松尾匡さんが、TPPの俗論を斬る!
田中祐二・内山昭編著『TPPと日米関係』(晃洋書房)を執筆者のお一人である松尾匡さんからお送りいただきました。
松尾センセ、大活躍中でありますな。本書はまだ松尾さんのサイトにアップされていませんが、一足先に紹介。
TPPをめぐる議論は、「はじめに参加ありき」のものや、特定分野の利害を過度に強調した反対論が多い。
本書は、いま一度データを見直し、経済の理論と客観的な分析に裏付けられた説明を試みる。
リカードの比較生産費説から見たTPPに対する賛否両論の誤謬、ケインズの自由貿易と保護主義への態度、アメリカの貿易交渉の進め方やISD条項の問題点をやさしく解説する。
TPP問題が日米の政治的な駆け引きとして利用される現状を諫め、真の国益にかない、環太平洋や東アジアの諸国と相互互恵となる経済連携への方向を示す。
松尾さんの担当は「リカードの比較生産費説から見たTPPに対する賛否両論の誤謬」を暴露している第2章「貿易上の利益とTPP論議」です。
まず賛成派の誤謬。一言でいうと、彼らはTPPに入ると輸出が伸びる、と思っている。
・・・こうした議論は、自由貿易の擁護論としては、経済学的に見て全くのナンセンスである。自由貿易のメリットは、輸出を拡大して景気を良くさせることにあるのではない。
・・・だから、自由貿易のメリットは、輸出にあるのではない。輸入にこそあるのである。輸入によって経済全体を効率化させて、労働を浮かそうということが目的なのだから、自由貿易で雇用が増えるなどという話はお門違いも甚だしい。
この関連で、政府の国家戦略室の資料に、
・・・韓国による米・EUとのFTAが発効することにより、わが国の鉱工業品輸出が比較劣位におかれる可能性がある。
という一節があるのを捉え、
経済学的に正しい用語に従えば、鉱工業品が「比較劣位におかれる」ならば、農産物か何か別の商品が比較優位に置かれるはずである。よく世間で、同じ産業の製品どうしで、他国の製品よりもコストがかかってしまうことを「比較劣位」と呼ぶ誤用が見られる。まさか一国行政の最高意思決定の場の資料でそんな恥ずかしい誤用がなされるはずはないだろうとは思ったが、そう解さないと意味が通じない文である。
と、猛烈に皮肉っています。
と賛成論を叩いたところで、今度は反対論の誤謬をからかいます。
・・・しかし、もともと自由貿易のメリットが輸入によって国内の雇用を取り替え、労働を浮かせることにあった以上、これらの数次は、これだけでは賛成論の理由になりこそすれ、反対論の理由にはならないはずである。実際には、日本の第1次産業の就業人口の割合は僅少なので、こんな少ない労働を浮かせてよそに回すメリットが、非経済的な諸問題を上回ってもあるかどうかは慎重に考える必要があるところなのだが、340万人も浮くのならばもう是非もない、やるべきだということになってしまう。
では松尾さんはTPPに参加すべきと考えているのかというと、もちろんまっとうな「リフレ派」の一人である松尾さんは、
・・・ただ一つ、本質的な前提は「完全雇用」ということである。その背後には、完全雇用で生み出された総生産物が、必ず全体として売れて吸収されるという「セイ法則」の仮定がある。
しかしこれが現在の日本で当てはまるかというと、まったく当てはまらない。輸入を自由化して、輸入に取り替えられた部門の労働が浮いたならば、その労働力はただ失業するだけである。
と、不完全雇用下の貿易自由化には反対しますが、
筆者も、しっかりとした完全雇用政策が伴うならば、TPP参加に反対ではない。
と述べ、さらに
しかし、この場合にも、何もしないでTPP参加が労働者にとって無害なものになるとは思っていない。
として、本ブログでかつて紹介した
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-8972.html(TPP交渉参加各国ナショナルセンターのTPP対応指針)
各国労働組合の取り組みを紹介しつつ、「労働者の国際連帯による共同基準の追求を」呼びかけるのです。
「おわりに」の最後では、久しぶりに松尾節のうなりを聴くことができます。
・・・われわれが必要な手を打たないならば、この自然発生的な結果はまたも同様、ますます労働者側への一方的犠牲の上に、企業が丸儲けすることになるだろう。そしてもっと恐れるべきことは、この結果、経済学的に合理的な政策を考えること自体が、労働者大衆の怨嗟の的となることである。とりわけて今日、TPP反対論の中に、もっとも反動的な右翼ナショナリズム勢力が入り込んでいることに注意しなければならない。民主的勢力がリードしていると思われるTPP反対運動にも、「国益」とか「安全保障」といったワードが踊り始めていることに警戒しなければならない。
善意のTPP反対論のつもりが、とんでもない結果につながらないためにも、冷静で合理的な経済学的思考が必要である。
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またも早速の丁寧な紹介をしていただき、ありがとうございます。いつも恐縮です。
あの、「TPP交渉参加各国ナショナルセンターのTPP対応指針」の資料は本当に有益で、あれを見たからこそ書けたと感謝しています。
投稿: 松尾匡 | 2012年9月11日 (火) 12時45分
お送りいただきありがとうございました。
ご自分のHPでの広報も是非。
投稿: hamachan | 2012年9月11日 (火) 19時59分
>現在の日本で当てはまるかというと、まったく当てはまらない。輸入を自由化して、輸入に取り替えられた部門の労働が浮いたならば、その労働力はただ失業するだけである。
つまり先出の賃金下落について国際競争ガーという認識は正しいのでは?
自由競争した結果、労働力が浮き、
労働力の供給過剰が起きた。
それで労働者の賃金に引き下げ圧力がかかった。
投稿: ちょこたん | 2012年9月12日 (水) 21時55分
松尾先生、教えてください。
>・・・だから、自由貿易のメリットは、輸出にあるのでは
>ない。輸入にこそあるのである。
それは納得です。
ところで、輸入は相手国から見れば輸出ですが、
日本の場合は、輸入でメリットを享受できる一方で、輸出は伸びないという構造的な問題でもあるのでしょうか?
日本に輸出して所得があがった相手国では、日本製品への需要も増えると思うのですが。
投稿: yatsu | 2012年9月13日 (木) 13時40分
yatsuさま
濱口先生に言われたとおり私のHPで紹介記事を書きました。
その中でご質問に対してはお答えしましたので、ご覧下さい。
http://matsuo-tadasu.ptu.jp/essay__120914.html
なお、ちょこたんさんのご指摘についても、私からのお答えを書いておきました。
投稿: 松尾匡 | 2012年9月14日 (金) 17時30分
hamachanのお陰で松尾さんに引用していただけましたか。私はまえから「新しい左翼入門」「近代の復権」「不況は人災です」「痛快明快経済学史」など松尾さんは贔屓にしてるんです。
投稿: 早川行雄 | 2013年1月20日 (日) 22時42分
↑
松尾匡さん!!
聞こえていますか?
ここに松尾さんのファンがいますよ。
労働組合の活動家にして松尾匡ファンという、本来もっともあるべきタイプの方が、ちゃんといますよ!
投稿: hamachan | 2013年1月21日 (月) 08時57分