フォト
2019年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

« 職務限定の誤解 | トップページ | 経営者が教養として人事労務を学ぶ »

2013年4月19日 (金)

中小企業労働問題はどこへ行った?

『労基旬報』4月25日号に掲載した「中小企業労働問題はどこへ行った?」です。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/roukijunpo130425.html

 若者の就職難に関わって、「中小企業にはいっぱい求人があるのに」という指摘が結構あります。これは、求人量で言えばまったくその通りです。しかし、現に存在する中小企業の求人に応募しないことがマクロ経済的に不合理であるとしても、労働者(未満の学生)にとってもミクロ的に不合理であるかと言えば、もちろん必ずしもそうとは言えません。誰もが知っているように、中小企業になればなるほど賃金は低く、労働条件は悪く、雇用は不安定で、経営者の恣意に晒される危険性が高くなります。もちろん、現実の中小企業にはさまざまな企業がありますが、不完全な情報をもつ市場のプレイヤーが「統計的差別」に走りがちであることは、労使いずれの側についてもおかしなことではありません。重要なことは、学生が「統計的差別」に陥ることなくより完全情報に近い状態で選択しうるような労働市場メカニズムの確立であり、それは商業主義的な就活産業などに任せておいて可能になるものではないでしょう。

 ここではしかし、その前の段階として、なぜ「中小企業にはいっぱい求人があるのに」という言説が、あまり自己反省の感覚もなしに語られるのかといういささか知識社会学的な問題について触れておきます。実は、高度成長以前の労働研究界においては、ただ「二重構造」といえば、本工と臨時工の差別以上に、大企業と中小企業の格差を指すことが一般的でした。あるいは氏原正治郎氏のように、臨時工と中小企業労働者は連続的な存在であり、区別しがたいという認識も一般的でした。非正規が主婦パート化するとともに、雇用形態の二重構造の言説が労働研究から姿を薄れさせていったのと揆を一にして、かつては華やかな議論の焦点であった規模間格差問題が、高度成長終了後にはあまり論じられなくなっていきます。企業内でも企業間でも、「二重構造」は流行らないテーマになってしまったのです。

 確かに、高度成長期に人手不足によって規模間格差は縮小傾向にありました。しかし、経済原則からして、不況期になれば規模間格差は拡大していきます。にもかかわらず、規模間格差問題が忘れられていったのは、「そんなものは問題ではない」という認識が一般化したためでしょう。その一つが、中村秀一郎氏を始めとする「元気のいい」「ベンチャー礼賛型」中小企業論の流行であったことは間違いありません。それと同時に、特に労働研究においては、小池和男氏の知的熟練論の影響で、年功賃金が生活給としてではなく、熟練に対応した賃金体系であると考えられるようになったことが大きいように思われます。もし中小企業の賃金が低いとしても、それは熟練が低いからであって、問題にするに値しないわけです。

 しかし、アカデミズムの世界では規模間格差問題が論ずるに足りないものになったとしても、普通の国民の民俗知識においては、「中小企業に入ったら損するよ」という口承伝説は着実に伝承されていきました。それは、学者先生の言葉を真に受けて下手な中小企業に入って苦労した人々の姿が現実に存在する限り、抹殺することはできません。なまじアカデミズムから「中小企業労働問題」が消えてしまったために、フォークロアとしての「中小企業労働問題」が政策的に掬い取られることのないまま、労働市場のミスマッチを招いている、という反省が、本当は求められるところではないでしょうか。

« 職務限定の誤解 | トップページ | 経営者が教養として人事労務を学ぶ »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 中小企業労働問題はどこへ行った?:

« 職務限定の誤解 | トップページ | 経営者が教養として人事労務を学ぶ »