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2012年12月11日 (火)

そして、「権利と義務」はEU労働社会政策の中軸でもある

権利と義務の話題があらぬ方向に逸れていく一方で、ねおりべな方は皮肉な(少なくとも本人はそれが皮肉に響くであろうという期待をもっての)台詞で、次のように語りますが、

http://www.tachibana-akira.com/2012/12/5360(素晴らしき強制労働社会 週刊プレイボーイ連載(78))

もちろん福祉社会のオランダでは、失業しても生活の心配はありません。失業保険をもらいながら、再就職のための教育訓練まで受けられます。

これも素晴らしい話ですが、そのかわり04年に施行された「雇用・生活保護法」で、18歳以上65歳未満の失業保険受給者は原則として全員が就労義務を課せられ、「切迫した事情」を立証できないかぎりこの義務は免除されないことになりました。

先進的な福祉国家では、社会に参画(貢献)する意思と能力を持った“市民”だけが手厚い保障を受けられます。

理想の福祉社会は、強制労働社会でもあったのです。

いうまでもなく、労働社会政策関係では(私自身によるものも含めて)ここ十年以上にわたって繰り返し紹介されてきたことではありますが、そういうのにはあまり縁のなさそうなこの筆者にとっては、これは

北ヨーロッパの福祉社会を視察した労働組合幹部などが、帰国後は一斉に口をつぐんでしまったからです。

という陰謀論に帰結してしまっているようです、やれやれ。

ただ、橘氏が悪意をもって「強制労働社会」とラベリングするアクティベーション政策に対する、捨て扶持派か否かを問わぬベーシックインカム論者の感覚的反発が、このような議論の横行を許す土壌となっていることだけは、確認しておく値打ちはありそうです。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/oecd-dd50.html(OECDアクティベーション政策レビュー)

本日、OECDのアクティベーション政策レビューのためのミッションの方々との意見交換を行いました。

来られたのは、OECD雇用労働社会問題局雇用分析・政策課の研究員の4人で、うちテルガイストさんとは、先月末のEU財団の労使関係ワークショップでお会いしておりました。

アクティベーションとは、厚労省は「就労化」と訳していますが、つまり働いていない人々をいかに働いてもらうようにもっていくか、という政策課題です。ヨーロッパでは、失業給付や福祉給付が寛大であるため、そこの安住してなかなか働こうとしない「失業の罠」「福祉の罠」が大きな問題となり、アクティベーション政策が必要になってきたわけですが、日本はそもそも失業給付の期間が短く、生活保護も事実上就労可能な男性は入れないという運用をしてきたわけで、欧州的なアクティベーション政策とは文脈がまったく異なります。

本日は、そういう文脈が日本と欧州でいかに異なるかという話から始めて、生活保護、シングルマザー、障害者、高齢者、若者、などなど、予定を大幅に超えて議論が弾みました。

これにより、日本の労働社会問題の理解が少しでも進めばうれしいことです。

(追記)

冒頭私からおおむね次のようなことをお話しし、質疑応答で様々なトピックについて議論がされました。

日本における具体的な「アクティベーション」政策について論ずる前に、欧州においてアクティベーションが提起されるに至った社会的文脈と日本の文脈は異なることを述べる必要がある。
 欧州におけるアクティベーションとは、失業給付や公的扶助が寛大でありすぎるため、就労可能な者が「失業の罠」や「福祉の罠」に陥ってしまい、結果的に非生産的な公的支出が増大することに対する対策である。すなわち、給付のような消極的労働市場措置よりも、職業訓練などの積極的労働市場措置に支出を振り向けることにより、これらの者が非就業から就業に復帰することを促進しようとするものである。アクティベーション政策により社会全体の就業率が向上すれば、税金や社会保険料の支払い等により積極的労働市場措置に要したコストも回収することができる。
 もちろん、欧州でも就業率の向上だけが追求されているわけではなく、「モア・アンド・ベター・ジョブ」という形で、仕事の質の向上も追求されているが、あくまでも主力は就業化にある。むしろ、就業化が進む中で、「低賃金の罠」にも関心が向けられるようになってきたといえる。
 これに対して、日本は従前から失業給付や公的扶助が制度的ないし運用上きわめて厳格であり、「失業の罠」や「福祉の罠」はきわめて限定的にしか存在してこなかった。雇用保険の失業給付は、制度設計上、そのカバレッジがきわめて限定的に設計されている(多くの非正規労働者が対象から除外されている)上、給付水準は中程度であるが、給付期間が(欧州諸国と比較すると)きわめて短期間である。若年者の場合3か月、中高年でも1年間に達しない。さらに、多くの欧州諸国に存在する無拠出制の失業手当制度がまったく存在しない。このため、短期間の失業給付の受給が終わると、労働行政機構からの給付は全くなく、職業紹介サービスを受けることができるだけである。
 一方、日本の公的扶助制度は、法律の規定上は無差別平等を唱い、就労可能な者も排除しないこととされているが、戦後長い期間にわたって、事実上就労可能な者(特に男性)は福祉事務所の窓口で受給を拒否されるという取扱いを受けてきた。そのため、ごく最近になるまで、日本における公的扶助の受給者の9割以上は、高齢者、障害者、傷病者、シングルマザーであり、そもそも「アクティベート」すべき人々とは見なされてこなかった。
 これらのため、日本においては、欧州におけると同じ意味において「アクティベート」されるべき人々はあまり存在してこなかったというべきであろう。もちろん、短い失業給付といえども、早期に就職できるにもかかわらず最後まで受給しようとする者は多いし、公的扶助の世界にも(時々マスコミで取り上げられるように)働けるのに福祉に依存する者がある程度存在するが、前者は早晩受給が終了すれば否応なく就職せざるを得ないのだし、後者は欧州と比較すればネグリジブルであろう。
 では、日本の労働者は既にアクティベートされているから問題がないかというと、まったく逆であり、「失業の罠」や「福祉の罠」に安住できないが故に否応なく就業せざるを得ない彼らの多くは、非正規労働者として就職せざるを得ず、「低賃金・低技能・不安定雇用の罠」に陥っている。つまり、適切にではなく、不適切にアクティベートされてしまっていることが、日本の労働市場の問題である。これに対して、ある種の人々はセーフティネットの拡充と称して、失業給付や公的扶助をより寛大にすることを主張しているが、厳格なアクティベーションを伴わなければ、それは欧州が脱出しようとしてきた旧来の姿に向かうことでしかなく、適切な政策とはいえない。
 したがって、日本における労働市場政策の主たる課題は、低賃金の非正規労働者として不適切にアクティベートされてしまっている人々を、そのアクティベートされている状態を維持しながら、税金や社会保険料を払うことのできる正規労働者として適切にアクティベートされた状態に持って行くことにある。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/oecd-9adb.html(『日本の労働市場改革 OECDアクティベーション政策レビュー:日本』)

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コメント

こんにちは。
権利と義務についてなのですが、2010年に欧州議会で採択された 「ミニマムインカム」 の場合は、どのようになっているのでしょうか?

『欧州議会のミニマムインカム決議』
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-5921.html

ここには、「ミニマムインカムは積極的労働市場政策 (アクティベーション)、教育訓練… を伴わなければならないと繰り返しています。」 と、あるのですが、
機械翻訳で見ると、26番と44番に、『無条件』 という言葉が使われているようにも思います。
この26番と44番には、どのような事が書かれているのでしょうか?

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