ブラックソーシング?
「socioarc」さんのところで、「ブラックソーシング問題」が提起されています。
http://www5.big.or.jp/~seraph/mt/000595.html(ブラックソーシング問題の射程)
・・・ここで、「ブラックソーシング」とは、「ブラック労働」+「アウトソーシング」の造語であり、文字通り、ブラック的な労働を他社にアウトソースすることです。・・・
・・・結果として、下請け企業がブラック労働を引き受けるということになりがちです。
うーむ、どうなんでしょう。ここでの用語法では、ブラック企業というのは単に労働条件の劣悪な企業という意味で用いられているように思われますが、それならそういう「低労働条件ソーシング」は昔から、それこそ戦前からずっと存在し続けてきているわけで、それこそが(1970年代以後経営論の分野では流行らなくなってしまった)例のいわゆる「二重構造論」って奴だったわけでしょう。
私が『POSSE』等で述べてきた認識は、そういう低労働条件をアウトソースする側の大企業正社員に典型的な「見返りのある滅私奉公」のスタイルを利用しながらその見返りが事実上ない仕組みがブラック企業だというものなので、ブラック企業のアウトソースというのはいささか論理のずれが生じてしまうのですね。
低労働条件をアウトソースされる側が、そのことを前提に見返りのない滅私奉公などという行動をとらないならば、それはそれで(低労働条件と低度の義務との)バランスが取れているので、(少なくとも上述の意味での)ブラック企業ではないということになりましょう。
ただ、それこそ『POSSE』で述べたように、
高度経済成長が終わった後に、メンバーシップの基盤がない中小零細企業にも、大企業正社員型の働き方が、労働者のあるべき姿のイデオロギーとして規範化していきます
という事態も一方であるので、アウトソースされる側のブラック化というのも現実にあるわけですが、それはブラック企業のアウトソースという話なのか、やや疑問に感じるところもあります。
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>ブラックソーシング…、直感的にはそういう認識もありかなと思います。
つまり、重層下請け構造になっている場合で、発注者(ないし元方)が、黙示的に偽装請負をやらせることがあるとか、一時的にありがちな不安全状態の黙認(すぐに解消するので目をつぶってさえいれば発見できないような)など、作業効率や短期的な経済性を考えるようになってしまう。ないし元方の発注担当者が自分が在籍している間だけに目に見える利益をを上げようと考える。
そこでは個人の利益とその所属する組織(利益集団)の目に見える利益が一致しているので、全体の誤謬は無視される(未来や遠くの不利益は小さく見えるバイアス)がある可能性はあるわけです。
そこで、自社であれば当然必要なリスクアセスメントを意図的に無視して発注するような、言うなれば『不真正不作為』により違法を実現してしまう場合です。
そんな意味で、“ブラックソーシング”。表現としてはありじゃないでしょうか!。
投稿: endou | 2012年11月28日 (水) 14時53分