モビケーションセミナーにて
昨日のモビケーションセミナーについて、参加されていた田中萬年さんが写真とともにリポートしていただいております。
http://d.hatena.ne.jp/t1mannen/20121121/1353448155(モビケーションの重要性に共感)
最初に宮本教授が挨拶を兼ねてセミナーの趣旨を述べ、ペダション教授が「フレキシキュリティの後に--ヨーロッパ雇用政策の新機軸としての教育とモビリティ」との基調講演を行いました。
続いて文部科学省生涯学習局政策課松永賢誕企画官と、労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎統括研究員が講演のコメントを行いました。
濱口氏は厚生労働省の見解ではなく、個人的考えだとして、自論をも加味しつつコメントされました。その結論は「何故モビケーションが雇用対策になるの?」との疑問が日本人に出ることがモビケーションの意義だ、とやや皮肉っぽく述べたことが印象的でした。それは日本人の「教育」観に教養的教育はあったも職業やスキルを行うと言うことが無いからだ、という論旨で解説されました。全く同感でした。
肝心のペダションさんの講演については、同じく参加されていた明治学院大学の坂口緑さんがツイートで紹介しています。
http://twitter.com/midorisa/status/270827553688780802
「雇用転換のなかの生涯学習」セミナーに参加。宮本太郎先生、濱口桂一郎さんなど。Ove Kaj Pedersen先生の「モビケーション」をめぐる議論でした。
http://twitter.com/midorisa/status/270828114609860608
「雇用転換のなかの生涯学習」セミナーでペーダーセン教授。「フレクシキュリティがどうしてこんなに広まったのか不思議です。中身は空っぽなのに。(私の造語である)モビケーションも同じです。中身はありません。アカデミックな用語ではなく、政策上の戦略の言葉だからです」。
http://twitter.com/midorisa/status/270828822465748993
中身は空っぽという前提のもとに、先の分からない労働市場を見据えてどんなスキルが必要なのか…スキルの中身もまた空っぽ。でも何度もやり直しができる仕組みをあらかじめつくっておく、という話なのだと理解しました。
http://twitter.com/midorisa/status/270829109070929920
「雇用転換のなかの生涯学習」。セミナーで厚労省と文科省の「協働」の実績や協働への期待がなんどか話題になったのが印象的。でもこれ何年も何年も繰り返しているような。
ちなみに、坂口緑さんとは初対面でしたが、両角道代さんとともに翻訳された
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-8a19.html(ホックシールド『タイムバインド』)
を以前お送りいただいておりました。改めてありがとうございます。
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