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2012年12月30日 (日)

労使関係における「近代」とは何かまたは金子劇場は続くよ

さて、金子さんは

http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-249.html(問われるべきは企業別組合強化よりも労働戦線統一)

今回の濱口先生の「労使関係の「近代化」の二重性」で主要な論点は出尽くしたといってもいいと思います。

といいながら、新しい論点を次々に繰り出しています。

もっともマクロ的で全ての根源にある論点としては、

ヨーロッパの近代というけれども、結果的には組織という面からいえば、日本のシステムの方がよほど近代的だった。言ってみれば、日本は企業(株式会社)という近代的仕組みの中に封建的慣習を残してきたけれども、ヨーロッパはトレードという古い仕組みの中を近代的リニューアルしようとしてきた(私はジョブ型というのは反対でトレードというべきだと思っている)。ここがポイントです。

いやまあ、「近代的」って言葉があまりにも重層的なので、こういうやや奇妙な言い方になるのですが、思い切って「近代的」を前近代的共同体的規制から自由な市民的自由の世界と割り切ってしまえば、ヨーロッパであろうが日本であろうが、労働運動も社会政策も「近代的」なるものへの抵抗運動であり、その意味では「反動的」です。

この「悪魔の挽き臼」の中でばらばらの他人労働にされてしまったかつての自己労働者たちの怨念が、やがて労働運動や社会主義運動という形をとって噴出してくる。その目標は失われた懐かしき共同体の再建であった。そしてやがて共同体性を帯び始めた近代国家という権力体が、社会政策という名の介入を始める。それは、ネーションという想像の共同体に身を投げ入れた家族共同体を国家の細胞として保護する必要性からくる。成員に死をすら要求するネーション共同体は、成員からその死に値する待遇を要求されざるを得ない。福祉国家は「戦友」共同体が生み出したものである。(「正社員体制の制度論」)

問題はその「反動」に用いられる小道具が、中世のギルド制の伝統のあるヨーロッパではその伝統を引き継ぐトレードであったということでしょう。それを基層構造として、上部に福祉国家体制が構築される。ところが日本では、

社会政策が主流化するのは、戦時体制下でネーション国家のメンバーシップが強調されるようになってからである。・・・

このネーション社会主義的色彩の濃厚な体制が敗戦により崩壊した後、企業による労働者の生活保障という思想を受け継ぎさらに強化したのは、戦時中の産業報国会を引き継ぐ形でホワイトカラー・ブルーカラー双方を職場レベルで組織した企業別組合であった。・・・

この戦後「正社員」体制は、もともと戦時下に国家の一分肢としての企業に求められた労働者の生活保障を、市場経済下の独立経営体たる企業に求めるものである。それを企業にとって合理的なものとして維持するためには、近代的社会政策の根拠であるネーション国家のメンバーシップに相当する会社メンバーシップを前提とする必要がある。会社は正社員の雇用を維持し、生活を保障する。その代わりに正社員は職務、時間、場所などに制限なく会社の命令に従って働く。この社会的交換が戦後段階的に確立していき、高度成長終了後の一九七〇年代にはほぼマクロ社会的に現実のものとなった。

こういう(ヨーロッパでも日本でも一次的「近代化」を修正する)二次的な近代化が、戦後世界における「近代化」のスタンダードであり、政府も学者も労使もその思考枠組みの中にありました。

それをひっくり返し、原理的には「反動」である二次的近代化を否定して、理念的に前近代的共同体的規制から自由な市民的自由の世界を正しいものと称揚するのが(原理的意味での)ネオリベラリズムになるのだと思いますが、それはともかく、ここでいう必要があるのは、ギルドシステムを流用したジョブ型モデルの方が近代的なんだぞとか、いやいやイエやムラの仕組みを流用した企業メンバーシップ型の方が近代的なんだぞ、といった近代的比べごっこなんかには何の意味も無かろうということです。

どちらも一次的近代化を修正する二次的近代化の一類型なのですから。

そして、そういう二次的近代化も含めて近代社会モデルを悪しき「資本主義」として否定するマルクス主義の勢力がもう一方に存在して、大きな影響力を誇っていました。世の中的には、「近代的」という用語は、非マルクス主義的、反マルクス主義的というインプリケーションで用いられることの方が多かったように見えます。今でもなお使われる「近代経済学」という言葉には、当時のその意味合いがなお残存していますね。

私に興味があるのは、その二次的近代化モデルについて、少なくとも1950年代から60年代にかけての頃は、もっぱら欧米型モデル、つまりケインジアン福祉国家の中でフォーディズム的妥協に基づく団体交渉型労使妥協モデルを進める方向性が、政府レベルにおいても民間レベルにおいても圧倒的に正統視されていたということであり、にもかかわらず現実の軌跡はそれとはまったく対照的な軌跡をたどってきたのはなぜかということです。

労働戦線統一も、まさに反マルクス主義的な「近代的」労働運動路線による統一という話であったはずなのですね。

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コメント

こんばんは。いつもありがとうございます。
最初に僕が劇場言い始めたのが、まずいんですが、もうちょっと適切なタイトル、つけてください笑。大事な論点がなのに、読み飛ばしてしまう人がいるような気がします。よろしくお願いします。

確かにその通りなので、タイトルを変えますね。

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