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2012年7月14日 (土)

クルーグマンさん、何を仰います?

51tl8qsqwjl__sl160_クルーグマンの新著『さっさと不況を終わらせろ』について、池田信夫氏が「りふれは」を皮肉った論評をしているのを、さらにまた「ニュースの社会科学的な裏側」さんが論評しています。この三重構造がなかなか面白い。

http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51799377.html(さっさと不況を終わらせろ)

本書はクルーグマンのブログをまとめて気持ち悪い日本語に訳しただけで、新しい論点はないが、こうして整理すると彼の考えがよくわかる。日本ではいまだに彼をリフレの元祖として崇拝する向きもあるが、本書では金融政策にほとんど言及していない。彼が不況を終わらせる政策として主張するのは、超大型の財政出動である。

http://www.anlyznews.com/2012/07/blog-post_539.html(さっさと不況を終わらせろ - 池田信夫さん誤読していませんか?)

クルッグマンの「さっさと不況を終わらせろ」に、経済評論家の池田信夫氏が評論しているが、恐らく誤読している。
読んでもいないのに良く分ると思うかも知れないが、クルッグマンの主張に『増税』があるのに、池田信夫氏はそれには触れていないからだ。

But they wouldn’t be quite as cash-strapped if their politicians were willing to consider at least some tax increases. (でも,政治家が少なくともいくばくかの増税を検討する気にさえなれば,そう大した金欠ってわけでもない)

なんだか頭が混乱しそうですが、つまり、クルーグマンは、

増税して、財政出動しろ!

って言っているのに、池田信夫氏はクルーグマンのその「増税」を見て見ぬふりをしていると「ニュースの社会科学的な裏側」さんは批判し、その批判されている池田信夫氏は、「りふれは」はクルーグマンのその「財政出動」を見て見ぬふりをしていると批判しているという構造なんですな。

それにしても、クルーグマンを崇拝しながら、その2大主張のいずれをも口を極めて罵る人々の心性というのは、本当によく理解しかねるところがあります。

経済政策論争なるものの正体が透けて見える良いエントリと言うべきでしょうか。

(追記)

これは、つまみ食い(@コバヤシユウスケ)した池田信夫氏に対する批判かな?

http://twitter.com/tiger00shio/status/224268626558062592

これはひどい 日本のどこにソブリンリスクあるんだ 勝手な事言うなよ

少なくとも、増税して財政出動しろと言っている人に対する批判ではなさそうなのですが、まあ、時たまこうやって「りふれは」をからかうと、いろんな人々がいろんな形で議論してくるので、面白いです。

コメント欄にあるように、税金をどういう形でとるかという話にしてくる人もいますし、それはそれで大変納得できる面もあるのですが、「りふれは」が消費税以外の増税を強く主張しているというのならそれはそれで大変結構なのですが、聞こえてくる限り、野末チンペイの税金党を劣化させたような話ばかりなので、まあこんなものなんでしょう。

http://b.hatena.ne.jp/dongfang99/20120715#bookmark-101877238

ただクルーグマンを持ち上げる人で富裕層増税を主張している人が皆無なのは確か。クルーグマンは需要と雇用に少しでも貢献するなら、消費税も別に全面否定はしていない。単なる手段の問題

http://econdays.net/?p=629

僕ならそのほとんどを増税で – そう、僕は消費税に賛成してもいいんだ。高給取りの減税の余地を作るためでなく、セーフティネットの維持のために使われるなら。

(再追記)

ちなみに、稲葉氏の見立てはおおむね正解。

http://twitter.com/shinichiroinaba/status/224361779600433152

なんかhamachanの党派性……というよりまあ単なる「あいつら嫌い」という感情論……があらわになって幻滅……。

そういう「党派性」は、既に本ブログでも繰り返し露わにしてきたところ。今更何を仰る・・・。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-5aef.html(念のため)

今まで山のように繰り返してきたように、本来のケインズ主義的な意味での「リフレーション政策」には批判的どころかむしろシンパシーを持っています。

しかし、日本で「りふれは」と称して不気味な政治活動を繰り返してきた手合いというのは、おおむね、その逆の政治志向を持っているようで、小さな政府を声高に叫び、とりわけ弱い立場の国民向けの公的サービスに対して露骨な敵意を示すことが多いようです。そして、くっつく政治家というのもだいたいそういう志向の方々が多いようです。

そういう人々を、わざわざリフレーション政策支持派という意味での「リフレ派」と明確に区別するために、「りふれは」という記号を作って、区別して用いていることも、本ブログで何回も繰り返してきたことですので、その旨ご諒解いただきたいところです。

それより、その昔ファンの方からこのような妙な応援のされ方をした稲葉氏の今の思いも知りたいところではあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_b2d6.html(構造改革ってなあに?)

稲葉さんの偉さは、一左翼であることがリフレ派であることと矛盾しないことを左翼として始めて示した点だと思う。それまでの左翼は、ある意味ネオリベ以上の構造派で、つまりはアンチ・リフレであったわけだから。それに対して、稲葉さんはそれが「ヘタレ」にすぎないことを左翼として始めて断言したわけで、これは実はとても勇気のあるすごいことだと思う。

投稿: 一観客改め一イナゴ | 2006年9月20日 (水) 14時46分

もう6年も前になりますな。そのころはまだ、こういう今となっては信じがたい整理図式が生きていたわけです。時の経つのは早いもの。

(再三追記)

http://twitter.com/uncorrelated/status/224377940945805313

濱口氏、そこそこ左翼系で政治的だと思っていたけど。

まさにそうですけど、うかつに「そこそこ左翼系で政治的」なんていうと、そこが日本の文脈では、まったく正反対の「りべさよ」見たいに思われてしまうので、必死にそうじゃないそうじゃないと喚かなくてはいけない。

なんで「そこそこ左翼系で政治的」の実例をわざわざ欧州社会党や欧州労連の記事を引いて説明しなくちゃいけないのかわからないのだけれど。

(なおも追記)

これだけシバキ全開の「りふれは」を目の当たりにしながら、

http://twitter.com/tntb01/status/224402306546941952

ハマチャンみたいな人が図らずもシバキストらと「歩調が合ってしまう」罠。

という言葉がぽろりとこぼれるあたりに、りふれはマインドコントロールの強さを痛感。

「小さな政府を声高に叫び、とりわけ弱い立場の国民向けの公的サービスに対して露骨な敵意を示す」りふれはこそが真のシバキストでしょ。

つか、世間一般と「りふれは」界隈とでは「シバキ」という言葉の定義が逆転しているのかも知れないけど。

(さらに追記)

ちなみに、「ニュースの社会科学的な裏側」さんが、誠実なリフレ派である原田泰さんを称揚しています。

http://www.anlyznews.com/2012/07/15-by.html(消費税アップは15年後でよい ─ 社会保障の削減ができれば by 原田泰)

・・・対立する主張として、原田泰氏らの増税不要論がある。ただし、原田主張には強い条件がついている。

鈴木・原田(2010)を見れば分るが、社会保障費の大きな抑制を前提としている。現行制度のままだと年金給付額や医療費は、マクロ経済スライド*1の程度でしか抑制されない為、受給者一人あたりの社会保障支出を削減する制度改正を行わないと、原田氏の増税不要シナリオの条件は満たされない。

消費税増税反対論者が、同時に年金給付額や医療費の大幅削減を謳っている事はあまり無いので、原田氏の主張は誠実ではある*2。しかし、原田主張から消費税アップは15年後でよいと言う人は、それは年金給付額や医療費の大幅削減を意味する事には留意する必要がある*3。

誠実な反増税派は、ちゃんと社会保障の削減(=シバキ)を主張する、という意味では、立派な方なのだと思います。

問題はそこのところをごまかして、「ハマチャンみたいな人が図らずもシバキストらと「歩調が合ってしまう」罠。」などと逆向きに思わせてしまう連中なんでしょうけど。

(まだまだ追記)

せっかくなので、過去のエントリから「りふれは」のシバキぶりを皮肉ったものをいくつか、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-5b02.html(「りふれは」はシバキ派)

http://twitter.com/#!/YoichiTakahashi/status/140750100900220928(高橋洋一(嘉悦大))

>大阪は橋下圧勝か?大阪の人はまともだなあ

それがまともであるという価値判断が現に世の中に存在し、かつ相当多くの人々に支持されているという事実認識は、当該価値判断を共有しない人々と雖もきちんと持つべきでしょう。

ただ、そういう典型的シバキ派の同類に、あたかも「りふれは」を批判する方がシバキ派であるかのごとき中傷をされる謂われだけはないというべきでしょう。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-2bdd.html(「りふれは」の労使関係観)

上念司氏が『正論』9月号に書いた「経団連よ、この国難に道を踏み外すな」という文章の中から、同じ「りふれは」の田中秀臣氏が嬉々として引用している文言:

http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20110815#p1

>「自由主義経済の守護者であり、かって争議潰しで名を馳せた日経連を吸収した現代の経団連が、日本経済の社会主義化を望んでいるとしたらそれは冗談としか思えない

実をいえば、旧日経連の人がこれを読んで単純に嬉しがるとも思えないのですが、いやむしろ、俺たちのやってきたことを、そこらのやくざの「争議潰し」としてしか見てくれていなかったのか・・・と、情けなさに涙をこぼすかも知れないとすら思いますが、まあそこはおいといて。

少なくともここに露わになっているのは、「りふれは」諸氏の、どうしようもなく反労働者的な労使関係観であるということだけは明らかなようです。

労使がそれぞれにきちんと主張し合い、ルールに則ってものごとを決めていくという先進産業国であれば当たり前の仕組みを「社会主義」と蔑視して、叩き潰そうと考えるような、そういう人々のいうことが、経済学的にどうであるかなどとは遥かに遥かに下の次元で、まっとうな感覚の持ち主からは相手にされないような代物であることを、こうして我々にあからさまに教えてくれるのですから、「りふれは」諸氏が隠し事があまり得意ではないことだけは確かなようですね。

(締めの結論@「ニュースの社会科学的な裏側」)

ということで、話の発端を作っていただいた「ニュースの社会科学的な裏側」さんが、的確な締めの言葉を書かれていますので、本エントリの結論ということで。

いくつか、わたくしに対する耳の痛いご批判もあるようです。

http://www.anlyznews.com/2012/07/blog-post_16.html(りふれ派の社会的機能について考える)

濱口氏は「不気味な政治活動」と表現していたが、りふれ派は相手が納得できるような情報を提供していない。『高齢化による生産年齢人口の減少により社会保障が毎年1兆円増える』と言う政策課題に対して、『経済成長』『徴税漏れを防止』と言われても、それが出来るのであれば既にやっているとしか思わないであろう。

こうして見てみると、その政策の労働者階級への影響からシバキ云々と言う以前の問題が多数ある。濱口氏はイデオロギー的な批判をしているが、そういう段階に到達していないのでは無いであろうか。理論的にもデータ的にも見るべき所は極端に少ない

その先の「「飲み屋で野球チームの監督の悪口を言っているのと全く同じ」とか「お布施が足りないので御利益が無いと主張する宗教団体のようだ」とか、エンターテイメントの一種なので、目くじらを立てずにサブカルチャーとして見守りつつ、たまに揶揄すれば良い」とかについては、リンク先をどうぞ。

(おまけ)

http://twitter.com/yasudayasu_t/status/224863873000415236

「熱があるなら解熱剤を飲め」と言ってる人たちに対して、「解熱剤を飲めばあらゆる病気が治ると主張している」とか「解熱剤を飲んでも鼻詰まりは改善しませんからw」と批判(?)するのと同様の阿呆な行為をする人が多い。しかも、何故か上から目線の嘲笑入りで。どちらが嘲笑されるべき側なのやら

解熱剤を飲むということ「だけ」を主張しているまともな「リフレ派」は批判されていないのにね。

熱があるなら、裸になって、冷水に飛び込んで、とことんシバキ抜いて、解熱剤を飲め、と言っているある種の人々(りふれは)が、その裸になれとか冷水に飛び込めといったシバキ療法で批判されていると言うことが分からない(ふりをする)し、だったらその部分くらいは批判しろと言われると、ついには、我々が解熱剤を飲めという一点だけで共通しているんだから、ほかのことは知らんとうそぶく。

うそぶいているわりに、そういう「裸になって、冷水に飛び込んで、とことんシバキ抜いて、解熱剤を飲め」という連中とやたらにくっついて妙に政治的に動き回る。まさに松尾匡さんのいう「身内集団原理」そのもの。見ていて反吐が出る。

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コメント

それにしても、クルーグマンを崇拝しながら、クルーグマンの言う増税を消費税増税=付加価値税増税と翻訳してある種の人々を口を極めて罵る人々の心性というのは、本当によく理解しかねるところがあります。消費税福祉論者は八田達夫=福井秀夫の消費税に対する根源的な批判に答えてほしい。hamachan先生は福井氏に一物あるでしょうが。「徴税してから給付で調整すればいい」と言っている人は頭が悪いと指摘されているのだから頭が悪くないことをきちんと説明すべきだろう。また、消費税福祉論者は、竹中平蔵やマンキューが熱烈な消費税=付加価値税の支持者であることにもきちんと答えてほしい。竹中平蔵の消費税増税批判は現時点における暫定的なものであることに留意しなければならない。

http://d.hatena.ne.jp/dongfang99/20120626

http://www.recpas.or.jp/new/jigyo/report_web/kenkyu_giji/6th/dai6-003.htm
6.消費税シフトの論理的矛盾
私は消費税撤廃論者でありまして、東大の八田達夫先生の感化を受けました。消費税の最適税率はゼロだと信じておりますし、学術的裏付けも可能だと考えています。こういう議論をすると、弱者には後から分配すればいいんだという議論をする方が、かなりの比率でいます。この中にもおそらく、とりあえず消費の時にいったん5%でみんなに納めさせて構わないじゃないか、その段階で今までごかましていた自営業者達が払わされるんだからいい気味じゃないか、と思われる方がいらっしゃるかもしれません。その上で、そこから今度は、本当に豊かか弱者かという何らかの基準を決めて、弱者にはもう一回分けてあげて、高額所得者からは別の形でもうちょっと負担をしてもらうというやり方だってあるだろうとお思いの方があるかもしれません。しかし、それは成り立たないのです。

なぜならば、所得捕捉が困難だからこそ消費税シフトという議論が出て来たわけです。したがって、クロヨン、トーゴーサンを是正するために、徴税員を増やして所得捕捉の検査を充実させることなどによって、事業者を問わず個人を問わず、個々の稼いでいる所得をきっちりと把握しようという課税当局の努力は、これ以上はやらないということが、消費税シフトの前提だったわけです。消費税シフトとは、即ち、誰が弱者であるかを見極めることを、やめてしまうということです。しかし、弱者が誰かわからなくなるような制度設計をした後で弱者に再分配をするというのは、言語の論理矛盾です。(中略)逆にいえば、再分配は一切いらない(中略)それなら、少なくとも人格は悪いかもしれないけれども頭は悪くない。私が申し上げたいのは、再分配は必要だけれども消費税が要るという、人格はいいかもしれないけれども頭の悪い人が日本には非常に多いものですから、それは論理矛盾だということをここで前提として確認しておきます。

ああ、濱口先生、ちょっとこのエントリーはいただけません。
クルーグマンが言ってる増税は、消費性向の低い富裕層に対する増税です。

日本の消費税増税に関しては、いまこの時期にするべきことじゃないという点で、クルーグマンは日本のリフレ派のひととほぼ認識を同じくしてると思いますよ。
gendai.ismedia.jp/articles/print/994
(日経かなんかにもっと直接消費税批判した記事載ってたけの以前読んだけどちょっと探せなかった)

池田信夫氏が、他人の議論から自分に都合のいい所だけつまみ食いして、牽強付会の珍論を垂れ流すのはいつものことですが、
リフレ派の人たちにとって、クルーグマンはもうちょっと真摯な議論の対象なので、クルーグマンの言ってることが、日本のリフレ派と大きくずれるようなら、リフレ派内で論争になってるはずです。
現状、クルーグマンとリフレ派に大きな主張のズレはないはずです。
もちろん「左派リベラル」のクルーグマンと
「右派新自由主義」の一部の日本のリフレ派では
この先意見の一致がずっと続かないだろうとは思いますし、その点で濱口先生には同意しますが・・

"これで「経済政策論争なるものの正体が透けて見える」と思えるhamachan先生の心性が一番おもしろい。"

もしかすると”ほんとう”の経済「学」はもっと真摯に対話しているのに、と言いたいのかと思ったら

http://d.hatena.ne.jp/abz2010/20120704/1341398464
こんな活動を熱心にされている方のご発言でした。
政党名でなく政策で、と考えれば、普段小学生じみたことをやっていても学問的には素晴らしいこともあるそうなので、属人的判断は差し控えますが…


”権威の言葉や判例を××説とか言って崇める法学は、訓詁学や神学のようなもの。その思考法に一度浸かってしまうと、よほど聡明な人でもない限り、他の学問も同じ目線からしか判断できなくなるよう”

まるで天体の運行やプラトンの正多面体、バッハの絶対音楽のようなものこそが学問であるかのような主張でしょうか。

「人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣(りょうどな)りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容(くつろげ)て、束(つか)の間(ま)の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。」

訓詁学ねぇ……


「ニュースの社会科学的な裏側」も党派性が出ています。増税と歳出削減の二択ではないことは「ニュースの社会科学的な裏側」も書いていました。増税と歳出削減の二択以外を主張すると不誠実なら、「ニュースの社会科学的な裏側」も不誠実になってしまいますよ。左派ならインフレ課税という富裕税こそが採るべき道だと思います。

日本が3%のインフレ課税を狙うべき5つの理由
http://www.anlyznews.com/2012/03/35.html
インフレ課税には実質成長は必要が無いので、成長戦略とかは考えなくて良い。はっきり言えばインフレ課税は形を変えた富裕税であって、国債保有者を狙いうちにした不公平な税だ。成長戦略と言うと取らぬ狸の皮算用になりがちだが、インフレ課税の被害者はかなり明確である。

何とかインフレ率を引き起こせば、後はどうにかなる。インフレ加速が心配かも知れないが、インフレ率3%を超えたら消費税率を20%にするトリガー条項付立法を行っても良いし、ちょっと柔軟な発想をすれば良いだけであろう。

どうやって3%のインフレ率を引き起こすかが問題になるが、日銀が3%のターゲットレートを宣言して、長期国債を積極的に購入してみる事を提唱したい。流動性の罠にあるときには、単なる量的緩和に効果が無い事は分かっているので、思い切った政策が必要だ。

なお3%のインフレ率と1%の名目金利を維持できれば、25年ぐらいで累積財政赤字のGDP比は半減する。逆に言えば、マイナスインフレ率と1%の名目金利があると、累積財政赤字のGDP比は増えていく。もしかしたらデフレで最も影響を受けていたのは、財政問題なのかも知れない。

> 左派ならインフレ課税という富裕税こそが採るべき道だと思います。

自分で書いた記事ですが、誤解があるので補足しておきますね。

・インフレ率を引き上げられるかが分からない
・増税や歳出削減が不要になるかも分からない。インフレで歳出拡大する要素もある。
・富裕層でも株式を持つ人と預金を持つ人の間で不公平になる
・資本逃避等の議論されていない弊害がある

まだあると思いますが、インフレ課税をすれば問題ないとはとても言えないので、ご注意ください。

It’s not an “attack on capitalism” to suggest that growing income disparities and the
corresponding failure of most Americans to benefit from rising productivity are problems.
Still, what can be done? Well, you can ask the rich to pay somewhat higher taxes, and you
can strengthen the safety net — which is what Obama actually advocates.
But Romney wants to do the reverse.
http://krugman.blogs.nytimes.com/2012/07/17/decoupled-and-divided/

昨日(17日)のクルーグマンのブログ記事からです。
この記事を見ればわかるように、この30年にわたる富裕層とそれ以外の分配の大きな乖離を
示した上で、富裕層への課税強化を主張するのがクルーグマンの常です。

また、財政出動の財源としての富裕層への増税を言うことはありません。
あくまで、公正の観点からの増税、ということです。

財政出動の財源がない?
富裕層から取れるだろう。
という文脈で増税が出てくることはありますが、それは氏独特の皮肉です。

クルーグマンを引用しての「増税して、財政出動しろ!」という言い方は極めて
ミスリーディングだと思います。
また、日本での富裕層への課税強化にしても、日本における富裕層とそれ以外との
比較が重要になるでしょう。

ポール・クルーグマンの新著『さっさと不況を終わらせろ』−【私の論評】まったくその通り!!


ブログ名:「Funny Restaurant 犬とレストランとイタリア料理」

こんにちは。クルーグマン氏のこの新著、もともとは氏のブログをまとめたものであり、いわゆる経済書ではありません。だからこそ、クルーグマン氏の信念が前面にうちだされていて、共感を覚えるものです。この書籍の主張は、きわめてシンプルなものです。5年目に突入した大不況は、失策を認めたくない人たちが複雑な構造的問題に見せかけているだけであり、脱出は驚くほど簡単であるという内容であり、 いま最も信頼できるノーベル賞経済学者が叩きつける最終処方箋ともいうべき内容です。「不況のときに緊縮財政するな。政府は財政赤字なんか気にせずに拡張的な雇用創出政策をやれ。中央銀行はそれを支援しろ」というものです。煎じ詰めれば、これだけです。この主張を補強するために、金融危機の前史から経緯をふりかえり、アメリカ、ユーロ圏、イギリスなどの現状を概観し、流動性の罠に関する不況の経済学をわかりやすく解説し、清算主義を批判しています。そうして、世界の歴史をひもとけば、欧米だけではなく、日本でも、クルーグマンの主張が正しいというより、常識であることが理解できます。この書籍、こうした常識を忘れた現代人に対する警鐘を鳴らすものであると思います。そう思うのは私だけでしょうか?詳細は是非私のブログを御覧になってください。

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» りふれ派の社会的機能について考える [ニュースの社会科学的な裏側]
濱口氏に習いリフレ政策・反増税を推進する経済評論家等の集団を「りふれ派」と定義して、その社会的機能を議論してみたい。ここでの「りふれ派」からは、真面目に研究しているマクロ経済学者や、『道草』でクルッグマンらの主張を紹介している人々や、クルッグマンのIt's baaack!論文を翻訳している山形浩生氏は除外する。濱口氏の「りふれ派」批判(エントリー追記部分)に対する感想と言う事で。... [続きを読む]

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