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2013年8月18日 (日)

『資本主義の新たな精神』雑感

97913日(火)に頂いたボルタンスキー&シャペロ『資本主義の新たな精神』(上)(下)(ナカニシヤ出版)をようやく読み終わりました。上下巻併せて800ページを超え、お値段も1万円を超える大冊というだけでなく、中身もたっぷり詰まっています。

http://www.nakanishiya.co.jp/modules/myalbum/photo.php?lid=979

その大冊をひと言で要約することなどできないので、私の関心に惹き付けて偏った言い方になりますが、フォーディズム的な「資本主義の第2の精神」に対する画一的だとか非人間的だとか言った芸術家的批判、フランス風には「1968年的」批判というか、ドゥルーズがどうしたというような現代フランス哲学風の批判が、うまいこと資本主義の側に取り入れられて、ヒエラルキー的じゃなくて自律的な、プロジェクト的、ネットワーク的な「資本主義の第3の精神」が作り上げられ、昔ながらの社会的批判を古くさく見えるものにしてしまった・・・というストーリーでしょうか。

988_2これはフランスの特殊性ですが、最大労組のCGTが共産党系だったことから、80年代の共産主義の壊滅の影響で社会的批判が力を失ったとか、2番目の労組のCFDT(ちなみに翻訳中でキリスト教系と書いてあるのは間違い。キリスト教系はCFTCです)がまさに「1968年」風の芸術家的「労働者自主管理」路線に熱を上げていたら、それが資本主義にうまいこと利用された・・・みたいな話も、日本の文脈と微妙に似たところと微妙に違うところがあっていろいろと面白いですね。

第1章の90年代のマネジメント言説の内容分析は、それ自体も面白いのですが、日本での「知的ビジネスマンはこれを読め」的な膨大なマネジメント言説とその方向性の共通しているところと、その立脚点の違いっぷりがまたなんとも興味深いです。

90年代になって社会的批判が復活してくるけれど、それはマクロ的資本主義批判ではなくミクロ的な社会的排除への問題意識になっていたというのも、十年以上遅れて日本で再現されたわけですね。

(追記)

https://twitter.com/eiji_kawano/status/369289958315417601

もう読んでいただいたのか、早い… ちなみに、間違いと指摘された件ですが、CFDTの前身がCFTCで、もともとはキリスト教系でありました。

そうなんですが、も少し細かくいうと、キリスト教系だったCFTCが脱キリスト教化してCFDTになったときに、やっぱりキリスト教系がいいといって分離していったのが、現在のCFTC。

だから、p248のCFDTのかっこ内解説(「フランス民主主義労働同盟。フランスのキリスト教系労働組合の連合体。」)というのはやはり正しいとは言えない。これにつづいて「・・・だったCFTCが改名した組織。なお現在のCFTCはこれから分離独立した組織」と書けば正しいけれど。

ま、枝葉末節ですみません。

(為参考)

本書を読む上で参考になるかも知れないフランスにおける労働者参加(や労働者自主管理)の動向をごく簡単にまとめたものがこちらになります。

http://www.jil.go.jp/institute/rodo/2013/documents/010.pdf(『団結と参加』)

「第2章フランス」の48ページあたりから・・・

13 企業内組合権の確立25
フランスでは1884 年法以来、労働組合は企業外の存在とされ、企業内は労働組合が介入し得ない使用者の専権の場と見なされてきました。1936 年の被用者代表と1945 年の企業委員会という二つの制度はありましたが、固有の組合活動は権利としては認められていなかったのです。この状態を打破したのは、学生紛争に端を発した1968 年5 月のゼネスト(いわゆる「五月革命」)です。ドゴール大統領はパリのグルネル街にある社会省庁舎に政労使の代表を招集し、企業内組合権を明記したいわゆる「グルネル協定」が合意されました。企業内組合権の確立にもっとも熱心だったのは、1964 年にCFTC が改名したCFDT(フランス民主労働連合)でした(なお、少数派はCFTC として残存)。同労組は企業内における権力の要求、言い換えれば労働者自主管理路線を掲げ、これがゼネストを機に現実化したわけです。同時にこれはドゴールの労働者参加思想ともつながるものでもありました。上記レネ著も企業内組合権の確立を唱えていたのです。・・・

14 オルー法28
1981 年に政権に就いた社会党のミッテラン政権は、オルー労働大臣の「労働者の権利」と題するいわゆるオルー報告書に基づき、一連の法律やオルドナンスを成立させていきました。そのうち、1982 年8 月の企業内における労働者の自由に関する法律、同年10月の被用者代表制度の発展に関する法律、同年11 月の団体交渉及び労働争議の調整に関する法律、同年12 月の安全衛生労働条件委員会に関する法律の4 つをオルー法と呼んでいます。
8 月法は就業規則の制定を義務づけるとともに、その内容を職場規律、安全衛生及び懲戒処分に限定し、その手続も規制していますが、もっとも注目されるのは労働者の「直接的かつ集団的な意見表示権」を定めた点です。これはCFDT が熱心に主張していたもので、労働組合や各種被用者代表制度を通じることなく、作業内容や作業編成、労働条件改善策について発言することができるというものです。これにはFO が労働者が経営に統合されるおそれがあるとして反対しているなど、労組間の立場の違いが露呈しています。・・・

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コメント

濱口先生、CFDTとCFTCの関係については上巻p411の注174に書いてあります

はい、それは存じておりますが、みんないちいち注を見るわけでもないし、注174はp248ではなく、p286のフレキシビリティに関する注なので、p248のかっこ内で生じうる誤解を解くにはやや離れているように思われます。

ますます枝葉末節ばかりで申し訳ありません。

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