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« 『労働法律旬報』7月下旬号 | トップページ | 野川忍先生の耳タコ話 »

2012年7月20日 (金)

誰が言っても正しいことは正しいし、間違いは間違い

「apesnotmonkeys」氏が、鬼の首を取ったみたいに、

http://twitter.com/apesnotmonkeys/status/225586642918965248

hamachan センセー、「3法則」氏から強力な援軍ですよ!

誰が言っても正しいことは正しいし、間違っていることは間違っている。こんな当たり前のことから言わなければならないのだろうか。

いうまでもなく、池田信夫氏にしろ、城繁幸氏にしろ、時には極めてまっとうなことを言う。最近では、さつき女史相手にあそこまでまっとうな議論を展開する城氏に感心したくらい。

たぶん、こんな当たり前のことが通じるのであれば、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-e993.html(利害関係者の発言を圧殺したがる思想)

というようなことを言う必要はなかったわけで。

ここに露呈しているのは、ものごとをその論理的筋道で「のみ」考えるのではなく、「誰」がそれを言っているかによって正邪の向きを平気で変えられる発想なのでしょう。

まさか大阪市と原発は別だなどという超ご都合主義の論理が通用するなどと思ってはいないのでしょう。まったくアイソモルフィックなのですから。

わたしは、議論の前提として、電力会社の社員であれ、大阪市の職員であれ、論理の筋道が同型的であれば、どちら向きであれ両者に同じ判断がなされるのは当然だろうと考えていたわけですが、そこのところが共有されていなければ、この言葉はまったく意味をなしませんね。

こういう論理形式ではなく主語に入る固有名詞でもって正邪を判断したがる症候群は、ネトウヨといわれる人々に特に顕著に見られますが、彼らだけではないということがわかります。

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コメント

とこの人に代表されるはてサてある種の良識(とされる)価値観だから批判されにくいだけで、やっていることなんてネトウヨとたいして変わらない、むしろ良識を盾にしている分ネトウヨよりタチが悪いしはっきり言って気持ち悪い。
これもこれはひどいとかヘイトスピーチだの言い出して赤星がついたりするんだろうな。

はてなサヨクは相変わらず何を発言するかではなく誰が発言するかで判断していますね。電力関係者=ゲッベルスと言うなら、電力関係者が殺人教唆した証拠を挙げるべきだろう。apemanのブクマにはヴォルテールの名前も見えますが、はてなサヨクは「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」を実践する「アメリカ自由人権協会」に批判的なんで、ヴォルテールの名前を出すとか失笑ものですが。「アメリカ自由人権協会」に批判的であることからも分かりますが、彼らは基本的に自分好みの発言以外にはとっても冷淡な人たちです。

「apesnotmonkeys」氏をはじめとする、「はてな左翼」略して「はてサ」の皆さんは、正邪の向きは自分たちが自分たちの都合でころころ変えてもよいと本気で考えていますからねえ。

「少数者の意見は大事にするべきだ」といいながら、はてサの皆さんと異なる見解を持つことを表明すると、レイシストだの歴史修正主義者だのといったレッテルをはりまくります。

ちょっとタメにする批判になってませんか?
apemanさんも、原発維持派が意見を述べること自体は全然否定していません。やらせがあったかどうかというのが問題意識です。

http://d.hatena.ne.jp/lochtext/20120717/1342529773
のコメント欄参照。

一般論として
「電力会社の社員にも発言する権利はある」
しかし、
「所属先の企業の主張をそのまま繰り返すだけでは、発言させる意味がない」
(=電力会社の主張は別個に聴取すれば済むこと)
というのは、それぞれ筋の通った理屈だと私は思いますが、どういうわけか一般論だけでは食い足りなかった方もいらっしゃったようですね。
主張の立脚点も抽象度も異なるために、議論が全く噛み合っていない感を受けます。

一般論として



「労働組合の組合員にも発言する権利はある」


しかし、


「所属している組合の主張をそのまま繰り返すだけでは、発言させる意味がない」

というのは、それぞれ筋の通った理屈だと、まったく同じように思われるのであれば、それはそれで理解できます。

わたしは、結果的に「所属している組合の主張をそのまま繰り返す」ことは、組織の主張がその構成員の主張をきちんと反映している限りいくらでもあり得ることであり、それ自体を否定的に見ること自体一種の偏見であるように思われます。

>hamachan 様
>それぞれ筋の通った理屈だと、まったく同じように思われるのであれば、それはそれで理解できます。

私はもちろん、そのように考えます。
さらに踏み込むなら、組合の務めの一つが「組合員の意見を代弁すること」である以上、(組合が務めを果たしているという前提で)組合側の主張をちゃんと汲み取れているのであれば、個々の組合員に組合側の主張をなぞらせるのは、単に時間の無駄とすら言い得るでしょう。

これに対し、企業が従業員の意見を代弁する必然性はないわけで、こうした性格の違いが結論の差に反映するのは不思議でないように思います。

今回の件について言えば、「電力会社の幹部社員」と身元を明かした上で会社側の主張を繰り返すこと自体は何ら責められる謂われは無いにせよ、今の状況ではその行為によって「仕込み」「やらせ」など会社側があらぬ疑いを着せられる可能性は考えなかったのかな、という疑問は感じました。

> 鬼木 さん

> 個々の組合員に組合側の主張をなぞらせるのは、単に時間の無駄とすら言い得るでしょう

組合なり会社なりの組織自体が何かを主張することはできないわけで,主張を行うのは,あくまで,その組織に所属する個々の人間ですよね.これを「時間の無駄」と言われてしまうと,そもそも,組織としての主張などできないと思います.

「時間の無駄」といえるのは,その組織の主張を既に誰もが知っていて,もはや聞く必要がない,といった場合でしょう.だからといって,主張を行うのを止めなければならない,とは思いませんけど.また,「こちらから聞きにいくまで,何も主張するな」とも思いません.

> 「仕込み」「やらせ」など会社側があらぬ疑いを着せられる可能性

これは例の九電の件があったからなのでしょうけど.偏見といって良いのでは?

今回の件について,「仕込み」「やらせ」であった証拠があるわけでもないのに,電力会社に所属しているというだけで,「あらぬ疑い」を着せるわけですよね.

そもそも自らの属性を明らかにしているのにどこが「やらせ」なのかと思いますね。自らの属性を明らかにして堂々と意見表明することを「やらせ」だと言うのは、相手に隠すインセンティブを与えているということが分かっているのだろうか?もっと根本的な話をすれば、はてなサヨクは、社員は経営側に言わされている可能性ばかり考えるようだが、「原発は嫌、でも値上げも嫌、電力会社はもっと合理化してシバくべき」と言う反原発派に対して、一般社員がカチンときているとは考えないのだろうか?

> specさん
> apemanさんも、原発維持派が意見を述べること自体は全然否定していません。やらせがあったかどうかというのが問題意識です。

そういう時は、「やらせがあったかどうか」を主たる論点にして、そこに集中して語って欲しいと思うんですけどね。

なぜかそうはならない。すっきりしないなあ。

>そもそも自らの属性を明らかにしているのにどこが「やらせ」なのかと思いますね。

日本の企業に社員に自社の施策について外部で公然と意見する自由を認めているところがどのくらいありますかね?

今回の例で言えば、原発に批判的な伝略会社社員がいたとして、賛成な社員と「同じ確率」で聴取会に応募、発言するでしょうかということでは?

会社が社員に自由な発言を認めていなければ、必然的に会社の意見と同調する社員しか発言はできませんね。

発言の自由を保証するのは周囲の責任ですが、自由を行使した結果、すなわち、発言した結果に対する責任を負うのは発言した本人です。今の状況で、このような身分の人が、このような内容で、発言すると、世間がどのように受け止めるか、十分想像できたことなのに、それをあえてやったのは本人です。孔子も「李下で冠を正さず」といってます。「李下で冠を正すのも辞さず」ではありません。挙句の果てに「原発事故で死んだ人は一人もいない」だなんて火に油を注ぐような発言までして。電力会社も迷惑したかもしれません。自爆テロに見えたかもしれません。今回の件で幸せになれた人いますか?皆が不幸になっているような気がします。

悪く感じてしまう人間の精神構造こそ間違っている? それこそ、個人の自由に踏み込んでますよ。

「非国民通信」さんの感想:

http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006/e/5499961ccd26742af7583823552726dd(敵性語の精神)

電力会社社員だって我々の社会の一員ですから、その人が抽選で当たったのなら拒む理由はないでしょう。むしろ退けるとしたら職業を理由とした差別の疑いがあります。電力会社社員に対しては労働条件の不利益変更など、その権利を侵害する動きが目立つばかりか、その権利否定が社会的に是認されてもいますけれど、こうしたアンフェアな扱いには部外者であっても異議を唱えるべきものです。ユダヤ人のことであろうと電力会社社員のことであろうと、それを他人事と扱うべきではありません。

こういうことをいうと、まさに「非国民め!」と罵られるわけですが・・・。

> 挙句の果てに「原発事故で死んだ人は一人もいない」だなんて火に油を注ぐような発言

報道によれば「放射能の直接的な影響で亡くなった人はひとりもいない」です。どこが違うか、分かりますよね?

はてなサヨク猿軍団による「俺様が気に入らない人民の敵に三角帽子かぶせて皆殺しスミダハミダ」キャンペーンも、どんどんいちゃもんのネタがみみっちくなってるようで。これで「うなぎ食ってきた」とか濱田先生が煽ったら、ほんとに襲撃しにくるんじゃないかなと心配してます。

>>fnorder さん

ご指摘の事実については、うろ覚えのまま適当な事を書いてしまってすみません。

>報道によれば「放射能の直接的な影響で亡くなった人はひとりもいない」です。どこが違うか、分かりますよね?

つまり、放射線以外の影響で亡くなった人はいるかもしれないということですね。避難の際に置き去りにされた寝たきりの人が該当するでしょう。

その、放射線ですが未だ未解決なので、現時点で、放射能の影響を軽んずる発言を口にすることは、周囲に不快感を与えてしまうのはおかしくありません。

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