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2012年11月

アカデミックでもなければ職業教育に力を入れるわけでもないという大学教育の質

JILPTのコラムに、堀有喜衣さんが「日本の大学は多すぎるのか?」という柔らかくぴりりとした小文を寄せています。

http://www.jil.go.jp/column/bn/colum0212.htm

例の真紀子騒動をまくらに、「大学が多いこと」と、「学生の質の低下」や「未就職問題」との関連について述べています。

その後半の未就職問題について、

未就職についても、大学が多すぎることが学生の未就職に結びついているのかどうかはわからない。未就職は大学ランクの下位に位置づくマージナル大学で主に生じているが、マージナル大学は景気が回復しても、上位大学ほど未就職率が改善しない。アカデミックでもなければ職業教育に力を入れるわけでもないという大学教育の質における課題が、未就職率と深くかかわっていると推測される。大学での勉強の成果を評価しないという企業側の言説を背景に、「大学の増加」「少子化」→「大学進学率が高かった時代と変わらないアカデミックな大学教育」→「マージナル大学における未就職者の析出」、という見立てもできるだろう。大学が増加するにあたり職業教育的な要素の強い大学が増加していれば、今ほどマージナル大学の未就職率は高くなかったかもしれない。

その気になって読めば結構キツイ表現ではあります。

「大学が多いこと」自体については、

例えば個人や社会にとっての大学教育の効用、知識社会化や労働市場からの需要など論点は多岐にわたるが、それぞれの観点によって望ましい大学・学生数は大きく異なることが予想される。多くの人々の関心を集めたことをひとつのきっかけとして、議論が活発化することを望みたい

と、さりげにかわしていますが、もちろん先進国スタンダードからすれば日本は高等教育機関が多くないのです。むしろ少ない。ただ、「アカデミックでもなければ職業教育に力を入れるわけでもないという大学」がやたらに多いだけで。

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『季刊労働法』239号の予告

Tm_i0eysjizovvxi6ggxmoyplolmwbegおやおや、まだ11月だというのに、もう『季刊労働法』冬号の案内が労働開発研究会のHPに載っていますね。

http://www.roudou-kk.co.jp

特集は「有期と派遣の新しい法制度」で、第2特集は「倒産における労働法上の課題」です。

第2特集では、JILPTの細川良さんがJAL事件を取り上げていますね。池田悠さんと読み比べると面白いかも知れません。

しかし、今号の注目は特集以外のこの記事です。

■対談■
日本の雇用終了について?濱口桂一郎の問題提起に触れて
―フォーク・レイバー・ローの中の解雇規制―
明治大学教授 野川 忍  一橋大学准教授 神林 龍

112050118何という悪趣味な!と叫ぶ人もいるかも知れませんが、amazonでも品切れ状態のままになっている『日本の雇用終了』を、野川忍、神林龍両先生が肴にしていただいていることと存じます。ムネがドキドキ。

その他、大内伸哉さんが、文献研究とイタリア解雇法制の二つを書くという離れ業を見せています。

これはしかし、ブツはいつ出るのでしょうかね。

実は、わたくしは来週月曜日から木曜日まで、北東アジア労働フォーラム(日中韓)に出席するため、中国は四川省の成都に行くので、いずれにしても日本に帰国するまでは見られないわけですが。


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労働政策フォーラム「職場のメンタルヘルス対策を考える」

JILPTが来年1月21日に開催する労働政策フォーラムのお知らせです。

http://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20130121/info/

近年、我が国では、増大し複雑化する業務、長時間労働、成果主義等を背景に、メンタル疾患になる労働者が増加しています。このことは、労働者個人の問題にとどまらず、職場全体の生産性に悪影響を及ぼしかねません。そのため、職場ごとにメンタルヘルス対策を行うことが求められています。

本フォーラムでは、労働者のメンタル疾患の罹患状況等を明らかにするとともに、職場のメンタルヘルス対策をどう行うか、行政、研究者、現場の視点から報告・議論します。

ということで、場所はいつもの通り朝日新聞裏手の浜離宮朝日ホールです。

プログラムは次の通りで、

13時30分~
基調報告 我が国のメンタルヘルス対策の現状と課題
椎葉 茂樹 厚生労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課長

研究報告 こころのケア:職場は何をしたらよいか
原谷 隆史 労働安全衛生総合研究所作業条件適応研究グループ部長

調査報告 職場のメンタルヘルス対策の実態~アンケート調査から~
郡司 正人 労働政策研究・研修機構主任調査員

事例報告 Hondaのメンタルヘルス対策
小林 由佳 本田技研工業株式会社人事部安全衛生管理センター全社メンタルヘルス推進チーム

15時30分~
パネルディスカッション

パネリスト
椎葉 茂樹 厚生労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課長
原谷 隆史 労働安全衛生総合研究所作業条件適応研究グループ部長
小林 由佳 本田技研工業株式会社人事部安全衛生管理センター全社メンタルヘルス推進チーム
郡司 正人 労働政策研究・研修機構主任調査員

コーディネーター
濱口 桂一郎 労働政策研究・研修機構統括研究員

ということで、今回は労働関係の研究機関として、労働安全衛生総合研究所と労働政策研究・研修機構がそれぞれの研究と調査の成果を示すとともに、企業の事例報告もあるという盛りだくさんになっています。

私はもっぱら司会役です。

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組と組合はどう違う?

昨日の

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-e847.html(『二宮誠オーラルヒストリー』)

に、

これは本当に褒め言葉としていうのだが、かつての労働組合の闘争はヤクザ映画と同じように描き得るほどのドラマに満ちている

というぶこめがつきましたが、いやまさしくそうです。どこか映画化しようという人いないかな。

とまでいえば、一つくらいエピソードを見せないとね。

・・・朝5時頃に戸をどんどん叩くんですね。・・・戸を開けて「何があったの」と聞くと、「会社に行ったら会社がもぬけの殻なんです」・・・「社長の家も、もぬけの殻なんですよ」

・・・「とりあえず、金目のものはみんな運べ」・・・大野繊労の委員長に「会社に黙って4トントラックを持ち出してくれ」と頼み、それに持ち出せる全ての金目のものを積み込んで、廃校になった大野郡和泉村の小学校に隠しました。それで、朝8時10分の始業時を迎えて、組合員全員を集めて報告集会を行いました。

そのうちにヤクザが出てきて、ドスを抜き、それを突きつけて「貴様ら、金目のものをどこに隠した」と威嚇するんです。会社は最後は優遇手形を乱発しているんですねそれがヤクザにまで行っているわけですよ。ほとんどただで手に入れているんでしょうけど。「これをどうしてくれる」ということでヤクザとひと揉めしました。・・・最後に「お前が指示したんだな。お前の家族を殺してやる」といって啖呵を切って帰って行きましたが。その時、わたし自身まだ独身でしたから、まさに怖いものなしでした。

あとは、退職金の組合分をどこからどうしているとかなるわけです。残されている金目のもの全てが抵当で銀行に抑えられているわけですから、要は銀行にどれだけ損してもらうかしかないんですね。・・・

それを取るために何をしたか。みんなに10円持ってきてくれと言っておきました。メインバンクは某銀行でした。みんなを並ばせたんですよ。70名くらい組合員がいました。10円で通帳を作りに並ばせて、その本店に他のお客さんの相手をすることが一切できない状態にしました。

そうしたら頭取が出てきて、始めは「こんなことは違法だ」と叫んでいました。「違法なら違法で警察を呼んだらどうだ」と言ったところ、多少押し問答はありましたが、最後は「なんとかしてくれ」と言うんです。・・・

こういうのを見ると、「組と組合はどう違う?アイがないのが組、アイがあるのが組合」という戯れ言がなるほどという気になります。

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「契約社員」「非正社員」は雇用契約じゃないらしい@第1法則

http://twitter.com/ikedanob/status/274163081465176065

最賃は「雇用契約」の問題で、契約社員とは無関係。そんなもの守っても非正社員が増えるだけで、労組以外の誰も喜ばない。

無知が役に立った試しは、古今東西を通じて一般的にはないのですが、近年の極東某国では、それでも「オレ様博士」が通じるようなので、なかなか頭が痛いところです。

第1文だけであれば、「契約社員」という日常言語を「非雇用型請負・委託就労者」と誤解したという言い訳が効きますが、第2文でそれを(いうまでもなく最低賃金の適用対象である)「非正社員」と言い換えていますので、その道はあらかじめ自分で塞いでいますね。

ちなみに余計なことを言えば、日本の企業別組合の多くは正社員組合なので、最低賃金を引き上げて喜ぶのは多くの場合「労組以外」なんですが、まあそれは組合に言うべき問題なので、ここではパス。

(追記)

本人が勝手に話を盛り上げています。

http://agora-web.jp/archives/1504292.html

私も中小企業を経営しているが、社員は全員委託契約だから、最賃も解雇規制も無関係だ。

http://twitter.com/GenYamaguchi/status/274758618467926016

委託の皮を被った雇用ならただのブラックだし、文字どおりの委託なら人を雇っていないってこと。経営者面する資格があるのか疑問ですな。

http://twitter.com/ustht/status/274759923487866882

労基署呼んでこよう→ 私も中小企業を経営しているが、社員は全員委託契約だから、最賃も解雇規制も無関係だ。

http://twitter.com/ustht/status/274772355547537408

労基署の機能強化をマニフェストに掲げる政党はまだですか?

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日雇派遣は日々紹介より良いのか悪いのか

Rojyun1780『労働法律旬報』1780号は、「派遣労働者の待遇改善をめざして」というシンポジウムの記録を載せています。

http://www.junposha.com/catalog/product_info.php/products_id/803?osCsid=f762d25a9f171d5b7750d34662e08bbe

パネラーは、毛塚勝利+中嶋滋+関根秀一郎+中野麻美の各氏で、主眼であるILOの日本政府への勧告の読み方自体についても大きな疑義がありますが、ここでは関根さんの発言のこの部分とあの部分がどういう関係なのか、そしてそれについてのご自分の役割をどのように考えておられるのか、いささか疑問を感じたので、それぞれ引用しておきます。

・・・この日々紹介は、実は、大きな問題があります。

・・・日雇派遣の現場においては、今までも手配ミスやオーバーブッキングで多めに手配されたうちの何人かは、「今日は仕事なし」となってしまう事態がありました。しかし、今までの日雇派遣の場合は、前日のうちに雇用契約が成立していましたから、「今日は仕事なし」となったとしても、休業手当の支払義務がありました。従って、一定の保障はされていました。

ところが、日々紹介になると、朝、出勤した段階で初めて雇用契約が成立するので、出勤した時点で「あなたは今日は要らないよ」と言われてしまえば、最初から雇用契約は成立しません。ですから、日々紹介の場合は、何の保障もされないという事態が発生します。

日々紹介は、日雇派遣以上に不安定な雇用を生み出してしまうのです。・・・

いや、まったくその通りだし、わたくしもかつて、日雇派遣の禁止が議論されていたころ、朝日新聞紙上で、関根さんに対してそう述べていたわけですが、

http://homepage3.nifty.com/hamachan/asahisekine.html(朝日新聞-関根秀一郎との対談「日雇い派遣 禁止は有効?」(2008年5月29日))

――「日雇い派遣禁止」は、なぜ必要なのですか。

 関根 派遣労働は、派遣会社が派遣料から会社の取り分(マージン)を引いて賃金を支払うのでピンハネが横行しやすい。なのに、派遣法が99年に改正されたとき、対象を立場の弱い肉体労働にまで広げた。このため日雇い派遣が急拡大し、三つの問題が起きた。①3~5割ものピンハネによる賃金の大幅下落②生計を主に担う働き手まで派遣労働に落とし込まれる③派遣先が、「ウチの社員じゃない」と派遣社員の安全対策を怠り、労働災害が多発――だ。

 濱口 問題点は同感だが、ニーズがあるのに禁止しても、企業は他の形に逃げるだけ。85年に派遣法ができた当初も、対象を専門的職種に限ったが、一般事務が「ファイリング」の名で派遣OKとなり、女性の非正社員化が進んだ。事業規制ばかりを考え、労働者保護をほったらかしにする日本の派遣法の枠組みこそ問うべきだ。

 ――どんなニーズが?

 濱口 アルバイトや、本業がほかにある人の週末の副業など、こうした働き方が必要な人もいる。企業にとっても、社員が急病の場合や仕事の繁閑が大きい職種など、1日単位の派遣が必要なケースはあるはず。日雇い派遣という業態そのものは、あってもいい。

 関根 日雇い派遣の広がりは「あってもいい」のレベルを超えている。人集めも解雇も簡単なため、20~30代の「ネットカフェ難民」だけでなく、40~50代の「サウナ難民」まで出た。

 濱口 そもそも「日雇い派遣」だから問題なのか。直接雇用の日雇いも過酷さは同じだ

 関根 20年ほど前、直接雇用の日雇いとして物流業界でバイトしたが、日給は1万円を下らなかった。日雇い派遣の広がりでピンハネが激しくなり、今は6千~7千円。派遣はマージンを取るので、働き手の取り分を減らし、過酷さを増幅する。

 濱口 日雇い派遣なら、毎日別の職場に派遣されても、合わせて週40時間働いていれば「派遣社員として正社員と同等の時間働いている」ことになり、均衡処遇を求める契機になる。

 関根 現実は違う。厚生労働省に、「実質は正社員と同じように毎日働いているのだから、仕事が途絶えたら休業手当を払うよう派遣会社を指導すべきだ」と求めたがダメだった。理由は「日雇いだから」だ。

 ――日雇い派遣を禁止しないとすると、どう解決しますか。

 濱口 関根さんの挙げた三つの問題点でいうと、賃金については、派遣会社のマージン率を公開させ、規制する。安全面では危険有害業務への派遣を制限し、労働時間について定める労使協定(36協定)や労災補償に関し、派遣先にも使用者責任を負わせる。安いからと非正社員を増やす反社会的な企業行動には、労組などによる監視の目をはりめぐらす方が効果的だ。

 関根 今の提案はすべて賛成だ。だが、禁止措置も意味は大きい。確かに、違法派遣をしたグッドウィルが事業停止処分を受けると、仕事がなくなり困る人も出た。一方で、グッドウィルとの取引をやめた会社から「直接雇用に」と誘われ、日給が4割増えた人もいる。とりあえずストップをかけて企業の方向を変える必要がある。

 ――労組による監視で企業行動に歯止めをかけられますか。

 濱口 日雇い派遣の業態は認め、そのかわり派遣労働者と正社員との均等待遇や均衡処遇を徹底し、「手軽だから日雇い派遣」とはさせないことも必要だ。4月に施行された改正パート労働法で均衡処遇が定められたので、派遣に広げればいい。

 関根 日本の「均等待遇」は正社員並みに働くごく一部のパートにしか適用されず、その他のパートへの「均衡処遇」も極めてあいまいだ。

 ――マージン率の公開は可能でしょうか。

 濱口 ピンハネして自家用飛行機を買うような経営者は困るが、マージンは、社会保険料負担や働き手への情報提供などのために必要な経費でもある。その透明化はまともな派遣元にはプラスだ。

 関根 派遣業界との交渉で、「悪質な派遣会社と一線を画すためにもマージンの公開を」と迫ってきたが応じない。

 ――今後は何が必要ですか。

 濱口 日本の派遣法は、正社員の派遣社員への置き換え防止に主眼を置き、派遣事業の規制ばかりに目を向けていた。世界の流れは非正社員も含めた均衡処遇と透明化だ。

 関根 日雇い派遣を合法化したことで、派遣への置き換えが進んだ。欧州のような均等待遇の実現は遠すぎる。緊急避難として日雇い派遣の禁止を急ぐべきだ。

「過酷さは同じ」どころか、もっと過酷だったということが分かってきたようです。

ところがこのシンポの最後では依然として、

・・・先ほどのように、日々紹介に切り替えるとか、5週間以上の雇用契約を結ぶと言っているところは少数派で、実は、ほとんどの業者は何の対策も取っておらず、10月1日以降も従来通り日雇派遣をやっていくといっている状況です。不安定雇用を規制し、安定雇用への移行を促していくためにも、厚生労働省・労働局においては、この派遣法をきちんと遵守するように、日雇派遣各社を取り締まってもらいたいと思います。

法令遵守は当然ですが、とはいえ自らの論理に忠実に解釈すれば、より過酷な就労形態に移行させろと主張していることになるわけです。

なお、昨日紹介の二宮誠さんも、この日雇派遣の禁止に対しては極めて厳しい批判を繰り出しています。

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『二宮誠オーラルヒストリー』

労働史のオーラルヒストリーを続けておられる梅崎グループ(梅崎修さん、島西智輝さん、南雲智映さん)の報告書『二宮誠オーラルヒストリー』をお送りいただきました。

二宮誠さんといえば、知る人ぞ知るゼンセンの伝説的なオルガナイザーであり、日本三大オルグの一人と唱われた方ですが、その二宮さんが満を持して(?)オルグの秘策をぶちまけています。これは本当に必読。

労働法方面の中の人にとっては、昨年出た古川景一・川口美貴『労働協約と地域的拡張適用』(信山社)の素材となった尾張地区でゼンセンがやった労組法18条の担当者として、名前を覚えておられるかも知れません。

この地域的拡張適用の件も第2回インタビューで語られていますが、それすら顔色なくするようなすさまじいエピソードが、これでもか、これでもか・・・と次々に繰り出されてきて、いやぁ、労使関係というのは、少なくともそのどぶ板レベルにおいては、かくもワイルドなものであったのだな、ということがいやというほど理解させられる一冊です。

どこか引用しようかとも思いましたが、それをやってるとほとんど全部になるので、とりあえず、必読!!!とだけ申し上げておきます。

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朝日の論壇時評に

本日の朝日の論壇時評の、本体ではなく一番下の欄の「担当記者が選ぶ注目の論点」に、海老原さんとわたくしの『中央公論』の対談「管理職を目指さない自由を 「四十歳定年制」より大事なこと」が取り上げられています。

2229_issue_img_2(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-1ced.html(中央公論対談記事の一部が)

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大内伸哉さん講演 on イタリア解雇法制

本日、JILPT主催の海外情報研究会に大内伸哉さんが来られて、イタリアの今年の解雇法制の改正について熱弁を振るわれました。

私は午前中の法政多摩キャンパスの講義からバス、京王線、地下鉄を乗り継いで必死にたどり着いたときにはすでに始まっていました。

中身は、アモーレで

http://souchi.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/10-2c6d.html(10年は長い?)

季刊労働法に約束している、今回のイタリアの解雇規制改革についての論文は、あと推敲と細かいところのチェックという、第三コーナーを回ったあたりに来ています。ここから時間がかかるのですが、なんとか書き上げます。

と予告されている季労の論文の概説です。最近のイタリア労働法の動きというのはあんまり情報がないだけに、大変興味深いお話がてんこもりでした。

一知半解で、イタリアもついに解雇規制を緩和したのだから日本も・・・という話ばかりが持ちかけられて困っているというお話も。

季労論文では過去からの法制の変遷を詳しく解説されているそうなので、そちらも楽しみです。

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ブラック企業をなくす政治家はだれか?

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いまやブラック企業論者の両巨頭(?)である常見陽平さんとPOSSEの今野晴貴さんの公開討論が行われるようです。

http://blog.goo.ne.jp/posse_blog/e/222591b1f1e618421172a75eb8597542?fm=rss

12月8日(土曜日)に、場所は下北沢。

・・・そこでPOSSEでは、「どうしたらブラック企業をなくせるか」というテーマで、必要な政策や、この問題に真正面から取り組む政党はどこかについて議論する、対談イベントを行います。今回は就活問題の専門家として、執筆やメディア出演など精力的な活躍をされている常見陽平さんをゲストにお招きし、POSSE代表・今野と討論していただきます。

労働問題に取り組みNPOとして、労働時間規制のあり方まで議論するなど、若者による政策提言も行う予定ですので、ブラック企業問題や、どういった政策を掲げた政党が政権を担うべきかについて関心のある方は、ぜひご参加ください。

ちなみにわたくしは、当日は亜細亜大学の現代市民法講座というところでお話をすることになっておりまして、そちらについてもここで宣伝しておきましょう。

http://www.asia-u.ac.jp/hogaku/shiminho.html

「集団的労使関係法制の新たな使い道」
濱口 桂一郎 氏
 (労働政策研究・研修機構 労使関係・労使コミュニケーション部門統括研究員)

【内容】
かつて労働法の世界では労働組合や団体交渉といった集団的労使関係法制が花形だったが、近年は解雇、非正規労働、労働時間など、個別労働者に関わる問題が中心で、労使関係は見向きもされない。しかし、そういった個別労働問題をきちんと解決するためにも、企業の人事部と企業外部の行政機関や司法機関に頼るだけではなく、集団的労使関係という古い道具を見直してみる必要があるのではないか。労働者代表制や労使協議制といった仕組みも含めて、集団的労使関係法制の新たな使い道について考えてみたい。

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幸せって何だっけ何だっけ・・・

106047 OECDの『How's Life?』(暮らし向きはどう?)の翻訳が、『OECD幸福度白書』という題で刊行されました。

http://www.akashi.co.jp/book/b106047.html

人々の幸福と社会の進歩を左右する要因は何か。所得と資産、仕事と報酬、住居、健康状態、ワーク・ライフ・バランス、教育と技能、社会とのつながり、市民参加とガバナンス、環境の質、生活の安全、主観的幸福――11領域の国際指標をもとに幸福の全体像を描く。

ということで、以下のような広範な領域にわたって、諸国民がどれくらい幸福なのか、膨大なグラフと統計表でもって詳細に語りかけてくれます。

第1章 概説:幸福度指標の全体像
 第1節 はじめに:より良い暮らしを求めて
 第2節 我々はどこからきたのか:GDPとこれからの指標
 第3節 幸福度を測定するための枠組み
 第4節 幸福度を測定するための指標の選択
 第5節 幸福度の平均的傾向:各領域と全体像
 第6節 幸福度の国内格差の傾向
 第7節 優れた幸福度指標はより良い政策に結びつくのか
 第8節 統計上の今後の課題
 第9節 結び
 付録1.A 幸福度の各種指標の相関関係

第2章 所得と資産
 第1節 幸福であるために所得と資産が重要なのはなぜか
 第2節 所得と資産の評価
 第3節 所得と資産の幸福度指標
 第4節 所得と資産の平均的傾向
 第5節 所得と資産の人口集団間の格差
 第6節 統計上の今後の課題
 第7節 結び

第3章 仕事と報酬
 第1節 幸福であるために仕事と報酬が重要なのはなぜか
 第2節 仕事と報酬の評価
 第3節 仕事と報酬の幸福度指標
 第4節 仕事と報酬の平均的傾向
 第5節 仕事と報酬の人口集団間の格差
 第6節 統計上の今後の課題
 第7節 結び

第4章 住居
 第1節 幸福であるために住居が重要なのはなぜか
 第2節 住居の評価
 第3節 住居の幸福度指標
 第4節 住居の平均的傾向
 第5節 住居の人口集団間の格差
 第6節 統計上の今後の課題
 第7節 結び

第5章 健康状態
 第1節 幸福であるために健康が重要なのはなぜか
 第2節 健康状態の評価
 第3節 健康状態の幸福度指標
 第4節 健康状態の平均的傾向
 第5節 健康状態の人口集団間の格差
 第6節 統計上の今後の課題
 第7節 結び

第6章 ワーク・ライフ・バランス
 第1節 幸福であるためにワーク・ライフ・バランスが重要なのはなぜか
 第2節 ワーク・ライフ・バランスの評価
 第3節 ワーク・ライフ・バランスの幸福度指標
 第4節 ワーク・ライフ・バランスの平均的傾向
 第5節 ワーク・ライフ・バランスの人口集団間の格差
 第6節 統計上の今後の課題
 第7節 結び

第7章 教育と技能
 第1節 幸福であるために教育と技能が重要なのはなぜか
 第2節 教育と技能の評価
 第3節 教育と技能の幸福度指標
 第4節 教育と技能の平均的傾向
 第5節 教育と技能の人口集団間の格差
 第6節 統計上の今後の課題
 第7節 結び

第8章 社会とのつながり
 第1節 幸福であるために社会とのつながりが重要なのはなぜか
 第2節 社会とのつながりの評価
 第3節 社会とのつながりの幸福度指標
 第4節 社会とのつながりの平均的傾向
 第5節 社会とのつながりの人口集団間の格差
 第6節 統計上の今後の課題
 第7節 結び

第9章 市民参加とガバナンス
 第1節 幸福であるために市民参加とガバナンスが重要なのはなぜか
 第2節 市民参加とガバナンスの評価
 第3節 市民参加とガバナンスの幸福度指標
 第4節 市民参加とガバナンスの平均的傾向
 第5節 市民参加とガバナンスの人口集団間の格差
 第6節 統計上の今後の課題
 第7節 結び
 付録9.A 公式の開かれた協議プロセス

第10章 環境の質
 第1節 幸福であるために環境の質が重要なのはなぜか
 第2節 環境の質の評価
 第3節 環境の質の幸福度指標
 第4節 環境の質の平均的傾向
 第5節 環境の質の人口集団間の格差
 第6節 統計上の今後の課題
 第7節 結び
 付録10.A 環境の持続可能性の評価

第11章 生活の安全
 第1節 幸福であるために生活の安全が重要なのはなぜか
 第2節 生活の安全の評価
 第3節 生活の安全の幸福度指標
 第4節 生活の安全の平均的傾向
 第5節 生活の安全の人口集団間の格差
 第6節 統計上の今後の課題
 第7節 結び

第12章 主観的幸福
 第1節 幸福であるために主観的幸福が重要なのはなぜか
 第2節 主観的幸福の評価
 第3節 主観的幸福の幸福度指標
 第4節 主観的幸福の平均的傾向
 第5節 主観的幸福の人口集団間の格差
 第6節 統計上の今後の課題
 第7節 結び

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ブラックソーシング?

「socioarc」さんのところで、「ブラックソーシング問題」が提起されています。

http://www5.big.or.jp/~seraph/mt/000595.html(ブラックソーシング問題の射程)

・・・ここで、「ブラックソーシング」とは、「ブラック労働」+「アウトソーシング」の造語であり、文字通り、ブラック的な労働を他社にアウトソースすることです。・・・

・・・結果として、下請け企業がブラック労働を引き受けるということになりがちです。

うーむ、どうなんでしょう。ここでの用語法では、ブラック企業というのは単に労働条件の劣悪な企業という意味で用いられているように思われますが、それならそういう「低労働条件ソーシング」は昔から、それこそ戦前からずっと存在し続けてきているわけで、それこそが(1970年代以後経営論の分野では流行らなくなってしまった)例のいわゆる「二重構造論」って奴だったわけでしょう。

私が『POSSE』等で述べてきた認識は、そういう低労働条件をアウトソースする側の大企業正社員に典型的な「見返りのある滅私奉公」のスタイルを利用しながらその見返りが事実上ない仕組みがブラック企業だというものなので、ブラック企業のアウトソースというのはいささか論理のずれが生じてしまうのですね。

低労働条件をアウトソースされる側が、そのことを前提に見返りのない滅私奉公などという行動をとらないならば、それはそれで(低労働条件と低度の義務との)バランスが取れているので、(少なくとも上述の意味での)ブラック企業ではないということになりましょう。

ただ、それこそ『POSSE』で述べたように、

高度経済成長が終わった後に、メンバーシップの基盤がない中小零細企業にも、大企業正社員型の働き方が、労働者のあるべき姿のイデオロギーとして規範化していきます

という事態も一方であるので、アウトソースされる側のブラック化というのも現実にあるわけですが、それはブラック企業のアウトソースという話なのか、やや疑問に感じるところもあります。

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みんな、維新やめるってよ@モジログ

モジログさんのシュールリアリズム小説「みんな、維新やめるってよ」が、もう絶品。

いや、マスコミ報道をそのまま忠実にストーリー化しただけなんだけど、それがここまでの絶品になるってことは、つまり日本のそういう世界がそういうことなんですね。

http://mojix.org/2012/11/27/novel-minna(シュールリアリズム小説「みんな、維新やめるってよ」)

「みんな、維新やめるってよ」生活が言った。

「たちあがれが、太陽になった。太陽は、減税とくっついた。しかし、1日で別れてしまった。太陽は、維新を選んだんだ」

「そして維新も、太陽を選んだ。維新は、みんなとうまくやっていたのに、いきなり太陽とくっついたんだ」

生活は、こういうことに詳しい。みどりは、生活が話すのをただ聞いている。

「維新が太陽とくっついて、みんなは怒った。そりゃ、みんなは怒るよね。みんなと太陽は、古くからの敵どうしなんだ。維新はそれを知りながら、太陽を選んだんだから」

「維新はそれでも、まだみんなとくっつこうとしている。この軽薄さに、みんなはウンザリしてしまったんだ。みんなはなかなか、芯の強いやつだからね」

「太陽と1日で別れた減税は、太陽を追って、維新に入ろうとした。しかし、維新は減税を拒絶したんだ。維新は軽薄だが、誰とでもくっつくわけではないんだな」

「それで減税は、傷ついて、途方にくれた。そこにあらわれたのが、反TPPだ」

「減税は、さびしくてたまらなかったので、すぐに反TPPとくっついた。そして、いっしょに脱原発になった」

「でも反TPPは、ほんとうは、君のことを気にかけていたんだ。脱原発になったいまも、まだ気にかけているよ」

みどりは、そのことを知っていた。しかし、何も言わなかった。

「僕は、脱原発はなかなかいいと思っているんだ。みどり、君もいっしょにどう?」

みどりは、何も言わなかった。

みどりは、迷っていた。生活のことは、嫌いではない。しかし、そんなふうに、かんたんにくっついたりしていいのだろうか。それも、たくさんの人と。みどりは、自分をたいせつにしたかった。

「未来もいっしょにやりたい、と言っているよ。みどり、まだ決められないのかい?」

生活が、いきなり未来の名を口にして、みどりは驚いた。未来は、みどりの親友なのだ。

未来が生活と知り合いであることを、みどりは知らなかった。それも、未来は生活といっしょにやりたい、と言っているなんて。

あなたたち、軽薄すぎるんじゃない? みどりは、そう思った。もう、誰も信じられない。

(おわり)

(本作品はフィクションです)

(追記)

この小説の登場人物にはもう一人、みどりの元親友みずほがいました。

http://twitter.com/ustht/status/273462130085347328

かわいそうな社民党。みそっかすと呼ばねばなりますまい。「未来の党と連携したい。でも合流はない」社民・福島氏

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『新たなリスクと社会保障』

9784130511377 井堀利宏, 金子能宏, 野口晴子編『新たなリスクと社会保障 生涯を通じた支援策の構築』(東京大学出版会)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.utp.or.jp/bd/978-4-13-051137-7.html

人生のライフステージで直面するリスクに社会保障制度はどうこたえることができるのか.高齢期の現金・現物給付を中心とした従来の社会保障の背後で生じつつある新たなリスクの姿を明らかにし,全世代型の社会保障のあり方を考察する.

ということで、以下のような論文が収録されています。

序章 新たなリスクを見すえた政策的エビデンス(井堀利宏・金子能宏・野口晴子)
第I部 出生・幼少期の社会保障を考える
第1章 新生児の体重はなぜ減少しているのか(川口大司・野口晴子)
第2章 子育て支援政策は出生行動にどのような影響を与えるか(田中隆一・中嶋 亮)
第3章 日本はなぜ「子ども養子小国」なのか――日米比較にみる養子制度の機能と役割(森口千晶)
第4章 子どもへの医療費助成は医療サービスへのアクセスを改善するか(別所俊一郎)
第5章 子育て世帯への支援策に再分配効果はあるか――2007年国民生活基礎調査を用いて(府川哲夫)
第II部 成年期の社会保障を考える
第6章 若者の就業形態は生涯所得に影響を与えるか(阿部修人)
第7章 失業手当の受給者はなぜ減ったのか(酒井 正)
第8章 独身女性は予備的貯蓄をなぜ積み増すのか(暮石 渉・若林 緑)
第9章 「寿退職」「出産退職」を規定するものはなにか――性別役割分業意識と就業行動(坂本和靖)
第10章 長時間労働は健康にマイナスに働くか(戸田淳仁)
第III部 高齢期の社会保障を考える
第11章 介護サービスは家族による介護を代替するか(菊池 潤)
第12章 在宅介護サービスの充実は自宅での看取りを下支えできるか(泉田信行)
第IV部 セーフティネットの機能と効果を考える
第13章 障がい者の暮らしと家族をどう支えていくべきか(金子能宏)
第14章 地方は生活保護をどのように実施してきたか――生活保護費に関する関係者協議会における議論をめぐって(林 正義)
第15章 医療・介護分野への資源配分はどのくらい経済効果をもたらすか(加藤竜太)
終章 新たなリスクを見すえた支援策(井堀利宏・金子能宏・野口晴子)

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日本特有の“普通のエリート”を見直す時期

『労基旬報』11月25日号に掲載した「日本特有の“普通のエリート”を見直す時期」をアップしました。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/roukijunpo121125.html

改正高齢者雇用安定法で65歳までの例外なき継続雇用が義務づけられる一方、政府の会議が40歳定年制を提唱するなど、中高年雇用をめぐる議論はなお混迷の中にあります。しかし多くの議論は、なぜ日本の議論が混迷するのか、その根源に遡って論ずることがありません。

そもそも、欧米で雇用問題といえば若年者雇用問題であって、中高年が問題の焦点になること自体が異例です。その直接の理由はもちろん、日本的な年功賃金制による中高年の人件費コストにあるわけですが、そのさらに根源にあるのは、雇用契約を特定の仕事とそれに対する報酬の交換と考えるジョブ型の発想ではなく、会社の一員となって会社のために尽くす代わりに家族も含めてその生活を保障するというメンバーシップ型の発想が戦後一般化したことがあります。そのため、子どもの教育費や住宅費がかさむ中高年期に賃金のピークが来るように年功的な賃金制度が構築されました。

もともと労働組合の要求によって作られた年功制を企業にとっても長期的に合理的な制度として運用するために、年功制が適用される日本の「正社員」には欧米の普通の労働者とは異なる高い水準の「義務」が課せられ、労働者側も生活保障の代価として進んでこれに応じてきました。職務の限定なく会社の必要に応じてどんな仕事でもやる、時間や空間の限定なくいつでもどこでも仕事をする、残業や配転を断るような者は解雇されても仕方がない、といった日本型「正社員」の規範は、欧米ではごく一部のエリート層労働者にのみ適用されるものです。アメリカのエグゼンプト、イギリスのマネジリアル、フランスのカードルなど、こうしたエリート層は、入口からその身分であり、若い頃からそれにふさわしい極めて高い処遇を受けています。それに対して圧倒的多数の普通の労働者は、そのような義務は負わず、ほどほどの処遇とほどほどのワーク・ライフ・バランスを享受しています。

ところが、日本の「正社員」は、将来の保障という(少なくとも今までは空手形ではなかったとはいえ)手形証文と引き替えに、欧米の普通の労働者並みの処遇で欧米のエリート並みのハードワークをこなしてきました。もちろん、生涯ベースでは釣り合いがとれているからそういう社会的取引が成り立ったわけですが、急速に進む高齢化の中で、世代同士のバランスが崩れてきつつあることが、今日の議論の混迷の背後にあります。近年話題の「ブラック企業」は、低処遇でハードワークの上に将来の展望も保障もない「偽装普通のエリート」という姿を示しています。

特殊日本的な「普通のエリート」の存在がかつての高度成長を支えたことは確かですが、そろそろ見直すべき時期が来ているのかも知れません。

(追記)

これを百万倍(十億倍?)くらい過激かつ下品にすると、めいろまさんのキャリアポルノって話になるわけですが、

http://wirelesswire.jp/london_wave/201211260725.html(キャリアポルノは人生の無駄だ)

言い過ぎて逆にヨーロッパについてもいささか現実離れしているところがあるのが頭の痛いところですが、文章の大部分のネタ狙いを除いて本筋だけ言えば、

ノンエリートがエリートと思いこまされて搾り取られるんじゃねえよ

という至極まっとうな話ではあります。

(再追記)

New_2 でもってこれを学術的手つきで扱うと、『日本労働研究雑誌』12月号の特集「「大学」の機能分化と大卒労働市場との接続」

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/new/

になるわけですな。

・・・よく知られている「エリート段階」「マス段階」「ユニバーサル段階」の3 つの段階のうち,現在の日本の大学はほぼ「ユニバーサル段階」に達しており,大学教育がかつてない大きな質的変容に直面していることは周知のとおりである。

第一に,大学教育と産業界との関連で現在もっとも注目を集めている「グローバル人材」養成と,構造的に進行している大学のユニバーサル化の議論は異なる方向性をもつ。すなわち,羽田提言の言う「大学としての共通性と分化」との関連が明確ではないため,たいていの労働研究者は「グローバル人材」か,「ユニバーサル大学」や「マージナル大学」かのどちらかの方向しか見ていない。労働研究者の間でも大学についての共通認識がなりたちにくいという今日的状況がある。

その隙間を狙って、マージナル大学の学生相手にグローバル人材たれと説くという奇妙な事態が現出するわけです。

しかも、

またこれまで労働研究において大学教育の内容に関心が持たれなかったいまひとつの要因は,新規学卒者を採用後に訓練をして一人前の組織人に育て上げていくという企業内訓練と「白地性」の重視があるだろう。すなわち,大学で何を学んだかというよりも,潜在的な可能性によって組織のメンバーを選びだし,企業内でキャリアをつませるという人材育成のあり方である。

なので、グローバル人材たりうる「潜在力」が求められてしまうわけです。グローバルなんちゃら学部にいたからといって身につくわけではない「能力」が。

で、ポルノに走る・・・、と。

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『ヨーロッパ労働運動の悲劇』を復刊して欲しい

Sturmthal_2昨日のエントリでも引用したシュトルムタールの『ヨーロッパ労働運動の悲劇』は、日本では1958年に岩波書店から岩波現代叢書の一環として、神川信彦・神谷不二両氏の翻訳により2冊組で刊行されています。

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%91%E5%8A%B4%E5%83%8D%E9%81%8B%E5%8B%95%E3%81%AE%E6%82%B2%E5%8A%87%E3%80%88%E7%AC%AC1%E3%80%89%E2%80%951918-1939%E5%B9%B4-1958%E5%B9%B4-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E5%8F%A2%E6%9B%B8-A-%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%AB%E3%83%A0%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%AB/dp/B000JAV82A/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1353852077&sr=1-1

これは今こそ読み返されるべき名著だと思うのですが、今ではほとんど知っている人も少なく、amazonでも中古品が1円とかいう値段がついてしまっています。

巻末の同叢書の一覧を見ると、カーの『危機の二十年』、ノーマンの『日本における近代国家の成立』、ヒックスの『価値と資本』、カッシーラーの『人間』、ハヤカワの『思考と行動における言語』など、その後岩波文庫に収録された名著が結構並んでいますが、シュトルムタールのこの本も決してそれに劣らない値打ちがあると思うのですよ。

岩波書店の中の人が見てたら、是非一度書庫から取り出して、半世紀以上前に出版された本書を読んでみて、今の時代に何らかの示唆を与えるものであるかどうか検討してみて欲しいと思います。

第Ⅰ巻
第1部 なぜ労働運動は失敗したか
 第1章 プレッシュア・グループか政治的行動か
 第2章 革命政党からプレッシュア・グループへ
 第3章 レーニン主義
第2部 革命の挫折
 第4章 ドイツ労働者の典型ヘルマン・ミュラー
 第5章 社会主義者と革命
 第6章 中産階級共和国の安定
第3部 大恐慌における労働運動
 第7章 「医者たるべきか嗣子たるべきか」
 第8章 イギリス労働運動、失策を重ねる
 第9章 ドイツ社会民主党の「寛容」政策
 第10章 フランスのニュー・ディールの失敗
 第11章 スウェーデンの労働運動の成功

第Ⅱ巻
第4部 ファシズムの昂揚
 第12章 ファシズムの出現
 第13章 ファシストの敗北
 第14章 ヒトラーの勝利
 第15章 二月の大砲
 第16章 労働陣営の新戦術
第5部 国際場裡のファシズム
 第17章 社会主義対外政策とファシズム
 第18章 人民戦線
 第19章 スペイン内戦
 第20章 ミュンヘンへの道
 第21章 奈落の底へ
第6部 展望
 第22章 地下運動
 第23章 新しい機会

・・・経済学の専門家であるヒルファーディングは、高度に発展した資本主義経済の複雑なメカニズムに強い印象を受けたので、彼はそれに対するほとんど全ての干渉を危険なものと考えるに至った。すなわち彼は、マンチェスター派の自由主義者に接近していった。彼は、イギリスでスノーデンが演じたと同じ役割を演じ、恐慌中に提案された繁栄の回復を早めるための多くの計画を拒絶した。そのような努力は、よくいってさらに悪い経済的破局の道を用意するに過ぎないと確信してであった。・・・

・・・社会民主党は、異常な強度と持続性を持つ恐慌を洞察しなかった。経済的暴風が全勢力をもって吹き荒れていた1931年になってすら、彼らは、危機自体の緩和にはあまり役立たず、ただ労働階級の直接的苦悩を軽減することを主眼とした政策を固執した。多くの社会民主党と労働組合の指導者たちは、オーソドックスの理論に執着していた。それは、国家の干渉は目先の救済をもたらしはするが、それはただその代償として危機を一層長期にわたらしめ、さらに性質において一層厳しいこともあり得るような別の恐慌を準備するに過ぎないという理論である。従って社会民主党と労働組合は、政府のデフレイション政策を変えさせる努力は全然行わず、ただそれが賃金と失業手当を脅かす限りにおいてそれに反対したのである。・・・

・・・しかし彼らは失業の根源を攻撃しなかったのである。彼らはデフレイションを拒否した。しかし彼らはまた、どのようなものであれ平価切り下げを含むところのインフレイション的措置にも反対した。「反インフレイション、反デフレイション」、公式の政策声明にはこう述べられていた。どのようなものであれ、通貨の操作は公式に拒否されたのである。

・・・このようにして、ドイツ社会民主党は、ブリューニングの賃金切り下げには反対したにもかかわらず、それに代わるべき現実的な代案を何一つ提示することができなかったのであった。・・・

社会民主党と労働組合は賃金切り下げに反対した。しかし彼らの反対も、彼らの政策が、ナチの参加する政府を作り出しそうな政治的危機に対する恐怖によって主として動かされていたゆえに、有効なものとはなりえなかった。・・・

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寄宿学校の先生の宿直勤務@ベルギー

欧州委員会がベルギー政府に対し、同国の寄宿学校の先生の夜間の待機時間勤務について、労働時間指令に違反するとして是正を求めたということです。2ヶ月以内に是正が図られない場合には、欧州司法裁判所に訴えられることになります。

http://ec.europa.eu/social/main.jsp?langId=en&catId=89&newsId=1726&furtherNews=yes

The European Commission has requested Belgium to take measures to correctly apply the EU working time Directive (2003/88/EC) to teachers in Belgian residential schools.

具体的にはどういうことかというと、

In Belgium, overnight on-call time at the workplace worked by teachers in residential schools is not counted 100% as working time e.g. an overnight duty of 8 hours is counted as 3 hours' actual working time. The teachers can be obliged to perform up to four such overnight duties per week. The overnight duty can be further combined with a daily shift.

This could result in breaches of the provisions of Directive 2003/88/EC which sets a maximum limit to weekly working time (48 hours on average) and requires minimum rest periods, in particular a minimum daily rest of 11 consecutive hours per 24-hour period. Derogations from the rules on rest periods are possible in some cases provided that an equivalent period of compensatory rest follows on immediately from the working time which it is supposed to compensate.

ベルギー法では、寄宿学校の先生の夜間待機時間は100%労働時間として勘定されず、3時間分としか勘定されないようです。これと日中の労働時間を足すと、EUの労働時間指令に違反するよ、というまあ当たり前の指摘。

とはいえ、病院の医師とか学校の先生についてこういう問題が出てくるのを見ると、やはりヨーロッパでも「先生」といわれるような専門職については、労働時間をうるさく言うもんじゃないという雰囲気がある程度あるのでしょうかね。

ま、とはいえ、「先生」とは縁もゆかりもない職業でもそういうのが当たり前という極東の国とはかなり違いますが。

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「労働の本質」

昨日、勤労感謝の日ということで、脱社畜ブログさんが

http://dennou-kurage.hatenablog.com/entry/2012/11/23/231628(今日は勤労感謝の日なので、「労働」の本質について考えてみた)

を書かれていて、その中で、

僕が考える労働の本質はものすごくシンプルだ。それは「自己実現」でも「成長」でも「社会貢献」でもなく、単純に「働いた分のお金をもらう」ことだと思っている。「労務を提供して、それに見合った対価をもらう」という行為が労働の本質であり、絶対に欠けてはならないコアはこれである。他は枝葉であり、あってもなくてもいいと思っている。

・・・

このように、現在の日本社会では「労務を提供してそれに見合った金をもらう」といった本来あたりまえであるはずのことが、平然と蔑ろにされている。これは、労働の本質が、「働いた分のお金をもらう」ことではなく、本来副産物に過ぎない「自己実現」や「成長」にあると間違った捉えられ方をしているのが一因ではないかと考えられなくもない。

「仕事」や「働くこと」の価値として、「自己実現」や「成長」ばかりを強調する経営者がいたら、注意をしたほうがいい。「労務を提供してそれに見合った金をもらう」といった労働の本質が、正しく成立しているかよく確認してみよう。もしこれに大きな不均衡が見られるようだったとしたら、経営者はあなたを騙したり、搾取しようとしている。そんなニセの労働を、尊んだり感謝したりする必要など微塵もない。

と論じています。

あっさり読めば、近頃はやりのブラック企業だの、やりがい搾取だのといった話であるわけですが、この「労働の本質」という言葉、想像する以上に深い意味があったりします。

ここで電脳くらげさんが述べている「労働の本質」は、いうまでもなく日本国民法や労働基準法をはじめとした労働諸法律が前提とするものであり、世界中の「資本主義社会の」労働法制が前提とするものです。労務を提供し、その報酬を受け取るという債権契約関係として「労働の本質」をとらえるところから、ほとんど全ての労働法学と労働経済学は成立しています。

ところが、そういう「労働の本質」は、資本主義社会という歪んだ社会の歪んだ発想であって、人間の本来の姿-類的本質-においては、「労働の本質」はもっと美しいもの、気高いもののはずだ、というのが、資本主義を否定するたぐいの社会主義-資本主義を前提とする社会民主主義とは峻別される意味での-の考え方なんですね。

で、そういう社会主義者が構築した社会主義国家においては、「労働の本質」は労務と報酬の交換などという俗物的なものではなく、偉大な社会主義国家を建設するための高貴な奉仕になったりするわけで、その結果、資本主義社会では「本来あたりまえであるはずのことが、平然と蔑ろにされ」たりしたわけです。

資本主義社会では「本来あたりまえであるはずのことが、平然と蔑ろにされ」ているというのは、「労働の本質」を社会主義的に捉えている発想の帰結なんですね。

ブラック企業を作り出しているのは、労働者を搾取してやろうと考えている悪辣な資本家であるよりも、あまりにも麗しい「労働の本質」を誰彼構わず押しつけたがる「正義感」であることの方が多いのではないでしょうか。

(追記)

「仕事」や「働くこと」の価値として、「自己実現」や「成長」ばかりを強調する」評論家にも注意をした方がいいかもしれません。

http://twitter.com/joshigeyuki/status/272322915771494400

どこそこの会社がブラックだとか、あそこは残業少ないらしいよとか心配するのもまあ否定はしないけど、どうやって自分が成長するかを考えた方が多分長い目で見れば幸せになるはず。

この「ワカモノの味方」氏は、「労働の本質」を「労務を提供し、その報酬を受け取るという債権契約関係」であるよりは、「どうやって自分が成長するか」にあると心得ているようです。

いや、世間で蔓延る人事コンサルタントの圧倒的大部分はまさにそういう「正義感」あふるることを言うて飯を食っているんで、なんら特別でも何でもないわけですけど。

(追記の追記)

http://twitter.com/magazine_posse/status/272324624954560512

城繁幸さんが、どこがブラック企業を気にするより、どうやって自分が成長するかを考えようとつぶやいてたけど、ブラック企業に入って心身を潰されたら若者が成長できなくなるんじゃないのかなあ。そこは昭和的価値観的なシバキ型で乗り越えよってことなんだろうか。

http://twitter.com/magazine_posse/status/272331309186174976

城さんはジョブ型賃金や社会保障についても主張しているのに、ブラック企業を気にせず働くか、企業に人生を丸投げする日本型正社員で働くかの選択肢しかないと読者に思わせたいのかと思ってしまう。ジョブと社会保障で自立的に生きられるノンエリートの働き方を前向きに提示してほしいですよね。

http://twitter.com/kazugoto/status/272626453089230848

自分たちの世代「だけ」はエリートだから、自分たちの世代は成功するが、上の世代はたたき落とし、下の世代は自分たちの世代にとっては邪魔だから「ゆとり世代」バッシングによって貶める。それが一部の雇用流動化論者にとっての「平成的価値観」(ドヤァ)なのではないか。

昭和的価値観を目の仇にしている振りを演じている人が実は一番昭和的価値観にどっぷり浸かっていたというのが本日のオチと。

(再追記)

いっぽうで、今をときめくイケダハヤト氏の「伝統芸」ぶりも・・・。

http://twitter.com/j_sato/status/272570260874465280

イケダハヤトさんの【「お金のために働く」のは時代遅れ】の後に、これを読むと彼のような思想は一種の伝統芸なんだろうなと / 「労働の本質」: hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)

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つか、それこそが金融左翼なんだが・・・

松尾匡さんが、もと朝日記者の記事に対して。

http://matsuo-tadasu.ptu.jp/essay__121124.html(欧州左翼はこんなに「金融右翼」だぞ~(笑))

と述べています。「金融右翼」ってのは元記事の山田厚史氏の表現ですが、いや、それは「金融右翼」じゃなくて「金融左翼」でしょ、20世紀以来の常識で言って。

それは、本ブログでも相当以前から繰り返しているんですが、松尾さんのお友達と覚しき方面からは罵詈讒謗しか聞こえてこないのが悲しいところです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-4a3a.html(欧州労連曰く:日本型デフレに陥るな)

デフレとの戦いに勝つ金融政策を、インフレ率がゼロに達する前に利率を徹底して下げろ、

賃金の下方への柔軟性を避けろ、さもないとデフレが昂進するぞ、

不安定雇用も労働者の交渉力を弱めることによってデフレを加速するんだ、

という風に、本来的な意味での労働者側や社会民主主義勢力が主張すべきことを適切に主張しております。

反労働者的な揚げ塩さんたちにリフレの旗を独占させて平気なこの日本のねじれを嘆くのももう幾年月という感じですが。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-bd8b.html(「他人の経験」に学ぼうとする欧州労連)

・・・しかし、「労働者の側に立つ」とか「社会民主主義」とかいうのは、経済政策においてこういうケインジアン的立場に立つことなんだよ、と未だに(それに反する思いこみ(とはいえ、日本においては知識社会学的現実でもある)に対して)説明しなければならないということ自体が徒労感ですが。

(追記)

なお、上記を読んでこられた方には言うまでもないことですが、理解の乏しい方もおられるようなので念のため一言。

こういう欧州労連の考え方は、言葉の正しい意味における「リフレ派」と呼ぶことは可能ですが、もちろんどこぞの国のネット上ではびこっているような、最低賃金の意義を否定し、積極的労働政策を馬鹿する、リフレ粉をちょいと振りかけただけのフリードマン教徒の揚げ塩さんたちとはその本質において正反対であることは言うまでもありません。「リフレ」というおまじないを唱えれば、みんな仲間というわけではないのです。

(追記)

一方で、社民党は極右になったそうですし・・・

http://twitter.com/ustht/status/272233386481950721

社民党はいつから極右になったの?解党してください。 社民党の又市征治副党首は22日の記者会見で、「『生活』や減税日本などとは政策がおおむね一致してきている 

ぎゃ、減税日本と「政策がおおむね一致」する社会民主主義・・・

(再追記)

本ブログでかつて紹介したシュトゥルムタールの『ヨーロッパ労働運動の悲劇』から、現代にこそ際だつ痛切な一節を・・・

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/post-5632.html(他人の経験)

・・・大不況が1929年に始まったとき、前述と同様な矛盾した事態が起こり、それは一層大きな重要性を有し、いっそう広範な結果をもたらしたのである。ヨーロッパの大手労働者団体は、不況を処理する政策を持っていなかった。まさに、労働組合のみが明確な方針を有していたのである。即ち、それは賃下げ反対、失業給付切り下げ反対ということであった。しかし、これは経済政策ではなく、労働者に対して、恐慌の結果をできるだけ緩和する一つの試みに過ぎなかったのである。労働者政党は、それ自身の経済政策を有していなかったので、自己の哲学と隣接していると伝統的に考えられた運動から政策を借りてこざるを得なかった。それは、イギリスでは急進主義、大陸では民主主義的自由主義であった。その原則とは、均衡予算、安定した兌換通貨制、自由貿易であった。労働者政党は、経済恐慌というものが好況時に行われた不確実な投資を清算する手段として必要であると確信していた。・・・

以上の見解のいくつかは、労働運動の最近の経験から支持されていた。労働運動が均衡予算や安定通貨をいっそう良いと考えたことは、インフレの恐れで強化された。労働者政党は、インフレの悲惨な結果-低実質賃金、労働組合資金の破産、労働条件悪化への無抵抗-を最近になって認めたため、そういった社会的破滅を繰り返してはならないと決心していた。また、消費者の利益の擁護者としての労働者政党は、伝統的に保護関税に反対し、それを実質賃金の切り下げの試みと見なしていた。・・・

このようにして、ヨーロッパ大国の労働運動は、自由放任経済政策の守護者となった。そして、労働運動は、自由放任と明らかに矛盾する労働組合の要求と、自由放任経済政策とを関連づけた。賃金は、有効需要の縮小が物価を下げた不況前の水準を維持できなかった。税収入が減少し、失業が増大するにつれて、もし失業給付が不変に保持されるならば、予算の均衡は図られないであろう。労働運動は、組合の圧力や自由放任の圧力のいずれかを受けて、依然として仮死状態であった。他方、その運動を取り巻いている世の中は、崩壊しつつあった。・・・・・・・

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退職勧奨とICレコーダー

経営法曹会議から『経営法曹研究会報』72号をお送りいただきました。

特集は「退職の合意をめぐる諸問題」で、「退職勧奨の限界(パワーハラスメントとの境界線」「退職の意思表示の撤回・退職の意思表示の瑕疵をめぐる諸問題」「希望退職募集に関する諸問題」「有期労働契約の更新上限特約・不更新特約をめぐる諸問題」という4つのテーマについて、報告・討議がされています。

このうち、最初の退職勧奨とパワハラの境界についての報告で昨年の日本航空雇い止め事件(労判1041号)が論じられたのに関わって、司会の伊藤昌毅さんがこう述べているのが興味深いです。経営法曹という立場から会社側への注意事項として、

・・・今はICレコーダーが非常に普及していますから、むしろ隠し録りされているのが当たり前と思っていないと、使用者側の対応としてはおそらくミスにつながりかねないだろうと思っています。

それに対して、しばらく前のICレコーダーがこれほど普及する前ですと、当時も小型のマイクロカセットレコーダーはありましたが、オートリバースをしても90分、120分がせいぜい出、録っている間にカチャッという音がするものですから、隠し録りがすぐにばれてしまうので、なかなか隠し録りができなかったという問題があろうかと思います。

今はそういう意味では10数時間、あるいは20数時間、長時間にわたって録れますので、私も経験しているのは、しばしば出社時点からずっとICレコーダーを回しっぱなしで上司に相対峙する。不良社員、もともと会社から目をつけられている社員は、そういう対応を取ることも十分あるというのが今の情況だろうと思います。・・・

電子機器の急激な進化が、こういう労使紛争のありように影響を与えているという指摘は、言われてみないと分からないだけに、大変面白かったです。

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仲間割れ

黒川滋さんのツイート:

http://twitter.com/kurokawashigeru/status/271651775101145090

高橋洋一と池田信夫が仲間割れしているんだ。びっくり。

Hay_2まあ、「りふれ粉」を振りかけたシバキ派と、振りかけないシバキ派ですから、厳密に言えば「仲間割れ」ではないのでしょうが、先日のコリン・ヘイ『政治はなぜ嫌われるか』でも指摘されている公共選択論という疑似科学にどっぷり浸かっているという点では、同じ穴の狢であることは確かなのでしょう。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-5ea4.html(公共選択論の大罪または政治はなぜ嫌われるのか)

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ブラック企業現象の診断と処方箋@『JSHRM Insight』2012年11月号

Is71『JSHRM Insight』2012年11月号が日本人材マネジメント協会のサイトにアップされているようです。わたくしのインタビュー「ブラック企業現象の診断と処方箋」も載っています。

http://www.jshrm.org/wp-content/uploads/insight71.pdf


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中央公論対談記事の一部が

2229_issue_img10日前に発売された『中央公論』12月号、話題を呼んでいる柳川範之さんの40歳定年論と、それに対する海老原さんとわたくしの対談が、それぞれ冒頭の一部だけですが、中央公論社のサイトにアップされています。

http://www.chuokoron.jp/2012/11/post_156.html(四十歳定年制の真意は誤解されている 柳川範之=東京大学教授)

まず申しあげたいのは、「四十歳定年制」は報告書の主要なメッセージではなく、日本経済が生き残っていくために、社会全体の構造を変える一つの方法として提案したということだ。「四十歳定年制」は想像していた以上に強い言葉で、四十歳で働き場所がなくなってしまうというような感覚で受け止められ、そこだけがクローズアップされてしまった。後で述べるが、四十歳で雇用を切るという意味ではないことを強調しておきたい。

 今回の議論は、日本経済が直面する三つの構造的な問題をどのように軽減、克服するかという問題意識が出発点にある。第一に人口減少、特に十五~六十四歳の「生産年齢人口」が今後大幅に減少する。経済成長が鈍化する一方、高齢者を支える現役世代の負担は大きくなる。少子化対策や移民政策は即効性にも短期的な実現性にも欠けるため、現在の人口構造は当面変わらないだろう。現実的な対策は、女性や高齢者など意欲も能力もあるのに活用されていない人が働けるようにすることだ。

 第二に経済や社会の変化のスピードが速くなり、一つの世代が働き始めてから引退するまでの三〇~四〇年ほどのあいだでも大きな環境変化が生じる。変化に対応するための能力開発が行われなければ、限られた労働力も有効に活用できなくなる。

 第三に、人々の寿命が延び、長い一生をどのように生き、働くかを個人が見直すべき時期に来ている。例えば「六十歳定年」と言っても、平均寿命が六十代半ばの時代と八十歳超の時代とでは全く意味が異なる。第一の点とも相まって、定年後の二〇~三〇年を全て社会保障でまかなうことはできないとの前提で、これからの働き方を考えようというのが議論の背景だ。

(続きは本誌でお読み下さい)

http://www.chuokoron.jp/2012/11/post_157.html(管理職を目指さない自由を 「四十歳定年制」より大事なこと)

海老原 今年の夏、国家戦略室のフロンティア分科会「繁栄のフロンティア部会」で提言された「四十歳定年制」。少し正確に言うと、日本が二〇五〇年に繁栄しているにはいくつかの条件が必要で、その一つとして、みんなが七十五歳まで働き、人生で二、三回転職することが普通になる社会にするために、「労使が自由に定年年齢を設定できるようにして、最速で四十歳定年制を認める」というものです。問題意識としてわかるところもあるけれど、反発するところもかなりある。すぐに「ナンセンス」とコメントを出された濱口さん、いかがですか?

濱口 まず、定年とは法律学的に言えば、年齢に基づく強制退職年齢です。四十歳定年ならば、四十歳になったというただそれだけの理由で解雇することを、世の中の規範として確立しましょうということ。
 次に経済学的に考えれば、エドワード・ラジアーの議論を引き合いに出すまでもなく、賃金構造に直結する。賃金構造を変えずに四十歳定年制にするのであれば、会社のために一所懸命働いてきた労働者が、これからその貯金を下ろそうという時期にクビになる。経済学的に合理的な四十歳定年制があるとすれば、四十歳までに会社と労働者との間で仕事と賃金の貸し借りがゼロになる制度を作らなくてはいけない。はたしてそこまで考えているのか甚だ疑問です。

海老原 まず、定年が強制退職だという点からすると、年金との連結を考えなくてはいけませんね。

濱口 少なくとも先進国の水準から言えばそうなります。OECD諸国で現在、年金支給前の定年を禁止していないのは日本と韓国だけ。そもそも欧米の感覚では、年齢を理由にした解雇が許されるとすれば、それは国がちゃんと年金を支払うという条件が必要でしょう。アメリカに至っては上限なく年齢差別が禁止されている。

海老原 二番目の賃金制度については、僕もまったく同感です。この報告書は、“定年”の定義をゆるやかに捉えていて、「期限の定めのない雇用契約を正規とするのではなく、有期を基本とした雇用契約」にすべきであるとしています。僕は、細かな点はともかく、就職して二〇年経った時に、次の再契約をするかしないか考えてみましょう、取り敢えず人生の途中で契約を一回清算してみましょうよ、という概念に関しては、肯けるところがあるのですが。

濱口 辞めたい人がもっと気楽に辞められる社会という趣旨なら賛成ですが、辞めたくないのに辞めさせられる社会が望ましいとは思えません。本音を言えば、年功的な賃金体系のために中高年の人件費がかさむので、早いうちに追い出したいというだけではないのでしょうか。

(続きは本誌でお読み下さい)

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『留学生のための時代を読み解く上級日本語 第2版』

Jidai_wo_yomitoku_jyokyu_nihongo_da『留学生のための時代を読み解く上級日本語 第2版』をお送りいただきました。

http://www.3anet.co.jp/ja/3541/

刊行以来ご好評いただいている『留学生のための時代を読み解く上級日本語』の第2版です。読解・会話・作文の学習を通して上級レベルの日本語力が身につくよう作られた教材です。旧版の本文内容を一新しました。日本社会を深く探りながら日本語を学べるお勧めの1冊です。   

というと、はぁ?なんでhamachanのところにそんな本が来るのか?と思われるかも知れませんが、実は本書に、拙著の一部が収録されているのです。

収録されているのは、『新しい労働社会』の序章の冒頭部分。「職務のない雇用契約」「長期雇用制度」「年功賃金制度」「企業別組合」の4つの節です。

おそらく、日本語の勉強用の教材であるとともに、日本の雇用システムについて概観的に学習できるようにという配慮で収録されたのでしょうね。


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東大社研シンポ「危機に克つための雇用システム」

鬼が笑うかどうかはともかく、来年のイベントの予告です。

東京大学社会科学研究所のシンポジウム「危機に克つための雇用システム」が来年1月11日(金曜日)の午後1時から開催されます。

http://web.iss.u-tokyo.ac.jp/future/sympo.html

近未来の雇用システムを考えるとき、必要なのは真の意味で「危機に強い雇用システム」です。それは今後、危機が起こったとしても、たくましく雇用社会が復元・復興する力を持つためのシステムです。さらには最悪の事態が生じるのを未然に防ぐ事前システムでもあります。
  危機を考えるとは、事前、渦中、事後といった時間軸をいかに設定し、その中での適切な対処をいかに設計・実行するかということだと思います。本コンファレンスでは、危機に克つため雇用システムの具体像を提案します。

ということで、プログラムは以下の通り。

挨拶
    石田 浩(東京大学社会科学研究所所長)

第1部 講演
  玄田 有史(東京大学社会科学研究所教授)
      『危機に克つ雇用システムとは―委託事業の成果報告』
    コメント
      濱口 桂一郎(労働政策研究所・研修機構)

第2部 パネルディスカッション
     『これからの雇用システム』
     パネリスト
     黒田祥子(早稲田大学)
     白波瀬佐和子(東京大学)
     濱口桂一郎(労働政策研究・研修機構)
     佐藤博樹(東京大学)
    中村圭介(東京大学)
    水町勇一郎(東京大学)
     司会
      玄田 有史(東京大学)

第3部 全体討論

なぜか、わたくしが玄田さんの基調講演に対してコメンテーターとして噛みつき(?)、その後も居並ぶ立派な方々に混じってパネリストとして余計な口を挟むことになっています。

乞うご期待などと言っていいのかどうか分かりませんが、上記リンク先から参加登録できるようになっておりますので、ご関心のある方々はどうぞ。

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新入社員が3年で辞める会社@『週刊現代』

Top_hon_03 『週刊現代』12月1日号が、政局記事の陰に隠れながらですが、「新入社員が3年で辞める会社」というちょっとした記事を載せています。

http://online.wgen.jp/

上西充子さん、POSSEの川村遼平さん、弁護士の佐々木亮さんなどとならんで、私もちょびっとだけコメントしています。

ちょびっとだけなので、多分週刊現代の読者の方々にはあんまり伝わっていないような気もしますが・・・。

Mokuji

(追記)

しかし、この週刊現代の釣り広告を見るにつけ、ウィンストン・チャーチルではないですが、

民主党は最悪の政党と言うことが出来る。民主党以外のあらゆる政党を除けば、だが・・・

という台詞が湧いてくる人も多いかも知れません。

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公共選択論の大罪または政治はなぜ嫌われるのか

4000258699岩波書店の伊藤耕太郎さんから、編集者として刊行に当たられたコリン・ヘイ著・吉田徹訳『政治はなぜ嫌われるのか ―― 民主主義の取り戻し方 ――』をお送りいただきました。いつも有り難うございます。

http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/9/0258690.html

先進デモクラシー各国で進む投票率の低下や政治家への不信感の高まり.それはなぜか.新自由主義による「政治」への攻撃やグローバル化に伴う国内政治の無力化,社会科学における合理的選択論の隆盛から政治学者の責任まで,さまざまなファクターを斬新な視点で検討し,「政治」の再生はいかにして可能かを探る.従来の「政治」観を刷新する,イギリスの新世代政治学者による注目の書.

日本も、いやある意味では日本こそが、いま現在進行中の政治芝居それ自体が、本書をとてもとてもアクチュアルなものにしています。

という抽象的な言い方ではよく分かりませんよね。

そう、一ついい例を出しましょう。今日の政治不信、それもディマンドサイドよりもむしろサプライサイドの政治家自身や政治評論家が全力で煽り立てている政治不信の「疑似学術的」源泉の一つに、今から30年くらい前に流行ってその後あまり表舞台では姿を見なくなった「公共選択論」という「学問」があることを、次の一節は、あまりにも生々しく示してくれています。

そう、ケインズではないですが、今日の政治家や政治評論家たちは、みんな誰一人読んだこともない公共選択論という疑似科学の精神的奴隷なのです。

・・・1980年代以降、先進自由民主主義国やその他の国の政治エリートは、学会で生産された公共選択論の疑似学術的な理論を受容し、内面化してきた。そして、それが政治エリートの自己不信に貢献することになったのである。公共選択論は、一般的に政治家や政治エリート、公務員が道具主義的な前提から行動すると想定する。もし政治家や公僕が合理的で計算し尽くされた自己利益的な行動をとるならば、彼らが公的・集団的な財を提供することなどない、と指摘したのである。こうした立場は、1970年代に広まった危機を上手に説明する理論として受容された。これは、限られた税収を基盤に政府支出の恒常的拡大を求める有権者を満足させようと、その期待値をつり上げ続ける「過重負担」によって時代の危機は引き起こされたという説明を生んだ。そこから求められるのは、簡単に言えば「政治」をより少なくすること(政治とは政治家の道具主義的な自己利益と彼らが仕えるセクターのことだから)、「公的部門」を少なくすること(公的部門は「公僕」の既得権益に守られた官僚機構の非効率性そのものだから)であるとしたのである。

以上のような考え方を政治エリート自らが自家薬籠中のものとしたというのは、不可思議に聞こえるかも知れない。たしかに、現代の公共政策における公共選択論の影響は、自己否定の響きがどこかにある。しかし、その影響力は衰えるばかりか、例えば中央銀行の独立性が擁護されていることに見られるように、政策形成とその実施を独立した公的機関に委任し、公共政策を「脱政治化」するという広範なトレンドとなって現れている。そして、「政治」はより少ない方がよいと政治家すらも考える時代にあって、政治不信と政治離れが蔓延するのは当然のこと、ということになるのである。(p73-74)

なんだか、今日の日本の姿をそのまま腑分けしたような犀利な分析です。敢えて余計なことを付け加えれば、日本の場合新自由主義的な公共選択論の影響だけでなく、もともと国家権力といえばことごとく否定したがる「りべさよ」感覚が左翼方面で強かったことが、さらに輪をかけたといえるかも知れません。

そして、今日の日本に特有の奇怪な現象といえば、まさにここに摘出されたような公共選択論的センスを全開にして政治的資源配分や公共部門を目の仇にして叩きながら、なぜかその論理的帰結とは正反対に、上述の中央銀行の独立性に対して「だけ」は、それ「のみ」については、叩く側にまわるという、いささか失調気味のような特殊日本的「りふれは」現象といえましょう。マクロ金融政策以外のあらゆる全てについては政治不信、政治離れを煽れるだけ煽っておいて、なぜかマクロ金融政策「だけ」は政治家に全幅の信頼を置くという不思議な人々のことです。

ちなみに、本書を訳した吉田徹さんが、「しのどす」で本書の紹介旁々のエッセイを書かれているのでリンクしておきます。

http://synodos.livedoor.biz/archives/1996076.html(脱政治化の時代の政治 吉田徹)

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モビケーションセミナーにて

20121120155836昨日のモビケーションセミナーについて、参加されていた田中萬年さんが写真とともにリポートしていただいております。

http://d.hatena.ne.jp/t1mannen/20121121/1353448155(モビケーションの重要性に共感)

最初に宮本教授が挨拶を兼ねてセミナーの趣旨を述べ、ペダション教授が「フレキシキュリティの後に--ヨーロッパ雇用政策の新機軸としての教育とモビリティ」との基調講演を行いました。

続いて文部科学省生涯学習局政策課松永賢誕企画官と、労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎統括研究員が講演のコメントを行いました。

濱口氏は厚生労働省の見解ではなく、個人的考えだとして、自論をも加味しつつコメントされました。その結論は「何故モビケーションが雇用対策になるの?」との疑問が日本人に出ることがモビケーションの意義だ、とやや皮肉っぽく述べたことが印象的でした。それは日本人の「教育」観に教養的教育はあったも職業やスキルを行うと言うことが無いからだ、という論旨で解説されました。全く同感でした。

肝心のペダションさんの講演については、同じく参加されていた明治学院大学の坂口緑さんがツイートで紹介しています。

http://twitter.com/midorisa/status/270827553688780802

「雇用転換のなかの生涯学習」セミナーに参加。宮本太郎先生、濱口桂一郎さんなど。Ove Kaj Pedersen先生の「モビケーション」をめぐる議論でした。

http://twitter.com/midorisa/status/270828114609860608

「雇用転換のなかの生涯学習」セミナーでペーダーセン教授。「フレクシキュリティがどうしてこんなに広まったのか不思議です。中身は空っぽなのに。(私の造語である)モビケーションも同じです。中身はありません。アカデミックな用語ではなく、政策上の戦略の言葉だからです」。

http://twitter.com/midorisa/status/270828822465748993

中身は空っぽという前提のもとに、先の分からない労働市場を見据えてどんなスキルが必要なのか…スキルの中身もまた空っぽ。でも何度もやり直しができる仕組みをあらかじめつくっておく、という話なのだと理解しました。

http://twitter.com/midorisa/status/270829109070929920

「雇用転換のなかの生涯学習」。セミナーで厚労省と文科省の「協働」の実績や協働への期待がなんどか話題になったのが印象的。でもこれ何年も何年も繰り返しているような。

ちなみに、坂口緑さんとは初対面でしたが、両角道代さんとともに翻訳された

100448http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-8a19.html(ホックシールド『タイムバインド』)

を以前お送りいただいておりました。改めてありがとうございます。

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海老原嗣生×上野千鶴子@『ちくま』

5_1063642491筑摩書房のPR誌『ちくま』11月号で、海老原嗣生さんと上野千鶴子さんが対談しています。題材は、本ブログでも取り上げた海老原さんの近著のちくまプリマー新書『女子のキャリア〈男社会〉のしくみ、教えます』をめぐってです。

http://www.chikumashobo.co.jp/blog/pr_chikuma/entry/806/

冒頭から飛ばしていますが、この認識のまっとうさが雇用問題の流行の議論からすっぽりと抜け落ちガチになってしまうのが、この業界の宿痾であるわけですが・・・。

海老原 私はずっと雇用問題をやってきた人間です。取材や取引で多くの企業を見てきたのですが、一番の問題はジェンダーでしかないと思っているのです。非正規問題も、基本はジェンダーの問題だと思います。

上野 全くその通りです。

海老原 たとえば、大卒男子はロスジェネ世代でも、卒業当時は正社員率が八二%くらいだったのが、今は九二%まで上がっています。加齢と共に、どんどん正社員化しているんです。対して女性は、入口でも七八%と五%低いのが、三〇代になれば六〇%程度。どんどん非正規になる。

上野 格差は初めからジェンダー問題だった。雇用崩壊はもともと女の問題だった。それが男にまで波及して「若者格差」になってから、初めて政治とメディアが問題としてとりあげたというのが、私の認識です。

海老原 私の友人の新聞記者の女性たちも、「女性かわいそう論」を書くと、デスクにはねられるというんです。「若者かわいそう論」にすり替えることで、ジェンダー問題を正面から考えさせない大きな「しかけ」になっている、と。

上野 よくぞ言ってくださいました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-761b.html(海老原嗣生『9784480688903_2女子の


キャリア』)

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社会保障制度改革国民会議委員候補

産経に、「会長に清家氏 社保国民会議の委員候補15人内定」という記事が出ています。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121120/stt12112001380000-n1.htm

民主、自民、公明3党は19日、国会内で社会保障制度改革国民会議に関する実務者協議を行い、清家篤慶応義塾長を会長にするなど15人の委員候補を内定した。政府は、今月中の初会合を目指し、各候補に委員就任を要請、了解を得た上で27日の閣議に委員名簿を報告する。

 委員候補はほかに、伊藤元重東大大学院教授や権丈善一慶大教授、神野直彦東大名誉教授、増田寛也元総務相、宮本太郎北大大学院教授ら。3党は、国会議員や社会保障関係の業界団体代表者を除外した上で、年金、医療、介護、子育て、地方自治など分野別に専門家を数人ずつ選んだ。

清家さんを始め、権丈さん、宮本さんと、いかにも順当なところです。社会保障改革については、自公政権でも、民主党政権でも、連立政権でも、どんな政権でもやるべきことはほとんど同じで、同じであることも認識されているということでしょう。

ただまあ、つねにそれが分かっていない人々がどどどと乱入してきて話をひっくり返して「ふりだしに戻る」を繰り返すというのが常なんですが。

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悪いのは僕じゃない。あれはパワハラなんだ

本日の日経ビジネスオンラインに、河合薫さんの「「悪いのは自分……」 部下が上司の“奴隷”と化す瞬間」という記事が載っています。

冒頭、厚労省の円卓会議の台詞から始まりますが、やはり迫力あるのは、あたかもドメスティックバイオレンスのごとく精神的に奴隷化されていくこの叙述でしょう。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20121119/239584/?P=2

・・・人間ってホント不思議ですよね。徹底的に自分を否定されると、どうにかして認めてもらおうと思うようになるんです。・・・

・・・何をやっても、何を言っても否定される。みんなの前で怒鳴られることもあれば、部屋に1人呼ばれてチクチクと言われることもありました・・・

人間って不思議ですよね。そうやってずっと怒られてばっかりいると、どうにかして認めてもらいたいって思うようになる。とにかく何とか上司に怒られないように、と。いや、どうにか認めてもらおうとする自分がいて。よくドメスティック・バイオレンスを受けている人が、悪いのは自分だと言って相手をかばうと聞きますけど、僕もずっとそんなふうに自分を責めていたように思います・・・

彼が、「このままでは自分が壊れてしまう」と危機を抱き、「こんな会社は辞めよう」と決意するに至ったのは、たまたま大学時代の同窓会があり、その際に上司からパワハラを受けて自殺未遂を起こした同級生の話を聞いたことがきっかけだったそうだ。

 「悪いのは僕じゃない。あれはパワハラなんだ」――。

 自分を客観的に見られた瞬間だった。その途端、それまでずっと自分にのしかかっていた重しが取れて、いろいろと考えた結果、「転職しよう」との見解にたどり着いたのだという。

やはり、人間心理をもっと研究しなくちゃ・・・、この問題は根が深いわ・・・。

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『東洋経済』11月17日号インタビュー全文

20120627000143211『東洋経済』先週発売号(11月17日号)に載ったわたくしのインタビュー記事を、明日発売の次の号の予告が東洋経済のHPに載ったので、アップしておきます。

風間直樹さんの長文記事の中でもちょっと触れられていますが、それをもう少しパラフレーズしています。

http://toyokeizai.net/articles/-/11748?page=7(解雇は当たり前、ニッポン雇用の修羅場@『東洋経済』)

「身内の不幸で有休を取得したら解雇を通告された」「データ改ざん指示を拒否したら解雇された」「店長から『俺的にだめだ』という理由で解雇された」――。

労政政策研究・研修機構が編集した『日本の雇用終了』には中小企業を舞台とした、耳を疑うような解雇事例が多数掲載されている。同機構では全国の労働局で行われたあっせん事例を詳細に分析。裁判例からは見えてこない、中小企業の解雇の実態を明らかにした。調査研究を担当した濱口桂一郎統括研究員は、「裁判所ではまず認められない、協調性がないなど『態度』を理由にした解雇が多い」と語る。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/toyokeizai121117.html

日本の解112050118雇規制は世界的にみても厳しく、ほとんど正社員を解雇することはできない、という前提で議論が行われていることが多い。こうした議論に対して、現実はもっと簡単にクビが切られている、といった実感を持つ人もいるだろう。ただその実感を実証するデータが乏しく、どうしてもこれまでの議論は価値判断に流されがちだった。

確かに裁判所に訴えれば、「解雇権濫用法理」に基づいて、少なくともアングロサクソン系の解雇自由の国と比べれば厳格に判断されている。ただし年間数十万件に上るとみられる解雇事案に対して、裁判になるのはほんの千数百件。時間とおカネをかけて、長期間の裁判で争うのは、多くの個人にとっては敷居が高く、現実的ではないからだ。そのため裁判例のみの分析では、議論のベースとするには不十分だ。

そこで今回、より現場に近く中小・零細企業でのケースも多い、都道府県労働局でのあっせん事例に着目した。労使双方の主張が明らかにされていることも多く、客観性もあるためだ。

調査の結果浮かび上がったのが、中小企業の現場では、かなりいいかげんな理由での解雇がまかり通っているということだ。

多くのケースで従業員の「態度」が解雇理由となっている。この態度には、上司や同僚とのコミュニケーションが悪い、協調性がないといった内容も含まれる。また有給休暇の申請や社会保険への加入を申し出たところ解雇されるといった権利行使への制裁的な解雇も横行している。こうした理由での解雇は裁判所ではまず認められない。

それに対して、本来典型的な解雇理由となるはずの「能力」に関しては、具体的にどの能力がどのように不足しているかが明示されているケースはあまりない。抽象的かつ曖昧で、ただ「できない」の一言だけだったりする。

そして中小・零細企業では経営上の理由による整理解雇も極めて簡単に行われている。日本は解雇規制が厳しいというのは、こと中小企業を中心とした日本の企業社会の現実からは、かけ離れている議論だといえるだろう。

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だからそれがジョブ型

Tanimoto世間では「めいろま」さんで通っている谷本真由美さんが「ロンドン電波事情」に「在宅勤務が可能な理由」というエッセイを書かれていますが、

http://wirelesswire.jp/london_wave/201211140824.html

これは外国の働き方を知っている人にとってはあまりにも当たり前のことですが、何がどう違うかを極めて明確にかつ分かりやすく説明しています。

日本の方から「なんで海外では在宅勤務が可能なんだ?!?!」と質問を受けることがあります。制度が違う、文化が違うと色々理由があるわけですが、個人的には最大の理由は個人の業務範囲が明確で、業績評価が成果物ベースであること だと思うんですよ。

つまり

ー誰さんは何をやる
ーいつまでにやる
ーどれだけやる
ー何を持ってできたとする
ー確認は誰さんがどのようにやる
ー約束した以上の成果がでたらいくらのボーナスを払う

「誰さんが、何を、いつまでに、どのぐらいやる」が、仕事をやる前に決まっている、わけです。これらを文書やらシステムに落として、人事やマネージャーや大きなボスが確認します。透明化するわけです。

つまり、それがジョブ型の働き方ということですね。

若干注釈的に言えば、業績評価云々はエリートないしそれに準じる層の話で、ノンエリートの場合「誰さんが、何を、いつまでに、どのぐらいやる」ができていればそれでよし、査定はないのがデフォルトという点くらいでしょうか。

それに対して、メンバーシップ型の日本では、

日本の組織も見てきましたけど、日本だと丸投げしちゃったり、そもそも評価がなかったり、紙に落としたりしないことが珍しくなく、「誰さんが、何を、いつまでに、どのぐらいやる」を整理しないで勢いだけで走ってしまうということが少なくない様です。あっても曖昧だったりします。

むしろ、労働者個々人に「誰さんが、何を、いつまでに、どのぐらいやる」が決まっていない点が、重要なのでしょう。

それは、めいろまさんがいうように在宅勤務を困難にしているだけではなく、そもそも個人単位での労働時間のコントロールを困難とし、恒常的な時間外労働や年次有給休暇の取りにくさの原因ともなっているわけです。

(参考)

『日本の雇用と労働法』より、

以上のような労働時間の無限定さの背景にあるのは、職務限定のないメンバーシップ契約という日本型雇用システムの本質です。Ⅰで「実際に労働者が従事するのは個別の職務です」と述べましたが、欧米の職場のように個々人に排他的な形で職務が割り振られているわけではなく、個々の部署の業務全体が人によって責任の濃淡をつけながらも職場集団全体に帰属しているというのがむしろ普通です。「自分の仕事」と「他人の仕事」が明確に区別されていないのです。そのため、同僚の作業がまだ終わっていないのに、自分の作業が終わったからさっさと仕事を終えて帰る、という行動様式をとることが難しく、結果的に職場集団の全員が仕事を終えるまでみんなで残業することが多くなります。正社員の辞書に「それは私の仕事ではない」という言葉はないのです。年休の取得が難しいのも、同じメカニズムが働いているでしょう。

(追記)

Ldc9cyo82qa75ll59lsx_reasonably_sma酒井英禎さんのツイート上のコメント:

http://twitter.com/elm200/status/269852616593375232

これこそ私が日本企業で働きたくない最大の理由…でも根本的な解決は不可能っぽい。日本人はこれ以外の仕事の組み立て方を知らないので。

http://twitter.com/elm200/status/269853157872521216

日本人の働き方が「ジョブ型」に移行しないかぎり、慢性的な残業体質もなくならないし、ブラック企業も消滅しないと思う。しかしこれは極めて極めて難しい課題だと思う…。

http://twitter.com/elm200/status/269857931770593281

一方でジョブ型の働き方は、大変味気ないという部分もある。日本で末端の労働者が実によく働くのは、やるべき仕事が厳密に定義されず、裁量に任されている部分があるからだ。現実的には、ジョブ型と日本型の良い部分を組み合わせて、労働者個人の自由時間も確保する工夫を積み重ねるしかないのだろう。

そう、メンバーシップ型の働き方は、日本の労働者がそれを希求し、獲得してきたものでもあるのです。この入り組んだ関係をきちんと見極めずに簡単に両断できると思うとかえって足を取られて転んでしまうわけです。

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政治学者舛添要一氏の名言

「現代ビジネス」の「舛添レポート」というのは、もちろん政治家舛添要一のメッセージを示す場なのでしょうし、実際前半はそういう文章なのですが、後半にはいると、さすがに昔取った杵柄というか、政治学者舛添要一の片鱗がほのかに感じられ、かつて駒場で舛添ゼミにいたこともあるわたくしとしては、そこで読まされた本が登場していることもあり、懐かしさから思わず引用してしまいました。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/34036

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/34036?page=2

「一億総白痴化」を推進するマスコミ

 政治的リーダーシップについて、最近考えていることを少し書いてみたい。東大で政治学の研究者になったときに、最初に取り組んだのがナチズム、ファシズムの研究である。数多くの文献にあたったが、その中でも印象に残っているのが、シグムント・ノイマンの名著『恒久革命』である。

 ノイマンは、全体主義の特徴として、永遠の革命、つまり常に、コマネズミのように動き回り、次々と革命の対象を広げていくことをあげ、それこそがファシズム運動だと指摘した。具体的には、何かイベントを拵えたり、目新しい政策を打ち出したり、対外戦争に乗り出したり、とにかくじっとしておらず、次々と新しい課題を作っていくのである。そして、最後には、それが第二次世界大戦へとつながっていく。

 最近のポピュリスト政治家たちの言動を見ていると、まさに恒久革命を行っているかのようである。都政とは何の関係もない尖閣諸島問題を争点化したり、次々と攻撃対象を作ってツイッターで批判したりする、そして、それがマスコミによる増幅作用を通じてポピュリズムを刺激する。

 テレビのワイドショーを作る立場からは、こんなに美味しい素材はないが、かつて流行った言葉で言えば、「一億総白痴化」を推進している。これでしっかりした国の舵取りができるはずはない。今の政治の混迷は、政治家のみならず、国民全体の問題でもある。

薄っぺらな大衆煽動主義に終止符を

 日本の再生のためには、まず、第一に、ポピュリズムの克服が不可欠である。私は、長いことマスコミ、とりわけテレビの世界で仕事をしてきたので、その功罪については、よく知っている。メディア戦略のみの薄っぺらな大衆煽動主義に終止符を打つべきである。

 ユダヤ人という敵を作り上げて、大衆の憎悪心をそこに集中させた結果が、アウシュビッツの悲劇となり、人道に対する犯罪につながったことを忘れてはならない。マスコミ、とりわけテレビが恒久革命を推進させていることを、マスコミ人は自覚して仕事をせねばならない。視聴率、部数は伸びても、日本国が滅びたのでは何にもならない。

 第二は、敵を措定することでしか、自分の価値をあげることができないような政治家には、日本国を導いてもらいたくない。ナチスの御用学者カール・シュミットは、政治を友・敵関係と規定したが、確かに政治をそうとらえるのは間違ってはいない。しかし、ユダヤ人や「シナ人」を敵視して、自分の優位を誇るようなリーダーは国を滅ぼす。

 中国は、いまだ人治国家で、法治国家になりきれていない。だから国内法も国際法も無視する野蛮なことをする。彼らに、そして彼らを批判してやまない日本のポピュリスト政治家にも必要なのは、「文明の作法」である。品格や風格をそなえ、「文明の作法」を心得た政治家にこそ、わが日本を指導してもらいたいものである。

(参考)

http://www.msz.co.jp/book/detail/04931.html

04931_big著者は1902年ドイツのライプツィヒに生まれた。俊敏な社会科学の業績『プロシア保守主義の諸段階』(1930)『ドイツ政党論』(1932)で知られたが、ナチスの権力掌握とともに外国に去る。1942年アメリカで出版した本書は、ナチを一典型とする全体主義支配の社会構造の分析と記述をこころみたものである。刊行と同時に古典としての声名を得、現在なお高い評価を受けている。それは本書の主題が全体主義の一つの「理想型」の提示として理解され、いかに時代が変ろうとも、現実分析における制度と勢力の秤量と把握に有益であるからである。著者はまた、ドイツのアカデミズムの最良の伝統である社会科学と思想史の関連をみずから体現しているので、変貌する世界の現代史の叙述としても、比類のないレベル。に達している。
本書の邦訳は、著者と丸山真男教授との相互の深い敬愛に機縁を持つ。この独創的な学者また偉大な教育者であった人は1962年に世を去った。しかし著作は朽ちず深い感銘と影響を残しつづけるであろう。

目次は以下の通り

日本の読者に寄せる序
序章
謝辞

第1章 現代独裁制の特質
歴史的背景/現代独裁制の起源、三つの例/現代独裁の諸類型
第2章 指導者
比較と対照=制度の象徴/独裁=個人支配
第3章 運動幹部
No・2マン=その性格と類型/エリートの複合的構造/リーダーシップの訓練と継承
第4章 無形の大衆
大衆の反逆/産業革命の衝撃/ファシズムの社会的基盤/大衆の非合理性
第5章 一党国家
民主的政党制の崩壊/全体主義政党の性格/人と組織/その発展段階
第6章 大衆の統制=制度的手段
基礎的諸原則/官僚制=三つの型/兵営国家の経済/独裁と軍隊/独裁と教会/独裁と家族制/政治教育/政治的武器としてのテロ
第7章 大衆の統制=世論と宣伝
宣伝に関する誤解/宣伝の対象/全体主義的支配のテクニック/象徴と大衆操作
第8章 恒久の戦乱とその衝撃
全体主義の基盤/ドイツにおける世代の相剋/ファシスト・イタリアとソヴェト・ロシアの場合/西欧デモクラシーと戦争の衝撃
第9章 国際政治における独裁
全体戦争への途/征服の政略と戦略/デモクラシーに対する挑戦

訳者あとがき

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一時的に在庫切れ; 入荷時期は未定です

112050118これはもう、東洋経済様々、と言うべきところでしょうか。

http://www.amazon.co.jp/日本の雇用終了労働局あっせん事例から-JILPT第2期プロジェクト研究シリーズ-労働政策研究研修機構/dp/4538500046/ref=zg_bs_505404_2

『日本の雇用終了 労働局あっせん事例から』が、アマゾン労働問題部門で2位、全体で2304位で、ただでさえ在庫の少ない本書、

一時的に在庫切れ; 入荷時期は未定です。

だそうです。

20120627000143211http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-9a9c.html(解雇は当たり前、ニッポン雇用の修羅場@『東洋経済』)

「身内の不幸で有休を取得したら解雇を通告された」「データ改ざん指示を拒否したら解雇された」「店長から『俺的にだめだ』という理由で解雇された」――。

労政政策研究・研修機構が編集した『日本の雇用終了』には中小企業を舞台とした、耳を疑うような解雇事例が多数掲載されている。同機構では全国の労働局で行われたあっせん事例を詳細に分析。裁判例からは見えてこない、中小企業の解雇の実態を明らかにした。調査研究を担当した濱口桂一郎統括研究員は、「裁判所ではまず認められない、協調性がないなど『態度』を理由にした解雇が多い」と語る。

ちなみに、こういう評もあります。読書メーターから。

http://book.akahoshitakuya.com/b/4538500046

知っている人は知っている名書。たんたんと労働局が行った【あっせん】の記録を項目別に記載しているモノだけど、それぞれの言い分や背景も読み取れて下手な小説より断然面白い。

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「大学」だけは「職業」と無関係な件について

大学が多すぎるだの、いや先進諸国に比べれば少ないだの、議論が賑やかですが、問題は日本国の学校教育法という立派な法律においては、なぜか高等教育機関のうち、「大学」という名前の施設だけは、「職業」という文字がないということだという指摘は、どこからもないようですね。

http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxselect.cgi?IDX_OPT=1&H_NAME=%8a%77%8d%5a%8b%b3%88%e7%96%40&H_NAME_YOMI=%82%a0&H_NO_GENGO=H&H_NO_YEAR=&H_NO_TYPE=2&H_NO_NO=&H_FILE_NAME=S22HO026&H_RYAKU=1&H_CTG=1&H_YOMI_GUN=1&H_CTG_GUN=1

学校教育法(昭和二十二年三月三十一日法律第二十六号)

第九章 大学

第八十三条  大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。

第九十九条  大学院は、学術の理論及び応用を教授研究し、その深奥をきわめ、又は高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培い、文化の進展に寄与することを目的とする。

 大学院のうち、学術の理論及び応用を教授研究し、高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培うことを目的とするものは、専門職大学院とする。

第百八条  大学は、第八十三条第一項に規定する目的に代えて、深く専門の学芸を教授研究し、職業又は実際生活に必要な能力を育成することを主な目的とすることができる。

 前項に規定する目的をその目的とする大学は、第八十七条第一項の規定にかかわらず、その修業年限を二年又は三年とする。

 前項の大学は、短期大学と称する。

第十章 高等専門学校

第百十五条  高等専門学校は、深く専門の学芸を教授し、職業に必要な能力を育成することを目的とする。

第十一章 専修学校

第百二十四条  第一条に掲げるもの以外の教育施設で、職業若しくは実際生活に必要な能力を育成し、又は教養の向上を図ることを目的として次の各号に該当する組織的な教育を行うもの(当該教育を行うにつき他の法律に特別の規定があるもの及び我が国に居住する外国人を専ら対象とするものを除く。)は、専修学校とする。

この他に、学校教育法上の学校ではない「大学校」が各種ありますが、いずれもそれぞれの職業に必要な能力を育成するためのものであることは言うまでもありません。

日本国の高等教育機関のうち、短期大学、大学院、高等専門学校、専修学校、さらに各種大学校はすべて何らかの形で「職業」と関係あるのですが、「大学」だけはいまだに「学術の中心」などと寝ぼけたことを言っていて、「職業」とは関係ないみたいな顔をしている、ということに、少なくとも学校教育法上はなっているわけですな。

正確に言うと、広義の大学のうち、「職業」に必要な能力を育成することを主たる目的とするものは、修業年限は4年にしてはならず、2年か3年の「短期大学」にならなければならないのですね、法律上は。

どうしても4年制にしたければ、それは「職業」に必要な能力を育成することを主たる目的とするものであってはならず、「学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする」ものでなくてはならないわけです、法律上は。

もちろん、それは現実の姿とあまりにも乖離しているわけですけど、その乖離をホッタラケにしたままで、あれこれ論ずることのむなしさも感じて欲しい気もしないではありません。

「大学」と称する施設がこれもそれもあれもどれも、み~~んな「学術の中心」と言うのなら、それはたしかに多すぎますけど、「職業」に必要な能力を育成することを主たる目的とする4年制の高等教育機関というのなら、別に多すぎるわけでもなく、もっとあってもいいわけですよ。

残念ながら、現行学校教育法上は、そういう存在は許されないことになっているわけですけど。

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『労政時報相談室Q&A精選100』

3035_m 労務行政編集部より『労政時報相談室Q&A精選100』をお送りいただきました。

http://www.rosei.jp/products/detail.php?item_no=3035

『労政時報』に掲載したQ&Aのなかから、身近な職場トラブルや取扱いに悩むケースの解決に役立つ100問を一挙掲載!

第一線で活躍する弁護士や、社会保険労務士等が法令や判例の豊富な知識をベースに個別の事案の解決策を提示。

人事担当者や職場の管理者の疑問解消、トラブル解決に必携の1冊!

教科書レベルのQ&Aもありますが、「へえ」というのもいくつかあります。

Q61:全国転勤コースの社員が転勤を拒否した場合、地域限定職との給与差を返還させられるか

という問いに対して、浅井隆さんの回答は

A:給与差分の返還請求は可能と考えるが、本筋は、業務命令違反として解雇を検討すべきである。

うむむ・・・。

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上場企業役員4割女性義務づけ指令案@EU

一昨日、欧州委員会が「株式市場に上場した会社の非執行役員におけるジェンダーバランスの改善その他の措置に関する指令案」(Proposal for a DIRECTIVE OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL on improving the gender balance among non-executive directors of companies listed on stock exchanges and related measures)を提案したとのことです。

http://ec.europa.eu/justice/gender-equality/files/womenonboards/directive_quotas_en.pdf

中核条項である第4条を見ると、2020年1月1日までに上場企業の非執行役員の40%を女性(正確に言えば、より代表されていない性)にするように加盟国が措置をとらなければならないとしています。

Article 4
Objectives with regard to non-executive directors

1. Member States shall ensure that listed companies in whose boards members of the under-represented sex hold less than 40 per cent of the non-executive director positions make the appointments to those positions on the basis of a comparative analysis of the qualifications of each candidate, by applying pre-established, clear, neutrally formulated and unambiguous criteria, in order to attain the said percentage at the latest by 1 January 2020 or at the latest by 1 January 2018 in case of listed companies which are public undertakings.

2. The number of non-executive director positions necessary to meet the objective laid down in paragraph 1 shall be the number closest to the proportion of 40 per cent, but not exceeding 49 per cent.

3. In order to attain the objective laid down in paragraph 1, Member States shall ensure that, in the selection of non-executive directors, priority shall be given to the candidate of the under-represented sex if that candidate is equally qualified as a candidate of the other sex in terms of suitability, competence and professional performance, unless an objective assessment taking account of all criteria specific to the individual candidates tilts the balance in favour of the candidate of the other sex.

4. Member States shall ensure that listed companies are obliged to disclose, on the request of an unsuccessful candidate, the qualification criteria upon which the
selection was based, the objective comparative assessment of those criteria and, where relevant, the considerations tilting the balance in favour of a candidate of the other sex.

5. Member States shall take the necessary measures, in accordance with their national judicial systems, to ensure that where an unsuccessful candidate of the underrepresented sex establishes facts from which it may be presumed that that candidate was equally qualified as the appointed candidate of the other sex, it shall be for the listed company to prove that there has been no breach of the rule laid down in paragraph 3.

6. Member States may provide that listed companies where the members of the underrepresented sex represent less than 10 per cent of the workforce are not subject to the objective laid down in paragraph 1.

7. Member States may provide that the objective laid down in paragraph 1 is met where listed companies can show that members of the under-represented sex hold at least one third of all director positions, irrespective of whether they are executive or nonexecutive.

非執行役員とは、ドイツのような二層制の国の場合は、監督役会(アウフジヒツラート)を指し、イギリスのような一層制の国の場合は役員会メンバーのうち執行担当役員以外の者を指します。

つまり、ドイツ型共同決定制における労働者代表役員の義務づけみたいな感じでしょうか。

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だから、それがリベサヨ感覚

與那覇潤さんのツイートで、

http://twitter.com/jyonaha/status/269026811185356800

校正中の鼎談に少し書くつもりだけど、ある時期から「悪は常に国家から来るもので、地域は悪くない」的な変な共通感覚が、左翼や市民派と言われる側にも広まった気がする。だから「第三極」とかが「僕たち反中央集権です」とかいうとほいほい釣られるんだけど、そろそろ「地域ボケ」も止めたほうがいい

だから、それがリベサヨ感覚って奴で。

「ソーシャル」が抜け落ちた「左翼」だの「市民派」だのが、揃いも揃ってわけのわからん「第三極」にほいほい釣られてきているのは、そいつらが国家権力だけを目の仇にして悪口言ってればよかった「リベサヨ」だからで。

(追記)

ちなみに、本ブログにおける「リベサヨ」なる概念の発達史(笑)は、以下の通り。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_a90b.html(リベじゃないサヨクの戦後思想観)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_5af3.html(リベラルサヨクは福祉国家がお嫌い)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_28cd.html(ネオリベの日経、リベサヨの毎日)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_3f06.html(フリーターが丸山真男をひっぱたきたいのは合理的である)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_c3f3.html(赤木智弘氏の新著)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_2af2.html(赤木智弘氏の新著その2~リベサヨからソーシャルへ)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-b950.html(だから、それをリベサヨと呼んでるわけで)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_2040.html(松尾匡さんの「市民派リベラルのどこが越えられるべきか 」)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-6cd5.html(日本のリベサヨな発想)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-a130.html(特殊日本的リベサヨの系譜)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-b85f.html(だから、それが「リベサヨ」)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-99fc.html(さすがリベサヨ)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-4cfd.html(ネオリベとリベサヨの近親憎悪)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-d794.html(だからそれがリベサヨ(何回目か))

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ベンチャー型ガンバリズム称揚がブラック企業を生むメカニズム

http://sp.rakumachi.jp/recruit/lp/(新卒採用2014 | 株式会社ファーストロジック)

が大変話題になっているようなので、いや、それこそが

http://homepage3.nifty.com/hamachan/alter1207.html(「日本型ブラック企業を発生させるメカニズム」『オルタ』2012年7-8月号 )

で述べた「むしろ「滅私奉公」を否定しようとした個人主義的イデオロギーから、結果的に「見返りのない滅私奉公」を強要するイデオロギーが逆説的に生み出されたという非常に皮肉な現象」の典型例なんですよ、と言おうかと思っていたら、

先に完膚無きまでに語られてしまっていたようです。

http://dennou-kurage.hatenablog.com/entry/2012/11/15/203023(株式会社ファーストロジックの新卒採用サイトから学べること)

特に付け加えることもないので、コアの部分を引用だけしておきましょう。

まず、この手の会社は、日本の典型的な雇用感を批判するところからはじめる。終身雇用は崩壊寸前であり、もうそういうぬるま湯に浸かるような安定志向では、生き抜くことはできないということを説く。ここまでは、実際そのとおりなのだが、このことを必要以上に「仕事は厳しい」ということに結びつけようとしてくるのが彼らのお決まりの手法である。ここで、労働基準法無視の労働もやむをえない、ということのエクスキューズをしているわけだ。

仕事の厳しさを強調した後は、その見返りに得られるものとして、「やりがい」や「成長」があるという方向に話は進む。ベンチャーならではのスピード感責任感が必要以上に強調され、大企業ではこういったものは得られない、というような説明がなされる。このように、「やりがい」や「成長」が得られることはこれでもかというほど強調されるが、金銭的な報酬の話はたいていうやむやにされる。例えば、ファーストロジックのサイトを見ると分かるが、「厳しい反面あなたの成果は必ず還元します」とあるものの、それが果たして給料で還元されるのかという点がここからだとよく分からない。すぐにやりがいとか成長の話に戻ってしまっているので、成果の分、正当な報酬が貰えるということはおそらくない。実際には、さらにやりがいのある仕事を与えて、成長を促す、みたいなありがた迷惑な還元の仕方だと思われる。

以上を簡単にまとめると

終身雇用の崩壊・実力社会の到来を煽る→仕事の厳しさを強調(徹夜・休日出勤・サビ残もしょうがないよね)→見返りとしてのやりがいの強調(肝心な金銭的な報酬についてはうやむや。成長できるからいいよね)

一点だけ付け加えておくと、「見返りのある滅私奉公」モデルにおいては、給料の低い若い時期に「給料で還元」されるよりも、「さらにやりがいのある仕事を与えて、成長を促」された方が、職業生涯トータルでの実入りは高くなるから、労働者側も喜んでそれを受け入れていたわけですけどね。

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解雇は当たり前、ニッポン雇用の修羅場@『東洋経済』

20120627000143211現在発売中の『東洋経済』11月17日号については、すでに予告していたとおりですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-7b36.html

その特集記事のうち、風間直樹さんが書いた長文の記事が、東洋経済のサイトに載っていますので、リンクしておきます。

http://toyokeizai.net/articles/-/11748

全部で8ぺージですが、そのうち、7ページ目にわたしがちらりと登場しています。

http://toyokeizai.net/articles/-/11748?page=7

雇用環境が厳しい中、中小・零細企業にきちんと目を向ければ求人などいくらでもあるという議論もある。だがこと安定した雇用という面からは遠い。中小企業ではすでに解雇が“自由化”されているためだ。

「身内の不幸で有休を取得したら解雇を通告された」「データ改ざん指示を拒否したら解雇された」「店長から『俺的にだめだ』という理由で解雇された」――。

労政政策研究・研修機構が編集した『日本の雇用終了』には中小企業を舞台とした、耳を疑うような解雇事例が多数掲載されている。同機構では全国の労働局で行われたあっせん事例を詳細に分析。裁判例からは見えてこない、中小企業の解雇の実態を明らかにした。調査研究を担当した濱口桂一郎統括研究員は、「裁判所ではまず認められない、協調性がないなど『態度』を理由にした解雇が多い」と語る。

なお、これとは別に、わたくしが語った記事が紙媒体の方には載っていますが、そちらは次号が出るまではアップしません。ご関心のある向きは是非書店でご覧下さい。


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「政策より政局」は「商品より営業」

黒川滋さんのこれは、言えてる。

http://kurokawashigeru.air-nifty.com/blog/2012/11/111416-0629.html

普通は例外でしかありえないのですが、ダメ商品ばかり売り出すことで有名な会社の品物を、営業マンの人間性に惚れて買った、という顧客を増やすことを要求されているのが今の日本の政治の構造です。その営業マンは開発部門や製造部門に文句も言えない。ふつうに考えればダメ商品ばかり作っている会社は小さくなるのですが、日本の場合、営業マンの人柄だけで政党が維持されているし、むしろ「意気込み」「決断」などという言葉で誤魔化されてきているわけです。

ついでに言うと、政治部ばかりがデカイ顔をしている新聞も、営業マンだけの政治を支えているわけか・・・。たまに、経済部や社会部のそれなりに分かった記者が「商品」の解説をするけれど、売れ行きにはほとんど影響していなさそうだし・・・。

近頃はますます、がまの油でも売ってるのかと見紛うばかりのいかにもいかがわしげな営業マンたちがぞろぞろぞろ・・・。

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塩路一郎『日産自動車の盛衰 自動車労連会長の証言』緑風出版

1214l これはやはり、労使関係の研究者、労使関係に興味のある人にとっては必読でしょう。「あの」塩路一郎氏が、日産自動車に入って、宮家愈氏の下で益田哲夫氏率いる全自日産分会を倒す民主化運動の回想から、プリンス自動車との合併をめぐって、全金プリンス支部の大会に乗り込んで労組統合を進めたいきさつ、そして、多くの本であまりにも有名になった石原俊社長との「対立」の全経緯を語り尽くした本です。500ページ近い分厚さですが、小説よりも面白くて思わず一気に全部読んでしまいます。

http://www.ryokufu.com/isbn978-4-8461-1214-1n.html

かつてトヨタと共に日本の二大総合自動車メーカーとして発展し、「技術の日産」「輸出の日産」と言われた日産自動車が、4 兆円超の有利子負債を抱えて経営が破綻、フランスの国営企業ルノーに救済を求め連結子会社になるまでに凋落した。
 いったい何があったのか。英国工場進出で労組が反対の記者会見をして以来、労使の対立抗争がマスコミを賑わせたが、やがて会社が仕掛けたスキャンダルで表舞台から去った自動車労連会長の証言。いまその歴史の真実が明らかになる。

一番関心があるのはもちろんそこでしょうが、私が読んで一番胸を突かれたのは、敗軍の将益田哲夫氏が全自の幕引きをする場面です。

・・・私は今まで誰にも話したことはなかったが、それは「敗軍の将・益田哲夫氏の見事な日産分会の幕引き」である。

・・・これに応えて9月13日、日産分会組合長の益田氏から日産労組に、残留分会員全員の加入申込書が提出されたのである。通常組合が分裂すると、第一組合が少数長期に残って組織間の抗争を続けるのが大方だが、日産では3年で職場における労働者同士の争いがなくなった。このことは組合員間の仲間意識の醸成、団結力の強化に大きく寄与している。益田氏は、立つ鳥跡を濁さなかった。残留者から一人の犠牲者も出さなかった。日産労組が強大だったというよりも、益田氏の労組リーダーとしての責任感によるものだと思う。・・・

そしてその後の益田氏の人生経路:

・・・その後、益田氏は一緒に争議を闘った仲間たちと「新目黒車体」という自動車のボディー架装会社を設立した。

うまくやっているのかなと思っていたら、私が日産労組書記長の時に、突然「是非会ってお願いしたいことがある」と電話をかけてきた。日産労組の事務所で話を聞くと、「始めの一年はよかったが販売が思わしく伸びず、資金繰りが行き詰まって今月分の給与を払えない。給料分をお貸し願えないか」という。

私はこの時、益田組合長の最後の幕引きを思い出して、貸すことにした。彼の話をいささかも疑わなかった。万が一のことがあれば、私個人が立て替えようと思っていた。たしか50万だったが、彼は二ヶ月後の約束期間内に返済にきた私は嬉しかった。金が無事戻ったからではない。敵対関係にはあったが、出会いの時から人間関係の縁を、お互いに感じていたように思えたからだ。

お互いに昔のことには触れず、言葉数は少なかった。別れ際に彼は「有り難う」と言い、私は「お元気で」と言って別れたが、これが益田氏との最後になった。心なしか寂しげに見える後ろ姿を見送りながら、言いしれぬ悲しい思いに襲われたことを、私は長い間忘れられなかった。・・・・・・

と、しんみりしたところで、その後の叙述を読んでいくと、これはご承知の通りの石原社長との対決の一部始終が詳細にかつ感情を込めて書かれていますが、こちらはもう紹介する必要はありませんよね。

経営問題自体についての塩路氏の主張の当否についてはなんとも判断のしようがありませんが、石原氏自身の書いた本を始め、いろいろなものと読み合わせると興味倍増かも知れません。目次を以下に載せておきます。

失脚/何故いま沈黙を破るのか/耐えてきた仲間たち/
   自動車労連結成五十周年/塩路を呼ぶな/黙って身を退いてよかったか/
   本書の構成

第一部 形成期 昭和二十八年~三十九年(一九五三~一九六四)
 第一章 全自動車日産分会と民主化運動
  第一節 労働争議
   日産入社、益田氏との出会い/宮家氏との出会い/日本油脂の経験/
   日産自動車の輪郭/戦後の労使関係/サボタージュ/七夕提案、すり鉢戦術/
   ロックアウト
  第二節 民主化運動
   民主化グループ/要望書・声明書/三田村事務所の問答─分裂へのきっかけ/
   分裂決定前夜
 第二章 日産労組の結成と活動
  第一節 日産労組の結成
   結成準備/結成大会/新組合結成直後/
   生産再開(本社・横浜工場・鶴見工場)/生活対策資金問題
  第二節 経営協議会制度
   経営権の確立を/経営協議会に関する協定書/
   復興闘争(会社再建と不況対策)/オシャカ闘争/平和宣言
  第三節 昭和三十年、新たな活動と出来事1
   自動車労連の結成争議中に生まれた自動車労連の構想/
   結成準備会から結成へ/われわれを安く使うつもりか/
   組織の単一化(企業別組合からの脱皮)/民間統合労働組合(民労)の結成/
   青年部結成青年層の育成/幻のクーデター川又専務に引導
  第四節 米国留学とその後
   ボストン(ハーバード・ビジネススクール)/UAWルーサー会長の講演/
   米国内研修の旅/バッファロー/デトロイト/テキサスの田舎/
   フェニックス/ニューオーリンズ/IMF自動車部会/賃金調査センター/
   日産労組組合長就任・準社員の組織化/全日産労組の結成/
   経営協議会 ①対米輸出車対策/経営協議会 ②サニーの開発
  第五節 自動車労連会長交代
   宮家労連会長の職場復帰/宮家事件/ラインが止まる/塩路労連会長就任/
   執行部内の葛藤/日産労組創立十周年記念総会/「運動の基本原則」採択

第二部 発展期 昭和四十年~五十一年(一九六五~一九七六)
 第一章 日産・プリンスの合併
  第一節 合併覚書調印
   川又社長が意見を求める/「プリンスに友人はいないか」/
   執行部間の交流開始/全金プリンス自工支部が「合併反対」の運動方針
  第二節 全金プリンス自工支部
   定期大会(昭和四十年十月二十一日)五十分の祝辞/大会後のプリンスの職場
   中央委員会から出席要請/中央委員会が中執提案を否決/
   日産労組定期大会(十二月八~九日)/中央執行委員を不信任/
   職場交流開始
  第三節 労組の統合
   プリンス労組の自動車労連加盟/合併契約書調印/賃金比較問題/
   労組の統合/中執六人の退職金/全国金属プリンス支部崩壊の要因/
   プリンス労組との二年間を振り返って
 第二章 産業別組織の結集:自動車労協から自動車総連へ
  第一節 自動車労協結成(一九六五)自動車労協の課題
  第二節 参議院議員選挙(一九六七)選挙違反問題、公明党に抗議
  第三節 自動車総連(JAW)結成(一九七二)「総連の組織構成について思うこと」
  第四節 世界自動車協議会(World Auto Council)の結成
   多国籍企業と労働問題/日産世界自動車協議会・トヨタ世界自動車協議会の結

   親会社と現地労組の交渉かみ合わず /日産スマーナ工場の組織化叶わず
  第五節 多国籍企業問題対策労組連絡会議
 第三章 私とILO
   『平和を欲するならば正義を育成せよ』/
   『フィラデルフィア宣言』(一九四四・五・一〇)/日本の課題/
   トランコ・ブーの思い出

第三部 挫折期 昭和五十二年~六十一年(一九七七~一九八六)
 第一章 日米自動車摩擦と労働外交
   公正な国際競争を/パンドラの箱/労組外交の反省/これでトヨタを抜ける/
   UAW幹部の真意/UAWをだました日産/マンスフィールド氏の忠告/
   UAW組合員の不満/はい、献金/UAW大会で激しい対日批判/
   輸出自主規制─御の字の一六八万台枠/ポスト輸出自主規制
 第二章 日産迷走経営の真実:石原氏の杜撰な経営
  第一節 おざなりにした国内販売店の強化 
   ざるに水は入れない/販売権の返上
  第二節 採算を度外視した脈絡のない海外戦略
   国内占有率の低下と海外プロジェクトへの逃避/
   日産の衰退を決定づけた米国への小型トラック工場進出/日産の将来を犠牲に
   石原氏の海外プロジェクトの特徴
   モトール・イベリカ社との資本提携(赤字対策のために六つに分割された)
   〝買物リスト〟の中身/調査せず/そのときは社長を辞めます/
   空中分解したアルファロメオとの合弁事業
   成果のなかったフォルクスワーゲン社との提携仰々しい発表/
   IGメタルの反応/壮大なショッピング・リスト/IMF本部で/
   シュンクIGメタル国際局長突然の来訪
   F・Sで全く見込みのなかった英国乗用車工場進出の強行
   深夜の記者発表、英国工場進出のF・S(Feasibility Study)/
   極秘のF・S報告書/軽薄だよな石原社長の画策/
   ぜひ総理にしていただきたい/政治色強まる日産の英国進出/
   経団連記者クラブで記者会見 /記者会見の効果/石原社長に問題を提起/
   二段階進出(窮余の一策)/日産・英国政府間の「基本合意書」/
   労使間の「英国進出に関する覚書」/川又会長の遺言
  第三節 無謀な商品開発計画を命じた
   社長室作成の極秘メモ/「技術の日産」ではなくなる
 第三章 日産崩壊もう一つの要因
  第一節 労組派職制の選別(社長室を新設)(昭和五二年六月~)
   太田購買担当専務を日本ラジエター(カルソニック)に/
   歴代人事部長の追放/『週刊東洋経済』の社長室職制談
  第二節 「次課長懇談会」による反組合教育(昭和五十三年六月~昭和五十八年九月)
   1 第二五回次課長懇談会
    参加者の意見/石原社長の話/怒られっぱなしの懇談会
   2 第二六回次・課長懇談会石原社長の話
  第三節 単行本(学術書、小説)と週刊誌・月刊誌の悪用(昭和五十五年三月~平成六年二月)
   1 『日産共栄圏の危機』
   2 学術書の悪用 東大社研自動車研究班
    三人の著書が石原氏を支援
    第一章「労資関係の主体」、第一節「問題の所在」/賃金決定主役の交代/
    「鉄を越えたら薄板値上げだ」 
   3 常務会で『企業と労働組合─日産自動車労使論』(嵯峨一郎著、田畑書店、一九八四年)を推奨
   4 『労働組合の職場規制─日本自動車産業の事例研究』(上井喜彦著、東京大学出版会、一九九四年)
   5 経済誌『週刊ダイヤモンド』『経済界』の悪用
    『週刊ダイヤモンド』による攻撃/一年にわたる『経済界』の記事
   6 藤原弘達・塩路一郎対談の波紋
  第四節 マスコミを悪用したスキャンダルの捏造
   佐島マリーナ事件の真相/尾行してきた車/会社の謀略の証拠/
   これは広報所管の車です/社長の詫び証文
  第五節 会社が関与し広く社員に流布された『怪文書』(昭和五十五年五月~昭和六十年四月)
   日産の働く仲間に心から訴える/役員の皆様に訴える/
   日産「塩路一郎」ドンに突きつけられた「金と女」の公開質問状
  第六節 組合活動の妨害
   1 自動車労連の運動方針反対工作職制会議で反対を指示
   2 係長の販売出向問題
     『きみ、いまの組合をどう思う』/労使慣行を無視し、係長の販売出向を内示 
   3 常任選挙(定期改選)に介入
   4 常任OB会潰し
  第七節 三会を煽動した塩路会長降ろし工作
   労務部職制のあからさまな不当労働行為/他社まで巻き込む異常さ/
   JC議長中村卓彦さんの思い出/工場に於ける職制の異様な動き/
   会社の回答書/労務部の指示/代議員会の経過/
   不首尾に終わった三会の動議/職場報告用レジメ
  第八節 失脚

第四部 塩路後の日産
 第一章 日産自動車の崩壊
  第一節 石原会長の暴走経営を促した日産労連
   流れを変えた三会の「組合民主化要求」/
   英国工場進出方式の変更(一九八六・八)/十年経ったら日産は/
   座間工場の閉鎖
  第二節 他責の文化を地で行く『私の履歴書』(一九九四年十一月一日~三十日)
 第二章 史実の改竄
  第一節 日産争議の実態が見えない「全自・日産分会」を上梓(一九九二年六月二十日)
  第二節 全日産労組創立四十周年記念・特別講演
   全日産労組に四十周年はない/石原氏に与した歴史解説/
   社会正義を忘れた日産労連
  第三節『起死回生』(日本経済新聞社編)について
   「魔物」とは何だったのか/最後の幕を引いた塙社長
  第四節 虚構の九項目を増補した『私と日産自動車』
   経営責任を転嫁するための上梓①川又さんの負の遺産/②労働組合のドン/
   ③さまざまな妨害/④販売会社への圧力/⑤英国問題の真実その一/
   ⑥最後の二年の戦い/⑦労使関係の正常化
  第五節 『ものがたり戦後労働運動史』(二〇〇〇年五月三十一日)
   曲解の自動車総連会長辞任劇
  第六節 全日産労組創立五十周年記念式典(二〇〇三年八月三十日)の問題
   清水の四十周年に倣った歴史認識/歴史に学ぶとは
  第七節 徹底した排除
   突然届いた案内状/懇親会取り止め/IMF・JCは顧問にせずOBも外す/
   自動車総連本部専従者OB会
 終 章 多国籍企業問題と日本の課題
   GMの破産/①トヨタに象徴される日本企業の米国進出/
   ②IMF(国際金属労連)のグローバル・キャンペーン/
   多国籍企業問題に対応する国際的な努力/
   IMF・JC、自動車総連の取り組みと日本の課題/
   EUのCSR政策/生活者優先の社会的市場経済

参考資料
 『基調報告』(IMF日産・トヨタ世界自動車協議会結成に当たって 一九七三年九月二十七日)
   〈多国籍企業問題に対する国際労働運動の取り組み〉
   〈労使協議制で効果的な活動を〉

ただ、その中で言及しておく値打ちのあるのは、石原氏との対立抗争時代に、塩路氏を批判する書物がかなり出されたのですが、その中の東大社研の山本潔氏らがまとめた『転換期における労使関係の実態』(東大出版会)など学術書に対しても、石原氏側の謀略活動の一環として、その内容に詳細な批判を加えていることです。

左派系の研究者による労使関係研究書が、その標的となった労使協力派の労組指導者によって、社長礼賛、組合批判の書だと批判されるという、まことに入り組んだ奇怪な関係がここにはあるようですね。

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シルバー人材センターに派遣への転換を指導@『労働新聞』

『労働新聞』11月12日号の記事によると、厚生労働省がシルバー人材センターの派遣への転換を指導する方針だということです。

少し前に報じられた健康保険の被扶養者が請負等で就労して災害にあった場合の問題の延長線上の記事ですが、その最後に

・・・シルバー人材センター会員の保護の観点から、一般企業、公共機関からの受注する作業は、可能な者すべてについて、労災保険適用の「職業紹介」「労働者派遣」による就労に転換を図るよう指導する方針である。

という記述があります。メインの話は健康保険の方で業務上災害も面倒見るという方向で社会保障審議会医療保険部会で審議するということなのですが、シルバー側でも危ない橋を渡らないようにしようということのようです。

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09年刊行の本ですが、日本の特徴や歴史的な成り立ちが良く分かるのでオススメです!

131039145988913400963久しぶりに、2009年の拙著『新しい労働社会』に対する書評をいただきました。

http://usagix.com/2012/11/%e3%80%90%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%ae%e5%8a%b4%e5%83%8d%e5%95%8f%e9%a1%8c%e3%81%8c%e5%88%86%e3%81%8b%e3%82%8b%e3%80%91%e6%9c%ac%e3%83%bb%e6%96%b0%e3%81%97%e3%81%84%e5%8a%b4%e5%83%8d%e7%a4%be%e4%bc%9a/

「ママ先生’s振り返りジャーナル あきのり♀の興味のアンテナ紹介と実践報告。夫、息子2人、娘1人の5人家族です。」というブログの記事です。

現在の労働について、国際的な比較と歴史的な観点から現実的な提案をしている本です。

なぜここ数年労働問題は社会の注目を集めるテーマになっているかなど良くわかりました。

・・・

09年刊行の本ですが、日本の特徴や歴史的な成り立ちが良く分かるのでオススメです!

刊行から3年が過ぎても、こうして読み継がれているのはうれしいです。

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大河内一男『これからの労使関係』(講談社現代新書・絶版)

岩波書店の中山永基さんが、大河内一男『これからの労使関係』(講談社現代新書・遥か過去に絶版)を読まれたようですが、

http://twitter.com/yonggi623/status/268371371170603008

大河内一男から勉強せねばいけないという思いはあったのだよな。そんなときに某氏との打ち合わせで『これからの労使関係』(講談社現代新書、1966年)が話題にあがったので、さっそく古本屋で購入。まずは読みやすい小著から。

これはもう半世紀近く前の本なのですが、新書版のわかりやすいわりと素人目線のものとしては出色でしょう。

ていうか、その後の社会政策の中の人って、玄人目線のむつかしい専門書ばかり書いて、こういうのを全然書いてきていないから、こんなものまで古本屋で探して来なければならないわけで、少しは責任を感じて欲しい(笑)。

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今野晴貴『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』

9784166608874 ということで、遂に『ブラック企業』というタイトルの本の真打ち登場です。副題はおどろおどろしく「日本を食いつぶす妖怪」ですが、著者の顔写真がゾンビ化しているわけではありませんので悪しからず。

http://www.bunshun.co.jp/cgi-bin/book_db/book_detail.cgi?isbn=9784166608874

ブラック企業が日本を壊す! 正社員使い捨て時代への処方箋

就活生が脅える「ブラック企業」の実態とは? 労働者を壊す会社の見分け方から、武器としての法律と交渉術まで、1000件を越す実例から解説

就活生の最大の恐怖「ブラック企業」。大量採用した正社員をきわめて劣悪な条件で働かせ、うつ病から離職へ追いこみ、平然と「使い捨て」にする企業が続出しています。著者は一橋大学在学中からNPO法人POSSE代表として1000件を越える若者の労働相談に関わってきました。誰もが知る大手衣料量販店や最大手家電メーカーの新入社員集団離職など豊富な実例を元に、「ブラック企業の見分け方」「入ってしまった後の対処法」を指南。社会の側の解決策まで視野に入れた、決定的な1冊です。人事担当者も必読。

コンテンツは以下の通りで、

はじめに

第Ⅰ部 個人的被害としてのブラック企業

第1章 ブラック企業の実態

第2章 若者を死に至らしめるブラック企業

第3章 ブラック企業のパターンと見分け方

第4章 ブラック企業の辞めさせる「技術」

第5章 ブラック企業から身を守る

第Ⅱ部 社会問題としてのブラック企業

第6章 ブラック企業が日本を食い潰す

第7章 日本型雇用が生み出したブラック企業の構造

第8章 ブラック企業への社会的対策

実態から分析から対策までまんべんなくカバーしているこの問題の決定版といえるでしょう。

上記リンク先には、「はじめに」と第1章の冒頭部分が立ち読みできるコーナーがあります。

これもややフライング気味かも知れませんが、著者の今野さんたちがやっている『POSSE』の次号で、この本を踏まえた対談をやっていますので、乞うご期待です。

また、この問題は世間的な注目を集めつつあって、もうすぐ某中年向け雑誌にも関係する記事が載ったりするかも知れません。

考えてみれば、文春新書というメディアにこういう本が登場するということ事態が、これが「我が儘な若者の泣き言」などではないという認識が一般化しつつあることの一つの現れなのかも知れませんね。

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『情況 思想理論編』第1号

1106227836長崎浩さんより、『情況 思想理論編』第1号をお送りいただきました。

『情況』といえば、新左翼の世界では有名なのでしょうが、その『思想理論編』というのですから、なかなかの中身です。

長崎さんが書かれている論文は「日本における労働者階級の状態」というタイトル。小見出しを拾っていくと、「全国の資本家、団結せよ」「連合を解体再編せよ」といった刺激的なフレーズが並んでいます。

実は、本ブログでもちらりと書きましたが、今年の6月、ある方の紹介で長崎さんとお会いし、いろいろとお話させていただいたのですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-b5b5.html(長崎浩さん)

本日、ある方の紹介で、都内某所で長崎浩さんとお話しする機会を持ちました。

拙著『日本の雇用と労働法』を読んで感心したからということだったのですが、話はいろいろとあちこちに飛び、最後は、誰か『日本における労働者階級の状態』ってのを書く人はいないのか?という話になりました。

個々のエピソードを書ける人はいても、全体像を描き出せる人はなかなか難しいのかも知れません。

まさにそのタイトルの論文をご本人が書かれたのですね。拙著を深く読み込んでいただいており、有り難く思いました。

そのほかにも、笠井潔さん、小泉義之さんなどいろいろと載っていますが、ここでは王寺賢太さんの「No hay caminos, hay que caminar」を紹介しておきましょう。

これは、「日本の第三の道;社会的包摂のための生活保障」を批判する論文で、いわずと知れた、宮本太郎さんの議論を批判しています。その中には、私の『新しい労働社会』での提起をこう批判する一節もあり、なかなか興味深く感じました。

・・・ここでもまた、論者たちの善意は疑いをいれない。しかし、濱口の自覚的にファシスト的な提言に明らかなように、その「全員参加」の「民主主義」は、既存の社会分業体制を前提とし、その体制の中で合意形成を図り、冨の再分配を実現しようとするもので、既存の分業体制・生産関係そのものを改編するつもりはハナからないことは確認しておくべきだろう。・・・

「自覚的にファシスト的な提言」ですか・・・。

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本当の意味での派遣労働者の保護とは何か@『情報労連REPORT』11月号

『情報労連REPORT』11月号に載せた「本当の意味での派遣労働者の保護とは何か」をHPにアップしました。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/johororen1211.html

去る10月1日から改正労働者派遣法が施行されました。改正案段階に含まれていた製造業派遣や登録型派遣の原則禁止は削除されましたが、自公政権時代の法案に含まれていた日雇派遣の原則禁止は残り、また一定の場合の派遣先による雇用申込みのみなし規定も、施行時期を3年後に遅らせながらも維持されました。こうした派遣法改正の流れについて、ややもすれば単純に労働者保護をめざす規制強化派対労働者保護を否定する規制緩和派との対立図式で描き出そうとする向きもありますが、それは実は根本から間違っています。なぜなら、そもそも日本の労働者派遣法は、派遣労働者保護のために規制をしているのではないからです。この点で、まさにパート労働者の保護のためのパート労働法や、有期労働者のための今回の労働契約法改正とは異なります。また、西欧諸国の派遣労働者保護のための労働者派遣法とも異なります。

では、日本の派遣法の目的は何か?よく使われる言葉ですが、「常用代替の防止」です。しかし、その意味を的確に理解しているとは思えない向きもあります。とりわけ今回の改正では、派遣労働者がこんなひどい目に遭っている、という問題意識から出発しながら、それを常用代替防止という目的が緩和されたからだ、もっと厳しく規制せよという方向に議論が進んでしまいました。

しかし、常用代替防止とは、派遣先の常用労働者の雇用を代替しないように、派遣なんてのはごく一部の職種ないし一定期間に閉じこめておけ、と言っているだけであって、その閉じこめられた派遣労働者がどういう目に遭うか遭わないかには何の関心もないのです。そのため、今回残った日雇派遣の禁止も日々紹介に姿を変えるだけで、雇用の不安定さには何の変わりもありません。

とりわけ、最近ILOから勧告が出されたいよぎんスタッフサービス事件判決では、常用型のみのはずの特定派遣事業の下で登録型で11年も契約を反復更新しながら、雇止めされた派遣労働者に対して、「同一労働者の同一事業所への派遣を長期間継続することによって派遣労働者の雇用の安定を図ることは、常用代替防止の観点から同法の予定するところではないといわなければならない」と、常用代替防止が派遣労働者を差別することを正当化する論理となっています。

今回の改正には、派遣労働者保護のための萌芽的な規定もいくつか盛り込まれているとはいえ、法の根幹は依然として常用代替防止のままです。派遣労働者の保護に純化した真の労働者派遣法改正は、実はこれからの大きな課題なのです。 

ちなみに、『労働法律旬報』11月下旬号で、「ILO181号条約違反申立に関する日本政府への勧告」が特集されるようですが、

http://www.junposha.com/catalog/product_info.php/products_id/803?osCsid=8ae11a68e5a9639141ef00a793419240

いうまでもなく、西欧諸国のどこもまったく禁止していない登録型派遣の是非などというガラパゴス的問題がILOにとって論点であるはずもなく、まさに上で述べた「常用代替防止」による派遣労働者に対する差別という異常な事態が問題であるわけですが、その点がきちんと論じられているのかどうか、懸念を持ちつつ期待したいと思います。

[巻頭]団体自治と便宜供与=田端博邦・・・04
[シンポジウム]派遣労働者の待遇改善をめざして=毛塚勝利+中嶋滋+関根秀一郎+中野麻美・・・06
[解説]「ILO181号条約違反申立に関する日本政府への勧告」を受けて
ILO181号条約と派遣労働者の雇用・権利~憲章24条申立に対する勧告を読む=中野麻美・・・24
何としてもILOの日本政府に対する勧告を活かし、「登録型派遣」の禁止を実現したい=鴨 桃代・・・30
【資料】
①ILO181号条約違反申立に関する日本政府への勧告(2012.3.26)・・・72
②民間職業仲介事業所に関する条約(第181号)(1997.6.19)・・・79
③民間職業事業所に関する勧告(第188号)(1997.6.19)・・・82
[研究]改正労働者派遣法の概要と問題点=沼田雅之・・・32
[研究]外国労働判例研究192イギリス/書簡による職業活動妨害のハラスメント該当性=滝原啓允・・・50
[解説]精神的不調を抱える労働者に対して求められる対応~日本ヒューレット・パッカード事件最高裁判決をふまえての考察~=嶋﨑量・・・56
[書評]上林陽治著『非正規公務員』(日本評論社)裁判例の系譜を丹念にたどり非正規公務員問題の全容を明らかにした書=早川征一郎・・・61
[紹介]一橋大学フェアレイバー研究教育センター62「生涯一労働者」―50年の私的労働運動体験記(上)=伊藤藤夫・・・64

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業種別離職率について@『週刊新潮』

20121108 現在発売中の『週刊新潮』11月15日号に、「大卒3年以内に“5割が辞める”業種の研究」という小さな記事が載っています(33ページ)。

そこで、私が一言コメントをしています。

・・・サービス業はいわゆるベンチャービジネス的な性格が強い。新興企業の社長は365日、ひたすら仕事に没頭し、働くものだと思っています。社長と同じ考えの社員なら辞めませんが、付いていけない社員が多いから、高い離職率という結果が出ているわけです。

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明日発売の『週刊東洋経済』は「解雇・失業」特集

明日20120627000143211発売予定の『週刊東洋経済』11月17日号は、左の表紙にでんと載っているように、「解雇・失業」が特集です。

http://www.toyokeizai.net/shop/magazine/toyo/

欧州に端を発した債務危機が波及し、世界中で失業の疾風が吹きすさぶ。日本の失業率が低いというのは幻想。今すぐ明日の解雇に備える必要がある。

特集記事の目次は以下の通りで、

COVER STORY
人ごとではない。明日はわが身の
解雇・失業

日本型雇用は遠い昔の“美談”

「普通解雇がフツー」の時代に突入
[図解] 大規模リストラが止まらない

INTERVIEW│
南雲弘行/連合 事務局長
濱口桂一郎/労働政策研究・研修機構 統括研究員

手順さえ踏めば解雇できる。もはや会社と社員は運命共同体ではない

INTERVIEW│柳川範之/東京大学教授
「40歳定年制を提唱する理由」

COLUMN│中小企業経営者に迫る“失業”ラッシュ

最低人事評価2回でレッドカード。サイバーエージェントの新制度導入1年

好業績続出なのに内需不振? ミクロの感覚頼みでは景気はよくならない

INTERVIEW│小野善康/大阪大学フェロー
「政府だけが“合成の誤謬”に対応できる」

いざという時に困らない防衛術

リストラ前兆チェックリスト「会社編」「自分編」

INTERVIEW│砂山擴三郎/リストラ評論家
「もはやリストラは会社員の宿命」

COLUMN│リストラ担当者「本題に入るのは3回目の面接」

カリスマカウンセラーが教える 再就職を成功に導く10の心得と戦略

失業保険の基礎知識&賢いもらい方

意外に使える! ハローワーク活用術

世界同時失業がやってきた

失業率と社会構造の深い関係 [図解] 世界の失業マップ

[スペイン] 失業給付まで削りとる緊縮財政の修羅場

[米国] 自立大国で続出する親元へのUターン

[韓国] 学歴インフレ状態で、若者の就職難が深刻化

わたくしのインタビューもありますし、中央公論でも取り上げられた40歳定年の柳川さんも登場しています。

なかなかお買い得だと思いますよ。

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「あなたたちの仲間としてのわたし」の物語の終わり

112483もう1ヶ月以上も前に書いていただいていたのに、今まで気づかずにいました。「lochtextの日記」というブログで、拙著『日本の雇用と労働法』を評していただいております。

http://d.hatena.ne.jp/lochtext/20121003/1349286872(「あなたたちの仲間としてのわたし」の物語の終わり)

この書評、他の方々の書評と一味違って、歴史叙述の中の戦時体制の記述に注目していただいています。

思ったより時間がかかってしまったのですが(最初は1日で読み終えるつもりでした)、「日本の雇用と労働法」を読み終えました。印象的だったのはやはり、「現代日本のメンバーシップ的雇用が戦時体制を経て強固なものとなった」という繰り返される記述です。大塚英志は知識人にとっての戦争とは「わくわく」するものであったのだ、と「初心者のための「文学」」で書きましたが、戦時体制下にあって、企業雇用のメンバーシップの強化というのは一般庶民の労働者たちにとっての「わくわくする現実」であったのかもしれない、と思うわけです。

なんらかの目的を持った組織のメンバーになる、というのはある意味「非日常」的な行為です。日本全体にとってそれは「皇国臣民」の一員になることであったし、日常の労働においてはそれが「企業/職場のメンバー」であったわけです。そして日本では、「戦争」というわくわくする非日常が終わったあとでも、「企業のメンバー」であるという非日常(物語)はなくならなかった。逃げろ、そして生き延びろ - インターネットの備忘録のような事例は、この(今や多くの場面でほころびをあらわにしている)物語に上手く適応できなかった(というと語弊があるような気がします。もちろんhase0831氏を責めているわけではありません)事例として見ることができるのではないかなぁ、と思うわけです。

個人的には上記の「物語としてのメンバーシップ(企業の何が人をモチベートし、そして過労死に追いやるか)」と、メンバーシップという形態が現在の産業構造にとって適切なのかどうかという2点が主な興味の範囲です。「物語としてのメンバーシップ」なんてものは最初から虚構じゃなかったの、という話は以前にしました。後者についてはまだ考え中。

こういう視点で拙著を読んでいただける読者を得られるのはとてもうれしいことです。

「日本の雇用と労働法」は大学の講義で教科書として使われているということで、もちろん教科書的に構成された密度の高い本でした。もうすこし時間が経ったらまた読み返すことにします。とりあえず次は新しい労働社会―雇用システムの再構築へと雇用の常識 決着版: 「本当に見えるウソ」にかかることにします。

お願いします。

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あなたの雇用、明日はあるか@『中央公論』

2229_issue_img本日発売予定の『中央公論』12月号の目次が中央公論社のサイトにアップされていますので、わたくしも登場している特集「あなたの雇用、明日はあるか」のコンテンツをこちらでも紹介しておきましょう。

http://www.chuokoron.jp/newest_issue/index.html

あなたの雇用、明日はあるか

第一部 定年制は誰の味方か

不安定なこの人生、どうしたらいいですか?
対談 大竹文雄×又吉直樹
四十歳定年制の真意は誤解されている 柳川範之
「四十歳定年制」より大事なこと 管理職を目指さない自由を
対談 濱口桂一郎×海老原嗣生

賃金カーブの平坦化は不可避だ    川口大司
マッキンゼー、アクセンチュア、リクルート……
「人材輩出企業」の実態  松井克明

第二部 リストラはどこまでひどくなる

アジアとの激しい戦いの中で
国内にしがみつく企業と人に未来はない 山本一郎
これから危ない業界はここだ 井出豪彦
会社危険度を占う七つのチェック項目 酒井英之

わたくしも、海老原さんとの対談以外は中身は未見ですので、大変楽しみです。

(追記)

川口大司さんの文章は、我々の対談の解説をしていただいているような・・・。冒頭、私がラジアーが、とか口走って何の説明もしていないのに、その次の川口論文で、ちゃんと図入りで解説がされている・・・。

常見さんの発言は、松井さんの文章に載っていますが、

・・・OBが立ち上げるのは、リクルートの延長線上の人材コンサルティング企業が多く、全く新しいビジネスモデルを作るOBはほとんどいない。・・・

まあ、それはそうでしょうけど、それは当たり前のような気が。つうか、人材コンサルは、まともなことをいう人がそれだけで希少価値だったりしますから・・・。いや、誰とはいいませんが。

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経営資源としての労使コミュニケーション

本日、労働政策フォーラム@大阪が開かれます。再三になりますが、改めてこちらでも最後のお知らせです。

http://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20121109/info/

テーマは「経営資源としての労使コミュニケーション」。

日時は、2012年11月9日(金曜)13時30分~17時00分(開場13時) 、

場所は天王寺区上本町の大阪国際交流センター大会議室さくらです。

13時30分~
基調報告 我が国の労使関係の過去・現在・未来
濱口桂一郎 労働政策研究・研修機構統括研究員

研究報告 労使関係のコペルニクス的転換の必要性
呉 学殊 労働政策研究・研修機構主任研究員

事例報告 資生堂労働組合の取り組み~イキイキと活力ある職場づくり~
赤塚 一 資生堂労働組合中央執行委員長

連結経営下、労組もグループ化へ~個別最適から全体最適へ~
恩田 茂 ケンウッドグループユニオン中央執行委員長

好ましい企業風土づくりは、経営者の経営姿勢の確立から
山田 茂 株式会社山田製作所代表取締役社長

15時30分~
パネルディスカッション
パネリスト:
赤塚 一 資生堂労働組合中央執行委員長
恩田 茂 ケンウッドグループユニオン中央執行委員長
山田 茂 株式会社山田製作所代表取締役社長
呉 学殊 労働政策研究・研修機構主任研究員
コーディネーター:
濱口桂一郎 労働政策研究・研修機構統括研究員

(追記)

ということで、昨日の労働政策フォーラム in 大阪は、今年初めの東京版に引き続き、多くの参加者に感動を与えつつ、無事終了いたしました。

これに味をしめた事務局は、今度はここだ、と西の方を狙っているようですな。

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モビケーションセミナーの御案内

宮本太郎さんから、11月20日に開催されるモビケーションセミナーの案内文が届きましたのでこちらでも宣伝しておきます。文科省の方とわたくしがコメンテーターを務めます。

雇用転換のなかの生涯学習と「モビケーション」      

―フレクシキュリティを超えて

 日本でも雇用の流動化がすすみ、いったん雇用を離れても公共職業訓練などで新たな就労機会をつかむことができる「トランポリン型社会」が目指されるようになりました。こうした方向で一歩先行していた欧州、とくに北欧では、近年、新しいセーフティネットとして公共職業訓練に加えて公教育をいかに流動化する雇用と連携させるかが盛んに論じられるようになっています。
 2011年には、北欧理事会に「モビケーション」をキーワードとする報告書「北欧諸国の競争力」が提出され注目されました。モビケーションとは「流動性=モビリティ」と「教育=エデュケーション」を組み合わせた新しい言葉です。
 このセミナーでは、同レポートの執筆者であり、雇用・教育・経済の連携についての先駆的な問題提起で知られるコペンハーゲンビジネススクールのオヴェ・カイ・ペダション教授を招き、デンマークを中心とした生涯学習の制度や政策、流動的な労働市場との連携、モビケーションの考え方などについて多角的に論じていただきます。

日時 2012年11月20日(火) 14時~17時
会場  ホテルグランドパレス2F チェリーの間
       (千代田区飯田橋1-1-1 「九段下」駅徒歩3分)
http://www.grandpalace.co.jp/

基調講演  オヴェ・カイ・ペダション
(デンマーク コペンハーゲンビジネススクール教授) 
コメント  文部科学省 生涯学習政策局
     濱口桂一郎 労働政策研究・研修機構 統括研究員

【コーディネータ】 宮本太郎 北海道大学教授
※用語/英語・日本語 (同時通訳付き)

参加申込み 下記宛ご連絡ください。(会場定員 80名)
1120semi@juris.hokudai.ac.jp 
北海道大学法学部研究支援室

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第3回今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会 資料

昨日夕刻開かれた「第3回今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会」の資料です。

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002ni1l.html

資料1 第2回今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会 議事概要(PDF)

資料2 静岡大学 本庄准教授 御提出資料(PDF)

資料3 独立行政法人労働政策研究・研修機構 濱口統括研究員 御提出資料(PDF)

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濱口桂一郎さんや僕はニッチだと思います

日経ビジネスオンラインに海老原さんが登場していろいろと喋っています。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20121031/238856/?rt=nocnt(「新卒採用論で無視され続けている普通の学生たちを助けよ」海老原嗣生氏に聞く「日本の雇用」(前編))

中身は、海老原さんがあちこちで喋っていることなので、特にいちいち引用しませんが(明日発売の『中央公論』の対談でも似たようなことを喋っています)、冒頭近くのこの言葉には・・・

海老原:まず、なぜ地に足のついていない話ばかりが流れるのかというのが、一番の問題だと思っています。雇用の論客は、ほとんど専門にやっている人ではないわけです。濱口桂一郎さんや僕はニッチだと思います。

はぁ?ニッチでしたか・・・。

いや、そうじゃないかと、うすうす感じてたのですが、はっきりそういわれると、やはりそうだったのかと・・・。

ついでにいうと、やはり

真紀子氏や橋下氏と同様、・・・

というのはいささか・・・な感が・・・。

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40歳定年説の深まる謎

労務屋さんが2回にわたって、「40歳定年説」に緻密な猛爆撃を加えていますが、

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20121105#p1(40歳定年説があまりにもひどすぎる件)

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20121106#p1(40歳定年説があまりにもひどすぎる件(続き)

いやまあ、労働関係者としては、これくらい緻密かつ無慈悲に爆撃を加えるべきではありますが・・・。

そして、今月10日発売の『中央公論』では、海老原嗣生さんとの対談という形で、わたくしも結構爆撃していたりしますが、

ただ正直言って、柳川さんがこういうことを主張されるのには、いささか「あれ?」という気持ちもあります。

実は、今年4月、総合研究開発機構(NIRA)に呼ばれて、牛尾治朗会長や柳川理事、NIRAの研究員の皆さまの前でいろいろと喋ったことがあり、その時に、日本の『正社員』という概念がいかに特殊であるかを、欧米の『レギュラー・ワーカー』との違いを中心に、詳しく説明し、「いや、まさにそうなんだよな!」と意気投合したつもりだったので、「そういうことも全部分かった上で「定年40歳」ですか・・・・・」という思いも湧いたりするわけです。

理屈は理屈として、今の日本で注目を集める議論をするためには、あえてこういう言い方をすることが戦略的に正しいのだ、というご判断の上でのことであるならば、それはそれでそれ以上とやかくいうべきことでもないのですが・・・。

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ブラック企業の研究@『日大社会学論叢』

日本大学文理学部社会学科で出している『社会学論叢』という紀要の174号に、立道信吾さんの「ブラック企業の研究 日本企業におけるホワイトカラーの人的資源管理(2)」という論文が載っています。ていうか、見つけました。

ブラック企業という現象を真正面から社会学的研究の対象として取りあげたものとしては、もしかしたら初めてのものではないでしょうか。

立道さんは2008年度までJILPTの研究員だった方で、この論文で使っている素材も、ご自分がJILPTにいたときにやった人事部長とそこで働く労働者に対して行った大規模なアンケート調査です。

http://www.jil.go.jp/institute/reports/2005/033.html(変貌する人材マネジメントとガバナンス・経営戦略)

http://www.jil.go.jp/institute/reports/2006/049.htm(変革期の勤労者意識―「新時代のキャリアデザインと人材マネジメントの評価に関する調査」結果報告書 ―)

http://www.jil.go.jp/institute/reports/2006/061.htm(現代日本企業の人材マネジメント― プロジェクト研究 「企業の経営戦略と人事処遇制度等の総合的分析」中間とりまとめ ―)

それを使って、何をするかというと、「見返りのない滅私奉公」というブラック企業の規定から、

(1)企業側が、過去5年間に「残業が増えるなど労働時間が増加した」「精神的ストレスを訴える社員が増加した」「自己都合で離職する社員が増加した」のうち2項目に当てはまると回答し、かつ今後の長期雇用の方針について「長期雇用の維持は経営における優先課題ではない」と回答した企業を「ブラック企業F」と定義し、

(2)労働者側が、過去5年間に「精神的ストレスが増加した」「自己都合で離職する社過員が増加した」「雇用の安定は期待できなくなった」「転職を意識するようになった」についていずれも「そう思う」「どちらかといえばそう思う」と回答した企業を「ブラック企業W」と定義し、

これと、さまざまな変数との相関を回帰分析したということです。

では、ブラック企業に統計的に有意の影響を与えていた要因は何か?

まず第1に、情報通信産業だと。いかにも。

第2に、正社員数。え?つまり大企業ほどブラックだって?意外。

第3に、労使協議制のある企業。え?これも労使関係論の常識からすると大変意外ですが、立道さんは次のように述べています。

・・・この現象の解釈は慎重に行うべきだが、長期不況下において、企業の存続とその結果としての雇用保障が、基本的労働条件の確保よりも優先され、それが労使協議の場で、労使の合意の前提となっている可能性がある。だが、この前提には、企業側の欺瞞がセットとして存在する。労使協議の場で雇用保障を優先し、基本的労働条件の切り下げが労使で合意されたとしても、企業側は実は雇用保障は優先すべき課題ではないと考えているのではないか。企業側が労働者側を説得するツールとして、労使協議の場が用いられ、結果的に<ブラック企業>になってしまう可能性をこの結果は示唆している。・・・

第4に、成果主義の導入。いや、これはまさにそうでしょう。

・・・巨大掲示板の<ブラック企業>でしばしば指摘されている成果主義を利用していると思われる過剰な労働強化とこの結果は極めて整合的である。労働者の生産性の向上や社内の公平性の確保を目的とした成果主義が、悪用される形で<ブラック企業>で運用されている可能性がある。・・・

第5に、同年代の課長レベルの正社員につけられた実際の賃金格差。これもいかにも。

第6に1999年のROAが大きく、2004年のROAが小さい企業。

あと労働者側の属性では、年齢、職位が正の影響を与えているのですが、特に興味深いのが学歴です。大卒がブラック企業に正の影響を与えているのです。これについて立道さんは、ハーシュマンのvoiceとexitを使って解釈を示していますが、やや長いのでここでは省略します。興味のある方は大きな大学図書館ででも見てください。

最後のところで、立道さんが結論的に書いている部分を引用しておきましょう。

・・・さらに本稿の分析結果から離れて、「見返りのない滅私奉公」が労働者の側から構築されている可能性を強調したい。日経連は1995年に・・・・・・・。では、労働者側はどのようにこれを受け止めているか。長期安定雇用の部分的な放棄は企業側からもたらされているにもかかわらず、労働者の多くが長期の雇用保障への期待を持ち続けるとともに、転職について後ろ向きであったのではないか。・・・<ブラック企業>のような問題のある企業であっても、勤め続けることが望ましいと考える労働者は少なくないのではないか。・・・退職することは、企業のメンバーシップを失うことであり、雇用の保障とセットとなっている企業側が担っているさまざまな生活保障から切り離されるとともに、非正社員という「保障のない働き方」に直結すると認識されているのだろう。正社員でなおかつ「滅私奉公」的な働き方をすることが日本社会においては望ましい働き方だとされているのだ。転職先がないため、辞めたくても辞められないという現実問題とは別に、こうした「働き方」に関する理想が、<ブラック企業>の問題を労働者の側から構築していると考えることもできる。

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労働者保護、人手足りず 監督官1人に3000事業所・・・といいつつ

東京新聞の本日の夕刊は、1面トップにどかんと、

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012110590135649.html(労働者保護、人手足りず 監督官1人に3000事業所)

過労死や過労自殺が高止まりする中、長時間労働や労災事故など不当な労働条件の改善を指導する労働基準監督官は、東京二十三区では一人当たり約三千の事業所を担当している。人手が足りず、十分な監視の目が行き届かない実態が浮かび上がってくる。

 本紙は、厚生労働省の東京労働局への取材で、昨年度に二十三区の各労働基準監督署が担当した事業所数を確認。厚労省は、労基署ごとの監督官数を公表していないが、労働新聞社(東京都板橋区)が発刊した「労働行政関係職員録 平成二十三(二〇一一)年版」に掲載された管理職を除く監督官の人数から一人当たりの事業所数を算出した。

 職員録では、二十三区で管理職を除く監督官は百三十九人。本紙の計算では、二十三区のうち最も負担が重いのが、大手企業の本社が集まる中央労基署。一人当たり約三千六百の事業所を受け持つ。王子(約三千五百)、足立(約三千四百)と続き、最も負担の軽い亀戸労基署でも、一人で約二千三百の事業所を担当している。長時間労働やパワーハラスメントによる自殺や過労死は後を絶たない。都内では労働者から労基署への年間の申告件数は十年前に比べ千件以上増えた。昨年度、精神疾患にかかり労災を申請した人は全国で千二百七十二人と、三年連続で過去最多を更新。脳・心臓疾患で申請した人は八百九十八人と二年連続で増加した。

 だが、一九六五年以降、監督官一人当たりの事業所数は、全国的にも千五百前後で推移しており、人手不足は解消されていない。

 消費税増税に伴う国家公務員の新規採用抑制が、人手不足に追い打ちをかける。来年度の監督官の採用数は、前年度比四十四人減の四十六人となる。

 今年六月の衆議院の社会保障と税の一体改革に関する特別委員会では、野党から労働行政への影響を懸念する意見も出た。当時の小宮山洋子厚労相は「効果的な監督を実施するよう最大限努力したい」と答弁している。

という記事を載せています。

いや、まったくその通りで、よく書いてくれたという思いはあるのですが、その東京新聞さんの今朝の社説に曰く、

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012110502000128.html(会計検査院報告 増税を強いる状況か)

・・・本来なら税金を預かる官僚こそ、正確性や透明性はもちろんのこと、より少ない費用で実施できないかという「経済性」や同じ費用でも最大限の成果を得る「効率性」の原則が求められるべきだ。民間では当たり前の問題意識が決定的に欠けているから、漫然としたまま無駄なお金の使われ方が後を絶たない。

・・・検査院はもっと各省庁に無駄減らしを迫り、必要なら検査院の権限強化など制度の改正も求めるべきである。行政刷新会議の「事業仕分け」との連携も視野に入れるなど、納税者の期待に応える無駄削減に全力をあげてほしい。

もとより不当な支出は許されませんが、こういう味噌も糞も一緒くたにしたような公務員ケシカラン論が、本当に必要な機能は何かという腑分けした議論すら許さないまま、労働基準監督機能のひたすらな縮小をもたらしているという、自らのブーメラン効果をもよく認識していただきたいところではあります。

「民間では当たり前の問題意識」でもってブラック企業の期待に応えるような「無駄削減」に全力をあげることのないように。

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派遣問題フォーラムのリポート@アドバンスニュース

去る10月16日に開かれた派遣問題フォーラムの概要が、アドバンスニュースで報じられています。

http://www.advance-news.co.jp/interview/2012/11/post-162.html(派遣問題フォーラム、多面的角度から論者が率直な意見 正規・非正規全体の議論が不可欠)

Is121105_1 NPO法人、人材派遣・請負会社のためのサポートセンター(高見修理事長)が10月16日、東京・両国で開いた派遣問題フォーラム「改正労働者派遣法の課題と今後の雇用問題を考える!」は、労働者派遣法(以下、派遣法)の専門家5人による議論が派遣法の抱える本質的な問題をえぐり出し、政府が10月17日から開始した「派遣制度の見直し論議」を先取りする形の深みあるフォーラムとなった=写真。(報道局)

 この日の講演・意見発表とテーマは、労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎統括研究員「労働者派遣法を根本から考え直す」、▽静岡大学人文社会科学部の本庄淳志准教授「改正労働者派遣法の問題点からみた今後の論議のあり方」、▽ニッセイ基礎研究所生活研究部門の松浦民恵主任研究員「派遣社員のキャリア形成の課題と今後の展望」、▽慶応大学大学院商学研究科の鶴光太郎教授「非正規雇用改革~近年の政策対応の評価と残された課題」。

Is121105_2  基調講演で濱口氏は、戦後日本の労働政策を概観し、派遣法が生まれた歴史的背景を説明。当初は派遣労働者の保護が主要目的だったはずが、途中から終身雇用慣行を守る「常用代替防止」に視点が移ってしまい、就労期間や職種が制限されるなど、派遣労働者の保護は後回しにされたと説明。その後の改正を通じても基本的な発想に変化はなく、「派遣だけに限定しない労働政策全体にまで踏み込んで考えないと、問題の解決は困難」と強調した。
(※濱口氏の講演内容骨子は、自身のブログに当日の資料としてオープンにしております) hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)

Is121105_3  本庄氏も労働法学の立場から、「常用代替防止」という目的を維持するかしないかという根本的な部分を議論しないままの法改正に疑問を呈し、「派遣法は根幹の部分がおかしい。これでは派遣労働者の保護に特化した規制が必要になる」と指摘した。

Is121105_4  松浦氏は派遣労働者のキャリア形成について、派遣会社や労働者へのヒアリング結果を紹介しながら、同じ派遣労働者でも無期雇用と現状の有期雇用に希望が二極化している点に着目。「派遣元、派遣先のそれぞれが労働者の能力やキャリアを評価できるシステムの構築が必要だ」と述べた。

Is121105_5  鶴氏は、現在の無期雇用と有期雇用の極端な二極化の間を埋め、有期から無期への連続性を確保する雇用改革の必要性を指摘、問題の解決に向けて、世界標準になっている「解雇補償金」制度の導入など、正規、非正規の一体的な改革を提案した。

今も変わらぬ「常用代替防止」
Is121105_6  この後のパネルディスカッションでは、東大大学院情報学環の佐藤博樹教授がコーディネーターとなり、5人による意見交換があった。改正派遣法については、「派遣の役割は大きいにもかかわらず、負のインパクトが先に出てしまった」(鶴氏)、「間接雇用がさらに抑制されるだろう」(本庄氏)、「看板の掛け替え作業に終始したに過ぎない」(濱口氏)、「常用という働き方を良いとする考えが色濃く残っている」(松浦氏)など、総じて評価は低かった。

 論者たちの視点に共通していたのは、改正派遣法が派遣労働者の真の保護につながるかどうか疑問が多いこと。非正規問題の解決には派遣法だけでなく、正規・非正規全体に関わる議論が不可欠なことの2点。現在、厚労省の「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会」で研究者らによる見直しが議論されているが、同フォーラムは感情論抜きの討議で一足先に問題点の本質を浮き彫りにした。

 同フォーラムは「正規・非正規雇用をめぐる新たな動きと今後の人材ビジネスを考える」をテーマに、同サポートセンターが今年度、4回にわたって開いた派遣・請負問題勉強会のしめくくり。今回は、10月から改正派遣法が施行されたのに合わせ、改正の目的である「派遣労働者の保護」につながるかどうか、今後の雇用政策に示唆を与える場となった。 (おわり)

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新社会人にこの本配りたい

112483ギルガメさんが、ツイートで拙著『日本の雇用と労働法』について、こう評していただいております。

http://twitter.com/girugamera/status/265047356414763008

濱口桂一郎さんの『日本の雇用と労働法』読んでる。ジョブ型雇用かメンバーシップ型雇用か。この分析軸だけで日本の雇用システムをすっきり整理できてしまうのは、あまりに見事。七五三のときに千歳飴配る感じで、新社会人にこの本配りたい。

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高齢者雇用の問題とは、日本の「普通のエリート」という仕組みが根底にある

依然として一知半解の議論を展開している向きもありますが、高齢者雇用の問題とは、日本型雇用システムが維持している「普通のエリート」という他国に例を見ない仕組みが根底にあるということを、改めて『HRmics』で海老原さん、荻野さん相手に語った記録をアップして、確認しておきたいと思います。

今月10日発売予定の『中央公論』12月号での海老原さんとの対談記事の予習用としても有用です。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/hrmics12.html「ふつうの人」が「エリート」を夢見てしまうシステムの矛盾

そもそも、欧米では定年制が企業経営の問題となることは少ない。なぜ日本だけ、ことさらに定年が問題となるのか。雇用の仕組みの違いに迫る。
 
―欧米と比較した日本の高齢者就業の特徴を教えてください。
「高齢者多就業社会」という意味では日本はかなりの先進国で、高齢者が労働市場から引退する年齢が欧米と比べて高いのが日本の特徴です。ところが、その就業の場が長年勤務したのとは別の企業だったり、同じ企業だとしても身分や処遇が大幅に切り下げられたりするのが普通です。つまり、社会というマクロではうまく行っているものの、企業というミクロの話になると、大企業を中心として60歳を境に高齢者を追いやったり、あるいは別コースの雇用を用意したりせざるを得ないマネジメントが行われている。これは改めるべき点といえるでしょう。
―それは中高年が働きに比べて給料をもらい過ぎているため、定年という形で、一度、関係をリセットしなければ企業がやっていけない、いわゆる年功賃金の弊害といわれるものですね。でも、労働統計を見ると、形態はばらばらですが、海外でも賃金の年功カーブは歴然と存在しています。
ヨーロッパでも、労働組合との協約があって若い時は年齢に応じて賃金は上がっていきますが、その期間は入社10年目くらいまででしょう。その後の年功カーブは、一律昇給ではなく、すごく上がる一部の人が、全体の平均を挙げているだけで、多くの人は昇給がほとんどなくなっていく。日本の場合、現在はそれでも落ち着いてきましたが、40代半ばくらいまでの上昇が、「あるべきこと」として規範化されています。
―なぜそうなったのでしょうか。
 さまざまな要因が作用していると思いますが、私の考えでは、欧米企業では労働者と企業との労働契約が職務に基づいたジョブ契約であるのに対して、日本企業のそれはメンバーシップ契約、ということが大きく影響しています。メンバーシップ契約では、ある職務がなくなっても、別部門で人が足りなければ、その人を異動させて雇用を維持します。こうした人事異動は、人材育成のためにも意図的に活用されます。職務に応じて賃金が支払われるわけではないので、結果として、賃金の決め方が曖昧になりがちです。しかし、何らかの基準は必要ですから、年齢や勤続年数が基準になりやすいのです。処遇における年功要素が大きいのが日本型正社員の特徴で、その結果、年功カーブが急になってしまうのです。
―年功が急になる要素が日本型正社員には組み込まれているということですね。他に彼我の違いはありますか。
エリートの問題についても大きな違いがあります。アメリカではエグゼンプト(exempt)、フランスではカードル(cadres)、ドイツではライテンデ・アンゲシュテルテ(leitende Angestellte)といいますが、残業代も出ない代わりに、難易度の高い仕事を任され、その分もらえる賃金も高い、ごく少数のエリート層が欧米企業には存在します。彼らは入社後に選別されてそうなるのではなく、多くは入社した時からその身分なのです。
一方、「ふつうの人」は賃金が若い頃は上がりますが、10年程度で打ち止めとなり、そこからは仕事の中身に応じた賃金になります。出世の階段はもちろんありますが、日本より先が見えています。その代わりに、残業もほどほどで、休日は家族と一緒に過ごしたり、趣味に打ち込んだりといったワークライフバランスを重視した働き方が実現しています。
日本は違います。男性大卒=将来の幹部候補として採用し育成します。10数年は給料の差もわずかしかつきませんし、管理職になるまで、すべての人に残業代が支払われます。誰もが部長や役員まで出世できるわけでもないのに、多く人が将来への希望を抱いて、「課長 島耕作」の主人公のように八面六臂に働き、働かされています。欧米ではごく少数の「エリート」と大多数の「ふつうの人」がいるのに対して、日本は「ふつうのエリート」しかいません。この実体は、ふつうの人に欧米のエリート並みの働きを要請されている、という感じでしょうか。
 
職務と処遇の関係が曖昧な日本

―日本の正社員は一枚岩、欧米は二枚岩、欧米ではエリートとふつうの人の賃金が合わさってカーブが出来ているのに対して、日本はふつうの人単体だと。表面的な形は似ているけれど、カーブが形成される構造が違うということですね。
 そうです。ところが戦前の日本企業は違いました。エリートがきちんと存在していたのですが、戦中・戦後のどさくさや激しい労働運動の結果、正社員はすべてエリートだ、というような価値観が主流になりました。客観的には相当な無理があったにも関わらず、です。当の正社員たちも、過大な期待を負わされて俺たちは迷惑だ、という声をあげることもなく、じゃあ頑張ってみるか、と、大切な家族と引き離されての単身赴任や連日の長時間労働をこなして、それに見合った賃金を得ていったのです。それが悪いことだったか、といえば、企業にも労働者にもそれなりのメリットをもたらしたのは事実でしょう。
 でも、そんなやり方が通用しなくなってきているのが現在です。年齢構成が不変ならば、この仕組みもうまく回りますが、それが大きな変化を遂げています。若手が多くて中高年が少ないピラミッド型から、若手が少なくて中高年が多い逆ピラミッド型へ、日本の人口構造が大きく転換したからです。その結果、年功カーブの存在が企業の人件費を圧迫しました。年齢が上がると、人間、いい意味でも悪い意味でもすれてきますから、若い時ほど、「これだけの賃金を与えているのだから働け!」という経営側のムチも通用しなくなりました。
そうなる前に、誰に、どんな仕事を担ってもらい、どんな基準で処遇するか、という根本的な問題に手をつけなければならなかったわけです。が、バブルに踊った挙句、改革は手つかずのまま、「失われた20年」に突入してしまいました。この間、膨れ上がる中高年の人件費を抑えるためにひねり出された苦肉の策が成果主義でしたが、うまく仕組み化できなかったのはご承知のとおりです。
―欧米では、もともと働きに応じた賃金になっているから、ことさらに定年、定年と言い募ることもなく、個人が年金の支給開始年齢を見ながら、自由に引退時期を決められるというわけですね。
その通りです。定年がない国も増えつつありますが、そもそも欧米における定年とは年金支給開始年齢と同じで、労働市場からの引退を意味します。日本の定年を英語に訳そうと思ってもなかなか難しいのです。仕方なく、Mandatory Retirement(強制引退)と訳すと、「?」という反応で、なおも、「その後、65歳までのContinued Employment(継続雇用)がある」と続けると、目を白黒されます。
 
まずはできるところから手をつける

―欧米は日本より横移動(転職)が容易だから、企業も要らない人材を解雇しやすい、その結果、「働かない中高年問題」に悩まない、という事情はありませんか。
 それはないですね。アメリカは違いますが、ヨーロッパではむしろ転職は日本と同じく、活発ではありません。むしろ、そういう意味では、日本の高齢者のほうが横移動が活発でしょう。それまで在籍していた企業に、同じ身分でい続けることができず、雇用が別形態になったり、関連会社や子会社も含めた他社で雇ってもらったりするわけですから。ヨーロッパではむしろ、「賃金が高すぎる」という日本の中高年者と同じ問題に直面しているのは若年者です。彼らの失業率は二桁台と非常に高く、どの国も対策に頭を抱えています。その解決策として、最低賃金法の対象から若年者を外すべきだ、という議論が真剣に行われています。
―この問題を解決するのは一筋縄ではいきませんね。
 その通りです。高齢者雇用の問題とは、日本の「ふつうのエリート」という仕組みが根底にはあります。ただ、高齢者雇用が進むことで、「ふつうのエリート」という仕組みにひびが入り、新しい労働社会の形が見えてくる可能性はあるとおもいます。そうした意味で、高齢者雇用問題は、新しい社会の入口への“奇貨”とすべきだと、私は考えています。

(追記)

大体この通りなのですが、若干付け加えると、

欧米ではごく少数の「エリート」と大多数の「ふつうの人」がいるのに対して、日本は「ふつうのエリート」しかいません。

正確にいえば、日本は大多数の「ふつうのエリート」と、少数(のはずだった)「ふつう以下」の非正規からなる社会だったわけですが、その「ふつうのエリート」が縮小して、「ふつう以下」に落ちるぞ、と脅かされて、今までの「ふつうのエリート」以上のますます猛烈な働き方を余儀なくされているというのが現状。

そこに、欧米の「ごく少数のエリート」を引き合いに出して、悲鳴を上げている「ふつうのエリート」にもっと働けもっと働けとハッパをかける役割を果たしているのが、ワカモノの味方を称する人事コンサルタントであったりするので、なかなか世の中は面倒くさいわけです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-ddff.html(エグゼンプトとノンエグゼンプトをごっちゃにする人材コンサル氏)

http://jyoshige.livedoor.biz/archives/5594729.html(ホワイトカラーの地力をつけたければ、ブラック企業云々は気にするな(メルマガ))

そもそも、世界的に見ればホワイトカラーは自己責任で自立的に働く職種だ。
大雑把にいえば、これだけの職務に対して年俸はいくらで、後は自由に働いて、というスタイルだ。労基法とはもともと工場で働くブルーカラー向けの法律であり、それをホワイトカラーにまで適用してきた日本が異常なのだ。
だから、どんな大企業でも半ば公然と労基法破りが行われてきたし、これから先、グローバル化が進む中で、さらに日本企業のブラック度は増すだろう。

まさか、同じオフィスワーカーでも、エグゼンプト(米)、マネジリアル(英)、カードル(仏)と呼ばれるエリート層と、そうじゃないノンエリート層をひとまとめにして、「世界的に見ればホワイトカラーは自己責任で自立的に働く職種」だなんていう超粗雑なことを言う人材コンサルがいるとは思わなかった・・・、って、いやこの人なら言うかもと思ってましたけどね。

いうまでもなく、ブルーカラーでも、ノンエグゼンプトのホワイトカラーでも、基本はジョブ型なので、その限り(過剰な義務も過剰な保障もないので)別にブラックではない。

逆に、エグゼンプトはその名の通り高い処遇と引き替えの適用除外だから、その限りでやはりブラックじゃない。

他国ならノンエグゼンプトになるような人々を疑似エグゼンプト化していることが、(さまざまなメリットとともにその裏側で)さまざまな問題-まさにブラック企業など-を産み出しているということも、今まで述べてきたとおり。

そういう冷静な分析を抜きにして、「だから、どんな大企業でも半ば公然と労基法破りが行われてきたし、これから先、グローバル化が進む中で、さらに日本企業のブラック度は増すだろう」とか言えてしまうこの人は、やはり人材コンサルとしてどうなんだろうか・・・と思わざるを得ないわけです。

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岸健二さん@『日本の雇用終了』

労働調査会のサイトのコラム「労働あ・ら・かると」に、岸健二さんが「そろそろ労働需給関連全体の仕組みと法の見直しも必要な時期ではないですか」という文章を寄せておられます。

http://www.chosakai.co.jp/alacarte/a12-11.html

趣旨は、現在の労働者派遣法の在り方に疑義を呈するものですが、そこで引用されているのがわたくしがまとめた『日本の雇用終了』なので、大変うれしく感じました。

・・・労働組合の組織率(推定)が年々低下し、平成15年には2割を切るに至っている現実と、個別労働紛争の増加の状況労働審判制度の利用状況を併せ見ると、今回の改正派遣法を巡っての論議の中で「派遣で働くことより直接雇用で働くことのほうが良いのでは」と聞こえる主張には、労働者保護を現実的に担保する観点からはとても無条件に肯定することはできないのです。

労働裁判の判例集などを読むと、「この国は解雇規制が厳しいなぁ」という気持ちにもなるのですが、一方で労働政策研究・研修機構(JILPT)による『日本の雇用終了─労働局あっせん事例から』(2012年4月/濱口桂一郎 氏執筆)に目を通すと、この国の多くの中小企業では、極論すれば事実であるかどうか疑わしい「経営不振」と言う理由を挙げるだけで極めて簡単に解雇が行われている事例に驚愕してしまいます。20世紀の後半には、労働組合が一定程度は無体な処遇を受けた労働者の保護に力を発揮してきましたし、今もその努力は続けられているとは思いますが、これまでの派遣法が「常用代替防止(=正社員組合員の職場を守る)」ことに主眼を置いてきた(今回の改正でもその要素は払拭しきれてはいませんが)ことを見ると、連合をはじめとする労働組合が、正社員組合員だけでなく雇用形態の別なく個々の労働者を守ることができるよう変身しきらないと(一部その努力は始められていますが)、その社会的機能には限界があると思わざるをえません。

今回の派遣法改正では「日雇い派遣の禁止」が盛り込まれたわけですが、単純に「日雇い派遣は悪くて、日雇い紹介の直接雇用なら良い。」とはとても思えません。上述の労働局あっせん事例に垣間見られるような雇用コンプライアンスのない企業の直接雇用に「日雇労働の労務管理」をまかせることと、「適正な許可制度で管理され、業界自主規制も充分な人材派遣会社や人材ビジネス会社(が実現できれば)」の雇用により就業管理をさせることと、どちらが日本の社会にとって有益なのか、充分に考察することが重要だと思います。

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いかにもわるものみたいなわるもの

ネット上で評判になっているという話は目にしたものの、無視した方がいいと思ってたのですが、シジフォスの水谷研次さんが取り上げて、しかも「ブラック企業経営者の本音が実に良くわかる」とまで持ち上げているので、ちょっと水を掛けた方がいいかなと。

http://53317837.at.webry.info/201211/article_1.html

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20121030-00000301-bjournal-soci

確かに、世の中にはこういう経営者もいるでしょう。でも、それがブラック企業という現象の中核だと思ってしまうと、やはりまずいと思うのです。

はっきり言って、ここに(ややカリカチュアライズされた形で)描かれている姿ってのは、お子様向け冒険活劇に出てくる「いかにもわるものみたいなわるもの」なんですよね。

「おれさまは悪の帝王だぞう。地球制服をたくらんでいるんだぞう。それ、ものども、行け!」みたいな。

人類の歴史を一瞥しただけで、本当に人々をひどい目に遭わせてきたのは、そんな「わるもの」じゃないことがわかります。

むしろ、「僕たちは悪と闘う正義の味方だ。地球制服をねらう悪者どもを叩き潰すために立ち上がった正義の集団だ。さあ、一緒に闘おう!」みたいなのが、一番人をたくさん殺しまくってきたわけで。

実は、ブラック企業現象も同じなんです。

こんなリンク先でうそぶいているような子ども向け活劇用の「わるもの」なんかじゃなく、硬直した社会を叩き直す業界の革命児としてマスコミで持て囃されるような「正義」の企業こそが、実はその足下で過労死や過労自殺を産んでいるわけですよ。

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石井知章『中国革命論のパラダイム転換』

Isbn9784784518142これはいただき物ではなく、ブックファースト新宿店に厚生労働白書フェアの具合を見に行ったついでに、たまたま目について買った本ですが、なかなかスリリングで、久しぶりに知的興奮を感じました。

http://www.shahyo.com/mokuroku/consciousnes/philosophy/ISBN978-4-7845-1814-2.php

中国革命をめぐる「不都合な真実」。
「労農同盟論」から「アジア的復古」を導いた「農民革命」へ。
中国革命のパラダイム転換は、二つの巨大な「後進社会主義」党=国家
という独裁的政治権力を背景にして「恣意的に」行われた。
K・A・ウィットフォーゲルの中国革命論の観点から、
中国革命史における「大転換」の意味と、現代中国像の枠組みを問い直す。

というオビの文句は確かに伊達ではありません。

石井さんは労働の世界では中国の労働組合の研究者として有名で、実は一度、ソーシャルアジア研究会でお会いしたこともあるのですが、もう一つの顔として、本書を含むウィットフォーゲルの東洋的専制主義論の数少ない理論家でもあるのですね。

序章 中国革命論のパラダイム転換 
  1 アジア的生産様式論における「アジア的」なものとは何か─中国との関連で
  2 ロシアと中国におけるアジア的生産様式とブルジョア革命
  3 K・A・ウィットフォーゲルと中国革命論をめぐる社会認識のパラダイム
  4 中国革命論をめぐるパラダイム転換
  5 本書の目的と構成


 第Ⅰ部 K・A・ウィットフォーゲルの中国革命論

第一章 「ブルジョア民主主義」と国共合作   
           K・A・ウィットフォーゲルの中国革命論(1)
  はじめに
  1 中国におけるコミュニズムの台頭と国民革命運動
  2 ブルジョア民主主義革命論(レーニン)の中国への受容
  3 コミンテルンによる統一戦線の構想
  4 「ブルジョア的」なものをめぐる国共間の非対称性
  5 第一次統一戦線(国共合作)とコミンテルン
第二章 農民問題と「アジア的復古」   
           K・A・ウィットフォーゲルの中国革命論(2)
  1 中国共産党内における「アジア的復古」の兆候
  2 軍事力を媒介とした国民革命統一戦線の変貌
  3 中国共産党内における「アジア的復古」と農民の役割
  4 中国におけるコミンテルンの知識人とその役割
  5 上海クーデターとコミンテルンにおける「アジア的」なものへの後退
  6 第一次国共統一戦線が中国社会に与えた意味
  7 土地所有をめぐる「封建」概念と過渡期における「アジア的」中国社会
  8 「労農同盟」から「農民革命」へ─「アジア的」なものへの後退
  おわりに
第三章 毛沢東主義と「農民革命」   
           K・A・ウィットフォーゲルの中国革命論(3)
  はじめに
  1 農村ソヴェトの成立と毛沢東の台頭
  2 毛沢東の虚像と実像
  3 国民党との関係性における毛沢東
  4 毛沢東の「湖南報告」とコミンテルンの農業政策
  5 毛沢東主義と「日和見主義」の展開
  6 中国共産党の発展とその主な特徴(一九二七─一九三五年)
  7 農村根拠地と毛沢東の革命戦略
  8 蒋介石に対する評価の変化と毛沢東の立場
第四章 統一戦線の再形成と崩壊   
           K・A・ウィットフォーゲルの中国革命論(4)
  1 コミンテルン第七回大会と抗日「民族」統一戦線
  2 西安事件(一九三六年)と段階的調整
  3 第二次国共合作における中国共産党の政策の変化(一九三七─一九四五年)
  4 独ソ条約と毛沢東の「新民主主義」論
  5 「社会主義」国家としての執政党への道(一九四五─一九四九年)
  おわりに


 第Ⅱ部 中国における〈アジア的なもの〉と世界史の再検討

第五章 中国近代のロンダリング   
           汪暉のレトリックに潜む「前近代」隠蔽の論理
  はじめに
  1 中国革命史における「脱政治化」とはなにか
  2 「脱政治化」と文革の評価をめぐり
  3 「中国近代のロンダリング」と毛沢東の「農民革命」
  4 「中国近代のロンダリング」と「脱政治化」なるもののゆくえ
  おわりに
第六章 『東洋的専制主義』「前文」への解題とその全訳   
  [解題]
  ますます〈不安を駆り立てる〉ことになった議論についての前文
  K・A・ウィットフォーゲル(一九八一年)
  1 重大なるイデオロギー的秘密の「アジア的」根源
  2 秘密のもう一つの側面
  3 マルクス──独自の社会的功績と独自の「科学に対する罪」
  4 アレクシス・ド・トクヴィルの陰
  5 「アジア」の権力的側面と世界史の再検討


終章 中国における「アジア的」なもののゆくえ   
        あとがきに代えて
  1 本書の方法論的位置づけをめぐり
  2 アジアにおける「近代」の再考
  3 アジア的生産様式と「近代」
  4 現代日本における「市民社会」論の現状とその問題性─植村邦彦氏との対話

ウィットフォーゲルの未公開原稿に基づいて国民党の視点から中国革命を読み解いていく第1部が本書の中核で、実際中国共産党公認の国定教科書的歴史像をひっくり返していく叙述はとても面白いのですが、外野席の野次馬的には、近頃中国共産党の御用文化人として日本でも評判の高い汪暉氏の議論を徹底的に叩いている第5章が面白かったです。

も一つ、終章の最後のところで、マルクスのアジア社会論を隠蔽することで成り立ってきたソ連や現代中国の東洋的専制主義を批判する視座として市民社会論というのが出てきて、「アジア的なるもの」をめぐって植村邦彦氏とのやりとりが紹介されているあたりが、これは立ち読みでもいいですから是非ご一読ありたいところです。

本書でこういう分野に興味を持たれた方は、同じ石井さんの

Isbn9784784508792http://www.shahyo.com/mokuroku/consciousnes/philosophy/ISBN978-4-7845-0879-2.php


や、ウィットフォーゲルの主著である

51q66rbsdl__sx230__3http://www.amazon.co.jp/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%BA%E3%83%A0%E2%80%95%E5%B0%82%E5%88%B6%E5%AE%98%E5%83%9A%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E3%81%AE%E7%94%9F%E6%88%90%E3%81%A8%E5%B4%A9%E5%A3%8A-%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BBA%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%B2%E3%83%AB/dp/4794802412


もあります。

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ただでは起きない坂倉さん

Eてれの団塊ほにゃららは、なんだか分かったような分からぬような展開でしたが、番組では一番言い足りなかったように見える坂倉さんが、転んでもただでは起きないというべきか、楽屋裏でこういう成果をゲットしていますなあ。

http://twitter.com/magazine_posse/status/264335779826905088

団塊スタイルどうだったんだろ。とりあえず、最後に社会保障の話をしようと思ったところで時間切れで、司会のアナウンサーさんに遮られて終了してしまったことを言い訳しておきます。

http://twitter.com/magazine_posse/status/264336398683877376

あと、敬愛大学の高木さんとは収録後に不毛な議論を楽屋の廊下で30分くらい続け、結果的になぜか今度高木さんの授業に呼ばれることになりました。

http://twitter.com/magazine_posse/status/264337379156959232

さらに続けて、海老原嗣生さんとは、海老原さんの楽屋で弁当を食べながら二時間以上議論になり、ブラック企業問題で意気投合して、今度POSSEのイベントに来てもらうことになっています。

http://twitter.com/magazine_posse/status/264340506543267840

城さん、海老原さん、清家さんと、部分的に一致するけど、部分的に一致しない人たちと、論点論点で友敵関係を入れ替えながら発言するのはなかなか刺激的でした。…と思ったけど私の発言は結構カットされてたみたいですね。

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第3回今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会について

厚生労働省のHPに、標記の案内がアップされました。

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002nhz5.html

1.日時
平成24年11月7日(水)17:30~19:30

2.場所
職業安定局第1、第2会議室(12階)

3.議題
1.有識者からのヒアリング
  労働政策研究・研修機構研究員 濱口桂一郎氏
  静岡大学准教授 本庄淳志氏
2.その他

4.傍聴者数
30名程度(応募者が多数の見込みとなっておりますので、傍聴可能な方のみにご連絡致します。)

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いま、『協同』が創る2012全国集会@埼玉

主としてワーカーズコープとかワーカーズコレクティブといった協同労働の協同組合を目指す団体が中心になっているようですが、生協とかいろいろ入ってこういう一大イベントをやるようです。

http://www.kyodo2012.com/

「いま、協同が創る全国集会」は、過去14回にわたり、2年に一度、全国各地で開催してきました。本集会は、市民・住民を中心にさまざまな人びとが垣根を越えて取組みを語り合い、つながりを築いてきました。本集会はそのテーマを「協同を拓く」から「協同が創る」へと位置づけ直し、開催地を首都圏の「埼玉」へと繋ぎます。

2012年は国連が定めた国際協同組合年であり、飢餓や貧困、失業や社会的排除等、世界が共通している課題に向けて、あらためて社会的事業体としての「協同組合」が果たす役割が注目されています。新しい社会の創造へ向けて、多くの方々の御協力と御参加を呼びかけます。

11月17日に全体会、翌18日に各会場で全部で20の分科会があるということですが、

http://www.kyodo2012.com/session

そのうち第9分科会が埼玉大学でこういうテーマで議論するようです。

⑨生きづらさを超えて~新しい働き方を模索し始めた若者たち~
社会の中で生きる希望を拓こうと模索する若者たち。若者の「生きづらさ」の本質を問い、「新しい働き方」の可能性とその先にある仕事、社会・コミュニティづくりを探る。

問題提起&コメンテーター
堀有喜衣(労働政策研究・研修機構〈JILPT〉副主任研究員)
寺脇研(カタリバ大学学長、京都造形芸術大学芸術学部教授)
問題提起
青砥恭(NPO法人さいたまユースサポートネット代表理事)

パネリスト
津富宏(NPO法人青少年就労支援ネットワーク静岡理事長)
坂倉昇平(NPO法人POSSE 雑誌POSSE編集長)
小倉譲(NPO法人しゃらく代表理事)
斉藤祐輔(NPO法人底上げ副理事)
石井大介・魚住良輔・工藤牧子(若者自立塾元塾生)
森康子(若者サポートステーション利用者)
コーディネーター
古村伸宏
(日本労働者協同組合連合会専務理事)
会場 埼玉大学

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ここまでくると笑い話だが、では君に笑う資格はあるか?

時事通信の外電から、

http://www.jiji.com/jc/c?g=int&k=2012110200002(残業、絶対認めない=着陸目前の飛行機引き返す-ノルウェー)

【オスロAFP=時事】ノルウェー北部を飛んでいた旅客機が最近、目的地到着を目前に約350キロ離れた出発地点に引き返す騒ぎがあった。地元紙が伝えた。乗客40人には「乗務員に残業させないため仕方がなかった」と説明されている。

地元紙によると、運航したのはスカンジナビア航空(SAS)の子会社で、離陸後、乗務員の一人に退勤時間が迫っていることが判明。ノルウェーは労働時間に関する規則が厳しい。同社は「到着地には退勤時間の過ぎた乗務員の代わりがいないため、着陸していれば帰りの便を飛ばすことができなかった」と説明、理解を求めている。

いやまあ、ここまでくるとさすがにとりあえずの融通は利かせられなかったのか、という話になるわけですが、毎日毎日定常状態として融通を利かせられすぎて、今やどこまでが本来の労働時間で、どこまでが融通を利かせているのか、本人も会社もさっぱり分からなくなってしまっている今の日本人に、これを笑う資格があるのか、という皮肉にもなるわけです。

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呉学殊 『労使関係のフロンティア 労働組合の羅針盤 【増補版】』

Frontiers呉学殊さんの 『労使関係のフロンティア 労働組合の羅針盤』は昨年度の沖永賞を受賞した労使関係研究書ですが、早速その増補版が出ました。

http://www.jil.go.jp/institute/sosho/frontiers.htm

今回第2部に新たに第6章「企業グループ労使関係の望ましい姿」を加え、増補版として刊行しました。

その増補された部分は、ケンウッドのグループ労組を取り上げた論文です。

来る11月9日に大阪で行われる労働政策フォーラムでもケンウッド労組の恩地さんが登場されますが、その参考文献としても必読です。

今年1月に東京で行われた労働政策フォーラムで聴衆の感涙を誘った資生堂労組の赤塚さんのお話ともども、是非。



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ブラック企業現象の診断と処方箋@『JSHRM Insight』

Is71 日本人材マネジメント協会の『JSHRM Insight』11月号で、「ブラック企業現象の診断と処方箋」について語っております。

http://www.jshrm.org/video_3807.html

特集は「社員が後悔(がっかり)しない会社づくり」で、元朝日の竹信さんも登場しています。

社員が後悔(がっかり)しない会社づくり

●がっかりしない為の会社とは(≠ブラック企業)
株式会社ヴィベアータ 代表取締役 新田 龍 氏

●「ブラック企業」にならないために何ができるか
和光大学 現代人間学部 教授 竹信三恵子 氏

●「ブラック企業現象の診断と処方箋」
独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)
労使関係部門 統括研究員 濱口桂一郎 氏

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これはまた何という面子・・・

明日夜NHKのEテレ「団塊スタイル」で、高齢者雇用をめぐってこういう方々による「熱論」が放送されるそうですが、

http://www.nhk.or.jp/dankai/bangumi/num030/index.html

この面子がすごい。POSSE坂倉さんのツイートに曰く、

http://twitter.com/magazine_posse/status/263651424062300160

清家篤さん・城繁幸さん・海老原嗣生さんら豪華メンツの隅で出ます。年功派・成果主義派・ジョブ派入り乱れてのコアな議論が放送される、かもしれません…。11月2日(金)20時~ NHK Eテレ 団塊スタイル「熱論!シニアが働きたいのは欲張り!?」

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(追記)

なお、今月10日発売予定の『中央公論』12月号も注目です。

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