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2012年6月14日 (木)

エグゼンプトとノンエグゼンプトをごっちゃにする人材コンサル氏

ブロゴスの3若トリオ鼎談はいろんなところに反響を呼んでいるみたいで、人材コンサルの城繁幸氏がこういうコメントをしているのですが、

http://jyoshige.livedoor.biz/archives/5594729.html(ホワイトカラーの地力をつけたければ、ブラック企業云々は気にするな(メルマガ))

BLOGOSでこんな鼎談記事を見つけた。
簡単に言うと「ブラック企業をぶっ飛ばせ」的な威勢の良い記事だ。
労働法に関する知識や、何よりこういう気合は持っておいた方がいいという点で異存はないが、一つ、とても重要なことを付け加えておこうと思う。

それは「ホワイトカラーとして地力をつけたければ、ブラック企業かどうかなんて気にするな」ということだ。

あちゃー、というか、「気がついたら城繁幸氏が同じことを言うてました」ってこともあるけど、一般的にはそうではないということを改めて確認しました。

そもそも、世界的に見ればホワイトカラーは自己責任で自立的に働く職種だ。
大雑把にいえば、これだけの職務に対して年俸はいくらで、後は自由に働いて、というスタイルだ。労基法とはもともと工場で働くブルーカラー向けの法律であり、それをホワイトカラーにまで適用してきた日本が異常なのだ。
だから、どんな大企業でも半ば公然と労基法破りが行われてきたし、これから先、グローバル化が進む中で、さらに日本企業のブラック度は増すだろう。

まさか、同じオフィスワーカーでも、エグゼンプト(米)、マネジリアル(英)、カードル(仏)と呼ばれるエリート層と、そうじゃないノンエリート層をひとまとめにして、「世界的に見ればホワイトカラーは自己責任で自立的に働く職種」だなんていう超粗雑なことを言う人材コンサルがいるとは思わなかった・・・、って、いやこの人なら言うかもと思ってましたけどね。

いうまでもなく、ブルーカラーでも、ノンエグゼンプトのホワイトカラーでも、基本はジョブ型なので、その限り(過剰な義務も過剰な保障もないので)別にブラックではない。

逆に、エグゼンプトはその名の通り高い処遇と引き替えの適用除外だから、その限りでやはりブラックじゃない。

他国ならノンエグゼンプトになるような人々を疑似エグゼンプト化していることが、(さまざまなメリットとともにその裏側で)さまざまな問題-まさにブラック企業など-を産み出しているということも、今まで述べてきたとおり。

そういう冷静な分析を抜きにして、「だから、どんな大企業でも半ば公然と労基法破りが行われてきたし、これから先、グローバル化が進む中で、さらに日本企業のブラック度は増すだろう」とか言えてしまうこの人は、やはり人材コンサルとしてどうなんだろうか・・・と思わざるを得ないわけです。

海老原さんの本に顔を出しているんだから、その議論は分かっているはずなんですが。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-5790.html(週末を犠牲にしてでも取り組みたい仕事)

・・・ということがまったく分かっていない「人事コンサル」氏がいるから困るんだけどな。

http://www.j-cast.com/kaisha/2012/05/08131329.html

日本と諸外国の働き方の違いを簡単に説明すると、会社が責任を持ってきっちり管理するのが日本、個人がある程度の裁量を持って自己管理するのが他国、というくくりになる。

日本の場合は、労働者は裁量を放棄する代わりに、企業が(終身雇用も含めて)きっちり労務管理をするというのが建前となっている。でも、現実にはそれはとても難しい。

まったく逆であってね。

雇用契約のジョブ・デスクリプションに書いてあること「だけ」を、きちんとやり「さえ」すれば、それ以上余計な「何で自分で考えて仕事をしない?言われたことだけやってればいいと思っているのか?」などと、労働者に対する台詞とは思えないようなことを言われる心配がないのが、欧米のジョブ型の働き方であり、

「会社の仕事は全てお前の仕事と心得よ」とばかり、ある意味で「裁量性」の高い仕事をやらされるのが日本のメンバーシップ型の働き方なんだが。

「個人がある程度の裁量を持って自己管理する」なんてのは、まさにエグゼンプトやカードルといったエリート労働者の話。普通のそんじょそこらのノンエリート労働者はいうまでもなく「労働者は裁量を放棄する代わりに」余計な責任を負わされない。

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コメント

>労基法とはもともと工場で働くブルーカラー向けの法律であり、それをホワイトカラーにまで適用してきた日本が異常なのだ。

なるほどなるほど。

してみると、「新書」という出版形態は、もともと学識豊かなその道の専門家による、一般啓蒙を目的として確立されたものであり、城氏程度の人間(おっと失礼!)が次々に新書を出せている現在の出版状況は明らかに異常であって、どうしても正されるべきですね。

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