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2012年7月 7日 (土)

40歳定年制の法律的意味

「しゃくち」さんが紹介している、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-c658.html#comment-90903653

雇用流動化へ「40歳定年を」 政府が長期ビジョン

見出しがセンセーショナルですね

でも確かに、そういう表現が出てきていますね。

http://www.npu.go.jp/policy/policy09/pdf/20120706/hokoku1.pdf

さらに、企業内人材の新陳代謝を促す柔軟な雇用ルールを整備するとともに、教育・再教育の場を充実させ、勤労者だれもがいつでも学び直しができ、人生のさまざまなライフステージや環境に応じて、ふさわしい働き場所が得られるようにする。具体的には、定年制を廃し、有期の雇用契約を通じた労働移転の円滑化をはかるとともに、企業には、社員の再教育機会の保障義務を課すといった方法が考えられる。場合によっては、40 歳定年制や50 歳定年制を採用する企業があらわれてもいいのではないか。もちろん、それは、何歳でもその適性に応じて雇用が確保され、健康状態に応じて、70 歳を超えても活躍の場が与えられるというのが前提である。こうした雇用の流動化は、能力活用の生産性を高め企業の競争力を上げると同時に、高齢者を含めて個々人に働き甲斐を提供することになる。

まあ、言いたいことは分からないではないですが、定年という言葉の意味を素人レベルでのみ考えているため、厳密な議論には耐えられない文章に仕上がっているようです。

上記しゃくちさんのコメントのついたもとのエントリで述べているように、「定年」とは法律的に厳密に言えば、年齢のみを理由とする雇用契約の終了を、それのみを指します。したがって、世間で「選択定年制」とか「役職定年制」などと呼ばれているのは「定年」ではありません。

これは曖昧な世間日本語で考えていると分からなくなりますが、いったん英語に直して、「compulsory retirement age」(強制退職年齢)と言えば、素直に理解できるでしょう。

従って、このフロンティア部会の方々がどういう曖昧な理解で使っていたとしても、いったん文字になった以上、「40歳定年」とは、40歳に達したことを、それのみを理由にして一方的に雇用契約を終了することを、「50歳定年」とは、50歳に達したことを、それのみを理由にして一方的に雇用契約を終了することを指します。それ以外の意味にとってくれというのは無理です。

従って、その次に「もちろん、それは、何歳でもその適性に応じて雇用が確保され、健康状態に応じて、70 歳を超えても活躍の場が与えられるというのが前提である」という文章が続くとすると、それは書いた本人の主観はともかくとして、客観的には精神の統合性を疑わせるに足る意味不明な文章とならざるを得ません。

こういうことになるのは、このフロンティアな方々にとっては、定年というのは絶対的な雇用保障年齢であって、いかなる理由があっても定年までは解雇できないなどという日本国の法体系に反する想定をしているからなのでしょう。

同じことが「有期の雇用契約を通じた労働移転の円滑化をはかるとともに」という、意味不明な文章にもよく現れています。

言うまでもなく有期雇用契約というのは、期間満了までは契約を解除することが「やむを得ない」場合を除いて制約されるのであって、「いつでも」解約できる無期契約よりも「労働移動の円滑化」が図られるというのは、少なくとも労働者側から見ればまったく事実に反します。

それが労働移動の円滑化だというロジックは、短期の有期契約を何回も繰り返して好きなときに雇い止めできるという状況を前提にした使用者側から見た議論なのであって、政府の中枢部の出す文書にこういう無神経な文章があまり堂々と出ない方がいいのではないかと思われます。

上記文章の言いたいことの筋道からすれば、余計なことをいうのではなく、単純に「定年制を廃止して、能力のある限り働けるようにしましょう」とだけ言っておれば良かったのではないかと思われますが。

(追記)

Masanork_300_normal楠正憲さんが

http://twitter.com/masanork/status/221519011815501824

ところで有期雇用契約って労働者側の辞職する権利も制約するんだっけ?

と質問されていますので、お答えします。

はい、制約します。

なので、1年を超えたら、わざわざその制約を外すために、労働基準法附則第137条にこういう規定を設けたのです。

第百三十七条  期間の定めのある労働契約(一定の事業の完了に必要な期間を定めるものを除き、その期間が一年を超えるものに限る。)を締結した労働者(第十四条第一項各号に規定する労働者を除く。)は、労働基準法の一部を改正する法律(平成十五年法律第百四号)附則第三条に規定する措置が講じられるまでの間、民法第六百二十八条の規定にかかわらず、当該労働契約の期間の初日から一年を経過した日以後においては、その使用者に申し出ることにより、いつでも退職することができる。

逆に言えば、これに該当しない場合は「いつでも退職することができる」わけではなく、民法の原則に従い

第六百二十八条  当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合において、その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。

となります。

(再追記)

ちなみに、上記文章を読んでこういうことを言ってると、労働法的には零点になります。そういう人事コンサルは危ないですね。

http://twitter.com/joshigeyuki/status/221759294113202176

40歳定年というのは要するに年功序列の完全否定であり、新人には即戦力が要求される社会でもある。40歳定年考えた人と超エリートコース設置を決めた東大の中の人には、同じビジョンが見えているんだろう。

いうまでもなく、年齢のみを理由とする雇用終了を認めるか否かと、賃金の決定基準をどこに置くかは、法律上は何の関係もありません。

こういう人事コンサル氏は、定年を禁止しているアメリカに行っても同じことを言うのか、大変興味深いところです。

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コメント

ふろんてぃあな報告書に対して、さすがに冷泉彰彦さんはどこかの人事コンサルみたいに絶賛したりせず、冷ややかな論評をしているようです。

http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2012/07/post-456.php


この提言の示唆しているのは「40歳定年までは管理職昇進を<人質>にしながら職務要件の曖昧な日本式雇用」を継続し、その後は「管理職の選別に漏れた人は40歳で高給のフルタイムからは降りてもらい」若手に機会を譲るというような話です。その先は「適性に応じた雇用」、つまり管理職になれなかった人は、この時点で非正規にというわけです。

 こんな中途半端な政策では問題の解決にはなりません。この「23歳から40歳まで」を「分厚い総合職的なジェネラリスト」としたままでは、この「出産・育児の適齢期ゾーン」でのワークライフバランスの実現は難しいこと、そして依然として「過去の実績と社内政治の勝者」に企業経営の中枢を委ねるという前近代的なカルチャーを残す意図を感じる点が気になります。それ以上に、柔軟な雇用といっても、人生の半ばで自分なりに「キャリアの転進」を図る人には、「ランクを下げた転進」が基本になってしまいそうです。

 いかにも現時点での財界幹部の考えそうなことです。旧態依然としたマネジメントを続ける中で「言うことを聞いてくれる」正社員集団は維持したい、その一方で「40過ぎの高給で使えなくなった人材は吐き出したい」というホンネがミエミエだからです。これでは、結果的にグローバルな労働市場から来た人間は実力を発揮できないし、最新の技術や知識を持った経営のプロが縦横に活躍することもできないでしょう。

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