労働者自主管理は究極のメンバーシップ型
POSSE坂倉さんとマシナリさんのやりとりから、
http://twitter.com/magazine_posse/status/219359760867274752
『POSSE vol.15』の小熊さんインタビューを評価していただいてますが、「集団的労使関係の再構築が重要だと考えている立場」からむしろ、熊沢誠さんのインタビューを論じていただきたいですね。/根本的な誤解
http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-518.html#comment845
POSSEの板倉さんからツイートをいただいたようです。
「板倉」じゃなくて「坂倉」です、と、私がいうのも変ですが、
・・・熊沢先生は組合側と管理者側がバーターで手当などを措置するマヌーバー的(背面服従)な癒着を断って、公務員が自らの仕事を「自律」することが必要だということを指摘されているのですが、それってまさに労働者の「メンバーシップ」的労働を強化することにしかならないのではないかと。サービス残業なんてのは「自律」的に働いているから超勤なんか要らないとメンバーである労働者に言わせているのであって、特に公的部門とか福祉とかボランティアの世界では、「自律」に「やりがい」を上乗せした「やりがい搾取」が問題となっているのも現実です。
・・・公務員労組の取組を「階級的もの取り主義」から「自主管理的労働運動論」に転換するという熊沢先生の主張の趣旨はわからないではありませんが、上記のような「メンバーシップ」的労働をさらに強化するものになり得る点は十分に注意する必要があると考えます。公務労働者はあくまで行政組織に労務を提供する存在であって、(ある程度まではやむを得ないとしても)それと心身ともに一体化する必要はありませんし、インタビューで取り上げられている欧米の公務員労組もそうした前提に立脚しているはずです。
ここでマシナリさんが指摘されていることは、ある意味で日本の労働運動の歴史、さらには世界の労働運動の歴史の根本に関わる問題でしょう。
資本主義社会で「歯車」にされてしまった労働者たちが、自分たちが生産の主体であった古き良き時代を取り戻そうとしたのが社会主義運動であったとすれば、それをストレートに体現する労働運動が労働者自主管理であることは確かです。
それは、「歯車」であることを受け入れる代わりにそれ以上の要求をはねつけ、自分たちの領域を確保することをめざした労働組合主義とは対極にあります。
そして、日本型メンバーシップモデルには、戦前の人格要求や終戦直後の生産管理闘争に見られるように、「歯車」であることに満足せず、会社のメンバーとして生産の主体たらんとした労働者たちの希求が込められているという意味において、皮肉ではなしに「労働者自主管理」に近い性格があるのですね。
そして、そういう労働者自主管理がある方向に定向進化すると、「自律」に「やりがい」を上乗せした「やりがい搾取」が瀰漫するというのも、まさに福祉の世界によく見られる通りであるわけで。
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ご紹介いただきありがとうございました。
坂倉さんには大変失礼いたしました。お詫び申し上げます。
こちらのエントリへの坂倉さんのツイートで
> 実は「公務員のやりがい」は内容的には蛇足で削って良かったとこなんですが、論争のきっかけにと敢えて残したところなんです。
https://twitter.com/magazine_posse/status/220003868216528898
> 『POSSE』の熊沢誠さん論文で、「階級的ものとり主義」への批判について私は賛成なのですが、その対案が「自主管理的労働運動」ときたとき、私は熊沢さんの『リストラとワークシェアリング』を思い出し、やや物足りなさを感じたのは事実です。
https://twitter.com/magazine_posse/status/220005207227113473
とのことでしたので、問題意識としては私と共有されているように感じました。「公務員のやりがい」を残していただいたことで、まさに議論のきっかけになりましたし。
坂倉さんが「物足りなさ」を感じた点として考えられるのは、熊沢先生の「自主管理的労働運動」の問題点として、『POSSEvol.15』の特集タイトルである「橋下改革」への批判であるにも関わらず、橋下市長も熊沢先生も公務労働者を行政を体現する存在として捉えている点にあると思います。橋下市長の「公務労働者は特別権力関係に服従すべき」というような言動を批判しようとしても、同じ「メンバーシップ」的な日本の雇用慣行の土俵の上で対抗してしまうと、かえって橋下市長の言動を支持することになりかねません。というか、熊沢先生のインタビューはかなりの程度そうなっていると感じました。
個人的には、公務労働者は(実態として)雇用契約の一方の当事者にすぎないという点を指摘する必要があると思うものの、現行の地公法は雇用ではなく任用と言い張っていますし、日本型のメンバーシップ的労働が広く受け入れられている現状では、それもまた難しい選択肢ではあります。
投稿: マシナリ | 2012年7月 4日 (水) 08時27分