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« 労働法制も再起動へ | トップページ | 日本における労働社会が、世界のそれと比較されることで俯瞰的に見えてくる。 »

2012年8月 9日 (木)

yunusu2011さんの「りふれは」論

マシナリさんの最新エントリのコメント欄に、yunusu2011さんがとてもブリリアントな批評を書かれています。

http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-525.html#comment870(クルーグマン先生のこと)

リフレ派の代表的な論客の1人である、山形浩生氏が、クルーグマンの新著「さっさと不況を終わらせろ」を翻訳して、解説でいろいろ言い訳されているのが興味深い。クルーグマンは、本来ケインジアンであるから、金融政策のみで、経済が不況から脱するというような主張をするのが、本来おかしかった。あくまで、ポリシー・ミックスで、拡張的なマクロ経済政策(財政政策も含む)をいうのが、あたりまえのところだろう。
それが、日本不況脱出については、金融政策だけでなんとかなるようなことをいい、それをリフレ派がことさらにとりあげてきた。
それが混迷する日本の経済論壇の「失われた10年」のきっかけとなったのではないか?

アマゾンの書評で、リフレ派といわれる方々の本を何冊か書評させてもらったが、山形氏は割合良心的だからおいておいても、自分の主張のためには、歴史までねじまげてもかまわないぐらいの、学問に対する真摯さが足りない方々もいるのは明らかな事実だ。また、すぐに陰謀論に走りややすい人々であることも確認できた。

クルーグマンは、本来はアメリカのリベラル派なのだし、新著でも、不況における失業を大変心配している。
新著でケインジアンらしい主張が前面にでてきてほっとしたとともに、これまで、ノーベル賞受賞者クルーグマンの権威に悪乗りしてきたリフレ派の一部は真摯に反省すべきだ。
そういう意味で、とにかく金融政策だけでなんとかなるようなことをいってきた真摯さに欠けるリフレ派を、「りふれは」と揶揄することに、特段問題はないと思う。

やはり、物事を素直に見ることの出来る人であれば、自ずからそういう結論に導かれていくようです。

せっかくですので、yunusu2011さんのアマゾン書評を覗いてみると、

51thz8bl9tl__bo2204203200_pisitbsti5つ星のうち 2.0 ここにきて、普通のマクロ経済政策ですか?クルーグマン先生!

きわめてあたりまえの、マクロ経済政策を訴える、ノーベル賞経済学者の本。

クルーグマンは、過去に金融政策に過度に偏った政策が、日本の不況脱却に効果的と主張した。
その議論が、きわめて影響力をもったのは、財政政策にたよらず、金融政策だけで
なんとかなるという、いまにしてみれば、「幻想」を日本の経済論壇に与えたためだ。

ここにきて、財政政策の重要性と、財政政策と金融政策の協調による、いわばあたりまえの、教科書的な議論を繰り出してきた。
訳者の山形氏の翻訳はわかりやすいが、いくら解説で補足しても、なんだ、教科書的な普通の議論をいっているにすぎない。

アメリカみたいに、財政政策に否定的な知的風土では印象深い議論なのかもしれないが、日本のようなケインズ経済学的な議論がわりあい容認されているところでは、いまさらあたりまえの議論ですか、といいたくなる。

読んで損はないが、それでは、金融政策だけで、日本はデフレ脱出だったんではないですか、と、クルーグマンを熱狂的に支持してきた人々に問いたくなる、リフレ派の魔術から脱却する観点からは読んでも損はないかも

その他のyunusu2011さんのアマゾン書評は、ここで全部読めます。

http://www.amazon.co.jp/gp/cdp/member-reviews/A2WWIWRY31NC0O/ref=cm_pdp_rev_all?ie=UTF8&sort_by=MostRecentReview

(追記)

このyunusu2011さんのコメントに対するマシナリさんの応答が

http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-525.html#comment872

クルーグマンの新著は未読なのですが、クルーグマンは1990年代から、日本と同程度に国民負担率が低いアメリカについても増税の必要性を指摘していましたし、労働組合が賃金などの労働条件を向上させることも主張していたはずですが、日本ではリフレ派と呼ばれる方々にそうした主張はほとんど受け入れられませんでしたね。私が拙ブログで述べていることはクルーグマンの主張に沿ったものだと考えているのですが、増税とか労働組合とかいうとリフレ派と呼ばれる方々は総じて批判的なところが日本の特殊的事情なのでしょうか。

と、「増税とか労働組合とかいうとリフレ派と呼ばれる方々は総じて批判的なところが日本の特殊的事情」と、日本の「リフレ派」を反クルーグマン的な反増税反労働組合主義者として描き出しているわけです。

「りふれは」という用語を使わなければ、誰であってもこういうマシナリさんの表現にならざるを得ませんね。常識的に言って。

しかしながら、これでは、そうでないまっとうなリフレ派が可哀想だと思って、わたくしはわざわざそうじゃない「りふれは」という有徴の表現をして差し上げているわけです。まっとうなリフレ派のための苦肉の表現なのですよ。

ところがそれがケシカランのだと、怒りまくる人々がいるんですな。これは結局、自分自身が反増税反労働組合主義のかたまりであるにもかかわらず、そうでないまっとうなリフレ派(非りふれは)とあたかも同志的結合を有しているかの如き印象を振りまきたいがゆえに、そこにひびを入らせかねないこの表現が不愉快極まるということなのでしょうね。

何遍も言いますが、わたくしはまっとうなリフレ派は「増税とか労働組合とかいうと」「総じて批判的」とは必ずしも考えていません。

しかし、まさにそれにどんぴしゃ当てはまるたぐいの人々は、たまたま「リフレ」という旗印を掲げているからと言って、なんら批判を免れるべき理由はありません。

厳密な表現をすれば「たまたま金融政策においてリフレを主張しているが、ミクロ政策においては徹底した公的サービスの削減と労働組合の敵視をひたすら追及する人々」というあまりにも長々しい表現を、「りふれは」という4文字でぴたりと過不足なく表現できるというのは、なかなか適切な修辞なのではないでしょうかね。

もっといい表現があれば是非教えていただきたいところです。

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コメント

クルーグマンは、アメリカの状況と日本の失われた10年の違いとして、
アメリカは、デフレではないこと、不況が大きく深刻なこと、の2点をあげています。
不況が深刻ならば、財政政策に重点が置かれるのは当然だと思います。

日本の当時のデフレへの対応として金融政策を強調したのも当然だとは思いますが、
金融政策だけ、とは言っていなかったと思います。

ところで、7月27日のコラムで

So they’re buying government debt, even at very low returns, for lack of alternatives.
Moreover, by making money available so cheaply, they are in effect begging governments to issue more debt.
And governments should be granting their wish, not obsessing over short-term deficits.

調達コストがタダみたいに安いのだから、政府は国債をどんどん発行しろ、といういつもの主張です。

Obligatory caveat: yes, we have a long-run budget problem, and we should be taking steps
to address that problem, mainly by reining in health care costs.

長期的には財政赤字の問題があるが、主に医療費の抑制によりこの問題に対処すべきである。

All you have to do is note that when money is cheap, that’s a good time to invest.
http://www.nytimes.com/2012/07/27/opinion/money-for-nothing.html?_r=1

このコラムを通して、クルーグマンは一貫した主張であるdeficit spending を繰り返す一方で、
増税には全く言及していないどころか、長期的な財政健全化の柱は医療費抑制、と言っています。

増税派の濱口さんとして、どのようなお考えを持たれますか?

>yatsuさん

長文書き込む前に、関連エントリぐらい目を通した方が良いと思いますよ。
「増税派vs反増税派」なんて構図で捉えていることこそが的外れで、論争を不毛にしている原因です。
そのあたりが、hamachan先生に「りふれは」などと揶揄されている理由だと思いますがね。

しかし、リフレ派界隈もbewaadさんがいなくなってから、見るべきものがなくなりましたね。飯田先生も昔はもう少しできる人かと思いましたが、最近はすっかり「政策に無知なケーザイ学者」の典型みたいになってしまいましたし。

>一中年さん

bewaad氏の名前が出たので指摘しておくと、bewaad氏は財政政策に否定的で金融政策だけでなんとかなると考えている人ですが。yatsuさんはいいポイントを突いている。医療費は抑制すべき対象なのか、りふれはを批判している人たちの試金石。

http://bewaad.sakura.ne.jp/archives/themebased/reflationfaq.html#q17
問1-7:財政政策を伴わず、金融政策だけでデフレ脱出は可能なの?
開放経済(諸外国と自由に資金のやりとりができる国のこと)下では、財政政策の効果は金利や為替レートの変動により効果が減殺されるので、金融政策に比べればそもそも効果は薄い。 あえてデフレを悪化させる方向に政策運営するのはおろかなので緊縮財政はとるべきではないが、積極的に財政支出を拡大することは、今の日本の財政事情を考えれば労多くして功少なし。

一中年さん

確かに、スレ内容とずれていること、また言葉も足らない点があったことは、お詫びします。

スレで引用されているyunusu2011さんは、クルーグマンを批判しているようですが、yunusu2011さんによるところの変節前のクルーグマンを根拠にした当時の日本のリフレ派への批判は少々的外れでは、と思った次第です。

世界の大権威の説得力のある議論に乗ることがそんなに批判されることでしょうか。今から見てクルーグマンが間違っていたというなら、まずはそちらを大いに批判すべきでしょう。バランスに欠けると思います。

増税の件は、小野先生の議論とクルーグマンの増税論のスレが念頭にありました。増税派vs反増税派という対立構造は意図していませんがそういう印象は確かにあるので、増税を重視する濱口さん・・、と言い換えればいいでしょうか?

このブログで紹介いただいたのには、光栄であるとともに、びっくりした。

アマゾンの書評でも紹介したが、週刊ダイヤモンド7月21月号はなかなか興味深い。

59ページで、吉川洋東大教授が、「経済学は実際の経済の役立つか」というインタビューにこたえている。

冒頭、「米国の経済学者、ポール・クルーグマンは、過去30~40年の経済学を「よく言って役に立たない。悪く言えば有害だ」と言い切っています。私も同感です。」とする。

また、「もともと、経済学が対処すべき問題は不況や失業といった”トラブル”だったはずです。ところが新古典派は、人々や企業は合理的・戦略的に行動し、その結果経済は最適化されると仮定します。”市場経済は基本的にうまくいく”という考え方が強いため、問題を問題として認識しない。例えば、不況の状態も景気循環の一過程として”最適”であり、問題ではない、といった考え方です。」と指摘する。

このような考え方から、労働組合や労働法制についても、なくしてしまえといわんばかりの厳しい見方がでてきやすいのだろう。

また、クルーグマンの訓詁学的な話としては、8月13日付け朝日新聞朝刊1面の下段の書籍広告に、「ロン・ポールの連邦銀行を廃止せよ!」(成申書房)の広告がでていた。
この本に掲載されているが、ロン・ポールとクルーグマンは、ブルーバーグで討論したそうで、その中で、クルーグマンは、アメリカの財政赤字の拡大については、ケインズを引き合いに出しつつ容認するとともに、「私はアメリカを日本の国債残高のレベルにしたいなどどは思いません。」といっている。(youtubeに投稿された討論画面がある。)

そうすると、クルーグマンを引き合いに、日本でもどんどん国債だせというもの、どうもミスリーディングなようだ。

いずれにしても、クルーグマンは、日本では小さな政府を信奉する人々に、便利使いされすぎてきた。
 アメリカ人で、著名大学教授で、ノーベル賞経済学者で、日本のことをいろいろとりあげてくれるからなのだろうか。社会心理学的には非常に興味深い。
 アマゾンでは、ジャズ吹きという、クルーグマン”信仰”者からのひいきの引き倒しのコメントもいただいたが。

が、全体としてみれば、吉川教授のいうとおり、「60年代までの”オールド”なマクロ経済学は、素朴ですが方法論としては間違っていない。そちらのほうがよほど有用だと思います。
残念ながらマクロ経済学の知見は、まだ十分に整っているとは言えません。デフレについての論争もその表れです。現在の問題に対し何をすべきかは、常に総合的な判断が必要でしょう。教科書に政策メニューは載っていないのです」
ということではないか。

「りふれは」には、このような学問に対する謙虚さ、真摯さがみえない。原子力村ならぬ、「りふれ村」という感じもする。大震災前の地震学と同様、自信満々だが、大丈夫なのか?りふれはには「想定外」という言葉はその辞書にないようだ。

新著で、やっと、クルーグマンの全体像が我々にもわかりやすく見えてきたという点で、山形浩生氏の素早い翻訳に非常に感謝している。彼の翻訳にけちをつけるのがはやりのようだが、読んでいて違和感ない。
前に、このブログにも投稿させていただいたが、クルーグマンのニューヨークタイムズのコラムの題名は、「リベラルの良心」(conscience of liberal)
であり、上記のブルームバーグでも、アクティブガバメントのスポークスマンと紹介されている。ここらをもう1度再確認すべき良いタイミングだと思う。


yunusu2011さん

クルーグマンや吉川氏を根拠にマクロ経済学を評価検討するのは学問に対する謙虚さ、真摯さにおいてどうなのでしょうか?また、クルーグマンはインタビューでこういう提言をしています。

http://twitter.com/yagena/status/7224736776
現代マクロ経済学にキャッチアップできていないクルーグマンのマクロ言説は研究者からは信頼されていない。そんな彼から、数少ないまともなマクロ経済学者として言及された清滝先生が「分かっていない人から褒められるのはマズいシグナルかもしれないなぁ」と語っていたらしい(笑)

http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20090306/paul_and_greg_2009_3
ポール君が挙げたような単位根にまつわる疑念は、もう一つのキャンベルとの共同論文で検討済みなんだ。その上で、今のような主張をしているんだよ。まあ、ポール君は何だかんだ言ってもマクロ経済の実証の専門家ではなく国際経済理論の専門家だし、この分野の文献にすべて通暁するのは誰にとっても至難の業だから、僕らのその論文を知らなくても責めはしないよ。

「課題先進国」日本がいま、発信すべきメッセージとは何か?
ポール・クルーグマン(プリンストン大学教授)(月刊VOICE 2012年2月号)
http://www.globe-walkers.com/ohno/interview/krugman5.html
- 日本に対し、いま政策上のアドバイスを送るとすれば、どのようなものになるでしょうか。

クルーグマン インフレ目標は正しい。いまでも私はそう考えています。日本がいま必要としているものは、他国が必要としているものと同じです。いま重要であるのは、最後になるだろう、あと一回の財政拡張です。日本はずっとスポイト式、つまり一回に一滴を垂らすといぅようなやり方をとってきたわけですが、ほんとうに経済を完全雇用の状態に戻すには、大きなプッシュが必要になる。そのあとにインフレ目標を定め、実質金利がマイナスになるようにすれば、個人消費を促進する環境が生まれます。それができれば、公共の負債も減る。

歴史をみれば、借金を大幅に減らした国を見つけることができます。イギリスがそうです。過去二百年のイギリスの国家債務とGDPの割合をみてください。いまの日本よりも高いときが、一時的にしろあったのです。しかしデフォルトはしなかった。その状況を頑張って、切り抜けたのです。

- 国家債務への対策として、野田政権は増税志向を強く打ち出しています。目下の経済状況で増税を選択するのは正しいやり方ですか。

クルーグマン いまはそれを勧めません。まずは経済を先によくすることが必要です。そのあとに増税するのは賛成です。あなたは〝1997?という映画を観たことがありませんか。私の記憶が正しければ、消費税を上げたら、それが「九八年リセッション」の引き金になった、というストーリーだったはずです。財政的に責任を取りはじめようとする時期尚早の努力は、回復をかえって弱らせる、ということを知るべきでしょう。

追記で取り上げていただいていたのに気がつきました。ありがとうございます。

正直なところ、「リフレ派」と呼ばれる方々の間の仲間意識に口を出してしまうことに何とも言えない徒労感を感じているところですが、「増税とか労働組合とかいうとリフレ派と呼ばれる方々は総じて批判的」と書いたのはちょっと言い過ぎだったかもと反省しました。「リフレ派」と呼ばれる方の中にもまっとうな認識を持っている方は少なからずいると思います。問題は、そうではない傾向の強い方が目立っていることにあって、しかもその方々は「リフレ派」という称号を失わないように、そう呼んでくれる仲間に対して周到に敵味方を区分けしていることにあるのでしょう。「ミクロな経済政策は人それぞれ」という題目が空々しく聞こえるのもそのせいですね。

実は今、松尾先生の『左翼入門』を拝読してその思いを強くしているところなのですが。

・マクロ経済の成長
・所得の再分配
・政府の財政均衡

という三つの異なる問題を混同しているのでは?

クルーグマンの唱えている増税は、所得の再分配でしょう。
2012年のVoiceのインタビューでは、クルーグマンは日本の消費税増税はすべきでない、間違っているとはっきり言い切っています。

>いずれにしても、クルーグマンは、日本では小さな政府を信奉する人々に、便利使いされすぎてきた。

 本来大きな政府派のクルーグマンの主張を、小さい政府を信奉する人々(池田信夫とか)がねじ曲げて引用して、自分の主張を支持しているように偽ったということを指しているのですか?

再分配は
取って→配る
という二つのステップなしには実現されえない訳ですが、
増税だけを単独で反対できるロジックがよくわかりません

"クルーグマンの唱えている増税は、所得の再分配でしょう。"

あの葡萄は酸っぱいならぬ、「お前の増税は所得の再分配でないからダメだ」ということですか?増税に反対という自分の結論を補強するためにクルーグマンを用いるという点では鏡像関係ではないですか

所得の再分配のための増税に本当に賛成してくださるのですか?
自分の胸に手を当てて、所得の再分配のための増税(高所得者への増税、法人税、資産税)には別の理屈(金持ちや企業の海外逃避、社会主義~共産主義国家化.)をひねり出して反対するつもりはないのですか?

>所得の再分配のための増税に本当に賛成してくださるのですか?

(1) 日本はアメリカのような極端(50%の富を
人口の1%が占める)な格差社会になっていない
(2)現在はデフレであり、消費を抑制する増税は論外。

なので、現在の日本では、名目成長率2~3%を越えるまでは増税に反対ですね。

 
 
 

「酸っぱい葡萄」の用法が間違っていますよ。

増税が消費を抑制するというのは必ずしも成り立ちません。

たとえば消費税増税分を全額社会保障に使う(消費性向の低い層から高い層への所得移転)ならば、むしろ消費は増えるでしょう。
また、予告付消費税増税が消費を増やすことやインフレ期待の醸成に役立つことも以前から指摘されています。

要するに再分配に使うならば景気に中立どころか好影響をもたらすのです。

>たとえば消費税増税分を全額社会保障に使う(消費性向の低い層から高い層への所得移転)ならば、むしろ消費は増えるでしょう。

日本は分配後に格差が拡大しているのは有名な話では?りふれはの「インフレになれば労働者が救われる」が必ずしもそうとは限らないのであれば、これも同様。

いや、だから増税+再分配を適切にすれば景気にもよいという話です。もちろん増税分を穴掘り穴埋め公共事業に使えば悪影響でしょう。

つまり増税は使い道によってプラスにもマイナスにもなりうるわけです。にもかかわらず、りふれは諸氏は、そういうこと抜きに増税一般に反対するから問題なわけです。

予告付き消費税増税とインフレターゲットと社会保障充実を組み合わせたっていいのです。「デフレ脱却・インフレターゲット」の集まりがリフレ派だ、としながら、高橋洋一は容認してhamachanは排除するのがおかしいだけです。

ソースは赤旗なので、なんとも言えませんが、
ポルトガルは大変なようで。

付加価値税増税→消費下げ→税収減
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-08-27/2012082701_03_1.html

イタリアも大変なようで

イタリアの増税が裏目に、付加価値税収減少-緊縮策強化で
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-M5J56U6K50XS01.html

先に再配分の調整をさせとかないと
まずいっすよね。多分

>いや、だから増税+再分配を適切にすれば景気にもよいという話です。

・「適切」とは具体的にどんな政策でえすか?
 言い換えるなら
 政府は精密爆撃みたいな政策を実施可能なの?


・その政策の実施のコストはいくら掛かるの?

・メリットはコストを上回る?

・経済成長への寄与は、現在日本が必要としている経済成長とデフレ脱出を可能にするだけ量があるの?
 
 政府が苦労して「適切な増税と再分配」を実施したところで、経済成長にで1兆円ぐらいの効果しかないじゃ、
50兆円の国債を日銀引き受けで発行して、どーんと財政出動するほうが遙かに効果が大きいのでは。

・増税と再分配の間にはタイムラグがあるから、国債を発行して財源を調達して財政出動するのと変わらないよね。

ティンバーゲンの定理(N個の独立した政策目標を同時に達成するためにはN個の独立な政策手段が必要である)からすれば、

・格差の是正(再分配) 
・デフレからの脱出  

はそれぞれ別個の政策(増税/金融緩和)が必要とされるんだから、

>増税一般に反対するから問題なわけです

と批判するのはおかしい。

「再分配に使うならば景気に中立どころか好影響」というのは本来の目的を見失ってどっちつかずになりますね。

そもそも現在の消費税の増税は、小泉内閣が国民年金の掛金の国庫負担を1/3から1/2にひきあげたときに、財源を消費税の増税でまかなうと法律に入れてしまったことが理由なんだから。

  
「消費税増税分を全額社会保障に使えば経済成長」なんてのはまやかしもいいところだと思いますけどね。

>いや、だから増税+再分配を適切にすれば景気にもよいという話です。

年収400万前後の中間所得者層への所得課税を強化しなければ、政府による所得再配分機能強化には及ばないと思う。

 しかし現実の日本の累進構造には、大きな歪みがある。それは、いわゆる中間所得層の税率が、諸外国に比べて極端に低いという点だ。具体的に、所得税率10%かそれ以下の納税者はイギリスの場合15%程度、アメリカや他の欧州諸国も概ね3-4割程度である。しかし日本では、税率10%以下の納税者は全体の8割を占めている。これは世界でも稀有な構造である。つまり日本の累進構造は極めてフラットで、一部高額所得者に対してはそれなりに高い税率が適用されるという仕組みになっている。そして今回、中間所得層には手をつけず、高額所得者の税率をさらに高めようとしている。
 所得再配分を重視するなら、本来中間所得者に対する税率引き上げを行うべきだ。いくつかの研究によっても、日本は税制による再配分効果が小さいことが知られているが、これは高額所得者の税率が低いのではなく、中間所得層の税率に問題があるからと考えられる。
http://www.jcer.or.jp/column/takenaka/index341.html

>政府は精密爆撃みたいな政策を実施可能なの?

>50兆円の国債を日銀引き受けで発行して、どーんと財政出動するほうが遙かに効果が大きいのでは。

精密でない爆撃はいいということでしょうか?それなら単純に、社会保障に使えばいいのでは。乗数効果も旧来の土木型公共事業より高いとの試算もあります。現在は抑制や削減の方向に向かってますから。

社会保障は、その費用は年に1兆円ずつ増えていき、乗数効果も高く、再分配効果もあるのです。

このように社会保障政策自体がそもそも複数の独立した政策のパッケージであり得るので、ティンバーゲンの定理を持ち出してもどうかと。

それ以前に、「社会保障対策て゜デフレ脱却」などと私は主張していません。役立つといっているだけです。

単純にリフレ+増税+社会保障充実せよというだけです。

これは土居丈朗氏もtwitterで書いてますが、予告付消費税増税が消費を喚起する効果があるというのは、動学的最適化から出てくる帰結です。だからこそかなり以前に、フェルドシュタイン・山形浩生氏なども言及されていたわけです。

現実には橋本内閣が消費税率を3%から5%に引きあげたら、景気が腰折れしちゃったのですが。

増税は可処分所得が縮小するので、
国民所得を増やすには、増税より減税の方が良いでしょう。

単純に増税抜きで

金融緩和と国債の直接引き受け
公共事業
社会保障予算の増大
減税
だけでいいじゃないの?

だめな理由は?

日本に関しては、一貫して、クルーグマンは金融政策が財政政策に優先する、という見方のようですね。

But still, it’s not as easy to make the case for Japan for fiscal stimulus as it is in the United States. Although it’s still, you really should avoid austerity right now. But the door for more adventurous monetary policy is still open.
I understand that it’s a little harder, more than a little harder to make the case for stimulus when debt levels are already that high. But at least postpone austerity and you know, try, try all the things that Princeton professors were telling Japan what to do back in the year 2000. And pay no attention to the fact the Princeton professor at FED (=Chairman Bernanke) isn’t doing it either.
http://www.nhk.or.jp/bizplus-blog/100/128979.html
(クルーグマンへのインタビュー。8月にNHKで放送されたそうです。)
a little harder, more than a little harder to make the case for stimulusと述べています。

98年のペーパーでも同様に、(http://www.princeton.edu/~pkrugman/japans_trap.pdf
While this policy could work, however, is it the right one for Japan? Japan has already engaged in xtensive public works spending in an unsuccessful attempt to stimulate its economy. Much of this spending has been notoriously unproductive: bridges more or less to nowhere, airports few people use, etc..

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