制改革―社会全体でどう担うか
第5章 教育の規制改革―市場競争は教育を阻害するか
第6章 都市・住宅の規制改革―土地の高度利用はどう進むか
第7章 規制改革を推進するために
八代さんの議論は、とりわけその現実認識についてはわたくしと共通する部分がかなりあります。一見、一部の表層的な評論家諸氏と同様に「日本は一旦雇ったら二度と解雇できない」かのごときことをいっているように見えますが(実際そう受け取られかねない記述もありますが)、たとえば、「解雇に厳しい判例は雇用慣行の問題」という項で、「・・・もっとも、日本の解雇規制が国際的に見て強すぎるという認識は、必ずしも正しくはない・・・」と、かなり的確な認識も示しています。
しかしそれを突き詰めると、雇用慣行の問題というのは政府の規制の問題では必ずしもないということであり、企業の人事管理による無限定な働き方をどうするかは(少なくともそれ自体は)規制改革の問題ではなく、「規制改革で何が変わるか」という話でもない、はずなんですね。
企業人事部による共同主観的自己規制による(それに立脚した判例法理を媒介した)整理解雇の困難化を、「規制改革で」どうにかするという発想自体が、やはり少しずれているのではないかと感じるのです。
企業人事部がこれまでの無限定的な人事権を手放さないのに、それを前提とする解雇規制を緩和してしまったらバランスが失われてしまうでしょう。もっとも、八代さんはそこもちゃんとわかった上で書いているのですが。
まあ、それは本ブログでも繰り返し述べてきたところです。ここではこれくらいにしておきます。
いささか枝葉末節的ではありますが、本エントリで指摘しておくべきは、八代さんのかなり大きな勘違いです。56ページですが、
・・・労働審判の事例を集めた濱口桂一郎『日本の雇用と労働法』(日本経済新聞社、2011年)では、中小企業において解雇はわずかな補償金で容易な例が多いことが示されている。・・・
いや、中小企業の解雇事例を分析したのは、『日本の雇用と労働法』(日経文庫)ではなくて『日本の雇用終了』(JILPT)ですし、その事例は(裁判所の)労働審判ではなくて、労働局のあっせん事案です。
労働審判を分析したのは東大社研で、解決金は平均約100万円。対してあっせんでは20万円足らずでして、この点は増刷の際に訂正していただけるとありがたいです。
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