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2012年8月 6日 (月)

こんな人にシンパ持たれているマシナリさんなどが可哀想だ

その当のマシナリさんのブログに紹介されて、こんな誹謗をされていたことを発見。

http://anond.hatelabo.jp/20120716230730(『りふれは』とか『扇動のための不当表示としての「リフレ派」 』とか言う人って)

つまりは学問としてのリフレは支持してますよ、とかの物言いは単なる建前で、実際にはそれを含めたリフレを(おそらく実際にはそちらこそを)貶めたいというのが本心であろう。

姑息な建前を語る彼らに、まともな議論をするのに必要な誠実さは期待できない。

・・・・・

もう完全に確信犯なんだな。どうしようもない、こういう芸風なのだろう。こんな人にシンパ持たれているマシナリさんなどが可哀想だ。

http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-525.html(制度とミクロな経済政策)

私自身、リフレーション政策を緩やかに支持する者として、hamachan先生はリフレーション政策そのものは批判していないと考えていますし、リフレーション政策以外で適切でない再分配政策を主張しているのでもないと考えていますので、私自身はhamachan先生にシンパを持っていただいていることに何の違和感も感じないんですけど何か?

むしろ、リフレーション政策を緩やかに支持する立場の私から見て、リフレーション政策以外の政策で適切ではない政策を主張していると見受けられる方はたくさんいますので、そのような主張をする方については、リフレ派であろうと何だろうと批判しなければならないと考えております。ところが、リフレーション政策を緩やかに支持していると明言しているにもかかわらず、一部のリフレ派と呼ばれる方を批判したことをもって、やれ「反リフレ派」だとか「デフレ派」と口を極めて罵られるのが現状ですね。

わたくしが繰り返し指摘している「りふれは」諸氏の「身内集団原理」(@松尾匡)ですね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-fb61.html(身内集団原理のねおりべ、りふれは。開放個人主義原理の社会主義者・・・。)

・・・しかし、少なくとも知的活動に従事すると称する類の人間が、あからさまに身内集団原理を振りかざすというような事態は、どう贔屓目に見ても一個のスキャンダルでしかないと思われるのですが、まありふれは方面の方々には必ずしもそうではなさそうなところが恐ろしいところです。

そういう下劣なレベルを抜きに理論のレベルでいえば、マシナリさんのこれに尽きるわけですが、

なにやらミクロ的な経済政策についても「リフレ派」にはコンセンサスがあるようでして、「現物給付よりも現金給付の方が効率的」、「デフレ下で増税なんてけしからん! まずは減税すべき」、「小さな政府とか大きな政府なんて議論は意味がない。政府の活動を極力縮小して、再分配した個人の所得の範囲内で市場原理を働かせて効率化を進めればよい」という辺りがリフレーション政策とセットとして主張されることが多いと感じています。

リフレーション政策を緩やかに支持する者とすれば、上記のとおり、たとえば政府支出を通じた社会保障の現物給付の不要論やそれを供給する人員の削減、公務員人件費の削減、職業訓練などの積極的労働市場政策の不要論といった「ミクロの経済政策」については、流動性の供給を通じた適切な再分配を阻害する政策として個別に批判できると考えています。ところが、「リフレ派」と呼ばれる方の多くはそうは思っていなさそうでして、これが「リフレ派」と呼ばれる方々の「ミクロの経済政策」についての理解に根深い影響を与えているのではないかと思います。

そして、これをもう少し下世話な言い方に直すと、「鮟鱇」さんの

http://d.hatena.ne.jp/tonmanaangler/20120726/1343292077(息を吐くように陰謀論を唱える)

リフレ派の陰謀論体質が批判されていることは結構知られているところであるにもかかわらず、このようにナチュラルにプチ陰謀論が出てくるところが何とも。本人にその自覚はないんでしょうけどね。こうして自らリフレ派に陰謀論者が多いことを証明なさっている。

になるわけです。

1これだけだと、例によって例の如き「りふれは」批判の繰り返しなので、せっかくの機会にマシナリさんの雑誌寄稿記事を紹介しておきます。

http://www.nitchmo.biz/

海老原嗣生さんのところで出している『HRmics』13号に、マシナリさんも「公僕からの反論」という連載を開始しています。

地方公務員発!マスコミ、政治家、識者の無定見な絵空事を一蹴

リンク先で全文読めますので、是非。

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コメント

HRMICSと併せてご紹介いただきありがとうございました。HRMICSでは豪華執筆陣に囲まれてしまい改めて肩身の狭い思いです。。

それはともかく、「リフレーション政策以外は人それぞれ」であるならば、リフレーション政策以外にプライオリティをおく主張に対して、「財政再建派」とか「政府の御用学者」とか、果ては「社会主義者」とか「御用一般人」とかレッテル貼りして批判する必要はないはずですね。極端に言えば、私有財産を認めない共産主義者であっても、私有財産に対する公権力の介入を一切認めないリバタリアンであっても、リフレーション政策支持の一点のみをもって、互いに批判することなく「リフレ派」として共闘できるはずですが、まあ通常の思考の持ち主ならそんなことはあり得ません。

つまりは、「リフレーション政策」の目的が流動性供給を通じた経済成長や雇用を通じた所得の確保であるならば、その目的に応じて「リフレーション政策」とセットになるべき財政政策の範囲が決まってくるのであって、共産主義でもなくリバタリアンでもない社会保障や積極的労働市場政策をいかに組み合わせるかは、「リフレーション政策」そのもののと同等に重要な議論であって、「人それぞれ」なんてことはいえないものと考えます。

一部のリフレ派の方々は、そのリフレーション政策以外の偏狭な主張について批判されると、「そもそも金融政策だけで解決するとはいっていない」とか「財政政策を否定していない」とおっしゃるわけですが、どのような財政政策が望ましいかについて「リフレ派」が人それぞれであれば、そもそもそんな反論は成り立ちません。反論が成り立たないということは政策として実効性がないということですから、リフレーション政策の実現を考える方は、どのような財政政策が望ましいのか、特に「いままでやられたことのない」社会保障政策や労働政策どのように実施するべきかをこそ真剣に考える必要があるはずですね。

まあ、そういうまっとうな理屈が通るような人々であれば、わざわざ「りふれは」などと分類する必要はないわけです。
自分は財政政策や社会保障政策、労働政策に対してむやみやたらに攻撃的なくせに、そこを指摘されると、「リフレーション政策以外は人それぞれ」でごまかせると思っている人々なのですから、どうしようもなく論理が通じない人々なのだと思うしかないようです。

いずれにしても、マシナリさんの新連載、「肩身が狭い」どころか、異色の内容で光っていますよ。

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