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2012年11月23日 (金)

仲間割れ

黒川滋さんのツイート:

http://twitter.com/kurokawashigeru/status/271651775101145090

高橋洋一と池田信夫が仲間割れしているんだ。びっくり。

Hay_2まあ、「りふれ粉」を振りかけたシバキ派と、振りかけないシバキ派ですから、厳密に言えば「仲間割れ」ではないのでしょうが、先日のコリン・ヘイ『政治はなぜ嫌われるか』でも指摘されている公共選択論という疑似科学にどっぷり浸かっているという点では、同じ穴の狢であることは確かなのでしょう。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-5ea4.html(公共選択論の大罪または政治はなぜ嫌われるのか)

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コメント

いまは店頭にはないが、「実務家ケインズ」(中公新書)の160ページに、ケインズが、ハロッドに送った手紙のくだりが紹介されている。

「私は先日、経済学は内省と価値{判断}を取り扱っているといいました。それに加えて、経済学は動機、期待、心理的不確実性を取り扱っているというふうにいってもよかったのです。われわれは、素材を普遍で同質なものとして取り扱うことのないように、絶えず用心しなければなりません。いってみれば、りんごが地面に落ちることが、あたかもりんごの動機に依存したり、りんごが落ちることは価値あることかどうかとか、地面がりんごの落ちることを望んでいるかどうかに依存したり、地球の中心からの距離についてのりんごの誤算に依存しているようなものなのです。」

という。

そして、
159ページでも、ハロッドの「経済学の範囲と方法」と題する論文への手紙が紹介されている。
「経済学は、モデルに即して考える科学と現在の世界に適合したモデルを選ぶ技術との結合したものです。・・」
「優れた経済学者は稀です。なぜなら、良いモデルを選ぶために「注意深い観察」をする能力は、高度に専門化された知的技術を必要とはしませんが、非常に稀なもののように見えるからです。」

という。

ケインズは、大学で経済学をほとんど勉強していないことは有名だ。それでも、その後の経済学に大きな影響を与えた。

池田・高橋の両氏も、経済学の博士号などをもたず、そこはケインズといっしょである。
が、高橋氏はワルラスと貨幣数量説、池田氏はマンキューの教科書のモデルをなんとかの1つおぼえのように現代日本に適用しようとするところで、「優れていない経済学者」として共通していて、その面では、いってみれば、「仲間」なのであろう。

経済学を刃物のように振り回すというところは、権丈先生がよく揶揄されているが、この2人にまったく適合するように思う。

>>元リフレ派さん

高橋洋一氏は、ちゃんと経済学博士号を持っています。不敬ですよ。

「経済学」博士ではないようですけどね。

http://twitter.com/YoichiTakahashi

嘉悦大学教授、(株)政策工房会長、博士(政策研究)

この点では、博士(政策・メディア)の池田信夫氏とあまり変わらないようです。

で、何より大事なのは、そういうアカデミックな肩書きがどうこうということではなくて、両名とも、(りふれ粉をふりかけるかかけないかという些細な違いはあっても)公共サービス、公共部門への異様な憎悪を剥き出しにするシバキ派であるという点ではないかと思いますよ。少なくとも私が問題にしているのはその点です。

hamachan先生にフォローしていただいたが、両者が経済学の博士号を取得していないことを貶めているものではない。ケインズだってもっていなかったし、それが問題ではないと前の投稿でもいっている。

問題の1つは、事実に対する謙虚さのなさというところではないか。政治的な判断なのか偏見なのか、ちゃんと制度なども調べない。

最近では、日銀の建設国債の直接引き受けが、話題となっているが、なんと、高橋氏は、アメリカのFRBが、国債の直接引き受けしないのは、前例がないからなどとのたまっている。
が、アメリカの法律で明確に、直接引き受けはできず、市中からの購入に限定されているとのことだ。

政治的目的(シバキ主義)の貫徹のためには、事実を捻じ曲げても良心にはじない。そのような態度では、まともな学問をやる学者としてのディシプリンに欠けるのではないかと考える。

そのような捻じ曲げた制度的理解を前提に、まるで、数学の定理のようにモデルに当てはめて、現実を語るというのでは、優秀な経済学者とはいえないということではないか。


>問題の1つは、事実に対する謙虚さのなさというところではないか。政治的な判断なのか偏見なのか、ちゃんと制度なども調べない。

高橋某も池田某も、粗雑な事実認識を基に「なんちゃらの一つ覚え」を繰り返すのみという芸風からして、「ためにする議論」でしかないのは明らかなわけで。

そういう議論には、「きちんと教科書を読み込んでいる人」や「経済活動の厳しさを体で学んでいる人」なら惑わされないものです。
つまり、一緒になって「一つ覚え」を繰り返している輩とは、すなわち「なんちゃら」でしかありません。

https://twitter.com/knrjp/status/535603116792492032

>リフレ派から嘲笑される池田信夫だけど、歴史認識や構造改革に限ると、メンタリティが池田信夫とたいして変わらない人はリフレ派にも結構いるのではないか。

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