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2012年7月18日 (水)

松尾匡『新しい左翼入門』

2881672松尾匡『新しい左翼入門』(講談社現代新書)をお送りいただきました。ありがとうございます。

「乞御高評」とのことですが、わたくしには「御高評」はできないので、斜め後ろからの偏見に満ちた批評になってしまうと思いますが、御容赦をいただければ、と。

http://www.bookclub.kodansha.co.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2881675

さて本書は、ひと言で言えば、近代日本左翼運動史です。それも、始めから終わりまでを、その昔のNHK大河ドラマ『獅子の時代』の主人公、苅谷嘉顕と平沼銑次の二人のタイプにきれいに仕分けしながら説明していくというストーリー。

第一部 「二つの道」の相克史 戦前編
 第一章 キリスト教社会主義対アナルコ・サンジカリズム――明治期
 第二章 アナ・ボル抗争――大正期
 第三章 日本共産党結成と福本・山川論争――大正から昭和へ
 第四章 日本資本主義論争――昭和軍国主義時代
 第五章 戦前における「下から」の事業的変革路線
第二部 「二つの道」の相克史 戦後編
 第六章 共産党対社会党左派・総評
 第七章 ソ連・北朝鮮体制評価の行き違い軌跡
 第八章 戦後近代主義対文化相対主義――丸山眞男と竹内好
第三部 「二つの道」の相克を乗り越える
 第九章 市民の自主的事業の拡大という社会変革路線
 第十章 「個人」はどのように作られ、世の中を変えるのか

アナ・ボル論争や講座派対労農派から戦後の共産党対協会派に至るまで、全部嘉顕と銑次で説明しようという、思想史としてはなかなか面白い試みなんだろうと思います。

ただ、正直言うと、いくつかの点、というより全体の作りそのものなんですが、不満を感じたところがあります。

一番大きいのは、これはそもそも題名がそうだからしょうがねえじゃん、と言われればそうなんですが、「左翼入門」でしかなくって、「社会主義入門」じゃない。ましてや「労働運動入門」じゃない。左翼のことしか出てこない。当たり前なんだけど。

いや、正確にいえば、途中でちょっと遠征して、賀川豊彦を取り上げたあたりで相当に広がりのある話になってるんですが、またぞろ左翼の狭っ苦しい世界に逆戻りしてしまう。

私の専門の労働の世界から言うと、ここに出てくる世界は、労働運動史の話の半分に過ぎないわけで、松尾さんの言う「銑次」の世界は、残念ながら労働運動史的には行動派っていうより、屁理屈こいてる理論派の変種なんですよね。ここには松岡駒吉も西尾末広も出てこない。いやそりゃ、左翼じゃないから当然なんだけど。

そして、出てくる連中のやってることって、理論派も行動派も、労働の現場とはほとんど関係がない。労働争議が出てくるのは、上記ちょっと左翼からはみ出した賀川豊彦のところだけ。野田醤油争議も出てこなければ、近江人権争議も出てこない。いやそりゃ、左翼じゃないから当然なんだけど。

というわけで、私の言ってることは、麗々しく「左翼入門」と謳っている本に対するものとしては、単なる難癖であり、ケチつけに過ぎないわけですが、そのために、残念ながらある動きが既存の見方でしか見られてないところがあります。

無産運動が急速に国家主義に傾いていくところも、当時のブルジョワ政党の無理解の中で無産運動にとって国家社会主義がリアルな改革の道だったことをきちんと指摘しておかないと、それこそ理論派の銑次さんはともかく、労働争議の現場でなんとかしようとしていた人々の事が分からないと思います。いや、本書でも坂野潤治さんの本を引用してちゃんと書かれて入るんですが、その切実さが伝わりにくいと思う。

も一つ、これも本当に難癖なんですが、日本の左翼業界の中の喧嘩ばかりが延々と続き、出てくる外国と言えば、ソ連、中国、北朝鮮・・・、いやまあ西欧の社会民主主義なんて「左翼」じゃないから(でも向こうでは平気でレフトとかゴーシュって言ってるけど)しょうがないんですけど、話が一直線に暗くなっていくんですよね。

で、そういうドツボってる左翼の世界とは違うのがあるんだよ、ってのが、突然合作社とか労働者協同組合とか、そっちに行く。いやこれも松尾さんが関わっているから当然なんですけど、その間に色々あるでしょう、というのがすっぽり抜けた感じがどうしてもしてしまうわけです。

やはり、それを「左翼」というかどうかは別として、本書で取り上げたような領域の問題をちゃんと考えるためには、ウィングももう少し広げていろんな社会主義運動やら労働運動やらを睨みながらやった方がいいのではないか、と、これはわたくしのまさに職業病的偏見からそういう感想を持ちました。

ちなみに、松尾さんのサイトでも本書が大々的に取り上げられています。

http://matsuo-tadasu.ptu.jp/essay__120714.html(18日発売の新著は『左翼入門』!)

また、本ブログ上では今までも松尾さんの本や論説を取り上げてきていますので、この際、棚卸ししておきます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_2040.html(松尾匡さんの「市民派リベラルのどこが越えられるべきか 」)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_9944.html(松尾匡さんの右翼左翼論)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_bd6d.html(松尾匡「はだかの王様の経済学」)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-7130.html(「市場主義に不可欠な公共心」に不可欠な身内集団原理)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-be58.html(松尾匡『不況は人災です』)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-7471.html(松尾匡さんの人格と田中秀臣氏の人格)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-62b1.html(松尾匡『図解雑学マルクス経済学』)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-4298.html(「ショートカット」としての「人類史に対する責任」@松尾匡)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-b671.html(松尾匡センセーの引っかけ問題に引っかかる人々)

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コメント

早や! 早速のフォローありがとうございます。
 こちらは、いただいた『日本の雇用と労働法』をまだ読みきる前に院生に読むように言って貸していて、役立たせていただいてはいるのですが、宣伝もせず、全くの不等価交換でホントもうしわけないです。

 ご指摘はおっしゃるとおりで、今後そっち方面も勉強していきたいと思います。(もっともそろそろ数理経済学に復帰しないとやばいとあせっているので、いつになるかわかりませんが。)

 まあ、とりわけ反省の対象になるものを選んで書いているわけで、暗くなっていくのも当然なのですが...。「入門者」が増える本ではなさそうです(笑)。

済みません、本当に難癖で。

正直、読んでて救われる気持ちになれるのが賀川豊彦のあたりだったもので・・・。

正直言っていいですか。この本、読んでいて嫌な気分になってきました。この松尾匡さんという人、みんなを共産嫌いにさせるべく、わざとこの本を書いたんじゃないですか。まさかね・・・

私は中道なので社会主義には反対なのですが、向坂協会派は非暴力の立場をとり、ポル・ポト派や反戦青年委員会などの極左テロ集団に命がけで反対してきたので好感を持っています。

どうして松尾さんは協会派ばかりを攻撃するのでしょうか?社会主義協会には三池炭鉱労働者ら低学歴層もいたらしいので、学者さんやらエリート主義者にとっては気に入らない存在なのでしょうか。

だいたい、この手の学者は、修正主義ソ連の悪口ばかり。だから何?って感じ。私は歴史に興味があって、フルシチョフと毛沢東思想の差異について調べたりしますが、同級生は誰もソ連のことなど話題にしませんよ。

もちろん、スターリンは悪党ですが、スターリン批判以後、1950年代後半以降のソ連政府は米中朝パなどに比べればマシでしたよ。ソ連は平和共存政策に転換したため、毛沢東や暴力主義者から標的にされてしまったでしょう。

ソ連がなければ中国は西側への攻撃を強めたであろうから、アメリカの学者も感謝すべきじゃないですか。ソ連を一方的に攻撃する人って、韓国を一方的に攻撃するネトウヨと精神構造が似ているのかもしれない。

もちろん、重要な問題を指摘するために、ソ連も含めて批判するというのは正しいですよ。でもソ連「ばかり」を攻撃するというのは許しがたいですね。カンボジアのポル・ポト派や、アフガンのテロリストや、南アのアパルトヘイトや、グアテマラのクーデターを支持していたのはどこの国でしたっけ。

日本でもソ連に敵対する暴力主義者が、警察官や一般市民を虐殺していたりしたじゃないですか。火をつけたり、刺したり、骨折させたり。ソ連「ばかり」に比重を置いて非難する人たちは、本当に酷い人たちを弾劾する勇気もないのでしょうかね・・・

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