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2012年7月 5日 (木)

当たり前の政治が欲しい@dongfang99

dongfang99さんが「当たり前の政治が欲しい」という痛切な文章を書かれています。

http://d.hatena.ne.jp/dongfang99/20120703

現在、「増税」をめぐって政界再編が起きようとしている。民主主義の政治において重要なのは適切な争点の設定であるが、まさに「増税」ほど不適切な争点はなく、日本の政局の混乱および政治(という以上に民主主義への)不信、政策の停滞の元凶であると断言してよい。

社会保障はもちろんのこと、景気や財政の話ですら重要性がなくなってしまい、「国民は我慢して増税を受け入れるべき」か、それとも「増税の前に政治家・官僚が身を切るべき」かという、・・・誰が我慢すべきかという不毛な精神論の問題になってしまう。

社会保障問題で増税に賛成している人や、デフレ脱却への関心で増税に反対している人は、まずは足もとの政治勢力や世論をじっくりと眺めるべきだろう。そうした「増税/反増税」という一点では共有している勢力や世論の声が、自分の関心とあまりに隔たっているということはすぐに理解できるはずであり、ゆえに「増税」をめぐる政策論争や政局がそもそも不毛なものでしかない、ということもただちに認識し、そうした不毛な政局から撤退しなければならない。

まあ、それが分かるような人であれば、はじめから政局に熱中するなどという愚かなことはしていないのでしょうけどね。

財務系の学者や政治家が緊縮増税を訴えるのは不愉快だが仕方ないとして、問題は反対する側が、彼らのつくった土俵に安易に乗っかって「反増税」で応酬してしまったことで、需要喚起・脱デフレや社会保障の機能強化という「反緊縮」の問題が争点から消えてしまったことである。政治において敗北というのは勢力の多寡で負けるということではなく、自分が選択すべき争点が消えてしまうことである。たとえ少数派だとしても、「反緊縮」を訴える足場がしっかりあることが重要であるにも関わらず、「反増税」論者は「デフレ下の増税は税収を減らす」という(当然論戦にかけては百戦錬磨の財務系の人も織り込み済みであろう)批判ばかりにかまけてしまうことで、その足場を自ら解体してしまった*1。

緊縮や反緊縮という以前に増税阻止が重要なんだという人がいるかもしれないが、それは全面的に間違っていると考える。そういう増税政局への加担が増税阻止すら実現できず(よしんばできたところで泥沼の道でしかなく)、かえって「増税派」を政治的に結束させ、増税派・反増税派ともに緊縮財政派の一人勝ち状態になってしまっていることは、既に現実が証明していることである。

まさに「りふれは」諸氏の最大の貢献というのは、「増税してお金を使おう」というごく普通のソーシャルな発想の入る余地を議論の場から抹殺することによって「緊縮財政派の一人勝ち」を実現させてしまった点にあるのでしょう。

dongfang99さん自身は、もはや絶望の中で、

これまでも、増税を政治の争点にすべきではなく、需要創出に関心を持つ人たち(社会保障論者を含む)が金融、公債、税などの手段を超えて政治的に連携すべきと主張してきたのだが、ほとんど理解・共感されたことはない。また泥沼にはまって無駄な時間を費やしていくいくだけなので、もうこれ以上は禁欲してこの話題は二度と書かないことにしたい。

と言われていますが、その思いを理解できる人々がいないのであれば仕方がないのでしょう。

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