沢村凜さんの労基萌え
本日発売された『世界』5月号ですが、他の記事はやはり結構既視感があるのに対して、沢村凛さんの「ディーセント・ワーク・ガーディアンを絶望させないために 労働基準監督官というマイノリティ」は、本邦初の労基小説を書いた沢村さんの、労基世界発見の心の旅路を描いたなかなか読み応えのある作品です。
たとえば、『DWG』出版後、労基官と懇談する機会を重ねるうちに気がついたこと:
・・・入職2,3年目の新人さんは、もっと早く成長したいともがいていた。キャリアが10年前後の中堅組は、まさに脂がのっている風に、苦労さえも溌剌と語った。ここまでは、スペシャリストの職場として大変に健全で頼もしく思える。ところが、20年以上のベテラン、管理職になろうとしている人たちは、静かに絶望していた。
そう見えるのか・・・と思い当たる人々もいるのでしょうか。
最後のところは、いかにもなるほどな、という感じです。
・・・『DWG』二は、エンタメ小説にありがちな癖のある人物が登場する。特に労基官5人は、新人はテンネンだし、署長は絵に描いたような事なかれ主義(労基署長も労基官だ)、主人公を含む残りの3人は、一本気で偏屈だ。
だから、現実の労基官にお会いするときには、、「労基官が変人ばかりになってすみません。ストーリー展開上、必要だったんです」と、謝罪しつつ言い訳するつもりだった。ところが、いろいろな方に「こんな監督官、実際にいますよ」とか、「この監督官、あの人がモデルでしょ」と言われた。特に、もっとも偏屈で一本気な労基官について、こんな人間が実在するとは、労働者にとっては頼もしいが、一緒に仕事をしている人たちはさぞ大変だろうと、、同情を禁じ得ない。
登場する労基官のうち、「こんな人いますよ」の指摘がなかったのは、「このタイプは絶対に、どこの組織にもいるはず」と確信を持って書いた、事なかれ主義の署長だけだった。
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