« マジで「希望は、戦争」という時代 | トップページ | 欧州委、団体行動権規則案を撤回 »

希望は文革?

20120917dd0phj000001000p_size5毎日新聞によると、中国のデモに毛沢東の肖像が登場しているそうですが、

http://mainichi.jp/opinion/news/20120917ddm003030101000c.html

「毛主席、万歳」。北京の日本大使館前で16日に起きたデモでは、多くの集団が新中国建国の父、毛沢東の肖像画を掲げ、声をそろえて毛沢東をたたえる集団もあった。

 上海でも16日、大小の毛沢東の肖像画がデモ参加者によって掲げられた。上海市郊外から参加したという20代の男性は胸に毛沢東の肖像が描かれたシャツを着ていた。「国民の多くが平等だった毛沢東時代の方が良かった。今の政府のやり方はおかしいことばかりだ」と語った。だが、尖閣諸島の問題とは直接関係ないのではと問うと、口をつぐんだ。

 中国では貧富の格差や官僚の腐敗が深刻化するなか、保守派や若者の間に毛沢東を崇拝する動きが広がっているが、これまでの反日デモで毛沢東の肖像画を掲げるケースはなかった。今回の反日デモの広がりには保守派の支持拡大を反映したものとの見方もある。

文化大革命については、同時代に中国で言ってた「魂に触れる革命」とかのたわごとをそのまま宣伝して信頼を全滅させた学者たちと、そのあとの「あれは全部権力闘争だったんだよ」というリアルポリティクス派学者たちの議論だけが日本で語られているために、何で民衆がそんなのに載っかっていったのかというあたりがわりとすっぽり抜けているのですが、戦前の日本の「希望は戦争」と同じように、「希望は文革」だった人々がいたからだということも、少しは念頭に置いておいた方がいいでしょう。

このあたり、あるところで書いた文章を引用しておきますと、

3 大躍進と文化大革命

 その後、中国の労働法は暗黒時代に入ります。毛沢東は1958年から人民公社、大躍進、社会主義建設総路線の三面紅旗を掲げて、野心的な第二次5か年計画を実施しました。しかし、強引なノルマを課し、無理な増産を指示したため生産力の低下をもたらし、数千万人の餓死者を出して大失敗に終わりました。
 窮地に陥った毛沢東は1959年4月、国家主席を劉少奇に譲りました。実務家の劉少奇は事態の改善に努め、ようやく1964年には農業不振が克服され、1965年から第3次5か年計画を実施することとされました。この時期、劉少奇は両種労動制度と称して、常用工と臨時工・契約工を併存させ、補完させる政策をとりました。
 しかし毛沢東は復権を期して1965年から実務派への批判を行わせ、1965年5月には本格的に劉少奇や鄧小平ら実務派を打倒する文化大革命を発動しました。毛沢東は若い学生や青少年労働者を扇動して紅衛兵に仕立て、集団的に乱暴狼藉を行わせて権力を奪取したのです。
 文革の当初、臨時工、契約工といった不安定労働者層は全国紅色労動者造反総団(全紅総)を結成して、待遇改善などを要求しました。江青ら中央文革小組がこの造反を支持したこともあり、彼らは全国総工会を封鎖し、その機関紙「工人日報」を停刊させました。こうして、既に沈滞していた総工会を始めとする各段階の工会組織も、文革の中で閉鎖され、崩壊したり、その機能を停止したりしました。しかしその全紅総も、まもなく反革命組織として弾圧されました。文革のエネルギーの中には、こういう底辺層労働者の怒りもあったのです。しかし、それは実権派打倒に役立つ限りで利用され、すぐに捨てられたのです*5。
 文革期には多くの企業で革命委員会が作られ、その主任や副主任は企業の指導権を手に入れ、労働者を支配し、生産活動を行わず、企業長や技術者などを社会主義の敵と批判して「階級闘争」を行っていました。攻撃された工会の活動が停止するとともに、1957年から実施されていた職工代表大会も中断されました。
 大変皮肉なことに、この文革期の1975年に制定された憲法には、「公民は言論、通信、出版、集会、結社、デモ、ストライキの権利を有する」(第28条)と、ストライキ権が明記されました。文脈からしても、極左思想の産物であって、労働基本権として位置づけられているわけではありません。そして、1982年憲法では「極左思想の産物」として削除されてしまいました*6。

この時期には、中国は国際的に孤立していましたし、毛沢東の奪権闘争に利用される形で彼ら臨時工や契約工たちは「希望は文革」としてうまく利用されたわけですが、さて、今回は何がどういう風に利用されることになるのか・・・。

6_82924_0c21608682ec291_2  (追記)

天漢日乗さんによると、

http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2012/09/post-4fa1.html(反日デモに登場した毛主席肖像の謎 中国ではネット上の「毛主席」画像関連の発言を速攻削除中)

毛主席の肖像画の意味するところは
 文革時代よ再び
ってことか? 冗談じゃないぜ。
もっとも、毛主席の肖像を掲げている方は
 みんな平等に貧乏になろうぜ
というアピールか。他の言辞だと
 現政権をストレートに批判
ってことになって、とっ捕まるけど、毛主席は
 神聖にして侵すべからず
だから、さすがに手は付けられないもんな。

一つ前のエントリでは、

今や大卒は「高給民工」。しかも、「希望は革命」などとは口が裂けても言えないのですから、「希望は戦争」となるわけです。

と言いましたが、ただ一つ口にすることが許される「希望は革命」の婉曲話法がこれなんですね。

|

« マジで「希望は、戦争」という時代 | トップページ | 欧州委、団体行動権規則案を撤回 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 希望は文革?:

« マジで「希望は、戦争」という時代 | トップページ | 欧州委、団体行動権規則案を撤回 »