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皮肉も極まってるよ、ホント

jura03さんの、やや諦念の混じったつぶやきですが、

http://d.hatena.ne.jp/jura03/20120623/p1

ある正義をブチ上げてそれに前のめりになっておかしくなっていくのはおおよそどの政治運動でも似たようなもんで、今の脱原発反原発運動はもうそうなっちゃってんでしょうがね(「今の」としているのは、真面目に取り組んできてこられた立派な人もおられるに相違ないからね)。

もちろん、リフレ派も同じようになってしまっていて、「リフレ論」そのものが正義になって、だから日銀や財務官僚を叩いてりゃいいんだみたいな話に乗れるわけだけど、ところがですね。

ところが、元来はリフレ論そのものはいわゆる「シバキアゲ」とされるようなものとは反対のはずであって、そういう正義で発狂する、みたいなものと対極にあるもののはずだった。そのへんは、銅鑼衣紋さんが書いておられたのでこの点に関しては理解できる。

21: ドラエモン  2009/06/03(Wed) 23:22 ID:FVI/6pSxncJq  [ va4qsJNk0c ]

つうかねぇ、リフレ政策を構造改革やら清算主義などが猖獗を極める中で提唱した理由は、感情やイデオロギーによって盲目になることへの警告だったわけよ。もし政治的に成功することそれ自体が至上命題なら、変な政策が軒並み失敗して万策尽きてしまい、国民が塗炭の苦しみにのたうつまで待てばよいのであって、なにも不人気なことを言うことはないでしょう。
それなのに、今度は自分の主張を通すため人を盲目にするのではねぇ。

皮肉なことにそれに気がつかない人が結構いて、脱原発派に渋い顔をしながら、リフレは違うと信じている人だっているんだよ・・・

皮肉も極まってるよ、ホント。

まあ、皮肉も極まっている、というのはその通りですが、しかし人類の歴史なんて、「正義で発狂する」「感情やイデオロギーによって盲目になることへの警告」で始まったはずの理性的な思想が、いつのまにかミイラ取りが大ミイラになって、「正義をブチ上げてそれに前のめりになっておかしくなっていく」ことの繰り返しだったと言えないこともないわけで。

いかなる思想にせよ、自省能力を欠いた人々の手に落ちた瞬間から、そういう劣化(ご本人たちからすれば「純化」)が進行していくわけです。おおこわ。

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