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2012年7月 7日 (土)

リフレ派学者の方々の財政disにネットリフレ派がついていけないという現象

ネタですが、思わず吹き出しました。

http://twitter.com/sankakutyuu/status/221175893048045568

リフレ派学者の方々の財政disにネットリフレ派がついていけないという現象が消費税法案可決以降わりと鮮明になってますね。

http://twitter.com/yukoba1967/status/221206380055506944

リフレ派学者のみなさま、需給ギャップ広げちゃいかん、ってことで消費税増税反対してたのかと思ったのだが、どうもなにか違うようなのだな。

http://twitter.com/yukoba1967/status/221206579515629570

増税するとデフレギャップが大きくなる、と言ってたのに、財政拡大しても効果はない、むしろ緊縮すべし、というその理屈が、まったくもって理解できない。

http://twitter.com/yukoba1967/status/221207141502042112

しかもここにきて、財政いくない!の理由として、公共事業依存体質になってしまう、みたいなことまで言っておる。なかなかのシバキ上げ風味だ。

http://twitter.com/yukoba1967/status/221208426624196608

なんか「財政に依存」=癒着だ甘えだ不公平だ歪みだ 的な、でそこをとても大きな問題と捉える価値意識が前面に出てきているように見える。

http://twitter.com/yukoba1967/status/221208679230357504

どうせ価値意識にまみれるのなら、失業、貧困を減らすことが最優先、を前面に出していただきたい。歪んでも削るよりはマシ、とは思えんのかな。

だから、「りふれは」は最大のシバキ派だと、ずっと前から言い続けてきておるわけですが・・・。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_b2d6.html(構造改革ってなあに?)

ただ、このコメントからすると、いままでリフレ派は国民生活のことを考えてシバキを批判しているからと、あえて批判を抑制していたのは無意味であったということになりますね。それはそれでよくわかりました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-be58.html(松尾匡『不況は人災です』)

もともと社会党系である松尾さんが気にするのは、本来完全雇用を求めるべき左派がシバキ主義に走ってしまうことであるわけですが、それと裏腹の関係にあるのが、まさにシバキ主義むき出しの政治的志向をもつ人々が、なぜか金融政策においてのみ「りふれ」を掲げることによって、あたかも「りふれは」というのは片っ端から仕分けして公共サービスをことごとく叩き潰せと喚き散らす脱藩官僚(脱力官僚)率いる人々のことであると、良識ある多くの国民が考えるようになっているという実態があるわけです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-5b02.html(「りふれは」はシバキ派)

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コメント

流動性トラップに対するケインジアンの伝統的な
対処は、財政出動であって、
インフレターゲティングや
通貨安政策は、マネタリズムの考えですから
シバキ論者とリフレ派学者が相性がいいのはみとめます。

ただ、ここで見落としてはならないのは、「リフレに反対する人」
の中には、リフレ政策や通貨安政策で、競争力のない
製造業を温存するようなことをすれば
「産業構造の転換が遅れる」んだぁ
とのたまう、究極のシバキ論者がたくさんいたことを見落としてはならないということです、池田信夫氏などもその一人ですが、池田氏が例外ではなく、当時のマスコミの論調をみれば
そういう人が特にメディアにたくさんいたことがわかるはずです。
当時、リフレ派の野口旭氏が、そういう主張の毎日新聞の社説子を批判しておりましたが、まさに当時の毎日新聞、朝日新聞などの左派メディアこそ、そういう究極のシバキ論者の巣窟でした。
財政出動を「逆コース」と考え、産業構造の抜本的な転換を主張するのは共通しておりますが
リフレ派は、「金融政策で痛みを軽減すれば構造改革に対する抵抗も薄れるだろう」
反リフレ派は
「どんどんシバキあげろ。余計な金融政策は構造改革を遅らせるだけ」です。
どっちのほうがひどい考えだとお考えですかね?

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