スウェーデンの解雇規制再三再論
下記労働総研の提言と、符号の向きが正反対なだけで全く同型的な認識を示しているのが、本ブログでおなじみの3法則こと池田信夫氏です。
例によって、半分だけ正しいというか、一点を除けばほぼ正しいことを言っているのですが・・・、
http://agora-web.jp/archives/1516896.html(北欧はなぜ成功したのか)
北欧諸国に特徴的なのは、企業に対する補助金や解雇規制がほとんどない代わり、個人のセーフティネットが手厚いことだ。経営の悪化した企業は守らないで破綻させるが、失業者には職業訓練をほどこし、それを条件として手厚い失業手当を出す。産業別労組の組織率が高く再就職が容易なので、企業の破綻は多いが長期失業率は低い。労働者が失業を恐れないので、90年代の金融危機で自殺率は下がった。
市場経済の変動に対応するための整理解雇と、その必要性がないのに使用者の権力を不当に振るう不公正解雇が区別できていない、というか、問題として整理解雇しか目に入っていないという点で、全く同型的なんですね。
スウェーデンの解雇規制がどういうものであるかについては、本ブログで繰り返し述べてきているので、ここではそのリンクと引用だけにしておきますが、何年たってもおんなじことを繰り返さなければならないのはいい加減飽きますな。
http://homepage3.nifty.com/hamachan/johororen1010.html(スウェーデンは解雇自由だって!?)
労働問題は単純にスパッと切れるようなものではない。専門家ほど発言に慎重になり、いろいろと条件をつけた上でないとなかなか断定的な言い方ができない。そこにつけこんで、一知半解で断定的な言説を振りまき、世論をあらぬ方向に誘導しようとする連中が湧いてくる。明らかな虚偽の宣伝に対してはきちんと批判を加えていかなければならない。本コラムではこれから毎月、ネットを含むメディアに流通するトンデモ労働論や一知半解の議論を取り上げ、批判を加えていく。
第1回目は意外に多くの人が受け入れている「スウェーデンは解雇自由」という言説である。たとえば上武大学教授の池田信夫氏は、2009年に桜プロジェクト「派遣切りという弱者を生んだもの」というテレビ番組の中で、「僕の言っているのに一番似ているのはスウェーデンなんですよ。スウェーデンてのは基本的に解雇自由なんです。いつでも首切れるんです、正社員が。その代わりスウェーデンはやめた労働者に対しては再訓練のシステムは非常に行き届いている訳ですよ。だからスウェーデンの労働者は全然、失業を恐れない訳ですよ。」と語っている*1。後半は正しい認識である。連合が支持する政権でありながら、「仕分け」の名の下にただでさえ乏しい職業訓練施設を削減することをばかりを追求している民主党政権は噛みしめる必要があろう。しかしながら、前半は明らかなウソである。
その証拠はスウェーデンの労働法規を読めばわかる。幸いスウェーデン政府は法律をすべて英訳してくれているので、誰でもアクセスできる。解雇法制は1982年の雇用保護法に規定されている*2。客観的な理由のある場合には1~6か月の解雇予告で解雇できるが、労働者が訴えて客観的な理由がないとされれば解雇は無効となり、雇用は維持される。ただし、使用者の申し出により金銭補償で雇用を終了することができる。また整理解雇に際しては厳格なセニョリティルールが適用される。さらに、解雇規制の潜脱を防ぐため有期契約の締結にも客観的理由が必要で、3年を超えると自動的に無期契約になる。解雇自由などといえるところはどこにもない。
このように法律上は極めて厳格な解雇規制を持つスウェーデンが、同時に極めて流動的な労働市場を持っていることは何ら矛盾ではない。手厚い職業教育訓練を受けながら新たな仕事を探すことが権利として保障されているがゆえに、解雇されることがそれほど痛くない社会が実現している。しかしそのことと、不当な解雇に対しても泣き寝入りせざるをえない解雇自由とはまったく別のことである。むしろ判例法理で解雇権の濫用が制限されているはずの日本でこそ、不当な解雇に泣き寝入りしている人々ははるかに多いのではなかろうか。日本が学ぶべきは手厚い職業訓練だけでない。
*2http://www.regeringen.se/content/1/c6/07/65/36/9b9ee182.pdf
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しかしながらこの問題を取り上げる度に初見の方もおられるでしょうし、
ため息も出てしまうでしょうが、気落ちせずお続けいただけますよう、
切にお願いする次第でございます。
、、、、、はぁ、、、、、
投稿: Dursan | 2013年2月 3日 (日) 18時49分
Economist誌は今週号で北欧を特集しています。(池田信夫さんが引用した元記事です)
デンマークの労働市場の柔軟性について、
会社はアメリカと同じ容易さで従業員を解雇できる、と書いていますが、
同じ北欧でもデンマークとスウェーデンでは法規制が異なるのでしょうか?
In the workplace Denmark is a pioneer of flexicurity: companies can sack employees with almost American ease
but the government provides displaced workers with generous benefits and helps them get new jobs.
Most employers like the system because it frees them from one of continental Europe’s biggest problems:
a dual labour market divided between heavily protected insiders and casualised outsiders.
http://www.economist.com/news/special-report/21570831-generous-welfare-state-does-not-cost-earth-more-less/
また、スウェーデンの経済改革については、以下のように書いています。
Anders Aslund, a Swedish economist who lives in America, hopes that Sweden is pioneering “a new conservative
model”; Brian Palmer, an American anthropologist who lives in Sweden, worries that it is turning into
“the United States of Swedeamerica”.
http://www.economist.com/news/special-report/21570840-nordic-countries-are-reinventing-their-model-capitalism-says-adrian/
Economistの北欧特集を読んだ感想として、
個人には手厚い福祉の一方で、企業だけでなく公共部門をも市場の荒波にさらし、
既得権益や無駄はバッサバッサ切る、という感じでしょうか。
ただ、北欧諸国は20年ぐらいの危機や停滞を経ての改革の成功なので、
失われた20年の日本もその気になればできないことはない、ということでしょうか。
投稿: yatsu | 2013年2月 4日 (月) 13時28分
濱口 さま
わざわざ別エントリーを立ててデンマークの雇用規制について解説しただきありがとうございます。
Economistの
companies can sack employees with almost American ease
の部分は、かなりの誇張がはいっている、ということでしょうか。
特集記事8本の最後のまとめの記事に、問題点として、
The Danish system of flexicurity puts too much emphasis on security and not enough on flexibility.
http://www.economist.com/news/special-report/21570835-nordic-countries-are-probably-best-governed-world-secret-their/
とありました。
投稿: yatsu | 2013年2月 5日 (火) 14時23分
スウェーデンの雇用保護法の「客観的な理由」とは、たとえば赤字とか企業の側の客観的理由でしょうか?、それとも解雇対象従業員の側の営業実績の不振等の客観的理由でしょうか?
投稿: しゅうん | 2013年11月28日 (木) 23時16分
欧州委の“Labour Market Developments in Europe 2012”に載っている表から引用すると:
正当:「客観的理由」に基づく解雇、すなわち、経済的余剰人員及び能力の欠如を含む個人的状況。年齢、病気等による能力の低下の場合、使用者は職場を調整し、労働者をリハビリし、他の適切な仕事に異動することを試みなければならない。判例によれば、労働者の「就労能力の恒常的低下が著しいため使用者にとって意味のある労働を遂行することが期待できない」ときには正当な解雇である。人員整理の場合、解雇労働者の選択は正当(主として最後に入った者が最初に出て行く原則)でなければならない。
不当:労働者が他の仕事に異動されることが合理的であるときや、3か月以上も前の事件に基づく解雇は客観的な理由は存在しないと見なされる。
というわけで、
「客観的理由」には経済的理由も個人の能力の両方含みます。ただ、能力不足解雇はけっこう敷居は高そうです。これに対し、人員整理の場合、規制は基本的に人選の順番であって、そもそも労働者に責任がないのに解雇するのは不当だなんていう日本みたいな発想はないですね
投稿: hamachan | 2013年11月28日 (木) 23時42分