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2012年9月21日 (金)

濱口桂一郎先生が「りふれは」と言うのがよくわかりましたよ(←今頃気づくなよ!俺(-_-;)。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-0adf.html(なるほど、こういうつながり)

ということで、

http://twitter.com/radiomikan/status/249095276332216320

さすがに昨日の田母神氏のtweetはこれはいけないと思わざるを得なかったなぁ。いくら目的を同じくしても組んではいけない人はいるわけで。

http://twitter.com/radiomikan/status/249095934259130369

僕はリフレ政策について立場を超えてもっと共有されて欲しいし、考えが違う人でもその部分では共闘できればいいかな…と思っていたが、やっぱり限度はあるな。。

http://twitter.com/radiomikan/status/249096504172761088

濱口桂一郎先生が「りふれは」と言うのがよくわかりましたよ(←今頃気づくなよ!俺(-_-;)。

いやいや、「今頃気づくなよ」なんていいません。

この期に及んで、未だに「りふれは」なんていうのはけしからんとかのたまってる人々がいるわけですから。

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コメント

日本でも、リバタリアン ロン・ポールばりの、副島隆彦みたいな論者が、もっとネットなどで活躍すると、ネット論壇も活性化して、皆も目が覚めるかもしれない。

りふれはには、右派に位置して、思想的にかなり近い方々もいるように思うが、なぜ、ロン・ポールみたいに中央銀行否定論にならないかは、非常に不思議なところ。

クルーグマンとロン・ポールの対談も、問題点がわかりやすくて、勉強になる。

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