歴史から考える解雇規制@日経新聞「中外時評」
4月14日(日)の日経新聞の中外時評「『歴史から考える解雇規制』=国際化時代のルールを=」で、論説副委員長の水野裕司さんが、拙著を引用しながら、解雇規制の歴史をたどり、今日の問題について論じています。
「勤務態度が著しく悪かったり、結果を著しく出せていなかったりする社員は、ほかの社員や組織に迷惑をかけている。解雇を会社が検討しやすいようにすべきだ」
政府の産業競争力会議ではメンバーの企業経営者からこんな意見が出ている。正社員の雇用契約を打ち切ることが難しい今の制度は変える必要があるとの主張だ。
日本で正社員を解雇できるのは本人が健康を害して就業できなくなった場合や、希望退職者募集や残業削減で労務費を減らしても経営が立ち行かなくなる恐れのある場合など、限られている。
こうした取り決めを見直し、社員を雇い続けるかどうかについて、もっと企業の裁量を認めてほしいというのが経済界の声だ。伝統的な日本の雇用のあり方への問題提起といえる。
なぜ日本の社会は正社員に雇用保障をしてきたのか。雇用契約のルールはどうあればいいのか考えるため、歴史を振り返ってみよう。
労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎統括研究員の著書「日本の雇用と労働法」(日経文庫)によれば、1950年前後から、下級裁判所が使用者の解雇権の行使を制限する判決を続々と出し始めた。
合理的な理由のない解雇は権利の乱用であり、無効になるという考え方が、50~60年代を通じて定着していった。この考え方は75年の最高裁判決で最終的に確認され、現在は2008年施行の労働契約法の中で明文化されている。
裁判所が相次ぎ解雇を制限する判断を出した時期は高度成長期と重なる。56年に経済白書は「もはや戦後ではない」と宣言、60年に池田隼人首相は国民所得倍増計画を打ち出す。日本は国民総生産(GNP)で西ドイツを抜き、世界2位の経済大国になる。
製造業の飛躍や経済成長を支えたのが、この時期にかたちづくられた日本型の雇用システムだった。熟練労働者を育てて企業内に抱え込めるよう、勤続年数に応じて賃金が上がる年功制を敷き、長期にわたって社員を雇用した。
雇用保障と引き換えに、社員は会社への忠誠心や配置転換などの命令に従うことを求められた。一人ひとりの社員をどの地域で、どんな仕事に就かせるかは会社が自由に決められ、これが生産性向上を後押しした。
解雇を制限した裁判所の判断は、こうした当時の現実を踏まえてのものだと労働法の専門家の間ではいわれている。「終身雇用」を企業も社員も当たり前と考えているのなら、解雇には厳しい歯止めをかけなければならないというわけだ。
つまり解雇をめぐる現在のルールは、裁判所が押しつけたわけではなく、企業経営や雇用の実態にあわせて出来上がったものだ。だとすると、企業や社員の置かれた状況が変化すればルールも変わるのが自然だ。
89年の冷戦終結後、世界はがらりと変わった。ヒト、モノ、カネが国境を越えて動くグローバル化が進み、今も止まらない。新興国企業が台頭し、企業の競争の舞台は地球規模になった。競争激化にIT(情報技術)の進歩が拍車をかけている。
このため創意や専門性にとんだ人材で組織を構成する必要性は以前より高まっている。企業を力のある人材の集団にしたいという経済界の主張は世界の変化を考えれば理にかなう。
もちろん雇用契約のルールを変えようとすれば、契約の打ち切られた人に再就職を支援する仕組みなど、安全網(セイフティネット)の充実が欠かせない。規制改革で職業紹介事業の民間開放を進め、競争を通じてサービスの質を高めるなど、人がほかの仕事に移りやすくなる労働市場づくりに本気で取り組まなければならない。企業が問われるのは、「なんでもやる」正社員を都合よく使ってきた経営をどう変えていくかだ。長期雇用を保障しないのなら、転勤や所属部署の異動の命令を自由に出すわけにもいかなくなる。社員の職種や業務目標、役割などをはっきりさせ、公正に評価して報いる人事管理は必須になる。
雇用保障があり職務が柔軟に変わる従来型の正社員は、「コア人材」などとして今後も残るとしても、契約にのっとって人を使う米欧型の雇用も企業は取り入れていかなくてはなるまい。日本型の殻を破ったあたらしい経営に企業は踏み出せるだろうか。
ほぼ、先日の日経の社説と同じ論調ですので、
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-2f9a.html(日経新聞の社説は話の順番が逆)
と同じ論評をすることになりますが、それにしても、こういう形でも拙著『日本の雇用と労働法』が活用されるようになったことは感慨深いものがあります。
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