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2013年2月 1日 (金)

ノンエリート社員たちの職場組合@熊沢誠

0025960昨日紹介した熊沢誠さんの『労働組合運動とはなにか』、結構既視感のある本で、最初に原論があって、欧米の労働組合運動の歴史、日本の企業別組合への道行きが縷々描かれています。でも、労使関係の本がまるで売れない昨今では、ここで書かれているような「常識」はもはや共有されていないので、結構新鮮なのかもしれません。

ここでは、最後の第5章「労働組合=ユニオン運動の明日」から、ノンエリート社員たちの職場組合主義について書かれたところを。

・・・そこで、生活者の自然な願いとして企業への定着は願うけれど一定の職域で一生働き続ける、一章でいうAb型の労働者たち、いうならばノンエリート社員にとってふさわしい組合運動を考えてみます。・・・日本の労働者としては最大多数であるこのノンエリート正社員に対して、企業別組合を忌避するあまり、即時的にクラフトユニオンや一般組合の結成を促すのは現実的ではありません。職場への定着を願うということを前提にするならば、望ましい組合はやはり単産機能を強化した上での産業別組合の職場支部という形になるでしょう。

こうした普通の労働者にとっては、日本企業の要請する能力主義競争への投企よりは、仲間の間での<平等処遇を通じての保障>という競争制限の営みの方が結局、長期的に見ると生活の安定に通じると考えられます。

・・・この種の労働組合を特徴付ける営みの中で特に大切なことを挙げてみます。その第一は、ここでこそ定着型の、あるいは定着を希望する非正規労働者との間で均等待遇を追求することです。そして第二に、職場組合は、企業を横断する産業別規模での職種別労働条件の標準化政策に何とか踏み出さなければなりません。

・・・第三は、個別企業の雇用量の変動に連帯的に、つまり選別拒否的に対処する雇用政策の開発です。これにも二つの形態があって、一つは・・・一律型と個人選択型という二形態を車の両輪とするワークシェアリングに他なりません。もう一つは、企業単位の弾力的雇用調整としての、セニョリティに基づくレイオフ(一時解雇)制度の導入です。

ストレート・セニョリティに基づくレイオフが必要な所以をもう一度だけ繰り返します。日本には厳密なセニョリティ基準はなく、建前は終身雇用ながら、ある局面で人員が過剰と意識されれば、会社は不必要と見なした人を自由に選んで退職を勧奨(実際は強制)することができます。・・・私たちの国における実態としての能力主義的選別の慣行と、アメリカのセニョリティ基準によるレイオフ制とを改めて比べてみましょう。どちらがユニオン的か、どちらがノンエリート従業員に親和的か。そう問いたいのです。このあたりが前項に述べたエリート層の企業別組合と、ここでいう職場組合との分岐点と言えます。

終身雇用という建前のもとで退職勧奨の自由が極限まで認められている日本と、淡々とセニョリティに基づいてレイオフするアメリカと、どちらがノンエリート労働者にとって住みよい労働社会なのか?という深い問いです。

昨今の「追い出し部屋」問題に対しても、いかなる立場に立って何を問題にするのか?こそが問われています。来週月曜日発売の『週刊現代』をご覧ください。

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