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2012年6月

鈴木和雄『接客サービスの労働過程論』

9784275009678鈴木和雄さんから大著『接客サービスの労働過程論』(お茶の水書房)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.ochanomizushobo.co.jp/cgi-bin/menu.cgi?ISBN=978-4-275-00967-8

従来の生産労働を中心とした労働過程とはいちじるしく異なる相貌を呈している接客サービス労働過程が提起する諸問題を、接客労働の3極関係、感情労働、労働移転という3つの主題にそくして理論的に考察する。

実は、本ブログで以前、鈴木さんの「接客労働の3極関係」という論文を取り上げたことがあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-a900.html(顧客が第2のボスになる)

何にせよ、「お客様は神様でございます」の世界で、「お客様が第2のボスにな」ってしまったら、ボスが神様というこの世で最も恐ろしい事態が現出してしまうわけですから、日本のサービス業がブラック企業だらけになるのもむべなるかな、でしょうか。

これが本書の第1部の冒頭に来ています。

読みながら考えたのは、もともと英語で雇用契約は「コントラクト・オブ・サービス」だったことです。だから、サービスをする側がサーバントで、サービスを受ける側がマスターで、二つ合わせて「主従法」(マスター・アンド・サーバント・アクト)という不平等な関係の法律だったわけですね。

それが19世紀終わりのイギリスでようやく使用者・労働者法(エンプロイヤー・アンド・ワークメン・アクト)になった、というのは労働法の歴史に必ず出てくる話ですが、でもエンプロイヤーとの関係ではもはやサーバントじゃなくなった労働者も、サービスの顧客との関係ではやはり言葉の正確な意味でサービスする人=「サーバント」であるわけで、サービス経済化が再びサーバントを呼び起こしてしまったということになるのでしょうか。

いやもちろん、それにしても顧客はサーバントに対するマスターではないのですから、その言うことを何でも聴かなければならないわけではない。

と考えて、スカイマーク航空のように

http://npn.co.jp/article/detail/57107549/

(1)お客様のお荷物はお客様の責任において収納をお願いします。客室乗務員は収納の援助をいたしません。

(2)お客様に対しては従来の航空会社の客室乗務員のような丁寧な言葉使いを当社客室乗務員に義務付けておりません。客室乗務員の裁量に任せております。安全管理のために時には厳しい口調で注意をすることもあります。

(3)客室乗務員のメイクやヘアスタイルやネイルアート等に関しては、『自由』にしております。

(4)客室乗務員の服装については会社支給のポロシャツまたはウインドブレイカーの着用だけを義務付けており、それ以外は『自由』にしております。

(5)客室乗務員の私語等について苦情をいただくことがありますが、客室乗務員は保安要員として搭乗勤務に就いており接客は補助的なものと位置付けております。お客様に直接関わりのない苦情についてはお受けいたしかねます。

(6)幼児の泣き声等に関する苦情は一切受け付けません。航空機とは密封された空間でさまざまなお客様が乗っている乗り物であることをご理解の上でご搭乗頂きますようお願いします。

(7)地上係員の説明と異なる内容のことをお願いすることがありますが、そのような場合には客室乗務員の指示に従っていただきます。

(8)機内での苦情は一切受け付けません。ご理解いただけないお客様には定時運航順守のため退出いただきます。ご不満のあるお客様は『スカイマークお客様相談センター』あるいは『消費生活センター』等に連絡されますようにお願いいたします。

てなことを言うと、サーバントの分際で何を言うか、と非難囂々となるわけです。

いやなんでここに客室乗務員が出てくるかというと、本書の第2部、ホックシールドの感情労働を取り上げたところでその実例として出てくるのがまさにその客室乗務員だからなんですね。

日本でホックシールドの感情労働が取り上げられるときにはだいたい医療福祉関係のケア労働が中心ですが、これらは必ずしも会社の命令でと言うわけでなくむしろかなりの程度プロフェッションとしての自己統制に属するのに対して、客室乗務員の「スマイル」は、まさに商品としての(メイド・)サーバントなので、より本質的であるわけです。


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ノマドと社畜

ゴムホース大學さんが「ノマドと社畜という双子の言葉」というエントリを書いていますが、

http://d.hatena.ne.jp/Lacan2205126/20120626/1340698653

おそらく生き方の『自由』を象徴しているであろう『ノマド』に対する憧れと、サラリーマンが感じる閉塞感は反比例の形で互いに相関しているのかもしれない。ノマドと社畜は表裏一体の意味で深く有機的に繋がっている気がする。

確かに、常見陽平さんが

http://twitter.com/yoheitsunemi/status/218714100560171008

今週、再確認したことは、ノマド礼賛論者、ノマドオピニオンリーダーは、まったく、雇用・労働を、わかっていないということだ。ばーかばーか。自分を一般化するな、バカ。若者を路頭に迷わせるな、バカ。経歴詐称するな、バカ。まあ、本当に食いっぱぐれないノマド術はそのうち俺が教えてやろう、バカ

とまで罵らなければならないくらい、愚劣なノマド礼讃が蔓延る根本の理由は、それが「社畜」の対照点に浮かび上がる幻想だからなのでしょう。

とはいえ、それを自由と閉塞という二値論理で捉えてしまっては、事態の本質を捉え損ないます。

610445ここはやはり日本的「社畜」の存立構造をきちんと考える必要があります。そのために、藤本篤志さんの「社畜のススメ」について以前書いたエントリを引用しておきます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-b130.html(社畜とフツーの労働者の間)

題名は売らんかなですが、中身は(ある部分までは)極めてまっとう。

ただし、根本的なところに勘違いがあるので、そのまっとうさが大変歪んだ形で現れてしまうという致命的な問題があります。

藤本さんがサラリーマンの4大タブーと呼ぶのは次の4つです。

個性を大切にしろ

自分らしく生きろ

自分で考えろ

会社の歯車になるな

こんなメッセージに惑わされてはいけないといいます。

まったくその通り。雇用される労働者になろうとする者にとっては。

世界中どこでも、雇用契約とは、指揮命令下で労働を提供するということは、組織の歯車になるということです。

単なる歯車として、約束しただけの労働を提供する。それ以上は知らない。歯車は歯車であって、脳髄ではないのですから。

それがいやなら、自営業者になるか、雇用契約であっても極めて裁量性の高いエグゼンプト、つまりエリート労働者になるか、であって、世界中どこでも、フツーの労働者ってのは、そういうものです。

多分日本の「正社員」を除いて。

そう、藤本さんの致命的な勘違いというのは、欧米の労働者はみんな個性的に自分らしく働いているけれども、日本はみじめな社畜であると思いこんでいるらしいところなのです。

逆です。

単なる歯車であることを社畜というのであれば、日本の正社員ほど社畜から遠い存在はないでしょう。

なぜなら、単なる歯車であることを許されないから。一労働者であるのに、管理者のように、経営者のように考え、行動することを求められるから。

そして、それこそが、単なる歯車であることを許されないからこそ、別の意味での「社畜」性が必然となるのです。

藤本さんの致命的な勘違い。それは、これだけさんざんに歯車になれといいながら、24時間戦う人間を賛美したり、ワークライフバランスを貶したりすることです。

世界中どこでも、単なる歯車は24時間戦ったりしません。それは経営者やエリート労働者の仕事です。歯車は歯車らしく、歯車としての責任を、それだけを果たす。

世界中どこでも、経営者やエリート労働者は猛烈なワーカホリックです。ワークライフバランスなんてのは、歯車の歯車のための概念です。

そういう非歯車性を歯車たる労働者に要求するという点に、日本語の「社畜」という言葉の複雑怪奇なニュアンスが込められているのでしょう。

藤本さんが4大タブーという間違ったメッセージを、世界中でおそらく唯一日本においてのみ、歯車たるべきフツーの労働者に対して伝え続けてきたのには、それなりの理由があるということでしょう。

藤本さんの考えとはまったく逆に、「4大タブーが日本人の気質に合わないから」ではなく、その伝える非歯車性を要求してきたから。歯車でありつつ、その歯車であることに文句を言わずに、しかも歯車ではないかのように考え行動する歯車であるという高度に微妙なバランスの上に成り立っているから。

歯車であれというメッセージと歯車にとどまるなというダブルバインドを見事にこなしてこそ、日本的正社員なのでしょう。

その帰結が、藤本さん自身に示されているような、歯車であれといいつつ、24時間働けと口走ってしまう人なのではないかと思います。

エリートでもなければノンエリートでもない「24時間働く歯車」という矛盾した存在であることを要求されることへの反発が、やはりエリートでもなければノンエリートでもない「のまど」という空中楼閣への幻想に燃料を補給しているのだとすると、確かに両者には共犯関係がありますね。

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上西さんの授業でハロワの解説

上西充子さんの授業にハローワークの職員とPOSSEのスタッフが来たとのことで、上西さんが連続ツイートで前者を紹介しています。

ハロワ求人と民間就職支援サイトがどこがどう違うのかについて、詳しく説明されていて、大変ためになりますので、こちらで自主トゲ。

http://twitter.com/mu0283/status/218514469339410432

昨日6/28、授業にハローワーク(以下ハロワ)職員の方とPOSSEスタッフの方を迎え、ハロワ求人の見方のポイントとハローワーク活用法をうかがった。以下とりあえず25連投。話の内容そのままではなく、私が解説を随時補っています。

http://twitter.com/mu0283/status/218514512783998976

ハロワ1:まず大学生向けのハローワーク求人サイトは「大卒等就職情報WEBサービス」 (google で「大卒」「ハローワーク」と入れれば見つかる)。閲覧だけなら登録しなくても見られるが、「クラブ会員」になるとエントリーができる。

http://twitter.com/mu0283/status/218514563191152640

ハロワ2:クラブ会員になるには承認手続きが必要であるため、1日ほど時間がかかる。以下の求人票の見方を読むには、上記サイトの「求人情報の検索」から、何でもいいので求人票を1つ開いてみてほしい。

http://twitter.com/mu0283/status/218514602831511553

ハロワ3:求人の対象として「学生」を、そして例えば希望勤務地と関心のある業種を選んで検索してみる。一覧が出るのでどれか求人を選んで「求人番号」をクリックし、開いた画面からさらにもう一度「求人番号」をクリックすると求人票が開く。

http://twitter.com/mu0283/status/218514658439598080

ハロワ4:以下、ハロワ求人票の見方。冒頭に、この求人票がどの学歴の者を対象としているかが記載してある。あまり対象が広い場合は「誰でもいい」ということなので、なぜそうなのか、考えてみる必要がある。

http://twitter.com/mu0283/status/218514697383706624

ハロワ5:会社情報が簡潔に記載されているので、詳しくはその会社のホームページを自分で調べてみる。会社HPに採用情報が詳しく書かれている場合もあるので、それも自分で調べてみる。求人票1枚だけで判断しないことが大事。

http://twitter.com/mu0283/status/218514738223644672

ハロワ6:雇用形態にはもちろん注意。求人数は「会社の情報」の従業員数と比べてみる。求人数が多いと「内定が出そう」と思いがちだが、従業員数に比べて求人数が多い会社は、離職者が多いために多めに募集している場合があるので、注意が必要。

http://twitter.com/mu0283/status/218514770612068352

ハロワ7:「仕事の内容」欄と「職種」を合わせて読む。「仕事の内容」欄は、書ける字数は少ないが、学生が最も注目する欄のため、詳しく学生にわかりやすく書いてほしいと依頼している。会社HPの採用情報と併せて読むのがおすすめ。

http://twitter.com/mu0283/status/218514828271173632

ハロワ8:「労働条件等」基本給の他、いろいろな手当が記載されている。項目の内容と額をよく確認。(ちなみに民間就職支援サイトだと「〇〇手当」と記載はあっても額はわからない。「手当」の額は手取り額の結構大きな違いになる)

http://twitter.com/mu0283/status/218514875905867776

ハロワ9:(以下、民間就職支援サイトだと、というのは、当然ならがすべてのサイトのすべての求人についてそうだ、というわけではなく、大まかな傾向として、です。)

http://twitter.com/mu0283/status/218514915210698752

ハロワ10:(以下にも関係しますが、ハロワ求人は手当額、前年度賞与実績、育児休業取得実績など、「額」「実績」を書かせる形式になっていることに要注目(ただし賞与実績などは空欄の場合も)。民間就職支援サイトの採用情報は実績を書かせる形式になっていない。)

http://twitter.com/mu0283/status/218514954230308865

ハロワ11:通勤手当には上限(月5万円とか、10万円とか)が記載されていることもあるので確認。マイカー通勤が可か不可かも。(民間就職支援サイトだと「通勤手当」と書かれていても上限額は確認できない。)

http://twitter.com/mu0283/status/218514997427453952

ハロワ12:賞与(ボーナス)欄には賞与の有無と、ある場合の新規学卒者の前年度実績が記されている(これも、民間就職支援サイトだと「賞与年2回」といった記載のみで、実績額は確認できない)。

http://twitter.com/mu0283/status/218515049503920128

ハロワ13:実績は「〇月分」と記載される。給与が基本給以外にも分かれている場合、賞与の計算にはどこまでを含んでいるか、確認が必要。

http://twitter.com/mu0283/status/218515084207587329

ハロワ14:休日、有給休暇を確認。有給休暇は「入社時」「6か月経過後」「最大」のそれぞれについて、何日取得できるかが書かれている。

http://twitter.com/mu0283/status/218515143301152768

ハロワ15:「育児休業」「介護休業」「看護休業」について、取得「実績」の有無が書かれてあるので確認。制度があっても実質的に使えない、という企業もある。(民間就職支援サイトだと実績の有無は書かれていないことがたぶん、ほとんど)

http://twitter.com/mu0283/status/218515176159330305

ハロワ16:どの保険に加入しているか、退職金制度はあるか、入居可能な住宅はあるか、組合の有無、定年制・再雇用・勤務延長の有無。特に組合の有無は労働条件の確保・維持のために重要。(民間就職支援サイトだと、確認できない場合がたぶん、ほとんど)

http://twitter.com/mu0283/status/218515226121875456

ハロワ17:「補足事項・特記事項」欄。経験のない人、専門知識のない人にも研修制度があるので安心して応募を、と呼びかけている場合もあり、「安心できる」と受け取りがちだが、「釣り」である場合もある。「研修」という言葉だけで判断しない。

http://twitter.com/mu0283/status/218515270984155137

ハロワ18:ハロワ求人を自分で見てそのまま応募するのではなく、必ず窓口で相談してほしい。窓口職員が閲覧できるデータベースには求人を出した企業の過去の記録が蓄積されている。それをもとに、具体的なアドバイスができる。

http://twitter.com/mu0283/status/218515312105111552

ハロワ19:例えば頻繁に大量の求人を出している、新卒だけでなく中途採用求人も常に出している、といった企業は問題がある可能性。過去にトラブルが寄せられた求人なども注意喚起できる。求人票の見方もアドバイスできる。

http://twitter.com/mu0283/status/218515344908763138

ハロワ20:新卒支援に特化した「新卒応援ハローワーク」が各地にある(東京の場合、六本木から西新宿に移転) 予約相談もできるので、ぜひ足を運んでほしい。

http://twitter.com/mu0283/status/218515400978214913

ハロワ21:求人票を受け付ける段階で、問題のある求人はチェックする。特に新卒求人の場合は厳しくチェックしている。だが、虚偽の内容が含まれている場合のチェックは難しい。明らかに虚偽で、裁判で負けたといった場合は受付を拒否しているが、それ以外は難しい。

http://twitter.com/mu0283/status/218515447262363648

ハロワ22:だからこそ、窓口に来てほしい、と。

http://twitter.com/mu0283/status/218515499863121922

ハロワ23:(私見1:ハロワ求人だと組合の有無を含め労働条件が詳しくわかる、労働条件の「額」や「実績」がわかる、という点が民間就職支援サイトと違う利点だと上述した。民間就職支援サイトの場合、労働条件項目は簡素であり、「額」「実績」はほとんど確認できない。)

http://twitter.com/mu0283/status/218515540409462786

ハロワ24:(私見2:それに加えて、ハロワ求人だと、その求人の良し悪しについて、窓口で過去情報のデータベースを基にしたアドバイスが受けられる。民間就職支援サイトだと、「釣られやすいキャッチフレーズ」に釣られるがまま。面接では聞きづらい。)

http://twitter.com/mu0283/status/218515585460469760

ハロワ25:(私見3:だから、「新卒にハローワークなんて不要だ!民間就職支援サイトが十分に発達しており、わかりやすく学生に情報を提供している!」という論には、私は同意できないわけで)

以上で尽きていますが、敢えて余計なことを付け加えれば、ハローワークは世界の他の先進国と共通のジョブ型原則、すなわち資本主義社会の基本構造である労務と報酬の交換としての雇用契約という原則に素直に則って、淡々とやっているに過ぎません。

「民間ガー」諸氏が大好きな民間就職支援サイトは、そういう基本原則は外して、やりがいとか生き甲斐とか、腹の足しにならないような「釣り文句」が多いというのは、皮肉な話です。

労務と報酬の交換という本質を美しげな言葉で飾り立てるところほど、ブラックの可能性が高そうですし。

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萱野稔人編『ベーシックインカムは究極の社会保障か』

4906708501 萱野稔人編『ベーシックインカムは究極の社会保障か』(堀之内出版)をお送りいただきました。

既にPOSSE関係者がしきりにつぶやいているように、これは『POSSE』8号の特集「マジでベーシックインカム」に若干の論文を付け加えた本です。

加わっているのはいたくらじゃない坂倉さんの概観と、佐々木隆治、斎藤幸平両氏によるやや(いやとても)哲学的な考察です。

哲学的すぎて、私がコメントするレベルを超えていますが、最後の斎藤さんの紹介するドイツの海賊党がベーカムを掲げているという話は、もう少し詳しくその文脈を知りたい気がします。

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社会にはびこるブラック企業@『オルタ』7・8月号

Alter2012_78『オルタ』7・8月号が出たようです。まだわたくしの手元に届いていませんが、アジア太平洋資料センターのサイトにアップされています。

http://www.parc-jp.org/alter/2012/alter_2012_7-8.html

特集は「社会にはびこるブラック企業」。

「ブラック企業」という言葉がインターネット上で流行し、さらには映画まで公開されてからというもの、「ブラック企業」という存在は社会的にも広く認知され、社会問題として認識されるようになった。

しかしながら、ブラック企業の数や、その搾取の対象となってしまっている若者の数が目立って減っている傾向はなく、今もなお多くの企業が労働を搾取する経営体制を続けている。

これは必ずしも経営者個々人の問題だけではなく、経済の仕組み、あるいは国内法や社会状況などがブラック企業の発生を助長させている背景があるのではないだろうか?

本特集では「ブラック企業」の実態に光を当てつつ、それを生み出す社会・経済の仕組みを明らかにし、それを変えるための行動を模索する。

ということで、こういう記事が載っているようです。

  • 経営の倫理は市場競争の論理を超えられるか?/田端博邦
  • ブラック企業をなくすためには何をすべきか?/対談:河添誠×須田光照
  • ブラック企業から若者を守るために/川村遼平
  • 日本型ブラック企業はどのように生み出されたのか?/濱口桂一郎

なかなか面白い取り合わせではないでしょうか。

わたくしの文章は、かつて『POSSE』で萱野稔人さんと対談したときに喋った中身を文章化したものです。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/alter1207.html

近年、「ブラック企業」という言葉が流行っている。昔から労働者を酷使して、使い潰すような企業はあった。産業革命のころのイギリスでも、明治時代の日本でも、当時の本や政府の報告書を見ると、そんな事例が山のようにある。しかし、最近、ブラック企業が問題になっているのは、これとは性格が違う。

どこが違うか。一番明確なのは、いまの日本にしろ、どの先進国もそうだが、産業革命から100年以上たって、きちんと労働者を守る仕組みは確立していることだ。少なくとも法制的には、労働者を酷使して使い潰すなどという無茶はできないことになっている。

なのに、なぜブラック企業がまかり通ってしまうかといえば、いまの若者たちは労働者の権利を知らないからというのが、よく言われる説明だ。だから若者たちに、自分たちにはどんな権利があるか、きちんと教えなければいけない、労働法教育が必要だと言われる。実をいえば、筆者も関わって厚生労働省で労働法教育の研究会を始め、議論したこともある。若者が労働者の権利を知らないが故にこうなってしまっている。だからきちんと労働者の権利を知らしめていこう。そういう報告書も出されている。しかし、問題はそう単純ではない。 ・・・

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滝田誠一郎『300年企業目指すソフトバンクの組織・人事戦略』

2566_m滝田誠一郎『300年企業目指すソフトバンクの組織・人事戦略』を労務行政よりお送りいただきました。

http://www.rosei.jp/products/detail.php?item_no=2563

孫正義は何を発明したか? たった1つ挙げるならば、チップではなく、ソフトではなく、ハードでもなくて、300年間成長し続けるかもしれない組織構造を発明した。会社を、グループを、息絶えない、進化し続ける、そういうグループ構造を発明した。(孫正義:『ソフトバンク新30年ビジョン発表会』)

本書では、孫社長が唯一発明したと自ら語る“300年間成長し続けるかもしれない組織構造”の秘密を解明するために、ソフトバンクの組織、人事、教育、福利厚生などを徹底研究!

目次は次の通りですが

第1章   ビジョン―これからの経営戦略
第2章   人事組織―急成長を支える人事部門
第3章   等級制度―根幹をなすミッショングレード制度
第4章   評価制度―ミッショングレード制度を支える三つの評価
第5章   組織―快進撃を支える自立・分散・協調型の戦略的シナジーグループ
第6章   後継者育成1―孫正義バージョン2・0をつくる
第7章   後継者育成2―ソフトバンクアカデミアの講義内容
第8章   採用―独自の思想・仕組みを打ち出す新卒採用
特別インタビュー 前代未聞の採用計画請負人 ― 小宮謙一
第9章   教育・研修1―強さの秘密は人材育成にあり
第10章  教育・研修2―独自のモバイル・ラーニング環境 ― e!Campus
第11章  福利厚生―働きがいを支え、充実した育児支援、健康・安全体制
特別インタビュー 世界で一番大変な組織・人事制度づくりに挑戦した男 ― 青野史寛
第12章  新規事業提案制度―イノベンチャー精神でさらなる高みを目指す

面白いのは、本書でインタビューの対象になっている小宮氏と青野氏がいずれもリクルート出身社ということです。2004年に社員数1800人だったソフトバンクが3000人の新卒採用を打ち出した時にそれを請け負った方ですが、そういうとんでもないことをやるのはリクルートの人に、ということなんでしょうか。


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非正規労働者と労使コミュニケーション@『月刊社労士』

『月刊社労士』6月号が来ました。わたくしの連載の3回目は「非正規労働者と労使コミュニケーション」です。

大変コントロバーシャルな問題に対して、あえて乱暴なまでにざっくりと斬り込んでいます。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/sharoushi1206.html

今回は第1回の問題意識に立ち戻り、そのうちとりわけ非正規労働者問題と労使コミュニケーションというテーマについて論じたい。今日、労使コミュニケーションの重要性が最も強く感じられている分野の一つが非正規労働問題であるからである。

ここ数年来、非正規労働者の問題は労働法政策の中心的課題となっている。たとえば、処遇の低さについては既に2007年改正パートタイム労働法において、特定の正社員型パートタイマーについては差別禁止、それ以外については均衡処遇の努力義務という形で定式化され、それ以外の非正規労働者についても極めて曖昧模糊とした表現ながら2007年労働契約法において「均衡考慮」という規定が設けられた。また先日成立した改正労働者派遣法でも「均衡を考慮した待遇の確保」が規定され、さらに現在国会で審議中の労働契約法改正案でも、有期労働契約について「労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない」と規定されている。

一方、雇用の不安定さについては、上記労働契約法改正案において、通算契約期間が5年を超える労働者が無期契約の申込みをすれば、使用者はその申込みを承諾したものと見なすという形で、ある種の出口規制が設けられるとともに、最高裁の判例法理に基づき、有期労働契約が反復更新されて無期契約と「社会通念上同視できる」場合や「更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものと認められる」場合に、労働者からの更新の申出を使用者が拒絶すること(いわゆる「雇止め」)ができず、承諾したものと見なすという規定が設けられている。

こういった動向はもちろん注目すべきであるが、そこに欠落しているのは、集団的労使関係法制の枠組みの中で非正規労働者を正面から論ずる姿勢である。

1 日本の集団的労使関係法制の歪みと非正規労働者

集団的労使関係法制、すなわち労働組合法や労働関係調整法といった法制度は、六法全書を一瞥すれば分かるとおり、その対象を何ら正社員に限定してはいない。ところが、日本の労働組合のほとんど大部分はそのメンバーシップを正社員に限定し、非正規労働者を組合員として受け入れていない。実態としては、主婦パートや学生アルバイトが非正規労働者の主力であった時代には、彼らは正社員たるその夫や父親を通じて別の企業に帰属していたことが、その働く職場で労働組合に加入するインセンティブを持たせなかった大きな原因であったろう。

しかしながら、そのような労働組合の行動様式を容認してきた法思想的背景として、労働組合は結社の自由に基づく私的結社であり、公共的な責任を担うべき存在ではないという発想があったように思われる。その理論的根拠となってきたのは、憲法上の労働基本権が労働者個人の人権保障として理解され、集団的労使関係システムを通じた利害調整や政策形成といった参加的な仕組みとして捉えられてこなかったことであろう。このため、本来労働組合が産業民主主義の担い手として持つべきパブリックな性格は否定されてしまった。

極めて皮肉なことに、アカデミックな労働法学はこういう労働組合の私的結社性を批判するどころかむしろ推進してきた。それは、組合分裂等による複数組合現象に対して、少数派組合を擁護するという意図がなされたものであろうが、たった一人や二人の組合でも多数派組合とまったく平等に団結権、団体交渉権を行使する立派な労働組合だと論弁することによって、結果的に労働組合を個人の権利主張に集団的な衣装をまとわせるだけのものにしてしまった。そうすると、労働組合は自分の組合員のことだけに専念していればよいのであって、それ以上余計なことを考える必要はないことになる。産業民主主義ではなく、個人に立脚したリベラリズムが日本の集団的労使関係法制の指導理念になってしまったのである。

とはいえ、実態としての企業別組合の多くは、その組織内においては集団的な利害調整が中心であったし、そこでの指導理念はリベラリズムではなく民主主義であったことは確かである。労働法の教科書における労働組合像と実際の企業別組合の姿の乖離はこうして半世紀にわたって進んだ。

問題は、その企業別組合における民主主義は正社員組合員に限られたものであって、その外側に及ぶことがなかった点にある。本来の産業民主主義の理念からすれば、同じ職場に働く者を排除して何の疑問も持たない民主主義には問題が指摘されるはずであるが、リベラリズムに偏った労働法学からはそのような批判が行われることはほとんどなかった。団結権は労働者個人が有する権利なのであるから、その気になれば自分で組合を作って活動すればよいのであって、既存の企業別組合に入れてくれないなどと泣き言をいう必要はないという発想である。現実に立場の弱い非正規労働者がそのような権利を行使するだけの力があるかどうかという発想は見当たらない。

2 コミュニティユニオン型の非正規労働運動

このように既存の企業別組合が非正規労働者をその組織対象から排除し続けてきた中で、圧倒的大部分の非正規労働者はよるべき労働組合のないまま孤独に放置されてきたが、ごくまれながらまさに上記リベラルな労働法学の思想に合致する形で企業外部の労働組合に個人加盟してその権利主張を行う例が現れてきた。このような企業外部の労働組合は古典的には合同労組、近年の言い方ではコミュニティユニオンなどと呼ばれる。

近年の非正規労働者とりわけ派遣労働者をめぐる社会問題化の中で、派遣ユニオンなどをはじめとするこれらコミュニティユニオン型の非正規労働運動が大きな役割を果たしてきたことは否定できない。その戦略はどちらかというとマスコミ等をフルに活用して非正規労働者の就労実態に社会の関心を集めることに重点があったように見えるが、日常活動としてはむしろ個々の職場に発生する個別労使紛争を拾い上げて、労働組合法に基づき付与されている労働組合の権限をフルに活用することによって何らかの解決をもたらすという一種のNGO的役割を果たしている。

日本では企業別組合によってカバーされているのは大企業と一部の中堅企業が大部分で、中小零細企業は圧倒的大部分が未組織のままであるし、労働組合のある企業においてもそのメンバーシップは正社員に限られ、非正規労働者は自らの働く職場の労働組合に頼ることができない。このような状況下において、解雇や雇止め、労働条件の切り下げやいじめ・嫌がらせといった問題を抱える労働者が、企業外のコミュニティユニオンに駆け込み、その組合員になって使用者に団体交渉を申し入れると、複数組合平等主義に立つ現行法の下では、使用者はその団体交渉に応じなければならない。拒否すると不当労働行為として労働委員会から団交応諾命令が発せられる。

この形式的には集団的だが、実質的には個別的な「団体」交渉は、個別紛争を解決する上ではかなり有効に機能してきた。今や労働委員会に係属する事件の大部分はコミュニティユニオンがらみである。しかしながら、こうして集団的労使関係システムがもっぱら個別紛争解決手段として活用されればされるほど、その本来の存在意義であるはずの集団としての労働者の利害調整メカニズムという側面はその陰に隠れがちになる。リベラリズムの立場からすれば望ましいことかも知れないが、労働者を広くカバーする産業民主主義という理想からすれば、このような方向性には疑問を呈さざるを得ないであろう。

集団的労使関係システムを本来の産業民主主義の思想に基づくものに再構築することが、結果的に労働者の権利を奪うことになってはならない。このきわめてパラドクシカルな状況が、現代日本の集団的労使関係法制が置かれている状況なのである。

3 公的労働者代表機関としての労働組合

労働組合の私的結社性を今まで通り所与の前提としつつ、そこから排除される非正規労働者も含めた利害調整システムを構築しなければならないという問題意識を打ち出そうとすると、それは往々にして労働組合とは別建ての労働者代表機関を法的に義務づけるべきといった議論に向かいがちとなる。

ところが日本では賃金労働条件の基本的決定自体が個別企業レベルで行われる。労働組合が企業レベルで組織され、団体交渉も労働協約の締結もほとんどすべて個別企業レベルである。そのような(西欧の産業別組合と同じ機能を個別企業レベルで果たしている)企業別組合が同時に、西欧の労働者代表機関とほぼ同じ機能を同じく個別企業レベルで果たしているところに、この問題の難しさがある。企業別組合の役員をしている人の実感としては、日常的な組合活動の大部分は職場の問題解決や利害調整といった業務に費やされているのではなかろうか。そのことはなんら不思議ではない。西欧の労働者代表機関の役員もまったく同様である。異なるのは、日本ではそれを法的には私的結社でしかないことになっている労働組合役員が行っているという点なのである。

そのような日本において、「労働組合は組合員の利益しか考える必要のない私的結社に過ぎないのだから、それとは別に公的責任を担う労働者代表機関の設置を義務づけ、非正規労働者も含め職場で働くすべての労働者のためにさまざまな問題解決や利害調整に当たるべきである」と主張することは、その役割の大部分を非組合労働者代表機関に移行させることを意味する。その時、企業別組合のどれだけが生き残ることができるであろうか。私的結社に過ぎない労働組合の活動費は組合費で賄わなければならず、使用者からの経費援助は不当労働行為として禁止されているのに対して、非組合労働者代表機関はフルに使用者側の経費負担によって活動することができる。そういう状況下であえて高額の組合費を払って私的結社の一員であり続けようとする労働者が多数に上るとは想像しがたい。

それゆえわたしは、「現在の企業別組合をベースに正社員も非正規労働者もすべての労働者が加入する代表組織を構築していくこと」を、唯一の現実可能な選択肢として主張せざるを得ない。憲法上私的結社であるはずの労働組合を、そのまま職場のすべての労働者に責任を負う公的労働者代表機関にしてしまえという主張であり、未組織企業については労働組合の強制設立論である。これが論理的に破綻した主張であることを重々承知の上で、あえて「それに代わる現実的な処方箋があるのか?」と問いたい。戦後60年かけて作られてきた日本の現状を前提にしながら、しかしすべての労働者が集団的な枠組みの中できちんとその権利を保障されるようなあるべき仕組みを作らなければならないという、二律背反的なものを両立させようとすれば、矛盾に満ちた回答にならざるを得ないのである。

4 労働NGOとしてのコミュニティユニオンの再生

理論的な面はともかく、現実の企業別組合をそのまま公的な責任を担う労働者代表機関とすることに対する現実社会からの批判は、間違いなく上述のコミュニティユニオン型の非正規労働運動から噴出するはずである。なぜなら、それは彼らがまさに担っている社会的役割を剥奪するものに他ならないからだ。

その批判には聴くべき点があることは間違いない。しかしながら、そもそもこういったユニオン活動によって救われる非正規労働者はごくごくわずかなものに過ぎず、しかも労働者が主体的に企業外のユニオンに駆け込むことによって初めて事態が動き出すという意味において、まさに個人主義に立脚したリベラリズムをより一層強化してしまうことを考える必要がある。団結権は労働者個人が有する権利なのであるから、その気になれば企業外部のユニオンに駆け込んで活動すればよいのであって、既存の企業別組合が助けてくれないなどと泣き言をいう必要はない・・・というインプリケーションを否応なく含んでしまうのである。

これは、ある種の人権論的労働組合論に共通の性格であるが、「連帯を求めて孤立を恐れず」自らの権利を堂々と主張できるような自立した個人のすばらしさを唱い上げる余り、そこまでの「強さ」を持てず行動に踏み切れない心の弱い者に対しては自業自得的な冷たさがにじみ出るところがある。しかし、そもそも市民権的な結社の自由とは異なる労働者の団結権なるものに独自の意義があるとすれば、それは個人では怖くて行動できない「弱い連中」が「衆を恃んで」ようやく自分たちの権利利益を主張しうるというところにあるのではなかろうか。自分からわざわざ声を上げなくても、自分の利益を考えてくれる公的な労働者代表機関が職場にあるということの安心感の持つ意味は、自立した個人を自認する者が考えるよりも大きなものがあるはずである。

とはいえ、現にさまざまな形で活躍し、非正規労働者をはじめとする多くの寄る辺なき労働者たちにとって有効な救済手段となっているコミュニティユニオンの役割を失わせる結果にならないように、適切な措置をとる必要がある。わたしは、それはこれら団体をその現に果たしている役割を正面から認めて、労働NGOとして位置づけることではないかと考えている。その実態がむしろ公的支援にふさわしいパブリックな性格の人権擁護団体であることを考えれば、この二重にねじれた法制度と実態の関係を整理し直すことを考えても良いのではなかろうか。

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HRmicsパネルディスカッション実録(前)

去る5月23日に行われた海老原嗣生さんプロデュースのパネルディスカッションの実録の前編がリクルートエージェントのサイトにアップされています。

http://www.r-agent.co.jp/kyujin/knowhow/tatsujin/

パネリスト:
濱口桂一郎氏(独立行政法人 労働政策研究・研修機構 労使関係・労使コミュニケーション部門 統括研究員)
水町勇一郎氏(東京大学社会科学研究所 教授)
中澤二朗氏(新日鉄ソリューションズ株式会社 人事部 部長)
田中宏昌氏(日本電気株式会社 人事部 主任)

司会:
海老原嗣生(HRmics編集長)

という大変刺激的な面子でどういう議論が交わされたのか、是非リンク先をお読み下さい。

海老原さんの煽りに乗った私の発言から一部・・・

海老原 日本ではそもそも、能力が劣った人を辞めさせる指名解雇があまり行われないのはなぜなのか。

濱口 その問題は非常に根が深い。まず日本では解雇権濫用法理というものがあるようでない。要は中身が曖昧模糊としている。もっと不思議なのは「能力」という言葉の使われ方だ。日本企業における能力とは、本来の意味の職務遂行能力のことではなく、煎じ詰めれば、仕事に対するやる気や態度のことではないか。

海老原 日本企業はもともと職務採用ではないから、その人に合う仕事を見つける義務が人事にはあり、能力不足を理由になかなか人を辞めさせることはできない。

濱口 入り口、つまり採用場面で、綿密なスクリーニングを実施し、自社の風土に合った人だけを採用するのが人事の重要な役割となるわけだが、企業規模が大きくなればなるほど、一定の割合で不適合者が増えるのは仕方ない。といっても、解雇となると、事を荒立ててしまうので、何とか辛抱して雇い続け、60歳の定年を機にお引き取りいただく、というやり方で乗り切ってきた。ところが高年齢者雇用安定法の改正案が国会に提出され、「希望者全員の65歳までの継続雇用が義務づけられる」ことになり、企業が慌てている、というのが今だ。

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日経新聞に最低賃金についてコメント

そういえば、一昨日の日経新聞に最低賃金の審議が始まるという記事が出て、そこに私のコメントも載っています。

・・・逆転現象を放置すれば低所得者の働く意欲を低下させ、生活保護の受給者が増える可能性がある・「過去5年で解消は大きく進んだが、北海道などの経済低迷が全体の解消を遅らせている」(労働政策研究・研修機構の浜口桂一郎統括研究員)・・・

政治の大混乱の中であんまり目立たないテーマですが、こうしてちゃんと取材して記事にされることは重要です。

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官庁訪問開始日

さて、毎週水曜日2限は、東京大学公共政策大学院で「労働法政策」を講義する時間なのですが、今日はやたらに出席者が少ない・・・。

と思ったら、

http://www.jinji.go.jp/saiyo/24_sougou_kantyouhoumon.pdf(総合職試験受験者の官庁訪問について)

官庁訪問は、総合職試験の最終合格発表日の翌々日である6月27日(水)の午前8時30分の開始となります。
官庁訪問の受付(予約を含む)も6月27日(水)午前8時30分からとなります。
官庁訪問では採用面接が行われます。各府省等は、官庁訪問を通じて訪問者が各府省等にとって適した人材であるかどうか、行政に対する意欲がどの程度であるかなどを評価し、採用者を人選します。内々定を得るためには、積極的に各府省等を訪問してください。

と言われたら、そりゃあ初日には、こんな講義はほっといて官庁訪問に行くよなあ。

http://www.pp.u-tokyo.ac.jp/courses/2012/5121080.htm

ちなみに、本日の講義はメインの職業生活と家庭生活の両立と、おまけに人権擁護法案について。おまけの後者について結構談論風発しました。

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黒川滋さんのほんとうの正論

黒川滋さんが、「社会保障と税の一体改革の採決にあたって」というエントリで、今までも語ってこられたことをまとめています。

こういう時期であるからこそ、こういう本当の意味でまっとうな正論を、是非とも熟読玩味していただきたいと思います。

http://kurokawashigeru.air-nifty.com/blog/2012/06/post-6651.html

〈増税の是非について・根源的な課題〉

・日本政府の財政状況は厳しく、30兆円程度の基礎的収支マイナスが存在し、未来のための新しい政策をやろうとすれば、増税を回避することはできないと受け止めています。

・社会保障分野については、従来、非効率な経済が内包してきた地域共同体、家族共同体に依存して解決してきたものが、そうしたものがいよいよ解体されて、西欧先進国並みに社会の力で解決せざるを得ない段階に入りつつある。したがって国民に不幸を強要しない限り、しっかりとした財政が必要だと考えています。

・私は社会民主主義者なので、人々が元気になれる政府の給付はしっかり整備し、生まれた環境が悪かったり、社会的なリスクに直面しても、努力できる社会にすべきだと思っています。そのために必要な財源はきちんと国民に負担を求めるべきだと考えています。

〈増税の使途と景気について〉

・社会保障の充実、特に介護や保育、医療、教育など国民生活に対​する現物給付に関わる財源確保のための増税は景気とは関係なく、あすにでも必要だと​いう立場です。いつも財源でぶちあたり、セーフティーネットをはりめぐらせることは失敗に終わり、むしろ底​割れを起こす改革が行われています。宮本太郎北海道大学教授の認識と同じです。

質の高い社会保障、社会保障を支えるチープレイバーの解消と支える​人材確保の課題などを解決していくためには、財源確保は不可避です。またそうした財源は不況時でも一定確保できる消費​税がベターだと思っています。この増税は政府が吸収することなく​雇用増と低賃金にあえぐ社会保障関係労働者の賃金改善にまわり、消費性向が上がり、景気には中立どころかプラスに影響するでしょう。

・財政再建のための増税はいつか必要ですが、今のような不況時、デフレ時に​やってはならないと考えています。集められた現金は金融機関に回​収されて、投機資金になるだけで、実体経済との乖離がひどくなっ​て、これではデフレが悪化します。

・年金財源のための増税も、今はやってはならないと思っています。年金は積立金というバッ​ファを通じて給付に回るので、年金のための増税を行えば積立金の運用を通じて​投資資金となってしまいます。そのことは投機のための市場を過熱​させ、やはり財政再建の増税同様にデフレ経済を悪化させます。社会保障のための増税と​いうときに注意すべき点です。

〈増税の税目について〉

・所得税の累進強化については、考え方を保留します。所得を得る​労力や社会的効果の割に、税率が低め設定されているキャピタルゲ​イン、利子、配当金課税については総合課税など強化する方向が必​要です。

・相続税については、文化財保存などの理由を除けば増税が必要で​す。

・法人税については、国際比較もあり、国際的に法人税のダンピン​グ競争をまず止める協定をすべきだと思います。その上で、長時間​労働のために長時間保育が必要になっていたり、マンション乱開発​して福祉ニーズを広げたり、財産権を楯に企業がやりちらかした結果としての社会に負荷に対する公正負担を求めていく考え方が必要である​と思います。今の時代のように株主価値が重視され、内部留保を蓄積することが美徳とされている状況のもと、企業の活動の後始末を社会が行っていることについて、所得税と消費税を中心に処理することは限界があると思っています。

・現物サービスの社会保障財源として消費税は景気に影響されにくくもっとも良質な財源です。

・年金への財政支出のために行う増税には、所得に比例する給付になるので、逆に所得税を充当するのが好ましいのではないかと考えています。

〈消費税の逆進性について・技術的な課題〉

・消費税の逆進性について、目くじらを立てるような問題ではないのではないかと思っています。むしろ、学校給食費、国民年金保険料、国民健康保険の人数割、住民税の人数割課税、公的社会保障を利用したときの利用料、産婦人科や助産院での出産料など、消費税以上に問題のある負担はあると思いますし、個人住民税などは一律10%なので消費税同様の逆進性がありますが、問題になりません。

・消費税の逆進性を指摘する際、食料品が話題になりますが、日本では金持ちはそれに比例した食費をかけているという論もあります。

・社会保障の利用料関係や、社会保障の整備不全による私費負担のサービス、たとえば出産料や認可外保育所の保育料などの負担は改善され、それだけで逆進性の解消につながります。そういう部分に手厚く改革の財源を盛っていくことができれば、逆進性の問題をはるかに上回る効果が出ます。

・軽減税率には反対です。流通業者に多大な事務負担をかけることとがあります。特にコンピューター化されたこの社会でそのソフトやマスター入れ替えのコストは莫大なものになります。また、軽減税率の対象となる品目についても、肥料や農機具など工業製品であったり輸送費であったり包材費であったりして、そこは消費税を負担することになるので、差益の部分だけが軽減されるだけで、実際には最終の価格には大して効果がありません。

・どうしても逆進性解消が必要ということであれば、所得税の基礎控除を拡大したり、もっと低所得者に恩恵を与えるのであれば税額控除などを行うことが最も社会に負荷のかけないやり方だと思います。

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とってもれりばんす

去る5月24日の第3回雇用政策研究会の議事録がアップされているので、ちょっと覗いてみたら、なかなか興味深いお話がてんこ盛りでした。

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002dpu8.html

前半は三菱商事株式会社の人事部長さんがグローバル人材について語っていますが、とりわけどういう学生を求めているかというと、

本日は、大学の関係者の皆さんがいらっしゃるので、7頁を少し詳しく説明したいと思います。MC人材とヘッダーに書いてありますが、これは三菱コーポレーションの略です。要は、三菱商事の人材に求められる基本的な資質で、6年ぐらい前に定義をし直したものです。漢字で信・知・力と書いてあります。いちばん上の矢印に「世界に通用する人間としての高い倫理観」、その横に「入社前から、人物としての素地が必須」と書いてあります。「更に、ビジネス経験を経て深めていく」と。ここに小さい字で品性、誠実さ、哲学、謙虚さ、知的好奇心、フィジカル・タフネス、メンタル・タフネスという辺りが、まさに信の部分の要素を構成する表現かと思っています。一方、知の部分は、ビジネスをやっていますので、単に売り買いではなく、いろいろな専門的な知見並びに企画あるいはマネジメントを勉強してもらえるポテンシャルがあるかです。その中に、語学も入ってくるという整理です。必須科目と書いてある右下ですが、三菱商事では実はこの信と力を結構重視しています。忍耐力、相手への共感、ビジョン、巻き込み、変化への適応力、最後はエグゼキューションと英語では言いますが、最後までやり抜き結果を出すといった部分の要素を持っている人間が、基本的な資質として必要だと言っているものです。

 実は、右上に信・知・力に応じて採用・教育・実践経験ということで、◎、○、△を付けています。つまり、入社前からどうしてもこの要素は素養として持っていてほしいという意味で、信と力に◎が書いてあります。一方知は、教育を経て◎ということで、あとからでも修得が可能であると。したがって、新卒で求めている部分はこのような信と力のポテンシャルの高い人間ということを、採用の面接員に対してこういうところをよく見てくださいというようなことを言って、ガイダンスをしているのが実情です。この辺りが関係するかなと思い、少し説明をしました。

で、これをめぐる委員との会話が、

○佐藤委員 7頁の右上の採用の「知」のところで、先ほど大学の教育をどう考えるかで、クラブ活動の話や、大学時代の挫折などの経験をどういうように乗り越えてきたかというお話がありました。地頭のところで、1つは大学では極端にいえば勉強しなくていいよと、いろいろ経験積めばというのか、もう1つ、勉強しなさいといったときに2つあって、1つはどういう専門をではなくて、例えば哲学でもいいですが、自分の頭で考えられるというようなことをやってくれば、哲学であろうが経済学であろうがというのと、もう1つは経営学をきちんと勉強してとか、勉強もやはりうちの事業に結びついた勉強を大学でしろと。たぶん、もっとあるのかもしれませんが、地頭で言ったときにどれが近いのですか。

○藤田人事部長 実態は、例えば経済学部、法学部、早稲田でいえば政経、商、この学部の学生さんたちでも9割ぐらいでしょうね。ですので、正直言えば成績は良いに越したことはないです。ただ、ここに少し書いてありますが、基本的には専門知識は会社に入って学ぶという整理にしていますので、そういうものに耐えられる地頭という意味ですから、ある程度知的訓練を経ているという意味で言うと、きちんと勉強してもらっていたほうがいいに越したことはありません。

○佐藤委員 きちんと勉強しているというのは、大学なので、Aがいくつというのではなく、やはり自分の頭になれるような人材を採りたいということがあるのかどうかでね。

○藤田人事部長 それは、例えば課題がどこにあるかというWhatを構築できる能力で、Howがその次にくると言われますが、問題・課題の論点を整理したり、いろいろな多角的な方向から解決策を考えていく知力が、正直言えば私どもにとってはすごく欲しい部分です。それから、ベースの知見としては、マクロの経済や世の中の動向については、ある程度知っておいて欲しいと思います。

○樋口座長 私も体育会の部長をやっていまして、毎年お世話になっているのですが、スター選手だから行くということよりは、むしろそういったものを育てる縁の下の力持ち、あるいはそれを戦略としてチーム全体を動かすような、ただ本人は必ずしもプレーするとは限らないというのが、どうも入っているのかなという印象を持っていますが、いかがでしょうか。

○藤田人事部長 全部が全部そうではありませんが、よくクラブでいう主務という人ですよね。折衝、渉外、先輩、OB、後輩、いろいろな面倒をみて、ある種の仕事を進めていくのが、学生時代の経験として、我々から見ると会社に入っての仕事のやり方に非常に近い部分があります。その中で、本人もいろいろな所で叩かれて磨かれていますから、スタープレーヤーよりはそちらのほうがチャーミングに見えるというのは、現実だと思います。必ずしも、全部が全部そうだということではありません。正直に言うと、そういう人間が多いです。ゼミでいうと、ゼミ幹、クラブでいうと主務とか多いです。

と。

これはもちろん、ずっと上の方のクラスの大学を想定しているのでしょうけど、このあとずっと後の方で、森永卓郎さんが、大学で教えてもいる立場から、なかなか深い発言をされています。

○森永委員 直接の話ではないかもしれませんが、私の経験をお話すると、私は大学で7年前から正教員として教えるようになったのですが、すごく大きなショックを受けたのは、ゼミ生でものすごく勉強のできる学生がいて、成績もAばかりで、学内でベスト10に入るぐらいの子だったのですが、就職が全くできないのです。あちこち行って落ちてくるのです。

 その一方で、チャラチャラしていてあまり勉強していないのだけれども、要領のいい子が次々に内定を取ってくる事実を見て、これは何かと思って、それ以降ゼミのあり方をガラッと変えて、2年生から4年生の春学期まで半期5回、2年半脳みその筋肉トレーニングだけをやっているのです。学問をすべて捨てました。それこそKJ法から、発想のトレーニングから始まって、ディベートをやったりディスカッションをやったり、最近ではモノボケとか謎かけとか川柳とか、そういうものまでやって、どんなに難しいことを言われても1秒以内に100%対応できるという、脳みその瞬発力を養成するように変えたのです。数年前からこれが一通り一巡した学生が採用面接に行くと、面白いように通るのです。記念受験だと言った超が付く一流企業も、ポンポン内定を取ってきてしまうのです。私は良いことをしているとは思わなくて、必要悪としてやっているのですが、ただはっきりしていることは、少なくとも文系の大学生にとっては学問をきっちりやっても、少なくとも就職のときには全く役に立たないというのはたぶん間違いない事実で、逆にこれが効果があるというのは、ほかではほとんどやっていないのだろうと思うのです。これが総需要を拡大するかどうかという問題はあるのかもしれませんが、あまり遠回しなことをやるよりも、要領のいい学生を作ったほうがうまくいくし、もしかすると企業がほしがっている、三菱商事のコア人材みたいな人を除けば、9割の普通の人材にとって企業が求めているのは、要領のいい人材なのではないかという気がしています。

森永流「要領」術の極意「だけ」教えていればいいと・・・いうわけではもちろんないのでしょうけど。

(追記)

このエントリのタイトルは、「いやあ、これこそ今の企業が求める大学教育の職業レリバンスなんだよね」という若干の皮肉のつもりでつけたわけですが、それをストレートに言われました。

http://www5.big.or.jp/~seraph/zero/

森永卓郎先生の授業が要領の良さを鍛えるものなのかどうかは分かりませんが、企業が、コア人材以外の大多数で、要領の良い学生を求めているのは確かでしょう。法に触れない範囲で、要領良く受注を取ってこれるもの勝ちなので。人脈を活用して過去問を入手し楽々試験をクリア。サークルやバイトでリーダーシップを発揮した経験()を積み、恋愛を謳歌し、学生生活を楽しんでいる学生が求められているのは、それこそがまさに日本企業における業務遂行に直結する能力だからであって、皮肉でも何でもなく大学の「職業的レリバンス」なのでは。

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「困っていない人」を助け「困っている人」を助けない制度

9784130402552 宇沢弘文,橘木俊詔,内山勝久編『格差社会を越えて』(東大出版会)をお送りいただきました。ありがとうございます。

これは、表紙の一番上にあるように、日本政策投資銀行設備投資研究所の「Economic Affairs」というシリーズの10冊目です。

http://www.utp.or.jp/bd/978-4-13-040255-2.html

格差社会を巡る議論がはじまって10年.ますます深刻化する貧困者の数と社会保障の劣化を日本社会は克服できるのか.社会的共通資本の視点から,税,社会保障,金融,教育などの諸政策を提言する.東日本大震災,ならびに全米各都市や欧州における格差問題を背景とした抗議デモの影響についても言及.

ということで、目次は次の通りです。

はしがき(宇沢弘文・橘木俊詔・内山勝久)
プロローグ(宇沢弘文・内山勝久)
序 章 格差社会 何が進みつつあるのか(橘木俊詔)
第I部 貧富の格差
第1章 税・社会保障と格差社会(小塩隆士)
第2章 財政と格差問題(菊池英博)
第3章 格差問題と金融――マイクロファイナンスの可能性(花崎正晴)
第II部 階層の固定化
第4章 教育と格差社会(八木 匡)
第5章 中央・地方と格差社会(林 宜嗣)
第6章 環境と格差社会(内山勝久・細田裕子)
第III部 格差社会を越えて
第7章 格差社会の政治経済学(金子 勝)
第8章 「格差社会」を越えるヴィジョン――「三つの政府体系」のシナリオ(神野直彦)
補 論 市場原理主義とネオリベラリズムと格差社会(斎藤貴男)
エピローグ(橘木俊詔)

分析論文的なものと、エッセイ風のものとが混じっていますが、前者の代表として小塩さんの論文はタイトルからも時宜に適していますので、その最後のところをちょっと引用しておきますと、

・・・日本の所得再分配には公平性・効率性の両面から見て大きな問題がある。本章でも指摘したように、現行の税・社会保障制度は若年・中年層から高齢層に大規模な所得移転をもたらしている。その結果、社会全体のジニ係数が低下するという面も確かにあるが、高齢層、若年・中年層それぞれにおいて、貧困状態におかれている世帯が少なからず残っている。実際、ほかの先進国と比較しても、日本における高齢層の貧困問題やいわゆる「子どもの貧困」問題は深刻になっている。これは現行の再分配政策が公平性を十分に追求していないことを示しているだけでなく、再分配の規模は大きいのに成果を十分挙げていないという点で、効率性の面でも改善の余地が大きいことを物語っている。・・・

・・・現行の税・社会保障制度には、「困っていない人」を助け、「困っている人」を助けていない面もある。人口規模が縮小し、供給制約が強まる中で再分配政策の有効性を高めるためには、現行の仕組みを「困っている人を困っていない人が助ける」という制度本来の姿に戻す必要があるだろう。

エッセイ風の文章は後ろの方にありますが、こちらは特に引用しませんので、関心ある方は本屋さんでご覧下さい。

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労働審判の解決金は低すぎるのか?

『労基旬報』6月25日号に掲載した「労働審判の解決金は低すぎるのか?」です。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/roukijunpo120625.html

去る5月20日に関西学院大学において、日本労働法学会第123回大会が開かれた。さまざまな報告が行われたが、その中で筆者にも関わりがあったのがミニシンポジウムの一つ「労働審判制度の実態と課題」であった。これは、東京大学社会科学研究所の佐藤岩夫、水町勇一郎、高橋陽子らによる研究成果の報告であり、基本報告書自体はすでに昨年10月に公表されている。

当日の報告においては、雇用終了事案に関して、労働審判における解決金額や問題発生から解決までの期間について、裁判上の和解、労働局におけるあっせんと比較して分析がされた。裁判上の和解では解決金額は約300万円だが解決までの期間は15.6か月、労働審判では解決金額が約100万円で解決までの期間は6.4か月、労働局あっせんでは解決金額が17.5万円で、解決までの期間は2.4か月であった。このあっせんについてのデータは、筆者らによる労働政策研究・研修機構の研究によるものである。

さてこの報告に対して、労使各側の弁護士(宮里邦雄、中山慈夫)と研究者(野田進)からコメントがされたが、その中で宮里弁護士が労働審判の解決金の水準に対して低すぎると述べていたことが印象的であった。これは、労働側弁護士として裁判において解雇等の事案を扱っている立場としては当然の感想であろう。日本の判例法理では解雇について金銭解決は認められず、解雇が無効で雇用関係が継続していることを前提としてその間の未払賃金を支払わなくてはならないからである。場合によっては数年分に達するバックペイからすれば、労働審判の100万円というのが低すぎるように見えるのはよく理解できる。

しかし、世の中には膨大な費用と機会費用をかけて裁判闘争を敢行できる労働者ばかりいるわけではない。原則的に弁護士を要する労働審判すらコスト的に困難な労働者にとっては、労働局あっせんの10万円台が手の届く水準であって、労働審判の100万円は仰ぎ見るようなレベルであろう。そして、あっせん事案の分析を行ってきた立場からすると、そのような低水準の解決金すら確実なものではなく(合意に達するのは事案の3割)、むしろ使用者側の不参加率が4割に上る現状では、ゼロ円となる確率の方が高いということも強調しておきたい。

当欄でも何回か労働局あっせん制度について述べてきたが、裁判は言わずもがな、労働審判と比べても著しく低い解決金水準ではあるが、それなるがゆえに低コストで迅速な解決が可能となっているという面を意識しつつ、それが無駄に終わらないような仕組みを考えていくことが必要なのであろう。いろいろなことを考えさせられた学会であった。

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ギリシャ人は長時間労働なのに・・・

例によってクルーグマンが「犠牲者としてのギリシャ人」というコラムを書いています。道草さんの邦訳から・・・。

http://econdays.net/?p=6733

他方で,ギリシャについてよく耳にする話のなかには,たんに事実とちがうことも多い.ギリシャ人はべつに怠け者じゃない――その反対に,ヨーロッパのたいていの国民より長時間働いている.なにしろ,あのドイツ人より長時間労働なんだから.それに,ギリシャは歯止めのない福祉国家ってわけでもない.保守派の人らはよくそう主張するんだけどね.福祉国家の大きさを測るのには,社会的支出が GDP にしめる割合を標準的に使う.ギリシャの数字は,たとえばスウェーデンやドイツなんかよりも大幅に低い.そのスウェーデンやドイツは,欧州危機をこれまでかなりうまく切り抜けてきてるよね.

念のために、ギリシャ人がどれくらい長時間労働しているか、そしてEUの中でそれがどれくらいに位置するのかを確認しておきましょう。

2010年のEU労働条件改善財団の資料から

http://www.eurofound.europa.eu/docs/ewco/tn0803046s/tn0803046s.pdf(Comparative analysis of working time in the European Union)

5ページのグラフを引用しておきます。データは2006年ですが、縦軸は年間労働時間、横軸は1時間当たりのGDP。

Euworktime

EU全体として、時間当たり生産性が高い国ほど労働時間が短く、生産性が低い国ほど労働時間が長いという傾向があるわけですが(右下がり)、ギリシャ人(EL)はその傾向よりもずっと上に外れています。つまり、予測される値よりもずっと長時間労働しているんです。それに対して、下の方に外れている、つまり予測される値よりもずっと労働時間が短いのが、そのギリシャ人を怠け者とと罵っているドイツ人(DE)やオランダ人(NL)であるというのが、なかなか皮肉なところです。

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「ほっぷ すてっぷ」さんの拙著書評

112483久しぶりに、日経文庫の『日本の雇用と労働法』への書評です。「ほっぷ すてっぷ」さんというベトナムにお住まいの女性の方のブログから。

http://blog.goo.ne.jp/mreisende21/e/7212b7b2d5091c99a38f62aed6822cba

なぜ自分が仕事を辞めるに至ったのか、なぜベトナムでは職場における女性の割合がかなり高い(80%くらい)のか、なぜ映画『ガール』に出てくる女性たちはみな「頑張っているけどしんどい」状況なのか(私は見てませんが、夫が力説するのを聞く限り)・・・私の中ではかなりタイムリーなこういう疑問は、日本型雇用慣行に起因しているのではないか。この本を読んで、いろいろな線がつながった。知識を得るとともに、概念を整理してくれる本は非常に意義深いと思う。私憤が公憤につながった気がする。

このあと拙著の中身を簡単に説明して、ご自分の経験に戻られます。

・・・この流れの中で、自分にふりかかった禍を解いてみると、部門横断的な人事異動の不可解さ(→仕事やる気をなくす)、有無を言わさぬ地域移動(配偶者、家族での生活を犠牲に)というところがまず、いまだにナンセンスと思っている。就職時に、これらが前提で就職しているわけではあるけれど、はっきり言ってやる気ある人にとって、日本のほとんどの会社では「Yes」以外に答えは用意されていない。この不利益が、(地域限定的、ジョブ限定的な)派遣社員との賃金差を正当化させてしまっている歪んだ構図は、本当に腹立たしい。
特に、出産や育児でキャリアに息継ぎをいれなければいけない女性は、部門横断的な異動でキャリアを分断されたり、地域を動かされたりすることの不利益は非常に大きく、つねにこの不確定要素が人生プランを揺るがすと考えなければいけない。

「知識を得るとともに、概念を整理してくれる本は非常に意義深い」という言葉は、著者冥利に尽きる最大級の褒め言葉と思います。その言葉に恥じないよう精進したいと思います。


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最近どうもドイツ呆けしたらしく・・・

ドイツ在住の川口マーン惠美さんが、現代ビジネスに、「日本人はおとなし過ぎ、かつ、働きすぎ! もう少し自由に休暇が取れれば日本の景気はきっとよくなる!?」という長いタイトルの文章を書いていますが、その冒頭の日本に来ている長女とのやりとりが、実に面白く、やがて哀しく・・・。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/32831

学生の長女が半年の予定で東京にいる。ドイツの会社の日本法人でインターンをしているのだが、その彼女が「風邪を引いた」と電話をしてきた。「じゃあ、明日は会社を休んで、寝てなさい」と言う私に、「いやよ。そんなことをしたら、あと5日しかない有給休暇が減っちゃう」と不機嫌。

「だって、病気なんでしょ。なぜ有休を使わなければいけないの?」と私。すると、娘は一瞬の沈黙の後に、「ママ、日本ではそうなのよ!」と、ぶっちぎれた。「だから、皆、熱があって死にそうでも出勤するのよ。ママは何も知らないんだから!」

 それを聞いた私は、「ははー、外国人、しかもインターン生だから差別されているのだな」と考えたが、それは大きな間違いだった。

 そのあと、念のために日本の友人知人に問い合わせてみたら、「もちろん、病気の時は有休を使う」とか、「風邪で休むこと自体、なかなか言いにくい雰囲気がある」とか、「病休はそんなに軽くは取れない」とか、「有休を全部使った後で病気になったときは、欠勤として給料から差っ引かれた」とか、「風邪で堂々と病欠扱いにできるのは、一部上場の大会社とか、大手銀行だけじゃない?」とか、ドイツ人が聞いたら腰を抜かすような証言が多く得られたのである。

いや、腰を抜かすような証言、って、もしかして日本にいたときのことを忘れちゃった?

思い返せば、私も昔、「日本では歯医者に行くのにも有休を使う」というようなことを書いた覚えがある。ところが、最近どうもドイツ呆けしたらしく、すっかり忘れてしまっていた。今頃、半日本人の娘に指摘されるとは、面目丸つぶれだ。

まあ、母親の面目はともかく、ここに日本の労働社会の一つの特徴がよく現れていることだけは間違いないわけです。

(追記)

偶然ですが、水谷研次さんがやはり有休の話題を取り上げていますが、

http://53317837.at.webry.info/201206/article_25.html

CNNが「有給消化しない米国人が多数派に、人員削減で仕事量増大」とのニュースを5/21に報じていた。さて日本と比べるとどうだろう、との疑問が生じるかもしれないが、まったく「制度」と「環境」が違うことを書いてみたい。

知ってる人は知ってるとおり、そもそもアメリカの公正労働基準法には年次有給休暇なんてものはありません。有休は全て法定外福利であり、労働者にとっては法律上の権利ではないのです。

それに対して、日本の労働基準法はアメリカ以外の先進国と同様、有休付与は使用者の義務ということになっているはずなのですが、労働者が自らの権利を(もろもろの圧力にめげずに)あえて行使しない限り、義務を果たさなかったといって責められるわけではないために、事実上有休の権利がないアメリカと同様になっているわけですね。

このあたり、労働基準法上は物理的労働時間を規制しているはずなのに、実際にはアメリカの公正労働基準法と同様、残業代を払えと言う役割しか果たせなくなっていることとも共通した現象と言えるでしょう。

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反社会的勢力排除条項と雇用契約

今日は、経営法曹会議から機関誌『経営法曹』173号もお送りいただきました。

今号ではなんと言っても、今津幸子さんの「反社会的勢力排除条項と雇用契約」が興味深い論文です。

全国の都道府県で暴力団排除条例ができていますが、今津さんは代表的な東京都の条例を引きながら、雇用関係にどういう影響を及ぼすのかをわかりやすく解説しています。

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/sotai/image/jourei.pdf

まず利益供与行為の禁止(24条)ですが、

労働契約における賃金の支払いも都条例で禁止される「利益供与」に当たりうる

ので、少なくとも

労働者が暴力団員等であることを企業が知ってしまったにもかかわらず、その後も漫然と当該労働者と労働契約を継続し、その対価として賃金を支払うことは、・・・企業の対応としては採るべきではなく、企業は当該労働者との間の雇用契約を解消しなければならないと言えよう。

と述べています。

次に事業者の契約締結時における措置(18条)について、

労働契約も、事業者が締結する契約の1つであるから、都条例18条の適用を受けることとなる。よって、企業は、労働者と労働契約を締結する際には、労働者の属性確認を行うべきであるし、かつ、労働契約においても、都条例18条2項に定める特約として、労働者が暴力団関係者であることが判明した場合には、契約を解除できる、すなわち当該労働者を解雇できる旨の特約を必ず入れるべきである。

と述べています。

企業ができるもっとも現実的かつ有用な属性確認としては、今津さんは労働者採用時に誓約書を提出してもらうことだと言います。

とはいえ、実際に解雇できるかについては、さらに議論が必要です。

このあたりの議論はなかなか面白いので、是非実物をお読み下さい。

なお、労基法3条との関係について、今津さんはこう述べています。

なお、暴力団員等であることを理由とする解雇は「信条」や「社会的身分」による差別的取り扱いであるとして労働基準法3条に違反するかどうかも一応問題となる。・・・同条の「信条」とは特定の宗教的もしくは政治的信念をいい、「社会的身分」とは生来の身分をいい、・・・自己の意思によっては逃れることのできない社会的分類を指すと解されているため、暴力団員または暴力団関係者であることは同条の「社会的身分」には該当しないと考えられる。

とはいえ、

当該労働者が暴力団員や暴力団関係者であることの主張立証責任は使用者である企業側が負うこととなる。そして、前述したとおり、労働者の属性確認が容易ではないという現状において、当該労働者が暴力団員や暴力団関係者であることの立証は、とりわけ、当該労働者の勤務態度に特段の問題が生じていないような場合は、非常に困難である。・・・

という状況もあるようです。

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『ジュリスト』7月号でフジタ事件を評釈

L20120529307 本日、有斐閣から『ジュリスト』7月号が届きました。

http://www.yuhikaku.co.jp/jurist/detail/018646

昨年末来,交渉参加に向けた各国との協議が進むTPP。しかし多くの懸念材料から,TPP参加について,国論を二分する論争がつづいています。その中で,政治や経済の視点からの議論は多くなされてきていますが,それでは,法的には,どのような意味を持ち,どのような影響を及ぼすのでしょうか。今回の特集では,これまで必ずしも十分には議論されてきていない,TPPの持つ法的インパクトを,既存のEPA・FTA等を踏まえつつ,分析していただきました。参加是非や参加の在り方を考えるにあたり,これまでの議論に加え,本特集でTPPの法的側面をご考察ください。

ということで、特集は「TPPの法的インパクト」ですが、後ろの方にわたくしの判例評釈が載っておりますので、告知しておきます。

【特集】TPPの法的インパクト
◇目次……11
◇〔座談会〕法的観点からみたTPP●小寺 彰●佐久間総一郎●柳 赫秀●斎藤 誠……12
◇TPP 物品市場アクセス・原産地規則とその影響●梅島 修……29
◇TPP における知的財産条項●鈴木將文……36
◇TPP 協定交渉におけるサービス貿易の自由化●東條吉純……42
◇TPP における投資保護と投資自由化●玉田 大……48
◇TPP 時代の行政法学──政策基準の国際的平準化を手がかりとして●原田大樹……54


[TOP RUNNER]〔No.7〕
奥 正之 ……ⅱ

[会社法判例速報]
銀行からの借入れによる払込みと新株発行無効――東京地判平成24・2・16●弥永真生……2
[独禁法事例速報]
カルテル対象商品の販売経路に複数の違反行為者がある場合の課徴金納付命令の名宛人を示した事例――東京高判平成24・2・24●鈴木孝之……4
[知財判例速報]
チュッパチャプス事件控訴審――知財高判平成24・2・14●小泉直樹……6
[租税判例速報]
株式保有割合が25.9%の大会社が株式保有特定会社に該当しないとされた事例――東京地判平成24・3・2●佐藤英明……8

[連載・担保・執行・倒産の現在]〔第7回〕
動産売買と買主の倒産手続●小林信明……61
[連載・特許法のフロンティア]〔第7回〕
サポート要件●木村耕太郎……70

[霞が関インフォ]
消費者委員会-公共料金について(続報)――東京電力家庭用電気料金値上げ申請●河上正二……68
[海外法律実務便り]
「リーガル・ハブ」としてのシンガポール●小松岳志……76

[最高裁時の判例]
〔民事〕
◇光ファイバ通信サービスを行う事業者が,安価な方式を前提にユーザー料金の届出をしつつ実際は高価な方式を用い,自己の設備への接続料金につき実際の方式によるユーザー料金を上回る金額で認可を受けて他の事業者に提示した行為が,排除型私的独占に当たるとされた事例――最二小判平成22・12・17●岡田幸人……78
◇動産の購入代金を立替払し立替金債務の担保として当該動産の所有権を留保した者は,第三者の土地上に存在しその土地所有権の行使を妨害している当該動産について,その所有権が担保権の性質を有することを理由として撤去義務や不法行為責任を免れるか――最三小判平成21・3・10●柴田義明……88
〔刑事〕
◇証券取引法(平成18年法律第65号による改正前のもの)167条2項にいう「公開買付け等を行うことについての決定」の意義――最一小決平成23・6・6●西野吾一……91
◇航行中の航空機同士の異常接近事故について,便名を言い間違えて降下の管制指示をした実地訓練中の航空管制官及びこれを是正しなかった指導監督者である航空管制官の両名に業務上過失傷害罪が成立するとされた事例――最一小決平成22・10・26●西野吾一……94

[経済法判例研究会]
名古屋MKタクシーの運賃据置認可申請に係る仮の義務付け――名古屋地決平成22・11・8●友岡史仁……98
[商事判例研究]
◇農協監事の監視義務につき任務懈怠が認められた事例――最二小判平成21・11・27●本多正樹……102
◇傭船契約の解除が信義則上の義務に違反するとされた事例――小笠原テクノスーパーライナー事件――東京地判平成22・9・21●森田 果……106
◇地域団体商標の周知性要件――喜多方ラーメン地域団体商標事件――知財高判平成22・11・15●長谷川 遼……110
[労働判例研究]
◇経営不振を理由とする定年退職者の継続雇用拒否・更新拒絶――フジタ事件――大阪地判平成23・8・12●濱口桂一郎……114
◇長時間労働による従業員の突然死に対する取締役らの損害賠償責任――大庄ほか事件――京都地判平成22・5・25●木下潮音……118
[租税判例研究]
相続税法4条1項「信託行為」「受益者」の意味――名古屋地判平成23・3・24●本庄 資……122

わたくしの判例評釈は「経営不振を理由とする定年退職者の継続雇用拒否・更新拒絶-フジタ事件」です。

この事件、日本評論社から出ている『民事判例Ⅳ 2011年後期』において、経営法曹の伊藤昌毅さんが取り上げています。わたくしの評釈はある意味で、伊藤さんの評釈に対する批判にもなっております。ご関心の向きは、是非両者見比べながらお読みいただければと存じます。

なお、拙評釈は次号が出るまでHPにはアップいたしません。

今号には、わたくしのフジタ事件評釈とともに、木下潮音さんの大庄事件の評釈(長時間労働による従業員の突然死に対する取締役らの損害賠償責任)も載っています。こちらも重要な判例ですので是非お読み下さい。

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皮肉も極まってるよ、ホント

jura03さんの、やや諦念の混じったつぶやきですが、

http://d.hatena.ne.jp/jura03/20120623/p1

ある正義をブチ上げてそれに前のめりになっておかしくなっていくのはおおよそどの政治運動でも似たようなもんで、今の脱原発反原発運動はもうそうなっちゃってんでしょうがね(「今の」としているのは、真面目に取り組んできてこられた立派な人もおられるに相違ないからね)。

もちろん、リフレ派も同じようになってしまっていて、「リフレ論」そのものが正義になって、だから日銀や財務官僚を叩いてりゃいいんだみたいな話に乗れるわけだけど、ところがですね。

ところが、元来はリフレ論そのものはいわゆる「シバキアゲ」とされるようなものとは反対のはずであって、そういう正義で発狂する、みたいなものと対極にあるもののはずだった。そのへんは、銅鑼衣紋さんが書いておられたのでこの点に関しては理解できる。

21: ドラエモン  2009/06/03(Wed) 23:22 ID:FVI/6pSxncJq  [ va4qsJNk0c ]

つうかねぇ、リフレ政策を構造改革やら清算主義などが猖獗を極める中で提唱した理由は、感情やイデオロギーによって盲目になることへの警告だったわけよ。もし政治的に成功することそれ自体が至上命題なら、変な政策が軒並み失敗して万策尽きてしまい、国民が塗炭の苦しみにのたうつまで待てばよいのであって、なにも不人気なことを言うことはないでしょう。
それなのに、今度は自分の主張を通すため人を盲目にするのではねぇ。

皮肉なことにそれに気がつかない人が結構いて、脱原発派に渋い顔をしながら、リフレは違うと信じている人だっているんだよ・・・

皮肉も極まってるよ、ホント。

まあ、皮肉も極まっている、というのはその通りですが、しかし人類の歴史なんて、「正義で発狂する」「感情やイデオロギーによって盲目になることへの警告」で始まったはずの理性的な思想が、いつのまにかミイラ取りが大ミイラになって、「正義をブチ上げてそれに前のめりになっておかしくなっていく」ことの繰り返しだったと言えないこともないわけで。

いかなる思想にせよ、自省能力を欠いた人々の手に落ちた瞬間から、そういう劣化(ご本人たちからすれば「純化」)が進行していくわけです。おおこわ。

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ね? そう 思いません?て言われても・・・

特定社労士のsr-jinjinさんのブログに、私についてのこんなコメントが・・・。

http://sr-jinjin.blogspot.jp/2012/06/blog-post_20.html

まったく 話題は変わりますが、
濱口桂一郎先生の写真、どっかで 見たことがあるが、、、と気になっていたが、
このたび ようやく 判明。

_1_width579_2え?誰だって???

そう、 サッカー全日本代表の 岡崎選手だ。
ね? そう 思いません?

う~~~ん・・・。そうかなあ~~~・・・。

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人事院年次報告書に諸外国の公務労使関係の概要

人事院が先日公表した年次報告書に、第2部として公務員給与の決定過程 ~諸外国の実態と我が国の課題~が載っています。諸外国の公務労使関係の概要が分かりやすくまとめられています。

この分野、とかく思いこみばかりで語られがちな領域であるだけに、頭を冷やして冷静に議論する素材として、あらかじめ頭の向きが決まっている人以外の方に、一読をおすすめしておきます。

これは別に誰かを当てこすっているわけではありませんので念のため。

http://ssl.jinji.go.jp/hakusho/hakusho23/23_1-2.pdf

以下、各国の各節ごとの要約の部分をコピペ。

第1節 アメリカ

● 団結権は認められているが、連邦法規で定められる給与等は労使交渉の対象から除外されている。
● 争議行為は禁止されている。

(2)給与決定の仕組み及び基本原則
● 給与のうち、基本的な部分は、俸給と地域均衡給から成る。
● 給与改定について労使交渉は行われない。
● 俸給については改定率が法定されている。地域均衡給については大統領給与エージェントが大統領に勧告する。実際にはほとんどの場合、大統領が代替案を提出している。
● 過去数十年間、給与が引き下げられたことはない

2 連邦公務員の労使交渉の実態
● 勤務条件の内容はほとんど労使交渉の対象にならず、休暇の申請手続など手続的な事項が対象。予算・定員も対象外。
● 労使交渉は、各省の交渉単位ごとに行われる。投票により多数労働者の支持を得た労働組合が排他的な団体交渉権を得て交渉の席に着く。
● 給与等については労使交渉をしていない連邦政府でも、労使交渉や労働組合との関係の維持には相当の時間と労力をかけている。
● 労使交渉には高い専門性が必要であることから、各省では交渉担当者の人材育成に取り組んでいる。

参考 州政府における労使交渉の実態(ニューヨーク州の例)

● 給与、勤務時間など、主な勤務条件は全て交渉対象(年金を除く。)。予算、定員については交渉対象外。
● 全ての交渉単位について、担当の知事部局が労使交渉を行う。
● 使用者側にとって勤務条件の引下げを行うのは難しいが、レイオフの可能性を交渉材料にして給与凍結の合意を引き出したことがある。これまで給与の引下げ改定が行われたことはない。
● 合意に至った後、組合員の投票で承認が得られなければ再度交渉が必要。

第2節 イギリス

● 軍人及び警察官等を除いた国家公務員は、慣行として、団結権、協約締結権を含む団体交渉権及び争議権は認められている。刑務官については、個別法により争議権が否定されている。
● 国家公務員の給与決定過程は、上級公務員と一般職員とで異なっている。

(2)上級公務員の給与決定の仕組み及び基本原則
● 上級公務員については、労使交渉による給与決定は行われておらず、上級公務員給与審議会の勧告を経て決定している。
● 上級公務員給与審議会が上級公務員の給与について首相に勧告を行うに当たり、労働組合から意見や資料の提出を受けるほか、財務省は労働組合と意見交換を行う。
● 上級公務員の給与は、法律に定めはない。勧告を受けて、首相が決定。議会が関与することはない。
● 予算面においては、政府が人件費の枠を4か年の支出計画で決定している。
● 過去数十年間、給与の引下げが勧告されたことはない。

(3)一般職員の給与決定の仕組み及び基本原則
● 一般職員については、給与に関する権限が大幅に各省等に委譲され、各省等が独自にそれぞれの人件費予算に応じて給与制度を決定している。
● 一般職員の給与は、財務省の指示した方法に従って承認された給与歳出枠の範囲内で、各省等は、労働組合と等級ごとの俸給額の改定などの配分について交渉する。
● 合意した時には労働協約が締結され、その内容を各省等が通知・実施する。
● 労働組合と合意に至らない場合は、使用者側(各省等)が自らの案で決定し通知・実施する。
● 決定された事項は、同意に至らない労働組合の組合員及び非組合員にも同様に適用される。
● 一般職員の給与について、議会が関与することはない。
● 過去数十年間、給与が引き下げられたことはない。

2 一般職員の給与をめぐる労使交渉の実態
● 総人件費(予算)及び定員枠は交渉の対象ではない。
● 給与制度が各省等別に全国単位で決められているため、交渉も各省等別に中央で行われる。
● 給与交渉において、使用者側では部長~副部長クラスが、労働組合側では交渉担当役員を代表とする交渉担当者が交渉に当たる。大臣級が交渉に当たることはほとんどない。
● 各省等には複数の労働組合があるのが一般的である。交渉に当たっては、複数の労働組合が、同時に交渉の席に着く。
● 使用者側が、労働組合との合意なしに自ら給与改定を決定・実施する場合、労働組合側はストライキで対抗することもある。

第3節 ドイツ

● ドイツの公務員は、主として公権力の行使に携わる「官吏」と私法上の雇用関係にある「公務被用者」とに分けられる。
● 「官吏」は、団結権は保障されているものの、給与等は法定されるため協約締結権はなく、争議権も認められていない。
● 団体交渉を通じて賃金等を決定する「公務被用者」は、民間労働者と同様に、三権ともに保障されている。
● 職員代表制により、官吏・公務被用者共同で、法令及び賃金協約の定める勤務条件の官署における具体的な適用や、個別の人事処遇に関する使用者の意思決定過程に参画する。

(2)官吏の給与決定の仕組み及び基本原則
● 憲法の規定に基づき、忠誠義務を負う官吏の勤務条件は、官吏に対し扶養義務を負う使用者の責務として法令により一方的に定めるものとされており、官吏には協約締結権も争議権も認められていない。
● 連邦給与法改正に当たっては、労働組合がその法案作成段階で関与することが法定されている(連邦官吏法)。

(3)公務被用者の給与決定の仕組み及び基本原則
● 公務被用者は、団結権、協約締結権を含む団体交渉権、争議権を全て有しており、その賃金は、労使交渉を経て締結される労働協約により決定される。
● 連邦の公務被用者については、市町村の公務被用者と共同で、連邦内務大臣及び市町村代表(連邦財務大臣が同席)と労働組合との間で賃金交渉が行われる。

2 公務被用者の給与をめぐる労使交渉の実態
● 連邦公務被用者の賃金交渉は、市町村のそれと共同で、労働組合側代表:統一サービス産業労働組合委員長及びドイツ官吏同盟協約部門代表、使用者側代表:連邦内務大臣及び市町村使用者団体連合会議長が、当事者として出席して行われる。
● 労働協約は、給与のほか、勤務時間、休暇、雇用期間の設定・解雇等の勤務条件の枠組みについて定めているが、毎回の労使交渉の主たる対象事項は、手当を含む賃金の引上げ率である。
● 予算、定員は、労使交渉の対象ではない。
● 労働協約の効力は予算措置の有無に左右されないが、トップ会談の場を含め、財源に関する権限を持つ連邦財務大臣又は次官が労使交渉に同席することで、労働協約と予算との調整が図られている。
● 交渉不調の場合には、調停の手続に移行する。実際に調停手続に進む場合が多く、拘束力のない調停案を基に更なる交渉が重ねられることとなる。
● 少なくとも1990年代以降、賃金交渉の結果、連邦公務被用者の賃金水準が引き下げられたことはない。
● 近年、公務被用者の賃金交渉に際しては、大規模な警告ストライキが行われることが多くなっており、特に市町村公務被用者によるストライキのために、病院、ゴミ収集等の行
政サービスに関して、国民生活に直接的な影響が及んでいる。

3 職員代表制
● 職員代表制は、各官署における官吏・公務被用者共同の仕組み。
● 勤務条件の枠組みの中で各官署における具体的な勤務条件や人事処遇に関する事項を決定する際に勤務者の利益を代表する仕組みとして職員代表制が法定されている。
● 職員代表制における協議会の参画態様として、協議会の同意を必要とする「共同決定」と協議会の理解を求める手続を経るべき「協力」とが定められている。

第4節 フランス

● 団結権及び争議権が認められている。実際の争議は、抵抗権や表現の自由に関わる権利として、労使交渉と無関係に行われることも多い。
● 給与改定など一定の事項に係る労使交渉は認められているが、当局側に応諾義務はなく、協約締結権は認められていない。
● 労使交渉とは別に、個別の昇進や手当配分等に関する管理当局との協議に職員が参加する仕組みとして、職場協議会制度が設けられている。

(2)給与決定の仕組み及び基本原則
● 公務員給与は政令等により定められている。議会の関与はない。
● 予算面では、人件費は予算に計上され、給与に係る労使交渉には予算局の幹部が同席し、予算の枠内で労使交渉が行われている。

2 給与をめぐる労使交渉の実態
● 政府が給与改定を決定し、政令等の改正により実施する。
● 改定に先立つ労使交渉は認められているが、交渉で取り上げる事項や開始するか否かを決定する権限は当局が有する。数年にわたり給与改定の交渉自体が開始されず、政府の責任において改定決定が行われたこともある。
● 合意に達した場合は政府が作成した議定書に労働組合が署名する。ここ10年以上、給与水準について労使が合意に至った例はない。
● 労使交渉への参加及び合意(議定書署名)においては、2010年の法律改正により、各労働組合が職場を実質的にどれだけ代表しているかが問われる形に変更され、職場協議会とのつながりが制度上も一層強められた。
● 非組合員も含んだ職場協議会における投票で、多数の職員から支持を得た複数の労働組合が代表性を獲得し、同時に交渉の席に着く。
● 過去数十年間、給与の引下げは行われていない。

4 職場協議会制度
● 職場協議会制度を通じ、労働組合は、昇進や手当配分にまで関与する。
● 実際の運用において、「労使交渉」と「労使協議」の線引きは曖昧である。

で、以上をさらにこう要約しています。

● 4か国では、国家公務員の給与決定過程を国家公務員全体で一律に扱う国(アメリカ及びフランス)と国家公務員を二つに区分して扱う国(イギリス及びドイツ)がある。したがって、アメリカ、フランス、イギリスの上級公務員、イギリスの一般職員、ドイツの官吏及びドイツの公務被用者の6ケースに類型化できる。
● これらの国家公務員を給与決定過程の中で労使交渉が行われているか否かによって整理すると、①労使交渉によらず国が給与を決定しているアメリカ、イギリスの上級公務員及びドイツの官吏と、②給与決定に当たり争議権を前提に労使交渉を行っているイギリスの一般職員、ドイツの公務被用者及びフランスとに整理できる。
● ①の中でアメリカ及びドイツの官吏については、給与決定に関する事項を法定しており、協約締結権及び争議権が否定されている。他方、②の3ケースでは全てに争議権が付与されている。
● ドイツの公務被用者については、労使の合意がなければ給与改定を行うことできず、かつ、労働協約によりその水準も決定している。労使が交渉で合意することにより、労働協約は議会の同意を要することなく効力を持つ。
● イギリスの一般職員については、給与水準について政府が責任を持って決めるため労使交渉が行われず、その配分についても労使が交渉で合意しない場合には使用者側が自らの案で決定し、実施する。なお、合意した場合に締結する労働協約に法的拘束力はないのが一般的である。
● フランスについては、協約締結権が認められていない。労使が交渉で合意しない場合には使用者側が自らの案で決定し、実施する(合意した場合には法的拘束力のない議定書を結ぶが、合意に至ることはまれである。)。
● 各国ごとに労使交渉を行う勤務条件の内容、協約締結の範囲等が異なる。なお、4か国とも予算や定員は労使交渉の対象としていない。
● アメリカ及びフランスでは、労使交渉の当事者となる労働組合を職員の投票により決定している。
● 上記②の3ケースでは、複数の労働組合と交渉を行う際には、同一の場で行っている。
● ドイツ(官吏、公務被用者)及びフランスにおいては、使用者側と職員側が職場ごとに人事施策等について話し合う協議会が設けられ、労使交渉以外の方法によっても職員の関与が認められている。
● 4か国において過去数十年間、国家公務員の給与水準が引き下げられた例はない(注)。

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ソーシャルに目覚めた赤木智弘氏がリベサヨ全開の反原発デモに反発するのは当然である

赤木智弘氏が、反原発デモをひっぱたいていますが、

http://twitter.com/#!/T_akagi

反原発デモは、日本のエセ民主主義の発露だな。結局イデオロギーで叫んでさえいれば、気持ちいいんだね。

エネルギー問題は経済の問題である。経済を語らぬ反原発運動に価値はないし、経済問題を軽視するのであれば、それは貧困や格差問題を重視するものにとっては、当然批判の対象である。デモを報じろ、主張を取り上げろというなら、当然そうした批判にさらされる。そのくらいの覚悟はあるだろ?

僕は今回の反原発デモの高まりを「解決できる問題からの離脱」であると見ている。個別事例の細やかな検証から、イデオロギーへのバックラッシュであり、本質は生保叩きあたりと、なにも変わることはない。

さっきの報道ステーションを見ても、ひたすらら「再稼働やめろ」の声ばかりであり、貧困問題など、誰も論じてはいない。デモ参加者の個人的な意識など関係なく、デモでは「デモによって表現されたもの」がすべて。ランキンタクシーの歌詞や、遺影の扱いもそういうこと。

かつて、赤木氏の著書を、いささか揶揄的に評したこともある立場からすると、すっかりソーシャルになってリベサヨ感覚全開の反原発デモを批判する赤木氏の姿は、それはそれで頼もしく見えます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_2af2.html(赤木智弘氏の新著その2~リベサヨからソーシャルへ)

赤木さんはあとがきで、こう言います。

>ええ、わかっていますよ。自分が無茶なことを言っているのは。

>「カネくれ!」「仕事くれ!」ばっかりでいったい何なのかと。

それは全然無茶ではないのです。

そこがプチブル的リベサヨ「左派」のなごりなんでしょうね。「他人」のことを論じるのは無茶じゃないけど、自分の窮状を語るのは無茶だと無意識のうちに思っている。

逆なのです。

「カネくれ!」「仕事くれ!」こそが、もっともまっとうなソーシャルの原点なのです。

それをもっと正々堂々と主張すべきなのですよ。

無茶なのは、いやもっとはっきり言えば、卑しいのは、自分がもっといい目を見たいというなんら恥じることのない欲望を妙に恥じて、その埋め合わせに、安定労働者層を引きずりおろして自分と同じ様な不幸を味わわせたいなどと口走るところなのです。そういうことを言えば言うほど、「カネくれ!」「仕事くれ!」という正しい主張が伝わらなくなるのです。

(以下はネタです)

http://twitter.com/sankakutyuu/status/216338558007508992

何で金くれ仕事くれと正直に言わないのかと散々赤木に詰問した挙げ句ブロックされたのが俺です。

http://twitter.com/sankakutyuu/status/216338727541288960

まあ、わかってくれたならよかった(超上から目線)

http://twitter.com/sankakutyuu/status/216339777761460225

赤木はノンワーキングリッチから仕事を奪い去れるなら若者が幸福にならなくても良いって言ったのでクソ野郎だと思ってたんだけど反省したんですね(超上から目線)

http://twitter.com/sankakutyuu/status/216340678437908481

新著ではリベサヨ放棄した模様なので少しは心変わりしたんじゃないでしょうかね。

http://twitter.com/sankakutyuu/status/216341710484160512

つるんでた城繁幸のアホさに気づいてくれれば御の字です

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ゴードン『日本労使関係史1853-2010』の広告

Iwanamiいや別に岩波書店の回し者じゃないですけど、この本については広告といえども紹介しておきたいので。

http://www.iwanami.co.jp/topics/annai/annai.pdf

『岩波書店の新刊』という本屋さんにばさっと置いてある広告パンフに、来月刊行予定のアンドルー・ゴードン/二村一夫訳『日本労使関係史1853-2010』の紹介が載っています。

「日本型雇用システムの形成と変容の過程」というフレーズが右肩に置かれ、下の説明文に曰く、

1980年代に喧伝された日本型雇用システム(「終身雇用」「年功序列型賃金制」「企業福祉」「企業別労働組合」・・・)の形成と変容を、労働者、経営者、官僚の相互関係に注目して分析。近現代日本労使関係を描いた決定版。

と、まったくその通りなんですが、定価は8400円と、相当にお高くなっているようです。

ちなみに、私が流行らせた(らしい)「メンバーシップ」って言葉のもとがこの本だというのは、その道の人はみんな知っている。

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『日本の雇用終了』関連ツイート

112050118 引き続き、楠正憲さんのつぶやきから、拙著への言及へ

http://twitter.com/masanork/status/215945357379645440

つまり日本は雇用規制が厳しいのではなくて、市民の訴訟回避意識が強く、解雇権濫用法理が確立しているかのように運用されているので、役所や大企業で実質的に雇用が護られているだけであって実質的な保護水準はさほどでもなく、訴訟上等と開き直れば割と何でもできちゃうのかな

http://twitter.com/OliB0/status/215964236332007425

濱口桂一郎「日本の雇用終了」を読めば実態が見える。大企業もやりさえすれば通る(cf JAL

http://twitter.com/masanork/status/215967546141179904?tw_p=twt

JALは法的整理なので例としてどうかと思いますが、実際やってるところはやってますからね。入社時にルールを説明し合意を取っておくのが確実ですが

ここは楠さんの言うように、JALは極めて特殊事情の下の事例で、倒産法と労働法がガチで交錯した数少ない(大企業では唯一の)事例でしょう。

『日本の雇用終了』は、そういう華やかなアテンションプリーズ!な世界とは隔絶した、しかし日本社会の大部分を覆っている中小零細企業の一つ一つを見ればまことにみみっちい、しかし本人にとってはそれなりに重い事例をてんこ盛りにしておりますので、是非ご一読を。

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中労委で『日本の雇用終了』を報告

112050118本日、中央労働委員会の公労使の委員の先生方の前で、『日本の雇用終了』の内容を報告してきました。

質疑応答含めて1時間なので、45分で全部喋らなければいけないので、事例も適宜挟みながら喋るのは結構忙しかったです。

明日は、某研究会でやはり同じ内容を報告の予定。

ちなみにちょっと先ですが、

http://www.roudou-kk.co.jp/meeting/archives/2012reikai/005183.html

でも同書の内容をお話しいたします。

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武石恵美子編著『国際比較の視点から 日本のワーク・ライフ・バランスを考える 』

100597武石恵美子編著『国際比較の視点から 日本のワーク・ライフ・バランスを考える 』をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.minervashobo.co.jp/book/b100597.html

ワーク・ライフ・バランス(WLB)の実現には、企業組織における取り組みが重要である。しかし、その取組実態は、企業ごとにばらつきが見られ、定着の度合いにも大きな差が生じている。

本書では、日本におけるワークライフバランスと働き方の現状について実証的な分析を行う。そして、課題を整理するとともに、諸外国のWLBの現状や取組を考察しながら、今後の方向性について提案を行う。

こういうコンテンツですが、

序 章 ワーク・ライフ・バランス実現の課題と研究の視座(武石恵美子)
第Ⅰ部 日本のワーク・ライフ・バランスの課題
第1章 ワーク・ライフ・バランス施策と企業の生産性(山本 勲・松浦寿幸)
第2章 長時間労働と日本的雇用慣行(黒田祥子・ 山本 勲)
第3章 ワーク・ライフ・バランス施策が効果的に機能する人事管理(松原光代)
第4章 労働時間と満足度(浅野博勝・権丈英子)
第5章 ワーク・ライフ・バランスを実現する職場マネジメント(武石恵美子)
第Ⅱ部 国際比較分析
第6章 アメリカにおけるワークライフ・バランス(黒澤昌子)
第7章 イギリスにおけるワーク・ライフ・バランス(矢島洋子)
第8章 オランダにおけるワークライフバランス(権丈英子)
第9章 スウェーデンにおけるワーク・ライフ・バランス(高橋美恵子)

国際比較を米英にならべてオランダ、スウェーデンというふうにしたところが、工夫のあとがありますね。


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上林千恵子編著『よくわかる産業社会学』

99531 上林千恵子編著『よくわかる産業社会学』をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.minervashobo.co.jp/book/b99531.html

いまの社会で問題となっている仕事、職場、キャリア、失業、階層といったテーマは単なる学問上の概念ではなく、個々人の生活の中の問題であると同時に産業社会学の対象となる領域である。 本書は、こうした問題が個々のバラバラな事象ではなく歴史によって過去の事象と結びつき、かつ構造によって現在の他の事象とも関連していることを示す、新しい時代の産業社会学入門書である。

編著者の上林さんを除けば、だいたい1970年代生まれのいきのいい若手研究者が書いています。

若干ずれはありますが、おおむね、「Ⅰ 仕事とキャリア」は梅崎修さん、「Ⅱ 企業組織の性格」と「Ⅳ 職場の中での生活」は藤本真さん、「Ⅲ 企業内キャリアと人事管理」は佐野嘉秀さん、「Ⅴ 就業形態の多様化」は樋口明彦さん、「Ⅵ 社会的存在としての企業」と「Ⅶ 労働組合と労使関係」は高橋康二さん、「Ⅷ 働く場の女性」は柚木理子さん、「Ⅸ 高齢者の働き方」と「Ⅹ 日本で就労する移民・外国人労働者」は編者の上林さん、「Ⅺ 仕事と暮らしを支える社会保障」は上村泰裕さん、最後の「ⅩⅡ 産業社会学の歴史」が天畠一郎さんと上林さん、というラインナップです。

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評価経済の霞は食えるか?または労基法24条の意義

すず黄さんのエントリから、

http://h.hatena.ne.jp/yellowbell/225874850619939376

僕の周囲の意識の高い人たちが最近やたらと評価経済の話をするので困る。しかも当然のように同意を求めるのでさらに困る。

元祖評価経済のお話についてはフィロソフィーの庭のおとぎ話なので別にいいと思うのだけど、それを都合よく援用して「労働の対価とは通貨のみにあらず。人はパンのみにて生きるにあらざれば」みたいなことをもっともらしく口走る人がいるので、ああこういうときのために労基法24条があるのだなあと、先人の転ばぬ先の杖と言うより転びまくった末の後生のための杖に瞼を押さえずにいられない。

評価の霞を食う見世物で結局投げ銭を得て米を食ってる人々はともかく、それを仙境の竹林から俗世に持ち出して売る場合は、まず通貨以外で米が買えるか否かについて実践的アプローチを経た上にしていただきたいですおねがいします。でもそれをほんとにやると何も知らない米屋さんが困惑の渦に叩き込まれると思うのでやっぱりやめといていただきたいですおねがいします。

何も付け加える必要はありませんね。

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明治大学労働講座

本日、明治大学の寄附講座「未来の自分をつかめ 私たちが生きる労働社会を考える」の中の1回分を担当して、お話をしてきました。

http://www.kisc.meiji.ac.jp/~labored/kifukoza/rodokoza2012.html

これまで、川人さんをはじめとして、具体的な働き方の実態について話を聴いてきた学生さんたちに、ある意味頭の整理的なまとめをした形になりますが、時間の短い中にいろいろ詰め込んだため、人によってはいささか消化不良気味だったようです。

日本の雇用不安が止まらない。高止まりの失業率、就職難が続くなか、学生のみなさんに10年後の自分たちの働く姿がみえるだろうか。今はまだ、就活だけで精一杯に違いない。しかし、社会人になる一歩手前で、ぜひこれだけは知ってほしい。先輩たちが雇用の現場で体験した光と影を、不安な時代を生きるための知恵を。「知る」ことで人は強くなれるはずである。

講座の前半では、正規労働者(正社員)と非正規労働者(パートや派遣、契約労働者など)の実態について学ぶ。講座の後半では、その原因とどのような雇用や労働のあり方をめざすのか、働く者としての権利と働き方について考え、議論する

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事実は小説よりも奇なりと思うことも多く・・・

112050118引き続き・・・、

http://twitter.com/hanoopy/status/214326082067902465

日本の雇用終了 読みにくいな

http://twitter.com/n_shu/status/214363975536742401

明日は読了した「日本の雇用終了」をとなりのメンタルヘルス担当さまの机に置いて反応を見てみるとしやう。

http://twitter.com/n_shu/status/214367737089228801

人事系の本って暴露系を目指してあんまりセンセーショナルないろを強くだそうとしているのがわかると、個人的には興ざめになってしまう。一方「日本の雇用終了」は徹底的に、事実の報告に徹している感があって自分には苦なく読むことができたし、事実は小説よりも奇なりと思うことも多く、勉強になった

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『日本の雇用終了』への寸評

112050118「しましま(偽)」さんが、6月4日に

http://twitter.com/shimashima35/status/209836846295945216

濱口先生のBlogを見てきになったので「日本の雇用終了」を注文してしまった。大企業中心で語られてきた整理解雇規制の実態(裏の姿)が見られればと期待。

その後、読まれたようで、

http://twitter.com/shimashima35/status/214221017093111808

実は「日本の雇用終了」を購入し読んでいる。世間一般に流布している強い解雇規制とはかけ離れた実態が生々しく書かれている。

http://twitter.com/shimashima35/status/214221312355352577

「日本の雇用終了」は「はじめに」だけでも読む価値はある。もちろん、その裏付けとなるデータと個別事例がそれ以降に書かれているのだが。

と言われています。

なお、そのほかにツイート上では、労働弁護士のささきりょうさんが、

http://twitter.com/ssk_ryo/status/211020024612257792

『日本の雇用終了』(  )ゲット。ちらっと見たら、我が弁護士業の市場の広がりを感じた・・というのはウソで(もないけど)、とりあえず少しずつ読んでいこう。

児山尚喜さんが

http://twitter.com/Koyama_187/status/211648122722598912

「おまえはクビだ!」――その宣告の瞬間が満載の「日本の雇用終了」 これを「面白い」と俯瞰的に見る奴は、よほど仕事が安定しているか、自分に自信がある人だろう(笑)

と、寸評されています。

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一体改革、民自公3党合意で大幅延長へ 労契法や安衛法改正案など成立濃厚

政局話は政治部にお任せするとして、それが労働法制にどう影響してくるかは重要関心事項ですので、

http://www.advance-news.co.jp/news/2012/06/post-506.html

消費増税を軸とする「社会保障と税の一体改革」に関連する各種法案について、民主、自民、公明の交渉責任者は15日深夜、各種法案を修正して今国会で成立させる合意を交わした。政府は会期末の21日までに衆院での採決に持ち込みたい考えで、現時点では民主などから造反議員がでても可決する公算が高い。これに伴い、参院の審議を踏まえて2カ月前後の大幅な会期延長に踏み切る見通しだ。

 週明け早々に会期延長が確定すれば、労働法制分野で“足踏み”を繰り返している労働契約法(有期労働)改正案が、さらに継続審議となっている労働安全衛生法改正案は修正を加えて今国会で可決、成立する流れが一層強まる。

というわけで、労契法、安衛法ともに今国会で成立しそうだということです。

とはいえ、既に新聞報道にあるとおり、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-bf3c.html(職場の禁煙、努力義務に 安衛法改正案修正)

たばこの煙の方は骨抜きになりそうではあります。

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お金のために仕事をする。冗談じゃない。仕事は生きることそのもの

この台詞は、一定の条件下では決して間違っていません。

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-192563-storytopic-4.html(ありがとうを求める 渡邉氏が講演)

ワタミグループ創業者の渡邉美樹氏が「夢をカタチに~新たなる挑戦」と題し講演した。
外食、介護、宅配事業、農業などさまざまな分野での経営経験を紹介し、「お金のために仕事をする。冗談じゃない。仕事は生きることそのもの」と強調した。

実をいえば、まったく同じ趣旨の言葉が、営利企業たる株式会社で民法の雇用契約に基づいて労働者を使用して行っているのではない人の口から出れば、それはそれなりに正当性があります。

ワーカーズコープとかワーカーズコレクティブといったいわゆる「雇われない働き方」を標榜する人々の口から出れば、それはそれなりに正しいのです(厳密に言い出せば、それでも実態に基づいて判断されれば違う見方もあり得るでしょうが)。

しかし、日本国民法の

第六百二十三条  雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。

に基づいて労働者を使っているのであれば、そっちの方が「冗談じゃない」わけです。

ちなみに、民法上にも、「お金のために仕事をする。冗談じゃない。仕事は生きることそのもの」といって構わない働き方はあります。

第六百六十七条  組合契約は、各当事者が出資をして共同の事業を営むことを約することによって、その効力を生ずる。

 出資は、労務をその目的とすることができる。

(参考)

http://homepage3.nifty.com/hamachan/posse09.html(『POSSE』第9号 ブラック企業の歴史から処方箋、 国家・市場・規制のあり方までを徹底討論!! これからの労働の話をしよう  萱野稔人×濱口桂一郎 )

■「会社人間」批判とネオリベラリズムの合流

濱口:さらに、もうひとつ。これはものすごくパラドキシカルで頭が混乱するかもしれませんが、そういうメンバーシップ型社会のあり方に対する批判が80年代末から90年代ごろ、「「会社人間」はだめだ、「社畜」はだめだ」というかたちで、いっせいに噴き出します。これらを提唱していた人たちはおそらく、自由に働いて生きていく、というイメージを考えていたのだと思います。

それと、世界的には80年代にイギリス、アメリカのネオリベラリズムが非常に流行って、90年代初めごろに日本に入ってきます。この二つの流れがないまぜになる中で、「だから会社に頼らずもっと強い人間になって市場でバリバリやっていく生き方がいいんだ」という強い個人型のガンバリズムをもたらしました。

大変皮肉なことに、強い個人型ガンバリズムが理想とする人間像は、ベンチャー企業の経営者なんです。理想的な生き方としてそれが褒め称えられる一方で、ベンチャー企業の下にはメンバーシップも長期的な保障もあるはずもない労働者がいるわけです。しかし、彼らにはその経営者の考えがそのまま投影されます。保障がないまま、「強い個人がバリバリ生きていくのは正しいことなんだ。それを君は社長とともにがんばって実行しているんだ。さあがんばろうよ」という感じで、イデオロギー的にはまったく逆のものが同時に流れ込むかたちで、保障なきガンバリズムをもたらしました。これが実は現在のブラック企業の典型的な姿になっているんではないでしょうか。

これは、大企業正社員型の「「ブラック」じゃない「ブラック」」とは全然違うんです。むしろそれを否定しようとしたイデオロギーから、別のブラック企業のイデオロギーが逆説的に生み出されたという非常に皮肉な現象です。そういう意味では現代のブラック企業は、いろいろな流れが合流して生み出されているのです。いわば保障なき「義務だけ正社員」、「やりがいだけ片思い正社員」がどんどん拡大して、それが「ブラック企業」というかたちで露呈してきているのだと思います。

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『情報労連REPORT』6月号

2012_06『情報労連REPORT』6月号が届きました。

http://www.joho.or.jp/up_report/2012/06/_SWF_Window.html

特集は「男女格差を見つめ直す」で、弁護士の林陽子さん、もと朝日新聞記者の竹信三恵子さんなどが登場しています。

わたくしの連載「労働ニュースここがツボ!」は、「真に憂うべきは現代の魔女狩りなのでは?」です。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/johororen1206.html

雑誌『文藝春秋』が今年の3月号に、今から37年前に同誌に掲載された「日本の自殺」という論文を再掲載したとして話題になりました。そのきっかけになったのは、朝日新聞の若宮啓文主筆が今年1月10日付の1面の「座標軸」という欄に、「『日本の自殺』を憂う」というタイトルで同論文を引用し、「いま、『日本の自殺』がかつてなく現実味を帯びて感じられる」と述べたことです。再掲誌も売れ行き好調だったことに気をよくした文春は、今年の5月号に「新・日本の自殺 わが国がギリシア化する日~シミュレーション国家破綻 戦慄のシナリオ」なるやや際物風の文章を載せて、「改革」気分を煽っています。

 朝日と文春の共闘による「日本の自殺」ブームを横目で見ながら、いささか複雑な思いを抱かざるを得ませんでした。というのは、同じ「グループ1984年」が書いた警世の論文をあえて今世に問うのであれば、昨今の「改革派」が似たようなことを繰り返し叫んでいる「日本の自殺」よりも、はるかに今日の日本の風潮を痛烈に批判する内容の論文があるからです。今はもうほとんど忘れられていますが、1975年12月号に掲載された「現代の魔女狩り」という論文です。

 当時の時代背景を反映して、ここで「魔女狩り」として批判されているのは自動車批判、カドミウム、商社批判などですが、最後のこの分析は、今日私たちの眼前で起こっている現象を見事に説明しているように思われます。「・・・魔女狩りに適合的に論理体系は、世界を神と悪魔との、或いは真理と誤謬との、対立と闘争に還元する単純な二値論理である。神と悪魔の葛藤というこの世界像には、灰色の箇所は一箇所もない。絶対的に正しいか、絶対的に間違っているか、この二色しか、単純な二値論理の世界像にはない。・・・真の合理精神は懐疑精神を不可欠の一部とし、自分も含めて人間は認識上、行動上の誤りを犯しやすい不完全な存在であると考えるものであるが、神か悪魔かの単純な二値論理の独断の支配する世界には、懐疑精神の入り込む余地などまったく残されていないのである。・・・二値論理の世界は、認識の行動の主体との関係でいえば、絶対的な一元主義の世界であり、無謬性と不寛容の支配する世界である。自分だけが絶対的に正しく、誤りなきものであり、自分に反対する者は絶対的に誤りで、邪悪である。この思い上がりと独善こそがある条件の下では恐るべき魔女狩りを繰り広げることになるのである。」

 私たちが今日真に憂うべきは、龍馬かぶれの維新論者が異口同音に口走る「日本の自殺」であるよりも、心ある人々が内心「こんなやり方でいいのか」と思いながら世間で横行する「正義」の名の下の「現代の魔女狩り」なのではないのか、と、ひそかに思うのですが・・・。

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『季刊労働法』237号

Tm_i0eysjizn42g『季刊労働法』237号が届きました。

http://www.roudou-kk.co.jp/quarterly/archives/005151.html

既に紹介したように、特集は「有期・パート・派遣法制の基本的視座」で、

労働者派遣法が改正され、有期労働契約法制(労働契約法改正)も近い将来に予定されています。パート労働法も改正を視野に入れた検討がなされています。今号では、有期・パート・派遣の3つカテゴリについて、現段階での動向を踏まえ、法規制を検討するにあたっての、基本的な視点を確認します。これに加え、雇用形態による均等処遇についての検討、韓国の非正規労働者をめぐる動向を特集として取り上げます。

次のような論文が載っておりますが、そのうちの一つはわたくしが書いております。

有期労働契約法制の新動向
―改正法案の評価と有期労働契約法制の今後の課題―
中央大学准教授 川田知子

パートタイム労働法の課題
    東京理科大学講師 宮崎由佳

    改正労働者派遣法をめぐる諸問題
―施行後の抜本的再検討に向けて―
静岡大学准教授 本庄淳志

    雇用形態による均等処遇
    労働政策研究・研修機構統括研究員 濱口桂一郎


    韓国の非正規労働者保護法の実情と日本
―韓国の有期労働契約の法規制を中心に―
弁護士 小林譲二

そのほかの論文は、以下の通りです。

■論説■
業務委託契約における受託者の労働者性
―NHKの受信契約締結等業務の受託者に即して―
龍谷大学名誉教授 萬井隆令

■研究論文■
精神障害の労災認定における過重性評価
―時間外労働時間数を中心に―
社会保険労務士 北岡大介

■連載■
ローヤリング労働事件(第5回)
    使用者側の和解(裁判手続において)
    弁護士 石井妙子

    文献研究労働法学(第5回)
    性差別禁止
―労基法・均等法の「差別的取扱い」を中心に
信州大学准教授 富永晃一

■アジアの労働法と労働問題 第13回■
アジア諸国のワークライフバランス
大阪女学院大学教授 香川孝三

■イギリス労働法研究会 第15回■
イギリス労働組合法制史における「労働者(workmen)」概念の形成
    西南学院大学教授 有田謙司

■筑波大学労働判例研究会 第34回■
休職期間満了後の軽作業従事と復職,延長措置後の退職取扱いが認められた例
    西濃シェンカー事件
    東京地裁平成22年3月18日判決,労働判例1011号73頁
    特定社会保険労務士 江口 隆

■北海道大学労働判例研究会 第26回■
賃金減額合意の認定方法とその効力要件
    医療法人共生会事件
    東京地判平成23年4月28日労判1037号86頁,労経速2116号17頁
    北海学園大学准教授・弁護士 淺野高宏

■同志社大学労働法研究会 第7回■
職務等級制度適用労働者の育児休業等取得後の降格,年俸減額および
不利益査定の適法性
コナミデジタルエンタテインメント事件
    東京高判平成23・12・27労働判例1042号15頁(平成23年(ネ)第2946号 地位確認等請求控訴事件)
    同志社大学法学部・法学研究科教授 土田道夫

■神戸大学労働法研究会 第19回■
正社員としての業務適性を判断するための有期労働契約の雇止めの有効性
    日本航空(雇止め)事件・東京地判平成23・10・31労判1041号20頁


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鴨田哲郎『残業』

9784502057106_240鴨田哲郎さんより『シリーズ働く人を守る 残業』(中央経済社)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.biz-book.jp/books/detail/978-4-502-05710-6

左の写真のオビにあるように「無駄な残業をしない・させない!」という鴨田さんの思いが噴出している本です。

鴨田さんはご存じの通り有名な労働弁護士なので、基本的には法律の解説書なのですが、所々に顔を覗かせるその思いが結構読ませます。

次の一節(62頁)など、拙著への応答にも聞こえるのですが、、考えすぎですか、そうですか。

・・・在職原告の最大の目標は労働基準法を守れ、長時間労働をさせるなということです。

・・・名ばかり管理職裁判は、会社の理解が根本的に誤っていることを会社と天下に知らしめ、かつ、在職原告本人に労働基準法による時間規制をさせることを目標としています。決して、金取りのための裁判ではありません。

まえがきの最後に、さりげに書かれたこの文が、実は日本の残業問題の根っこにあるんですね。

日本の企業社会のウェットさが残業を生んでいる部分は相当にあると思います。これを克服するドライさを感じていただければ幸いです。

労働法の効用は、そういうドライさを再認識させるというところにもあるのです。分かってない人には分からないでしょうけど。


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すき家のフェアトレード

いや、これ自体はけっこうな試みだと思いますよ。

http://www.sukiya.jp/community/fairtrade.html

レジ横で販売しているドリップパックのコーヒーは「フェアトレードコーヒー 東ティモール」。
「すき家」の経営企業であるゼンショーが東ティモールの生産者組合からフェアトレードとして仕入れ、生産、焙煎まで手がけています。標高1,500mの清涼な森で完熟したコーヒーの実だけを手摘みし、端正に精製しているため、雑味がなく、奥行きのある透き通った味わいです。

原材料の仕入からお店での販売まで、全てに責任を持つフード業企業だからこそできるフェアトレードで、世界の持続可能な発展を支えています。

財市場のフェアトレードも大事ですが、労働市場のフェアトレードも負けず劣らず大事ですので、念のため。

ちなみに、英語で「trade」は貿易、通商という意味とともに、職業、仕事という意味もあります。トレード・ユニオンってのは貿易連合じゃありません。

念のため、これは雑件ですので、本気で突っ込みたい方は然るべき方でね。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_db8e.html(アルバイトは労働者に非ず)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-0c44.html(自営業者には残業代を払う必要はないはずなんですが)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-6e9f.html(「アルバイトは労働者に非ず」は全共闘の発想?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-47c9.html(世界革命を目指す独裁者)

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エグゼンプトとノンエグゼンプトをごっちゃにする人材コンサル氏

ブロゴスの3若トリオ鼎談はいろんなところに反響を呼んでいるみたいで、人材コンサルの城繁幸氏がこういうコメントをしているのですが、

http://jyoshige.livedoor.biz/archives/5594729.html(ホワイトカラーの地力をつけたければ、ブラック企業云々は気にするな(メルマガ))

BLOGOSでこんな鼎談記事を見つけた。
簡単に言うと「ブラック企業をぶっ飛ばせ」的な威勢の良い記事だ。
労働法に関する知識や、何よりこういう気合は持っておいた方がいいという点で異存はないが、一つ、とても重要なことを付け加えておこうと思う。

それは「ホワイトカラーとして地力をつけたければ、ブラック企業かどうかなんて気にするな」ということだ。

あちゃー、というか、「気がついたら城繁幸氏が同じことを言うてました」ってこともあるけど、一般的にはそうではないということを改めて確認しました。

そもそも、世界的に見ればホワイトカラーは自己責任で自立的に働く職種だ。
大雑把にいえば、これだけの職務に対して年俸はいくらで、後は自由に働いて、というスタイルだ。労基法とはもともと工場で働くブルーカラー向けの法律であり、それをホワイトカラーにまで適用してきた日本が異常なのだ。
だから、どんな大企業でも半ば公然と労基法破りが行われてきたし、これから先、グローバル化が進む中で、さらに日本企業のブラック度は増すだろう。

まさか、同じオフィスワーカーでも、エグゼンプト(米)、マネジリアル(英)、カードル(仏)と呼ばれるエリート層と、そうじゃないノンエリート層をひとまとめにして、「世界的に見ればホワイトカラーは自己責任で自立的に働く職種」だなんていう超粗雑なことを言う人材コンサルがいるとは思わなかった・・・、って、いやこの人なら言うかもと思ってましたけどね。

いうまでもなく、ブルーカラーでも、ノンエグゼンプトのホワイトカラーでも、基本はジョブ型なので、その限り(過剰な義務も過剰な保障もないので)別にブラックではない。

逆に、エグゼンプトはその名の通り高い処遇と引き替えの適用除外だから、その限りでやはりブラックじゃない。

他国ならノンエグゼンプトになるような人々を疑似エグゼンプト化していることが、(さまざまなメリットとともにその裏側で)さまざまな問題-まさにブラック企業など-を産み出しているということも、今まで述べてきたとおり。

そういう冷静な分析を抜きにして、「だから、どんな大企業でも半ば公然と労基法破りが行われてきたし、これから先、グローバル化が進む中で、さらに日本企業のブラック度は増すだろう」とか言えてしまうこの人は、やはり人材コンサルとしてどうなんだろうか・・・と思わざるを得ないわけです。

海老原さんの本に顔を出しているんだから、その議論は分かっているはずなんですが。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-5790.html(週末を犠牲にしてでも取り組みたい仕事)

・・・ということがまったく分かっていない「人事コンサル」氏がいるから困るんだけどな。

http://www.j-cast.com/kaisha/2012/05/08131329.html

日本と諸外国の働き方の違いを簡単に説明すると、会社が責任を持ってきっちり管理するのが日本、個人がある程度の裁量を持って自己管理するのが他国、というくくりになる。

日本の場合は、労働者は裁量を放棄する代わりに、企業が(終身雇用も含めて)きっちり労務管理をするというのが建前となっている。でも、現実にはそれはとても難しい。

まったく逆であってね。

雇用契約のジョブ・デスクリプションに書いてあること「だけ」を、きちんとやり「さえ」すれば、それ以上余計な「何で自分で考えて仕事をしない?言われたことだけやってればいいと思っているのか?」などと、労働者に対する台詞とは思えないようなことを言われる心配がないのが、欧米のジョブ型の働き方であり、

「会社の仕事は全てお前の仕事と心得よ」とばかり、ある意味で「裁量性」の高い仕事をやらされるのが日本のメンバーシップ型の働き方なんだが。

「個人がある程度の裁量を持って自己管理する」なんてのは、まさにエグゼンプトやカードルといったエリート労働者の話。普通のそんじょそこらのノンエリート労働者はいうまでもなく「労働者は裁量を放棄する代わりに」余計な責任を負わされない。

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蓄えられないもの

権丈センセイのサイトに、『年金実務』2012年6月11日号の記事がそのままスキャンしてアップされているのですが、

http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/20120613082701.pdf

最近ある雑誌で「人間の経済活動の結果として生産される財・サービスは蓄えることができない」という命題を読んだ。・・・この認識は社会保障制度を考える際の基本的な出発点であろう。

え?これってもしかして、

http://homepage3.nifty.com/hamachan/nenkinjidai1205.html(財やサービスは積み立てられない(『年金時代』2012年5月号))

この期に及んで、未だに賦課方式ではダメだから積立方式にせよなどという、2周遅れ3周遅れの議論を展開する人々が跡を絶たないようです。

のことでしょうか・・・。

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連合総研『経済危機下の外国人労働者に関する調査報告書』

Others02 4月に出た連合総研の『経済危機下の外国人労働者に関する調査報告書-日系ブラジル人、外国人研修・技能実習生を中心に-』が、まだ連合総研のHPにはアップされていませんが、昨年5月の『DIO』に内容紹介記事が載っていたので、それを引っ張る形でこちらでも紹介しておきます。

http://rengo-soken.or.jp/dio/pdf/dio260.pdf

日本における外国人労働者数は92.5万人(2006年、不法残留者を含む)におよび、1990年からは3.6倍の増加となった。1990年代以降には、滞在期間が長期化し、家族呼び寄せなど定住化の傾向が見られる。しかし、リーマンショック後の経済不況では、雇用調整の対象の一部となり、母国への帰国問題も生じた。このような状況の中で、外国人労働者がどのような労働や生活の問題に直面しているのか。その実態と諸問題を解明し、わが国における外国人労働者政策の課題を明らかにすることを目的として、連合総研では、「外国人労働者問題に関する調査研究委員会」(主査:鈴木宏昌・早稲田大学教授)を発足させた。
 本研究委員会では、2009年と2010年にヒアリング調査およびアンケート調査を実施し、調査結果を踏まえて、議論を重ねてきた。報告書は本研究委員会の成果をとりまとめたものである。

目次と概要は以下の通りです。

第1 章 今日の外国人労働者問題を考える( 鈴木宏昌・早稲田大学商学学術院教授)

本章では、今日の外国人労働者をめぐる問題意識をまとめ、先進国における最近の外国人労働者政策を点描した上で、日本の外国人労働者政策の課題を提起する。

第2章 日本の外国人労働者政策―労働政策の否定に立脚した外国人政策の形成と破綻( 濱口桂一郎・労働政策研究・研修機構統括研究員)

筆者は、1980年代末以来の日本の外国人労働者政策の大きな特徴は、労使間の利害関係の中で政策を検討し、形成、実施していくという、労働政策であれば必須のプロセスが事実上欠如してきたことにあると指摘する。では、なぜそのような政策が行われることになったのか。本章は、公式資料、新聞・雑誌等のリーク記事や取材記事等を用いて、政策決定プロセスの実相に迫っている。

第3章 中国人技能実習生の出身階層と技能実習の成果~母国への送金と職場規律・生活規律の習得( 上林千恵子・法政大学社会学部教授)

本章では、研究委員会で実施した技能実習生に対するアンケート・ヒアリング調査の分析と今後の制度課題の検討が試みられている。

第4章 外国人技能実習生受入れ組合・企業の新展開( 橋本由紀・東京大学大学院)

本章では、先進的な外国人技能実習実施組合・企業の事例を紹介するとともに、それらが今後の制度のあり方を考える上で、どのようなインプリケーションを持ちうるかが検討されている。

第5章 経済危機と移民労働者―静岡県の日系ブラジル人を事例に―( 竹ノ下弘久・静岡大学人文学部准教授)

本章の視点は、静岡県が2009年8月に実施した調査データを用いて、今回の経済危機が日系ブラジル人に与えた影響を明らかにすること、そして、経済危機に対する国や自治体の取り組みを検討することの二つである。

第6章 越境するブラジル人労働者と経済危機―長野県上田市のヒアリング調査を通じて( ウラノ・エジソン 筑波大学大学院人文社会科学研究科准教授)

 本章では、経済危機によるブラジル人移住者への生活、労働面での影響について、フィールド調査を通じた検討がなされるとともに、政策的提案がなされている。

第7章 連合の外国人労働者政策と労働組合の取り組みについて( 藤冨健一・連合 総合労働局雇用法制対策局部長)

 本章では、外国人労働者問題に関する連合の考え方を紹介するとともに、看護・介護分野における外国人労働者の問題、外国人研修・技能実習制度および高度人材に対するポイント制を活用した優遇制度の導入についてなど、個別の問題に対する考えが示されている。

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原発作業員を守る~「オール産業医大」で挑む2年目の春

アドバンスニュースに、5月下旬、7回にわたって「原発作業員を守る~「オール産業医大」で挑む2年目の春」という連載インタビュー記事が載りました。

あまり知られていない活躍の記録であるだけに、リンクを張って、若干引用しておきます。詳細は是非、リンク先をお読み下さい。

http://www.advance-news.co.jp/interview/2012/05/post-119.html(「産業医」にしかできない使命と役割を考える)

http://www.advance-news.co.jp/interview/2012/05/post-120.html(「産業医だから出来る予防対策に注力」 森晃爾学長補佐)

震災から1カ月足らず、まだ3月なのに原発作業員の熱中症が発生しました。「このまま何の手段も講じずに初夏を迎えたら、作業員の命が危ない」。そのとき、私たちが「何をすべきか」が明確になりました。倒れたり、傷ついたりした人を早急に処置する救急救命医の重要性と等しく、そうした急病人をできるだけ発生させない予防としての手立てを産業医の専門知識でサポートしなければいけないと痛感したのです。

・・・現地に行かないという選択肢は全くなかったです。既に、産業医養成のために医学部を持つ国内唯一の大学である私たちの出番だという熱意に満ちていました。

・・・自賛になりますが、1年間を通して前半の主力は大学の医師たち。そして、後半の主力は実は全国で産業医として活躍する卒業生たちなのです。だから「オール産業医大」の力と呼んでいます。

 他の大学にはない教育を受けた医師たちが、同じ気持ちと一つのマニュアルで、現場の作業員たちの命と心を守ることに貢献してくれました。

http://www.advance-news.co.jp/interview/2012/05/post-121.html(「作業員の健康障害で事故を招かぬよう」 立石清一郎助教(1))

・・・作業員は今、何を悩んでいるのか。東京電力の社員はどれだけ苦しんでいるのか。そうした問題を私たちは正面から受け止め、翌日以降の医師に繋ぐようなシステム作りも行いました。この健康診断はかなり評判が良かったらしく、移動のバスの中で「今回の健診は素晴らしい」という声を聴いたという医師もいました。健康診断で得られた情報は、若手医師の手でまとめられ東電に提言として提出され、実際に作業員の状況改善に役立ちました。

http://www.advance-news.co.jp/interview/2012/05/post-122.html(「作業員の健康障害で事故を招かぬよう」 立石清一郎助教(2))

・・・また、現場で感じた実態ですが、本当に危ない作業場には東京電力の社員が行って作業しているのです。加害者という立場があるだけに、非難する声が圧倒的ですが、被ばく線量が高いのは東電の社員。危ない場所は東電の社員が逃げているように思われているイメージもありますが、それは違うと感じています。

http://www.advance-news.co.jp/interview/2012/05/post-123.html(「卒業生をつなげた産業医大の共通言語」谷口初美医学部教授(1))

震災直後、卒業生から私のところに「産業医大として何かできないでしょうか」「産業医大から何かしてもらえないでしょうか」「大学のどこに頼んだらいいか分からなくて」と話がありました。電力関係の産業医や企業病院の医師からの悲痛な声も含まれていました。とくにアリスの会の関係で、女性の卒業生からの声は多かったですね。

・・・。「全体が混乱しているし、当惑して、疲れている。現場の作業者は東電だけでなく、いろいろな会社からの労働者が混在している。それに家族に迷惑がかかるからと、家族がいる避難所に帰れない人もいる。事故も、熱中症も、感染症も、メンタルも、このままでは産業医を含め、倒れる人が続出すると思う。とにかく、産業医大から、この状態をまとめて指導、管理支援をしてもらえないでしょうか」という切望でしたね。

http://www.advance-news.co.jp/interview/2012/05/post-126.html(「卒業生をつなげた産業医大の共通言語」谷口初美医学部教授(2))

その後の現地派遣に大学の医師と卒業生が結束していった事実は、言うまでもありません。4月中旬ごろ、事前視察のため現地に行った森学長補佐が、「谷口先生だったら、みんなわかりますよね」と突然、Jヴィレッジでの集合写真を持って飛び込んできました。厚生労働省、東京電力、救急医学会、労災病院、大学など、各部署から派遣された懐かしい卒業生たちの立派な姿でした。

 卒業後、臨床医、産業医、大学教員と別々の道を歩んでいた卒業生たちが、「君は産業医大だったろう」と命じられて、集まったケースもあったそうです。その時、つくづく「教育って大事だなあ」と感じました。緊急事態の現場で「共通言語」で話せる。共通言語でつながったからこそ、あの緊急事態で意思の疎通が早く、効率の良い対応ができたそうです。今でも、その時の写真は大事に持っています。

・・・この大学を作った先人の先見性は凄いと思いました。ドクターの魂。「産業医のわれわれがやらずに誰がやる」。それに尽きますね。

http://www.advance-news.co.jp/interview/2012/05/post-125.html(「未然に防ぐ重要性、卒業生を支援する大学へ」 河野公俊学長)

今回の原発作業員の支援と、あるいは作業現場の在り方に「オール産業医大」で取り組めたのは、大きな成果だったと感じています。初動が早かった。熱中症や感染症対策の警告の発し方もそうです。どんどん自ら準備をしていって、現地に医師を送り込む。大きなトラブルが起きなかったことは支援が有効だったわけで、「当たり前」だと思ってはいけません。そして結果的に何事もなく労働者の役に立てていることが素直にうれしいです。

 2年目の原発事故の作業現場。大学としても、オンリーワンを目指して産業医学が中心となるように積極的に発信していきます。産業医大の存在意義を自己認識したところがありますので、ネットワークを生かした「オール産業医大」として、労働者のためにその役割を高めて社会貢献し、国民からさらなる信頼を得ていきたいと思います。

産業医のあり方にいろいろな指摘や批判もある現在、あるべき産業医の姿をこうやって発信していくことはますます重要だと思います。

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メンバーシップ型を目の仇にする人ほど、ジョブ型を目の仇にする件について

二度目は喜劇といいますか、ジョブカードの時と同じ田舎芝居を繰り返しているようです。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASGC11009_R10C12A6EB2000/新資格「キャリア段位」廃止 内閣府仕分けで判定

内閣府は11日に開いた「府省庁版事業仕分け」で、職業ごとの人材の知識や能力を公的に証明する新資格「キャリア段位制度」の導入事業を「廃止」と判定した。介護分野などでの転職市場の活性化を目指した事業だったが、費用がかかる割に効果のはっきりしない点が問題視された。

 キャリア段位制度は2010年6月に閣議決定された新成長戦略に盛り込まれ、今秋からの導入を目指して準備が進んでいた。事業の効果が見えにくい点などへの疑問が相次ぎ、仕分けを判定する4人が「廃止」とし、2人が「大幅な見直し」を求めた。とりまとめ役の石田勝之副大臣は「抜本的に再検討する」と明言した。

そりゃ、メンバーシップ型社会では、こういう企業を超えたジョブ型の仕組みは「費用がかかる割に効果のはっきりしない」のは当たり前。今はまだできていない社会のあり方のための基盤整備なのですから。

だったら、こういうやたらにものごとを仕分けたがる人々は、断固としてメンバーシップ型社会を堅持し、無駄な仕事を仕分けるなどという許し難いことは絶対にやらないんですよね・・・、あれ?

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遠藤公嗣編著『個人加盟ユニオンと労働NPO』

101530遠藤公嗣編著『個人加盟ユニオンと労働NPO 排除された労働者の権利擁護』(ミネルヴァ書房)を、編著者の遠藤さんと、この本の一章を書かれている橋口昌治さんににお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.minervashobo.co.jp/book/b101530.html

個人加盟ユニオンと労働NPOは、企業内組合ないし日本的雇用慣行から排除された労働者の権利を擁護する。その意味で、新しい労働者組織である。個人加盟ユニオンと労働NPOは、1つ1つは小さいながらも、ワーキング・プアの増加や格差の拡大という社会問題を抱える現代日本において、重要な役割を果たしている。個人加盟ユニオンと労働NPOは、どのような組織構造と実際の機能をもっているのか。どのようなメンバーがいて、どのように活動に参加しているのか。これらの新しい労働者組織の意義は、どのように理解すべきなのか。本書は、これらの新しい労働者組織の事例比較を中心とした共同研究の成果である。比較事例の対象として、韓国と中国の労働者組織も取り上げている。さらに、アメリカとイギリスにおける事例と研究動向にも言及する。

本書は、遠藤さんを中心とする科研費プロジェクトの成果で、次のような内容です。

序 章 新しい労働者組織の意義(遠藤公嗣)
 1 本書の課題
 2 新しい労働者組織の発展史⑴——個人加盟ユニオン
 3 新しい労働者組織の発展史⑵——原告支援の労働者組織 
 4 新しい労働者組織の国際比較——アメリカ合衆国の例
 5 労働研究理論への示唆
 6 各章の紹介

第1章 中小労連から地域労組へ(上原慎一)
    ——札幌地域労組の事例から
 1 本章の課題と対象
 2「札幌中小労連・地域労組」と地区労
 3 札幌地域労組が中心の活動へ
 4 組織化の特徴、交渉の実態
 5 活動の特徴とその意義

第2章 九州のユニオンと東京のユニオン(福井祐介)
    ——2000年・2010年コミュニティ・ユニオン組合員意識調査から
 1 2つの調査と調査対象ユニオン
 2 組合員属性・雇用環境の変化
 3 本人収入と世帯収入
 4 職場分会と他組合員支援経験
 5 紛争状況とユニオンで得られたもの
 6 政治意識と階層帰属意識
 7 九州と東京——共通点と相違点

第3章 ゼネラルユニオンと大阪の外国人非正規労働者(チャールズ・ウェザーズ)
 1 安定的な組織
 2 GUの組織的特徴
 3 1990年代の英会話学校との闘い
 4 2000年代以降の安定的な労使関係と社会保険運動 
 5 最近の活動
 6 ラテンアメリカ人労働者とフィリピン人労働者
 7 成功への鍵

第4章 自己責任論と個人加盟ユニオン(橋口昌治)
    ——「若者の労働運動」の事例から
 1 本章の課題
 2 先行研究の検討と研究の方法
 3 事例研究⑴——Aさんの場合
 4 事例研究⑵——Bさんの場合
 5 ユニオンの果たした機能

第5章 労働NPOの特質(小関隆志)
    ——個人加盟ユニオンとの対比・関連において
 1 本章の課題
 2 労働NPOの出現
 3 労働NPOの役割
 4 労働NPOの財政基盤・人的基盤
 5 社会運動的労働運動における労働NPOの意義と課題
 6 結 論

第6章 派遣切り問題にみる「協セクター」の可能性(大山小夜)
    ——愛知派遣村のフィールドワークを通じて
 1 問題設定と本章の概要
 2 ある男性のケース
 3 派遣切りとは
 4 リーマン・ショック前
 5 リーマン・ショック後
 6 その後の支援活動と相談者の状況
 7 協セクターの限界と可能性

第7章 韓国における女性非正規労働者の組織化(金 美珍)
    ——韓国女性労働組合(KWTU)の事例
 1 研究課題
 2 結成の経緯とその背景
 3 10年間の主な成果
 4 組織構造と運営
 5 韓国女性労働組合(KWTU)の意義

第8章 中国における「工会」と草の根労働NGOの変容(澤田ゆかり)
    ——農民工の権益保護をめぐって
 1 問題の所在——農民工の権利をとりまく変化
 2 工会の役割の変遷——上昇する組織率と機能の限界
 3 草の根NGOの成長と制約
 4 草の根労働NGOの意義と展望

終 章 排除された労働者の権利擁護の研究にむけて(遠藤公嗣)
 1 米国と英国の研究企画
 2 日本の研究企画

さまざまな対象をさまざまな視点から分析する諸論文なので、それぞれに興味深いのですが、まずはお送りいただいた橋口さんの「自己責任論と個人加盟ユニオン」、

「自己責任」意識を持った若者は、抱える困難の社会的原因を問う契機を持ちにくく、「自分に問題があった」と考え、違法な解雇を受忍したり、権利として認められた生活保護申請を思いとどまる場合がある。自己責任論の問題点は、社会的な解決の道を閉ざしてしまい、負うべき必要のない「責任」まで個人に負わせてしまうことにある。

それに対して、「若者の労働運動」の現場では、「自己責任」意識を持っていた若者が自分個人の問題を集団的・社会的に解決されるべき「労働問題」だと意識するようになる姿が見られる。・・・

というその「姿」を2つの事例で示しています。

あと、札幌地域労組の第1章、大阪のゼネラルユニオンの第3章も、興味深い事例が挙がっています。このゼネラルユニオン、私が評釈した例のGABA事件の当事者でもあるんですね。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/roui1203.html(英会話学校講師の労働者性)

遠藤さんは序章と終章で少し大きな枠組みから位置づけを試みています。ただ、そこで言われる団体交渉レジームから雇用権レジームへ、という議論については、確かにアメリカの方向性を示しているのは確かなのですが、それだけでいいのかな、という疑問も湧かないでもありません。

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『DIO』272号

Dio連合総研の機関誌『DIO』の2012年6月号(272号)が届きました。HP上にもアップされています。

http://rengo-soken.or.jp/dio/pdf/dio272.pdf

特集は「英仏の最低賃金の動向」で、奥田香子さんがフランス、神吉知郁子さんがイギリスについて書かれています。

9784797258851神吉さんは、昨年『最低賃金と最低生活保障の法規制』(信山社)を出され、それを見た連合総研に呼ばれて喋ったという話ですので、それが今回の特集につながったということでしょう。

最低賃金と生活保障をめぐる問題は日本でも近年急激に論じられるようになったテーマですので、参考になると思います。

その後に来るのは、小野善康さんの「成熟社会の経済政策」という講演録ですが、例によって小野節が炸裂していて、一杯楽しめます。

〔ケーススタディ1;震災復興における復興税〕

労働力が余っているときには、税金を使ってでもその人たちを活用した方がいい例として、はじめに震災復興への増税を考えてみましょう。

まず、震災復興における義援金と復興税の違いを考えます。震災のとき、非被災地域の人びとは被災地に義援金を送りました。被災者は多くを失いましたから、受け取ったお金をため込まず物の購入に向けます。では、そのお金は誰に支払われるか。被災地では生産設備が失われていますから、非被災地で働いている人の所得になります。結局、非被災者が払った義援金は全部非被災地に戻ってくるのです。

では、義援金ではなく税金を集めて被災地に渡す場合はどうか。被災者にとってはどちらでも同じで、やはりそのお金は非被災地に戻ってきます。つまり、非被災地では税負担が増えた分だけ所得も増える。ですから、非被災地での消費を減らすことはありません。その上で、被災地での需要増加分だけ非被災地での雇用が増えますから、デフレも雇用不安も軽減され、非被災地でも消費が増えます。それでまた収入が増えるという好循環が始まる。つまり、復興税による雇用創出によって、先ほど説明した好循環が生まれるのです。

復興税というと、景気が悪くなると批判する人がいます。でも、今述べたように、義援金も復興税と同じです。義援金は非被災者が赤十字やNHKを通して払っています。税金は政府を通して払っている。それだけの違いで、経済的には同じです。だから、増税は景気を悪くすると反対するなら、義援金禁止令を出すべきということになってしまいます。

増税がケシカランのなら、義援金も同じくらいケシカランのに、目の仇にしないのは不思議ですね。

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労働条件がひどいだけではブラック企業じゃない件について

ブロゴスの3若トリオ鼎談(3重にリダンダントな表現だなあ~)に対して、uncorrelatedさんの「ニュースの社会科学的な裏側」が批判しています。

http://www.anlyznews.com/2012/06/blog-post_10.html(ブラック企業は無くならない ─ 社会学者の卵の会話にある無責任)

言っていることに、部分的にはそれなりの正当性がないわけではないのですが、そもそもブラック企業という言葉を、どうやら単に労働条件がひどい企業という程度に使っているために、議論にずれが生じているように思われます。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/posse09.html(これからの労働の話をしよう )

戦後日本で形づくられた雇用システムの中で、とりわけ大企業の正社員は、ずっとメンバーシップ型の雇用システムの中にいました。そこでは、会社の言うとおり際限なく働く代わり、定年までの雇用と生活を保障してもらうという一種の取引が成り立っていたのです。泥のように働けば、結婚して子供が大きくなっても生活できるだけの面倒をみてやるよと。これが本当に良かったのかどうかの評価は別にして、トータルでは釣り合いがとれていたと言えます。

ところが、それは先々保障があるということが前提となっているわけで、これがなければただの「ブラック」なんですね。「働き方だけを見たら「ブラック」だけど、長期的に見たら実は「ブラック」じゃない」はずが、「ただのブラック」である企業が拡大してきた。それが、ここ十数年来の「ブラック企業」現象なるものを、マクロ的に説明できるロジックなんじゃないかなと思います。

この取引はいわば山口一男さんの言う「見返り型滅私奉公」に近かったわけです。滅私奉公と言うととんでもないものに見えるかもしれませんが、ちゃんと見返りはありました。しかし、それが「見返りのない滅私奉公」になってしまったのです。

労働法も完備しているはずの現代日本におけるブラック企業現象を、単に労働条件がひどいというだけの概念に閉じこめてしまうと、平板な議論になってしまいます。このuncorrelatedさんの批判が、そのいい例になっているように思われます。

はじめから「使い捨て」ルールが双方に共有されているなら、労働者の方もそれに応じた最小労力戦略をとるからいいのです。そうではなく、労働者側には「滅私奉公」ルールが適用されていながら、使用者側は暗黙の「使い捨て」ルールであるという社会ゲーム上の非対称性が問題なわけですよ。

(追記)

uncorrelatedさんが、

http://www.anlyznews.com/2012/06/blog-post_8858.html(ブラック企業の存在をゲーム理論で考察する)

で、問題をゲーム理論的に整理しています。ただ、整理がいささか(理論経済学風に)きれいになりすぎていて、ややリアリティから離れている感もありますので、泥臭い次元に引き戻しつつ解説をしたいと思います。

「きれいになりすぎ」と評するのは、ブラック企業現象を「不完全情報」というゲーム論タームで説明してしまうと、その現実社会における必然性が見えにくくなるからで、

雇用環境が変化すれば、社会に蓄積された情報が使えなくなるので、求職時の情報の非対称性が高まる。濱口氏が指摘するように、メンバーシップ型からジョブ型へ労働市場が遷移しているとすれば、こういう不完全情報ゲームが成立しやすくなるであろう。

というのもやや表層的に過ぎるでしょう。

メンバーシップ型の社会的交換の社会的正当性がなお高く評価され、そちらにはいることが望ましいとなお社会的に意識されている状況下において、そこから排除されたまたは排除されかねないと思う者が、(実はそのような社会的交換を保障していないにもかかわらず)滅私奉公的な働きを要求する企業に惹き付けられ、自分が救済されていることの証しとして滅私奉公的に働こうとすることは、ある意味で極めて自然な反応といえます。

これはまことに皮肉なことなのですが、「正社員にならなくてはいけない」という社会的圧力が強くかかればかかるほど、その「正社員」の内実を確認するよりも、せっかくつかんだ「正社員」の身分であることを自己確認するためにも、盲目的に滅私奉公することが(主観的には)合理的になってしまいます。もちろん、それは客観的には全然合理的ではないわけですが。

その意味で、社会全体で(社会的交換が成り立っている)正社員の枠を減らしながら、正社員志向を強めることは、(社会的交換が成り立っていない)疑似正社員への自発的供給を増幅する効果があるということもできます。

この問題は少なくともその程度には社会構造論的な問題であって、情報流通の円滑さで解決しうる面もあるとはいえ、それが本質とは必ずしも言いがたいように思われるわけです。

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『平沢榮一オーラルヒストリー』

梅崎修、島西智輝、南雲智映のお3方より、『平沢榮一オーラルヒストリー』をお送りいただきました。ありがとうございます。

労使関係周辺の方々はご存じの通り、このグループはずっと労働関係のオーラルヒストリーを続けてきていまして、いずれも大変興味深い情報を提供しています。

9784846008628今回の平沢榮一さんは、言うまでもなく全国金属のオルガナイザーで、左に表紙を載せた『争議屋』で有名ですし、ネット上には元連合の芹生琢也さんによるインタビュー動画(下にyoutubeリンクあり)もアップされていますので、その筋ではかなりの有名人ではありますが、あらためてこうしてオーラルヒストリーを読ませていただくと、戦後労働運動の中を波瀾万丈に生きてきたすさまじさが窺われます。

http://www.jca.apc.org/labornow/labornowtv/monogatari/hirasawa.html()

最後近くの若手労働運動家へのメッセージというところでは、こういう一節も。

・・・とくに、私は皆さんたちにも言いたいんだけど、全金が日経連と労働協約を結んでいるでしょう。戦前・戦後を通じて、日本の経営者団体と労働団体で協定を結んだことはないんですよ。日経連が「賃上げを15%以上あげてはいけない」と、賃金抑制をやったことに対して、「今後やりません」という約束をさせて、そういう労働協約を結んだのは、これしかないですよ。皆さんは、こういうことについてもちっとも・・・・・・。

ちなみに、冒頭の「解題」に、彼らグループがやってきたオーラルヒストリーの一覧が載っているのですが、それによると、ゼンセン同盟の二宮誠さんのオーラルヒストリーも2009-2010年に行われていて、まだ未公開なんですね。これは是非読んでみたいものです。後から行われた平沢さんの方が先に報告書になっているのに、何か障害があるのでしょうか。

(参考)

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ワークフェアなき入口規制が破綻しただけなんだが・・・

一知半解を絵に描いたような・・・という言葉がふさわしい記事が、J-CASTに載っています。ていうか、鈴木亘氏の議論をそのまま(制度の中身を理解しないままに)書いているだけなんですが。

http://www.j-cast.com/2012/06/08135063.html?p=all(生活保護急増の背景に 厚生労働省の二度にわたる「決定通達」?)

生活保護受給者が急増している背景の一つに、厚生労働省が2009年に2度にわたって出した「通達」があるのでは、との見方が強まっている。

生活保護の急増のきっかけは、麻生内閣のときの09年3月、厚生労働省が働くことが可能な若い失業者にも、生活保護費を支給するよう都道府県に求める通知を出したことが引き金となったとされる。厚労省は「失業による救済であり、生活に困窮して生活保護を必要とする人が受けられないことのないよう、徹底しただけ。適用要件などを緩和したわけではない」と説明している。

   さらに、民主党に政権交代した後の鳩山由紀夫内閣のときの09年12月に、厚労省は「速やかな生活保護の決定」を改めて通知した。「経済、社会情勢が引き続き安定せず、政府としても緊急雇用対策を進めていたなかで、低所得者対策として再度通知した」(厚労省)と話す。このときも「適用要件の緩和ではない」と、生活保護が受けやすくなったわけではないとしている。

   もちろん、経済情勢の悪化は影響しているが、スピード優先もあって、生活保護の増加はこれ以降、歯止めがかからなくなっていった。

そもそも、生活保護法は就労可能な人だから入口で追い出してよいとは書いていません。それは世界中共通で、だからこそそれが福祉漬けにならないよう、ワークフェアやアクティベーション対策が最大の課題として採られてきているわけです。

ところが、日本では、政治家とか弁護士とかいうセンセイが一緒に付いてきたら、制度の趣旨からして追い出せないので、生活保護に入れてましたが、そうでなければ入口で入れないようにするというやり方で、ずっとやってきていたわけです。

鈴木亘氏やこのJ-CASTの記事筆者は、その時期の暗黙の運用を正しいものであって、それを通達で変えたからケシカラン、というが如きことを言っているわけですが、いうまでもなく法の趣旨に反する運用は、出るところに出たら負けるわけで、だからセンセイが付いてきたら出していたわけで、それが、例の派遣村騒ぎで働ける現役世代であっても受給できるんだということがあからさまに報道されてしまったわけで、そうなったら、法本来の趣旨に従って適正にやってね、というしかないわけです。

まさか、出るところに出たら負けるに決まっている扱いを、堂々とやれなどと、通達で書けるわけもないわけで。

しかしながら、これが引き起こしたのは、いったん入れたらなかなか出すことができない、というか生活保護受給者を就労につなげて受給者から出すためのテクニックを半世紀以上にも渉ってまったく蓄えてこなかった福祉行政が、あれよあれよというまに現役世代の受給者がどんどん増えていくという事態であったわけです。

そこに問題があるのは確かだし、だからこそ、地方自治体でも国レベルでも「福祉から就労へ」をどうやって道をつけるかで頭を悩ましているわけですが、そういう議論にとって一番有害なのは、上の記事のような一知半解の議論なんですね。

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アンドルー・ゴードン『日本労使関係史1853-2010』

いよいよ7月に、二村一夫さんの訳でゴードンの大著の翻訳が出るようです。

雑誌『世界』の巻末の「7月刊行予定の本」に載っています。

この本は、日本で書かれたものを含めて、日本労使関係史の中で最高傑作と言っていいんじゃないでしょうか。

それも、原著は主として戦前編ですが、現在に至る補論までつけて出るというのですから、待ち遠しい限りです。

参考までに、二村さんのここ数年の新春挨拶

http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/nk/diary19.html

http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/nk/diary20.html

http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/nk/diary21.html

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じゃああなたは若い頃何をしていたの?

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3わかトリオの「若者」三者鼎談の後編です。(という言葉で年が知れるわけですが)

http://blogos.com/article/40726/?axis=p:0(「若者は年配者に『じゃああなたは若い頃何をしていたの?』と聞いていい」~古市憲寿×大野更紗×川村遼平―「若者」三者鼎談後編―)

例によって、リンク先を読んでくださいなんですが、「はい、ここ、突っ込みどころね」といわんばかりに、わざとらしくさりげにこういうやりとりが、

-先日のNHKの番組の後も東京都副都知事の猪瀬直樹さんが、最近は辛抱を知らない幼稚な若者が増えた、といった趣旨の発言をTwitter上でしていましたし。

大野:猪瀬直樹さんや石原慎太郎さんが、20歳の時に何をしていたのかとか、ハタチの若者は率直に聞いてみたらいいんじゃないですかね。

そりゃあ、副知事は辛抱できずに幼稚な理屈でゲバ棒振り回していたんだし、知事は障子にアナ開けてたんじゃなかったっけ・・・。

あと、この古市さんの「新説」も・・・。

古市:就活に求められている能力と実際に会社で求められている能力は違うというギャップもありますよね。最近、大企業の人から聞いた話では、「最近の新入社員はコミュニケーション能力が高すぎて困る」って言うんですね。

一同:出た、新説(笑)

川村:どういうことですか?

古市:先輩が怒ると、その場ではすぐ「わかりました」といってみんな関心するんだけど、後々も全然直っていない。つまり、取り繕うことは非常に上手なんだけれども、実際の能力は伴っていない。

川村:そういうのも、今までそういう就活生を養成してきたわけじゃないですか。

近頃の若者はコミュニケーション能力が高すぎるんですな。確かに、「近頃の若者」を批判する中高齢者たちは、そういう受容型のコミュニケーション能力はいかにも高くなさそうです。

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神戸刑務所(管理栄養士偽装請負)事件

本日、東大の労働判例研究会で、神戸刑務所(管理栄養士偽装請負)事件について報告してきました。

その報告の紙はこれですが、

http://homepage3.nifty.com/hamachan/kobe.html

じつは、これは本日の前座でして、本日のメインイベントは、北大の池田悠さんによる去る3月29,30日のJAL事件判決(パイロットのやつと客室乗務員のやつ)の評釈でした。

倒産法制と労働法制の交錯する政治的な意味も大きい事案の判決を、あの池田さんが料理するというのですから、これがメインイベントでなくて、ほかに何があるかというくらいのものです。

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ある観点からはもっともだが・・・

このツイートだけとれば、ある意味でもっともなのですが・・・

http://twitter.com/ikedanob/status/210968517443461121

同感。大学は理科系だけでいい。文科系はカルチャーセンターで十分。

次のこれで全て台無し・・・。

http://twitter.com/ikedanob/status/210969544343302144

経済学だけは理科系の学問として、1年生の春学期だけ必修にすべき。

をいをい、もっともらしく数学を使ってみせれば理科系ですかね。

そういうエセ理科系が一番たちが悪いんですが・・・。

というか、ご自分が一番よく分かってらっしゃるはずなんですが・・・。

http://twitter.com/ikedanob/status/210486897238224896

経済学の場合は、査読つき専門誌に載った論文が政策の役に立つことはまずないが、若い世代ほど就職のために数学的に格好つけた論文を書きたがる。それがますます世間に敬遠され、バラマキ派やリフレ派がのさばる原因。

http://twitter.com/ikedanob/status/210488582916423682

ケインズも言ったように、経済学の目的は立派な著作を残すことではなく、そのとき世の中に役立つパンフレットを書くこと。経済なんて生活の手段にすぎないんだから、人生を捧げるような学問じゃない。

http://twitter.com/ikedanob/status/210490738293735425

社会科学は真理を追求する学問じゃなくて実用的なツール。学界で出世するための「供給側の論理」でいくら論文を書いても、経済学の社会的地位は上がらない。

実用的なツールを教える高等職業訓練大学校(フランス語でいえばグランゼコール)でやるのにふさわしいことは認めますが、いかなる意味でも理科系じゃない。

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古市憲寿×大野更紗×川村遼平 「若者」三者鼎談

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BLOGOSに、古市憲寿×大野更紗×川村遼平の3人の鼎談(の前編)が載っています。

http://blogos.com/article/40685/?axis=p:0(困ってる若者”がブラック企業に負けず「幸福」になる方法)

ある意味おなじみの3人ですし、中身は是非リンク先をご覧下さいということですが、その中で、

川村:本当にその人が大切だったら、こんな働かせ方はしないはずなんです。濱口桂一郎さんが最近研究で出しているのですが、「会社に対して何かモノを言う」という行為に対する反発というのが、非常に強い。「雇っている従業員をいくらでも好きにしていいんだ」ということが規範としてあって、そこからの逸脱と捉えて怒っているじゃないですかね、このケースの社長は。

と、『日本の雇用終了』をさりげなく紹介していただいています。

大野さんも、朝日新聞の書評に引き続き、

大野:濱口桂一郎さんの「日本の雇用と労働法(日経文庫)」を見てみましょう。社内規則はヒエラルキーとしては、すべて法よりレベルは下でしょう?

川村:本来はそうです。

大野:それが逆転しているわけですよね?

と、言及していただいています。

例によって、BLOGOSコメントはあまりレベルが高いとは言い難いのが多いのですが、

もう少し顔写真なんとかならないか?
マスクとかさ。

には流石に一瞬殺意を覚えましたね。

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元祖御用一般人

HALTAN氏が、斎藤淳氏に元祖御用一般人認定されたと嬉しそうですが、

http://haltan.hatenablog.com/entry/2012/06/07/092018

有り体に言えば、昔リフレ派シンパだった分、裏切られた思いで、かわいさ余って憎さ百倍で、ひたすら悪口を書き連ねているということであって、誰かの「御用」を買って出るようなしおらしいところはとても見当たらないですけど。

どちらかと言えば、読んだ人を説得し、納得させる文体というよりも、鬱屈している人の破壊感情を増幅するタイプの文章ですし。

ネット界に「りふれは」に対する冷ややかな雰囲気が瀰漫するようになったのも、HALTAN氏の熱心な反リフレ派工作活動のお蔭・・・と言うことも特になくて、単にその人々のまともな感覚があれば到底あり得ないような言動の積み重ねが自ら招いただけでしょう。

二重の意味で、HALTAN氏に対して贔屓の引き倒しというか、褒め殺しというか、まあ、本人が喜んでいるからそれでいいのかも知れませんけど。

念のため、これは雑件です。

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いやなツッコミですね

Hyoshi15 『POSSE』15号の紹介ですが、できるだけ他の人が紹介しなさそうなものを、ということで、広田照幸×仁平典宏の師弟対談「周回遅れの橋下教育改革」から、本筋じゃないところを・・・。

仁平 ・・・例えば教育社会学者の本田由紀さんは専門性教育の部分をもう少し手厚くした方がいいのではないかと言っています。

広田 私はその立場に対しては批判的です。・・・「職業教育を」という議論は「労働市場で勝ち残る教育」という、結局は個人主義的な教育観に帰結すると思います。労働自体が大きく変化しているとすると、基礎的な知識や理解力をしっかり身につけた方がよいし、さらに望むなら、この社会の仕組みをどうしていくのかを議論できる若い世代を育てる教育をした方がいいのではないか、というのが私の意見ですね。

仁平 そうすると、維新の会の教育基本条例案にあった「不正を許さず、弱者を助ける勇気と思いやりを持ち、自らが社会から受けた恩恵を、社会に還元できる人材を育てる」という目標でいいことになりますよね。

広田 いやなツッコミですね(笑)。そういう既存の秩序を自明のものとしてそれに順応する人間を育てたいわけではありません。・・・・・・

この対話、なかなか本質的なところに突っ込んでいます。

広田さん流の「職業教育より人間教育」論は、仁平さんのいうように、維新の会の教育論とほとんど同型的です。広田さんはそれを秩序順応型と秩序反抗型で分けたいようなのですが、いやいや維新の会の人々にとっては、それこそ広田さんを始めとする既存の権威を振りかざす既得権勢力(ニッキョーソ!など)「を自明のものとしてそれに順応する」のではなく、雄々しくそれに反抗して闘っているつもりなんだと思いますよ。

少なくとも、彼らがチマチマした技術論を小馬鹿にしつつ、「この社会の仕組みをどうしていくのかを議論できる若い世代」を自認していることは間違いないわけで。龍馬ぶりっこは、まさにその端的な表れでしょう。

仁平さんのツッコミ、本人が思っている以上に結構深いツッコミだったような気がします。

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フォーク・レイバー・ローの一端

112050118 『日本の雇用終了』を紹介した柴田慶子さんのブログ記事への一言コメントなんですが、

http://tomokei2216.blog.fc2.com/blog-entry-104.html(雇用終了の判断は能力ではなく態度だそうだ。)

http://shokubutunoikusei.blog112.fc2.com/blog-entry-1331.htmlにっきちゃん 大学の研究室で育てていた植物の生長日記として始めたブログだが・・・生長日記→オタ日記→愚痴日記・・・)

仕事と入っても結局は人と人のつながり。
そりゃ会社のトップの人に目をつけられたら雇用終了するだろ。。。

というわけで、「会社のトップの人に目をつけられたら雇用終了する・・・とはけしからん」という労働法学の中の人的な反応ではなく、「会社のトップの人に目をつけられたら雇用終了するだろ」というのが、フツーの人々の反応であるわけで、これを「フォーク・レイバー・ロー」と名付けたわけであります。

「公務員けしからん、民間ガー!!!」という人々の脳内にあるレイバー・ローは、いかなる意味でも労働法の教科書に書いてあるような民間労働者に適用されるべき労働法律なんぞではなくして、まさにこういうフォーク・レイバー・ローであるという苦い事実をしっかりと噛みしめるところから、ものごとは始まるわけでありますな。

(追記)

今気がついたのですが、上の柴田慶子さんの『日本の雇用終了』を紹介するエントリには、105件ものはてぶが付いていたのですね。

http://b.hatena.ne.jp/entry/tomokei2216.blog.fc2.com/blog-entry-104.html

つけられているコメントもなかなか面白いです。

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気がついたら城繁幸氏が同じことを言うてました

6月2日に、こういうエントリをかいたわけですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-db49.html(頭の整理のために)

何にせよ、こういう「親族だから養え」論というのは、近代化の遅れたアジア諸国等でよく見られる現象で、一族の誰かが成功すると、どこからともなく一族と称する連中がうようよ湧いてきて山のように徒食するという事態が観察されるわけですが、今日の日本の有力なマスコミや政治家の皆さんは、日本をそういう社会にしたいとでもいうような異様な迫力を感じさせるものもありますね。

社会が近代化するということは、そういう発想を払拭して、お金をたくさん稼ぐ人はたくさん稼いで、それをたくさん納税して、それが(親族であろうがなかろうが)働けない人々の生活維持のための原資に使われるという社会のあり方に移行するということにはずであったのですけど・・・。

気がついたら、城繁幸氏がほぼ同じ趣旨のことを書いていたようです。

http://www.j-cast.com/kaisha/2012/06/04134359.html?p=all(ザ・シミュレーション生活保護2030)

成人したら完全に個人として扱い、そのための原資は所得に応じてみんなで負担する。それが近代的社会保障の原則であり、他国はそうやって古い社会から開かれたオープンな社会へと進化してきたのだ。

そんな中、まるで戦前に先祖返りするかのような日本の決定は、他国からは奇異の目で見られた。とはいえ、山本君のような国民の多くは、そんなことも知らぬまま、有名人が謝罪会見を開くたびに歓声を上げて騒いでいた。

・・・「これじゃあ、おちおち子育てもできないな。だいたい、生まれによって人生の選択肢が決まってしまう社会なんておかしいよ。国は親族に頼らなくても済むような新制度を早急に作るべきだ」

話を聞くだけだった嫁が、ぽつりとつぶやいた。「でも、それって昔の生活保護制度と何が違うの?」(城繁幸)

この問題に関しては、ほぼ同じ見解のようです。

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考えるタイプはうちの会社じゃやっていけないよ

Hyoshi15世間では小熊英二さんのインタビュー記事が評判高いようなので、ここは意地でも橋下ばなしじゃないのをピックアップ。

一番冒頭に載っている新連載「ブラック企業のリアル」は、例のあの大手衣料量販店X社の退職したRさん、Wさんの話ですが、

R:うん、いろいろ考えている人の方がたぶん辞めていると思います。

W:それは私もいわれた。「考えるタイプはうちの会社じゃやっていけないよ」って上司に言われました。「え?」と思いました。「考えるのダメ」なんて初めていわれた。

そういう「考えない人」が店長になると、

R:私の周りの、半年で店長になった人たちは、ひたすら働いていますが、知識も能力もないままです。そうすると、他の人に任せられないんですよ。公休日もスタッフから電話がかかってくるし、長期休暇を取ろうとしても任せられないからその場に残っちゃったり。自分がやった方が早いと思っちゃうんでしょうね。だから異常な長時間労働になるんです。・・・

半年でなれる店長は、半年でなれる程度の労働力ということなんでしょうけど・・・。


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長崎浩さん

本日、ある方の紹介で、都内某所で長崎浩さんとお話しする機会を持ちました。

拙著『日本の雇用と労働法』を読んで感心したからということだったのですが、話はいろいろとあちこちに飛び、最後は、誰か『日本における労働者階級の状態』ってのを書く人はいないのか?という話になりました。

個々のエピソードを書ける人はいても、全体像を描き出せる人はなかなか難しいのかも知れません。

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公契約における労働条項

私の偏頗な紹介ぶりに坂倉さんが泣いているので、

http://twitter.com/magazine_posse/status/209964793497526272

濱口桂一郎さんが『POSSE vol.15』の橋下改革特集のうち、いちばん橋下改革に関係ない(泣)、今野論文を紹介してくださっています。

関係ないけど、その少し前のつぶやきにちょっと説明を付けておきましょうか。

http://twitter.com/magazine_posse/status/209911886106476546

公務員の給料や生活保護費が高いと思うなら、バッシングよりも、企業の低すぎる賃金をまともにすべき。そのための現実的な政策である公契約条例を、まずは大都市から広めていかないと。/渋谷区 公共工事に最低賃金 23区初の公契約条例案

040720この説明は、今東大の公共政策大学院でやっている「労働法政策」の講義テキストです。

8年前に出たミネルヴァ版に相当程度書き加えているものです。

第3部 労働条件法政策

第5章 賃金法政策

第3節 公契約における労働条項

(1) 1950年公契約法案

 最低賃金とは異なり、公的機関が一方当事者となる公契約において公正な労働条件を確保し、低賃金を除去することを目的とするのが、1949年の第32回ILO総会で採択された「公契約における労働条項に関する条約」(第94号)及び同名の勧告(第84号)である。日本は本条約を批准していないが、採択の翌年の1950年に、労働省はこれを受けた法律案を内部的に作成したことがある。
 同法案によると、国及び公社公団等の注文を受けて対価が一定額以上の工事の完成、物の生産及び役務の提供を行う者との契約には、①労働基準法その他の労働関係法令の遵守、②役務等に使用する労働者に対し、当該労働者の職種及び就労地域について一般職種別賃金が定められている場合は、その額を下らない賃金を支払うこと、といった労働条項を含まなければならず、この一般職種別賃金は、その地域における同種の職業に従事する労働者に対し一般に支払われている賃金を基準として、労働大臣が定める。
 行政官庁は、役務等提供者が労働条項に違反して一般職種別賃金を下回る賃金を支払った場合には、当該契約に対する対価のうち、その未払賃金相当額の支払いを留保することができ、この場合労働者は国等に直接未払賃金相当額の支払いを請求することができる。さらに、役務等提供者が相当な理由なく労働条項のうち重要な事項に違反した場合には、労働大臣は閣議決定を経て国等の機関に対し当該契約の解除を請求することができる。これらに対する損害賠償請求はできない。なおもしばしば違反した場合にはその者の氏名名称を国等の機関に通知して、その後2年間はその者との契約の締結が禁止される。
 これは、役務等が数次の契約によって行われる場合には各契約に適用され、下請人が労働条項に違反した場合には、元請との契約が解除されることになる。
 このように、大変厳しい内容の法案であり、建設業界始め建設省や運輸省から批判が集まり、労働法学者(松岡三郎)までも憲法違反との批判を行い、結局閣議決定に至ることなくお蔵入りとなってしまった。 *17

(2) 公契約条例

 2000年代に入って、この公契約規制の考え方が蘇ってきた。全国の多くの自治体の議会で、公契約法や公契約条例に関する意見書が続々と採択され、こういった動きの先頭として、2009年9月に千葉県野田市で野田市公契約条例が採択された。
 同条例が適用される労働者は、①受注者に雇用され、②下請負者に雇用され、③受注者又は下請負人に派遣されて、専ら当該公契約に係る業務に従事する者である。これら受注者、下請負者、派遣元は、市長が定める賃金以上の賃金を支払わなければならない。条例上に金額は規定されず、工事・製造請負の業務については公共工事設計労務単価を、それ以外については野田市現業職員の初任給を勘案して定めるとされている。受注者は下請負者や派遣元の違反に対して連帯責任を負う。報告と立入検査、是正措置の規定に加えて、一定の場合には公契約の解除が制裁として設けられている。
 これより先、尼崎市でも条例案が議員提案されたが、市当局が違法性があるとしたため、採択されなかった。一方、2010年12月には川崎市で契約条例の改正により公契約条項が盛り込まれた。こちらでは一人親方も対象に含まれている。さらに2011年12月、多摩市も公契約条例を制定した。

(3) 公共サービス基本法

 国レベルではより一般的なものとして、2009年5月に公共サービス基本法が制定されている。これは「安全かつ良質な公共サービスが、確実、効率的かつ適正に実施されること」といった基本理念を掲げた法律であるが、その中に第11条(公共サービスの実施に従事する者の労働環境の整備)として、「国及び地方公共団体は、安全かつ良質な公共サービスが適正かつ確実に実施されるようにするため、公共サービスの実施に従事する者の適正な労働条件の確保その他の労働環境の整備に関し必要な施策を講ずるよう努めるものとする」という規定が盛り込まれている。
 2006年に制定された競争の導入による公共サービスの改革に関する法律が、民間が担うことができるものは民間にゆだねる観点から、官民競争入札又は民間競争入札により経費の削減を図る改革を推進してきたことに対する、理念上での反転の第一歩といえる。
 なお、民主党内部では2009年に「国等が発注する建設工事の適正な施行を確保するための公共工事作業従事者の適正な作業報酬等の確保に関する法律案」を作成し、国会に提出しようとしていたが、現時点ではまだ提出に至っていない。

(4) 連合の公契約基本法構想

 公契約に関して、連合は2008年6月、「公契約に関する連合見解と当面の取り組み」において、「国レベルでは、公契約に関する基本法を制定し、その中で公契約における公正労働基準や労働関係法の遵守を徹底させるとともに、地方レベルでは、「公契約条例」の制定をめざす」との方針をまとめた。
 その後2011年7月には、「公契約基本法の制定に向けた連合の考え方」をまとめ、公契約の対象範囲、労働者の対象範囲(派遣労働者、一人親方、個人請負も対象)、事業者の対象範囲(下請、孫請事業者も対象)、公契約の受注者の決定方式(判定・審査基準は、「公契約に働く者の公正労働基準と労働関係法の遵守、社会保険の全面適用」および「公契約への障害者など多様な人材の雇用促進」を実現する観点を踏まえたものとする)、契約に盛り込む事項、条例化に向けた規定などが示されている。
 なお、2012年1月には「公契約条例モデル(案)」を作成している。

(追記)

http://twitter.com/magazine_posse/status/209987363508715522

濱口さんが先ほどのツイートに返事をくださいました。ありがとうございます。とほほ。そもそも『労働法政策』ってそんなに改訂されてたんですね。新しいのにしないといかんですな。

いや、改訂「版」は出ていません。全然売れずに8年前の版の在庫がミネルヴァ書房にまだ積み上がっているので、とても改訂版なんか出せませんよ。

上のバージョンは、大学院の講義用のアップデート版ファイルの一部で、受講者には配っていますが、まとまった形では出ていません。

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ノマドより限定を@今野晴貴@POSSE

Hyoshi15『POSSE』15号をお送りいただきました。関係者がツイート上で精一杯宣伝しているように、いうまでもなく今号の「売り」は特集「橋下改革をジャッジせよ!」であるわけですが、

http://npoposse.jp/magazine/no15.html

その強行的な政治手法や、センセーショナルな改革案と発言の数々で、
橋下大阪市長と大阪維新の会は、連日、人々の注目と期待を集めています。
知識人や社会運動からの批判や分析も相次いでいますが、
そのほとんどは、彼らのメカニズムや政策の論点を掴み切れてはいません。
いま、大阪で何が起きているのか。
なぜ橋下改革は支持されるのか。何をしようとしているのか。
どのような原理で動いているのか。そして、どのように向き合えばよいのか。
本特集では、労働や貧困、社会運動の視点から、
橋下改革が駆動する「ゲーム」のシステムを把握し、
彼らが設定する「ルール」の中身を検証していきます。

各雑誌が競演している橋下特集の出来具合については、是非特集記事自体を読んでいただくことにして(目次は下記参照)、ここでは、最後の「おわりに」で唐突に橋下の名が出てくるだけで、中身はほとんど特集記事じゃない今野晴貴さんの「「「辞める若者」問題にどう立ち向かうべきか ――「会社人間」と「ノマドワーク」の対立を超えて」」についてコメントしておきますね。今野さんは「はじめに」で、こう語り、

・・・「ノマド」と呼ばれる会社組織に縛られない働き方が最近提起されているが、これまでの政策論は常に現実の「会社人間」を前提にした政策と、理想としての「ノマド」の如き何ものかを対置する構図にあった。前者は「日本型雇用システム」の擁護であり、後者は「自由化」の推進である。この二項対立図式を乗り越える政策が、今、もっとも求められている。

それは何かというと、最後の方で、

・・・では、必要な政策とは何か。最も重要なのは、「限定」の論理を確立することである。その際、夢想した「ノマド」のために規制を緩和するのでもなく、「会社人間」を基準に比較するのでもなく、日本型雇用システムと切り離した雇用のあり方を展望する必要がある。その方法は、本来的には「仕事の内容」をベースにした集合取引でしかありえないが、これが整っていない日本では、勤務地や労働時間をベースに別の取り扱いを求めることになる。

特に重要なのは、いじめ・不当な退職勧奨・過度なノルマへ限定をかけることだ。この「限定」の主張により、正社員とは異なる働き方の確立をめざす。・・・

こういう議論の根拠となるのは、POSSEでやってきた労働相談の経験なのですね。

この議論は、方向性が私の「ジョブ型正社員」と通じるだけでなく、その基盤になる認識も、『日本の雇用終了』で示したものと共通していて、大変共感を持って読みました。

それにしても、その後の「おわりに」で、今野さんがあえて橋下市長に

・・・もし橋下市長がここで「提案」した政策に耳を傾けるのであれば、もっと新しい政策スキームを追及して欲しい・・・

と呼びかけているのは、なかなかアンビバレントな感覚がにじみ出ています。

■vol.15目次

特集「橋下改革をジャッジせよ!」

「裏切られた橋下改革と「日本的市民社会」という希望」
宇野常寛(評論家)

橋下徹に対抗するプレイヤーなき日本。
問題は民主主義の危機にあるのではなく、
西洋的な民主主義モデルそのものにある――。
気鋭の若手評論家が語る、橋下改革への期待と悲観、
そして日本の社会運動の希望とは。


「「橋下徹」はグーグルである」
小熊英二(慶應義塾大学教授)

「独裁」と批判される橋下市長。
一方で、その政策はどこか一貫性がないようにも見える。
知識人や社会運動は、いったいこの改革に
どう向き合えばいいのだろうか?


「「大阪らしさ」と橋下のポピュリズム」
酒井隆史(大阪府立大学准教授)

「白黒つけたい」欲望のポピュリズムに対抗するために
敵対性のリアリズム、大阪の民衆文化、そして世界史としての運動


「橋下「改革」対抗論 ――問われる公務員労働組合のゆくえ」
熊沢誠(甲南大学名誉教授)

橋下「改革」が支持を集める最大の理由のひとつに、
公務員労働組合へのバッシングがある。
なぜ、これほどまでに公務員労働組合が批判されるのか。
公務員労働組合の、果たすべき役割とは何か。
労働組合研究の重鎮が語り尽くす。


「周回遅れの橋下教育改革」
広田照幸(日本大学教授)×仁平典宏(法政大学准教授)

教育基本条例や企業の倫理より
雇用や貧困対策が教育を改善する


「中小企業の連携で大阪の地域経済を立て直せ」
岡田知弘(京都大学教授)

大阪の経済が壊れたのはなぜか?
橋下改革と財界のビジョンとの関係は?


「「橋下改革」にすら期待できない「弱者」たち――大阪市長選を分析する」
松谷満(中京大学准教授)

低所得者層や非正規雇用労働者が
橋下市長を支持したのか?


「「大阪都構想」とその論理」
砂原庸介(大阪市立大学准教授)

大都市の再構築と
内包されるふたつの方向性


「橋下版ベーシックインカムを新自由主義と切り捨てるな」
小沢修司(京都府立大学教授)

社会サービスを解体しないBIを
橋下市長と議論せよ


「ソウル市長は橋下市長に似ているか ――ポピュリズム時代の韓国の社会運動」
安周永(京都大学助教)

ポピュリスト市長への期待ではなく、
社会運動が政治を動かす


「「辞める若者」問題にどう立ち向かうべきか ――「会社人間」と「ノマドワーク」の対立を超えて」
今野晴貴(NPO法人POSSE代表)

「限定」の論理で新しい雇用システムに転換を

「橋下改革が解体していく公共サービス」
深江桃子(大学院生)


「橋下大阪改革を考えるためのブックガイド」
本誌編集部


「15分でわかる橋下改革の論点 ――「維新八策」、労働組合、教育改革」
本誌編集部



「有期労働契約は変わっていくか ――経緯と法改正案をめぐって」
浅倉むつ子(早稲田大学大学院教授)

パートタイム労働、短時間正社員……
有期雇用のあるべき規制とは


連載「労働と思想15 ヨアヒム・ヒルシュ 近代国家――資本主義社会の「政治的形態」」
隅田聡一郎(一橋大学大学院博士課程)

なぜ新自由主義的政治改革は支持されるのか?
新しい「社会国家」の再編のために


連載「…And Philosophy for All
なぜ、人類は原子力発電を欲望してきたのか?」
國分功一郎(高崎経済大学准教授)


連載「労働相談ダイアリー 「みなし残業」なら残業代を払わなくてOK?」
川村遼平(NPO法人POSSE事務局長)


新連載「ブラック企業のリアル vol.1 大手衣料量販店・X社の場合」」

新連載「被災地はこれからも 第1回 被災した子どもたちへの支援」
渡辺寛人(仙台POSSE事務局)

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「年齢に基づくシステム」から「年齢に基づかないシステム」へ

00

昨年11月10日に行われたエイジングフォーラム2011のパネルディスカッションの議事録が、日経BPのサイトにアップされたようなので、リンクを張るとともに、私の発言部分を引用しておきます。

上の写真にあるように、このパネルディスカッションは太田聰一氏(慶應義塾大学経済学部教授)を座長に、濱口桂一郎氏(労働政策研究・研修機構統括研究員)、脇坂明氏(学習院大学経済学部教授)、西島篤師氏(西島代表取締役社長)の4名で行われたものです。

http://www.nikkeibp.co.jp/article/gdn/20120531/310793/

01太田 最近、ある大企業が、撤廃した定年制を復活させたというニュースがあった。先進的な取り組みが失敗したことに驚かされたが、そのことを思い起こすと、西島社長の会社で、定年制のない働き方がうまく機能していることに大きな関心がある。

このことを念頭に置いて、まずは濱口先生に伺いたい。講演で話されていたように、日本では「年齢に基づくシステム」が浸透している。それを、「年齢に基づかないシステム」に転換していくことには大きな困難が予想される。転換の際のネックになり得ることを具体的にお聞きしたい。

濱口 システムには2つの側面がある。企業の人事管理というミクロなシステムと、社会保障をはじめとする社会全体のマクロなシステムの2つだ。そして、両者は相互作用しあっている。

世の中の多くの企業、特に大企業で、「年齢に基づく」人事管理システムが採用されている。そして、そのことを前提として、社会保障をはじめとする社会全体のマクロなシステムでも、「年齢に基づく」制度が導入されている。実は、西島社長のお話にあったように、20年、30年ほど前までは、「年齢に基づかない」定年制のない中小企業が多数あった。いまではそれが珍しい存在になっているのは、中小企業のミクロな人事制度が、社会システムの影響を受けた結果だ。

大企業で採用された「年齢に基づく」人事制度が、マクロな社会制度の前提となり、その影響が中小企業にまで波及した。その結果、企業規模に関わらず、定年制が社会の標準的なシステムとなった。賃金制度でも同じことが言える。年齢が上がると、生活にはより多くの費用がかかる。そこで、まず大企業が、賃金と福利厚生を組み合わせて、生活費の上昇をまかなう制度を導入した。中小企業では、高度成長期頃までは福利厚生が充実していないところが多く、その部分を補う国の制度が充実していたが、次第に、大企業モデルが社会全体の制度を議論する際のベースになっていく。すると、国の制度は無駄だという論調が主流になり、いずれ国の制度は廃止される。そうすると、中小企業もマクロな社会制度にあわせざるを得なくなる。

02 ミクロとマクロのシステムが、このように相互作用しあっているなかで、一企業がそれと違うことをやろうとしても、矛盾やうまくいかない部分が出てくるのはある意味で仕方がない。それが、企業単独でのシステム転換に大きな困難が伴う要因だ。このような状況を考えると、「年齢に基づくシステム」から「年齢に基づかないシステム」への転換を果たすためには、社会全体としてそういう方向に向かっていくスローガンを掲げる必要がある。マクロレベルでのシステムの転換と、ミクロレベルでのシステムの転換を同調させていく必要がある。

・・・・・

濱口 いまのお話は、この問題を議論するときによく言われることだ。ある人は、定年のない社会とは、いつでも首切りの社会だと、定年制の撤廃に反対する。「いつでも首切り」という言い方は非常に刺激的だが、何事も自己責任で片付けようとするから、そういう極端な議論になる。

しかし、現実には、必ずしもそうはならないだろうと思っている。それには、西島社長が、「人は60歳になっても70歳になっても常に進化していく」と話されていたことがヒントになる。労働政策としては、ある人の能力が足りないからその時点でおしまいにならない仕組みをつくればいい。企業はもちろんのこと、国や地域社会が一体となって、個々人の能力開発を支援するシステムをつくることができれば、年齢に縛られることなく働き続けられるようになる。とはいえ、下支えのシステムが整備された場合でも、会社を辞めざるを得ないケースもあり得る。その場合は、労働政策だけでなく、福祉政策も組み合わせて対応していけばいい。

・・・・・

濱口 高齢者雇用の話をすると、若者の雇用はどうするのかと言われる。何が定年延長だと、そんなことをしたら若者の雇用が減るではないかと言う人たちもいる。それは確かに難しい問題で、あながちまったく間違いではない面があるものの、やはり根っこは間違っているというのが私の見解だ。

あながち間違いではないというのは、脇坂先生が出されたラジアのモデル(定年仮説)にあるように、自分の生産性よりも高い給料をもらっている人が会社に居座り続けられるのは困るということだ。その場合、若者の雇用が減るという指摘は確かにその通りだ。

ただ、ラジアのモデルはやや単純化されすぎている。実際には、中高年でも年齢を重ねるごとにスキルは徐々に上がっていく。ところが、定年制の最大の弊害は、定年制があることによって、ある時期以降、「これ以上頑張っても仕方がない」と、成長しようという動機がなくなることだ。西島社長の言葉で言うと、進化が止まってしまうことだ。進化が止まった人が高給をもらい続けるのは理に合わない。若年層の雇用を考えると辞めてもらうより仕方がない。それをそのまま雇い続けようとすると若者につけが回るというのはその通りだが、それは仕組みそのものが生んだ結果であって、技能に報酬が連動する仕組みになり、高齢者も若者も技能に応じて報酬が決まるようになれば、決して若者と高齢者の利害が対立するものではない。根っこでは間違っているというのはそういうことだ。

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『日本の雇用終了』ツイート短評

112050118というわけで、引き続きツイート上の『日本の雇用終了』への短評です。

http://twitter.com/taisho__/status/209051904037232641

濱口桂一郎先生の日本の雇用終了を読了。雇用終了の膨大な事例を分析した大著。事実を押さえた上で考えるというのが社会科学に求められる最低限の取組だけど、金融、会計、経済、心理、法という勘違いを産む五大学問をかじった方は独自の枠組みで空理空論言い出すことも。事実への深い分析が光る。

「事実への深い分析が光る」という言葉は嬉しいです。それにしても、「勘違いを産む五大学問」という皮肉はなんとも・・・。

ちなみに、このツイートへのリプライで、

http://twitter.com/tatenosr/status/209052568280768512

濱口先生の本私も買おうと思って買ってない(本屋やamazonに売ってない!)のですが、よさそうですね。しかし読む時間をつくることができるか・・・(-_-;)

と言われていますが、いや、今は大きな本屋には置いてありますし、アマゾンでも買えます。

http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%9B%87%E7%94%A8%E7%B5%82%E4%BA%86%E2%80%95%E5%8A%B4%E5%83%8D%E5%B1%80%E3%81%82%E3%81%A3%E3%81%9B%E3%82%93%E4%BA%8B%E4%BE%8B%E3%81%8B%E3%82%89-JILPT%E7%AC%AC2%E6%9C%9F%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88%E7%A0%94%E7%A9%B6%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA-%E5%8A%B4%E5%83%8D%E6%94%BF%E7%AD%96%E7%A0%94%E7%A9%B6%E7%A0%94%E4%BF%AE%E6%A9%9F%E6%A7%8B/dp/4538500046/ref=cm_rdp_product

それにしても、新刊が2,625円で買えるのに、なぜ中古品が3,985円で、コレクター商品が5,250円なのか、よく理解できないのですが。

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古市くんの「ずれ」

いやまあ、古市くんの言うてることも、まったく間違っているというわけでもないのだけれど、あの言い方と、何よりNHKのあの脳天気な映像化で、ほとんど空中ふわふわの「のまど万歳」論になってしまっておるわいな。

その横に並ぶ面々もなんでああいう高ぴー目線になるのか、世の中あんたらみたいなエリートばかりじゃねえぞ、という反感が画面に吹き上がってくるのがわからんのかねえ。

つか、ごくごく「ふつー」の労働者が、身も心も会社に捧げ尽くさなくても、ごくごくふつうーに働いて、ごくごくふつーに生活していけるような、そういうイメージはないのかねえ。

広島電鉄の組合を偉そうに批判して、それがどれだけの意味があることなのか分かっているのか。普通の労働者たちができることの範囲が分かっているのか。

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『日本の雇用終了』短評

112050118『日本の雇用終了』に対するツイッター上の短評が二つ。

http://twitter.com/oook_sr/status/208789855289876481

膨大なあっせん事例を分析した『日本の雇用終了』という本を今読んでいます。まあ、いろいろです。あっせんは事実関係を最終的に確定する場ではないのでどちらがどうとは言いがたいのですが、いずれにせよ中小零細企業ではコミュニケーション不全が致命的だと感じています。

http://twitter.com/ponpon4774/status/208892537069506560

日本の雇用終了読んでる、斡旋事例がかなり淡々と書かれていて参考になる。面白いのは労基署にあっせんの申し立てをしても、たいしてお金になっていない事。せいぜい20万ぐらい、中には5.6万もチラホラ。これをどう見るか。

なお、まだ読まれていない方のようですが、

http://ameblo.jp/staygold-tp/entry-11263106442.html(日本の雇用終了がよみたいのだけどまだかってない件)

前の職場なら間違いなく読めたんだけど
いまはそうはいかん。買わないといけない。
玄田先生の論文のためにすんげー高い雑誌買ったら、後日玄田研究室がPDFファイルを無料で下さるという事件が勃発した程度には、JILPTは高い。

かなり面白そうな内容がのっている。
あっせん(労使問題解決のために無料でできる示談の場<ひどく簡略化してます)事例が大量に載っている上に、日本の雇用契約終了のしゅーるなことがかかれているっぽい!

いつか買おう~
ボランティアで労働相談うけるのとか最近考えているのよね。
やりたいとかそういうことではなくて、役に立てそうな経験として。

お読みいただいた上で、なにがしか感想をいただければさいわいです。

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黒田兼一+山崎憲『フレキシブル人事の失敗』

12654黒田兼一+山崎憲『フレキシブル人事の失敗 (日本とアメリカの経験)』(旬報社)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.junposha.com/catalog/product_info.php/products_id/757?osCsid=bb249b405a005a7ae3810b4543af7e6f

JILPTのアメリカ担当調査員である山崎憲さんについては本ブログでも何回か取り上げてきていますので、ご存じの方も多いと思いますが、黒田兼一さんとの共著というのはどういうわけかな?と思っていたら、カバーの略歴に

2003年から06年まで在デトロイト日本国総領事館外務省専門調査員を経て、縁あって明治大学経営学部経営学研究科黒田研究室で学び現職・・・

とあり、師弟関係でもあったのですね。

さて、本書は、第1章は黒田さんが日本について、第2章は山崎さんがアメリカについて書いた上で、第3章で政策的な課題についても論じています。

序 企業経営と雇用の世界で何が起こっているのか
ウォール街を占拠せよ!/すべてがフレキシビリティの名の下に/本書のねらいと構成
第1章 日本はアメリカを追っているのか 人事労務「改革」の末路
  1 ドーアの嘆きとジャコービィの問題提起
  2 「改革」を促したもの
  フォーディズムの好循環/「改革」のはじまり――フォーディズムの危機/日本における新自由主義(ネオ・リベラリズム)の台頭と「日本的経営」ブーム/改革への本格的な導引――ICTとグローバリゼーション/フレキシビリティ
  3 「改革」の始まり 日経連の「新時代の『日本的経営』」
  日経連の人事新戦略/フレキシビリゼーションの課題/年功制打破と個別化/雇用ポートフォリオと能力・成果重視の人事制度
  4 人事労務管理「改革」の現実
   �雇用管理――正規雇用と非正規雇用
    雇用形態の多様化とフレキシビリティ/非正規雇用の広がりと多様化/確実に進んだ雇用のフレキシビリティ
   �人事と処遇制度――成果主義の混迷と役割給の台頭
   「ヒト基準」賃金とフレキシビリティ/「成果主義」賃金の混迷/「役割給」の台頭
   �時間管理――長時間労働と規制緩和
   労働時間のフレキシビリゼーション/脱法行為を含んだ時間管理のフレキシブル化の進行
 5 市場志向とアメリカ化の実相
第2章 アメリカン・ドリームの崩壊
 1 アメリカが追いかけてきたもの 一九八〇年代以前
  ウェルフェア・マネジメントと日本的経営/アメリカ型人事労務管理の主流/安定した労使関係を基盤とした社会政策の実現/もう一つの選択――人的資源管理/人的資源管理の導入と働きかたの変化/一九七〇年代――ゆらぎの始まり/労働の人間化(QWL)
 2 アメリカの変化 一九八〇年代以降
  競争相手としての日本/ダンロップ委員会
 3 アメリカの人事労務管理「改革」の現実
�多様化する人事労務 �賃金・評価制度 �職業訓練と能力評価 �人事部の役割
 4 分水嶺としての一九八〇年代
第3章 企業競争力を超えたディーセントワークに向かって
 1 アメリカの可能性
  社会と共生する人事労務管理の必要性/新しいパートナーシップの構築/
  太平洋を挟んだスパイラル
 2 日本の可能性
  新しい時代の雇用安定への模索/新しい賃金制度と均等処遇への道/労働時間短縮と
  ワーク・ライフ・バランス/日本におけるディーセントワークへの道

日本とアメリカを対比させることで、大変面白い視角が浮かび上がってくるのですが、それは序の言葉を引けば、

アメリカの場合は、それぞれの職務(仕事)は職務分析を通して厳格(リジッド)に決められており、また賃金はそれぞれ厳格に決められた職務ごとの職務評価に基づいて決められている(職務給)。その上で、その職務を効率よく遂行できる「ヒト」をあてがう。いわば(価格の付いた)「仕事」に「ヒト」をあてがうのである。・・・ところがICTとグローバリゼーションの進展の中で「仕事」が激変しており、仕事の変化に応じて再編成が必要となるが、そのたびに雇用と処遇を変えていくことは困難であるばかりか、非効率でもある。ヒト中心の人事労務管理が求められる。「仕事基準からヒト基準へ」、これがその方向である。・・・従って、アメリカにおける人事労務のフレキシビリゼーションの課題は、この雇用と処遇が「仕事」にリジッドに結びつけられているあり方を柔軟(フレキシブル)にすることである。

日本の場合はまさにその逆である。日本の、特に正社員(従来までは男性)の場合、まず採用された従業員の学歴や年齢(勤続年数)、キャリアを見極め、その人に適合する職場に配置する。すなわち、学卒者を春期に一括採用し、最初は簡単な仕事をあてがい、その後は定期的に人事異動を繰り返すことで、能力を育成し、その「ヒト」がもっとも効率よく働けるより高度で複雑な仕事をあてがうのである(内部昇進)。いわば「ヒト」に「仕事」をあてがうのである。・・・そこでは賃金が「ヒト」に付いているため、「仕事」が変わっても処遇を変える必要がない。・・・しかしこのやり方は、「仕事」とは無関係に雇用と処遇が決まってしまうため、市場の変化によって「仕事」と処遇に無視できないミスマッチが生じ、しかもコスト高になる可能性がある。従って日本の場合の人事労務のフレキシビリゼーションは、「ヒト」と処遇のリジッド性にメスを入れ、「ヒト」基準から「仕事」中心の人事労務管理へ、これが「改革」の方向ということになる。

アメリカではリジッドなジョブ基準を崩すことがフレクシブル化であり、日本ではリジッドなヒト基準を崩すことがフレクシブル化であるという、一見矛盾するようで、実は極めて本質を突いた説明がされています。

結局、以前のどちらの仕組みも、ある面のリジッドさと別の面のフレクシビリティを組み合わせることによって、労使双方がそれぞれに納得できる妥協が成り立っていたのでしょう。ところが、そこから、一方的にある面のリジッドさだけが摘出削除されてしまえば、労働者にとって依るべき基準は失われ、残るのは使用者側の恣意的なフレクシビリティということになりかねないわけです。

興味深いのは、共同執筆の第3章で、強硬な同一価値労働同一賃金説の遠藤公嗣さんの議論に対して、「職務給でない世界でのそのあり方をどのように構想するのか、これこそが重要ではないのか」と疑問を呈していることです。

遠藤さんも同じ明治大学経営学部にいますし、先日出た山崎さんらの『アメリカの新しい労働組織』報告書の共同執筆者でもあるのですが、ここはなかなか本質的なところでしょう。

本書の著者らがいうのは、むしろ「査定される側、つまり労働組合による人事査定への介入と規制が決定的に重要となってくる」というところです。これは、何が正しいかを先験的に決める基準はなく、集団的労使関係の中で決めるしかない、という労使関係的思考形式がよく現れているように思われます。

なお、山崎さんの著書や報告書に関する過去のエントリは以下の通りです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-e0e1.html(山崎憲『労働組織のソーシャルネットワーク化とメゾ調整の再構築』)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-0914.html(『アメリカの新しい労働組織とそのネットワーク』)


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頭の整理のために

そろそろ騒ぎも一段落かと思いきや、当の政治家の近辺に延焼しかかっているようですが、そういう次元はさておき、ここでは頭の整理のために、もう少し原理的なレベルでものごとの筋道を考えておきましょう。

まず、財の一方的移転を受ける人が労働可能な人であるかそうでないかというのが大きな分かれ目でしょう。日本ではごく最近になるまで健常な就労可能年齢の生保受給者が極めて少なかったのですが、近年それが激増していることがワークフェア的な制度の見直しを要請しているのであり、それはここ十数年来の欧米の動向とも対応するものでもあります。ややもすると坊主憎けりゃ的に取り上げられる大阪市の生保対策も、そういう大きな流れの中ではそれほど踏み外しているわけではなく、そもそも知っている人は知っているとおり、平松前市長の時代から進められてきているものでもあります。

働ける人にはできるだけ働いてもらう・・・というのは、裏返すと、働けない人には働いてもらうわけにはいかないよね、という至極当然の理路になります。ということは、その働けない人以外の誰か、あるいは誰かたちがその人の生活を支えなければなりません。

これは、多くの人々が勘違いをしているところですが、生活保護だけの話ではありません。公的年金もまったく同じ理路から、働ける誰たちが働けない誰たちの生活を支えるか、という問題意識の上に構築されているものです。公的な財の一方的移転という意味では、実のところ何の違いもありません。

ここのところを、あたかも自分が若い頃に貯めた貯金を老後に引き出しているだけだという風な、間違った考え方、事実に反するイデオロギーが、政治家も含めて異常に瀰漫してしまっていることが、日本における公的年金に関する議論をどうしようもなく劣悪なものに貶めてきてしまっているということは、本ブログでも何回も指摘してきたことなので、今更詳しくは書きませんが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-f716.html(年金世代の大いなる勘違い)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-a96e.html(積み立て方式って、一体何が積み立てられると思っているんだろうか?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-545a.html(年金証書は積み立てられても財やサービスは積み立てられない)

ここでは、「年金」という名目で受け取ろうが、「生活保護」という名目で受け取ろうが、労働不可能者への財の一方的移転の経済的本質には何の違いもないという点だけ確認すればいいことです。もちろん、法制的な意味での権利性には違いがあります。

比喩を使えば、輸血しなければならない人に対してどういう名目で血を入れるのか、昔は血液手帳というのがあって、献血したことが記録されるようになっていたわけですが、献血したことのある人だから、その献血量に応じて輸血を受ける権利がある。それ以外の人は権利じゃなくて恩恵としてあげるだけだと言っているようなもので、そういう建前で制度を作ればそういうことになりますが、とはいえ目の前に輸血が必要な人がいれば、輸血しないわけにはいかないでしょう、医学的には。

いうまでもなく、昔自分が献血した血は、その時の誰かに輸血されてしまっているのであって、どこかの血液銀行に冷凍保存されているわけではありませんから、輸血される血は全て他人が最近献血した血です。

積み立て方式などと脳内で言ったって、血は積み立てられませんからね。

で、ここに補足性の原理というのが出てくると話がややこしくなります。本来これは、自分で働いて稼げるならそうしろ、売れる財産があるならまずそれを売れ、というそれなりに当然の話なのですが、そこに親族による扶助もはいってくると、先の血液の比喩に持ち込むとこういう理屈になります。

かつて献血している人は権利があるので、堂々と輸血してくれと言えるけれども、そうじゃない人はまずは親族に血を出せと言わないといけない。逆に言うと、一族に献血していない人がいる場合は、いつそいつが輸血必要になった時に「まずは親族のお前が血を出せ」と言われるか分からない。

血の比喩で語ると、なんだかあまり美しくない、おぞましくさえ聞こえる話になるのですが、経済的にはまったく同じ話をお金の話にすると、誰もあんまり異様には思わなくなるようです。

まあ、血と違って、お金は平等ではなく社会的に大変不均等に配分されているので、「こんなにお金を一杯持っているんだから、お金の輸血が必要な親族に出すべきだ」という理路がわりと素直に通るのかも知れません。ただ、よく考えていくと、この論理は一体何を言っているのか不分明なところがあります。

「こんなにお金を一杯持っているんだから」というのがたくさんお金を供出する理屈であるというのは、そもそも累進課税をはじめとするマクロ的再分配政策の原理なのでしょう。それはそれとしてまことに筋の通った議論ではあります。ところが、それを親族にお金の輸血が必要なときにのみ限ると、たまたま親族に生保を受けてる人がいるお金持ちはそれを当該親族に供出しなければならないけれども、たまたまそういう人がいないひとはそういうめんどくさいことをしなくてもいいということになります。ついでに言えば、たまたま姻族にそういう人がいる場合には、めんどくさいことにならないようにさっさと離婚してまうとお金を堕さなくてもよくなるというのもあるかも知れません。

何にせよ、こういう「親族だから養え」論というのは、近代化の遅れたアジア諸国等でよく見られる現象で、一族の誰かが成功すると、どこからともなく一族と称する連中がうようよ湧いてきて山のように徒食するという事態が観察されるわけですが、今日の日本の有力なマスコミや政治家の皆さんは、日本をそういう社会にしたいとでもいうような異様な迫力を感じさせるものもありますね。

社会が近代化するということは、そういう発想を払拭して、お金をたくさん稼ぐ人はたくさん稼いで、それをたくさん納税して、それが(親族であろうがなかろうが)働けない人々の生活維持のための原資に使われるという社会のあり方に移行するということにはずであったのですけど・・・。

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第85回日本産業衛生学会

本日、名古屋国際会議場で第85回日本産業衛生学会のメインシンポジウムに参加して参りました。

この学会は5月30日(水)から明日6月2日(土)まで連続してさまざまな報告やシンポが行われているものですが、そのうちメインの講演とシンポジウムが今日の午後にあったわけです。

http://jsoh85.umin.jp/program/images/6_1_program.pdf

基調講演 13:30 ~ 14:30
労働と生活の新しいかたち 生活保障の再構築へ
座 長:小林 章雄( 愛知医科大学医学部衛生学 教授)
講 師:宮本 太郎(北海道大学大学院法学研究科 教授)

メインシンポジウム 14:30 ~ 17:00
希望に満ちた労働と生活への構想
座 長:久永 直見( 愛知教育大学保健環境センター 教授)
    榊原 久孝( 名古屋大学医学部保健学科 教授)

シンポジスト:
MS-1 工場法から101 年、日本の安全衛生の歴史に学び“ 健康で持続的な働き甲斐のある” 労働と保健サービスの構築を
岸‒金堂 玲子( 北海道大学環境健康科学研究教育センター)
MS-2 ワーク・ライフ・バランス社会をめざして:日蘭比較から考える
水島 治郎( 千葉大学法経学部 教授)
MS-3 雇用システムの再構築へ
濱口桂一郎( 独立行政法人労働政策研究・研修機構)

MS-4 より良い人間関係と働きがいのある職場の実現―メンタルヘルスの取組み―
杉浦 昭子( スギホールディングス株式会社 代表取締役副社長)
MS-5 がん治療と就労の両立:産業保健スタッフに期待すること
高橋  都( 獨協医科大学医学部公衆衛生学講座)

基調講演の宮本太郎さんは、男性稼ぎ主の雇用労働という旧・労働の第一世界、主婦の無償の家事・ケア労働という旧・労働の第二世界、主婦と学生(息子・娘)のパートタイム・アルバイト労働という旧・労働の第三世界という3つがつながった古い生活保障の世界が解体して、新・労働の第一世界の息苦しさと過労、新・労働の第二世界の不安と孤独という分断と緊張が産み出されていると分析した上で、例によって「翼の保障」によって生活保障を再構築していくという見取り図を描きます。

そういう構図をまったく理解もしないで、ただひたすら税と社会保障の一体改革を低次元の批判で攻撃する人々への徒労感も、ちらほらと感じられる基調講演でした。

その後のシンポジウムは上記のメンツがそれぞれの話をしたわけです。

このうちわたくしだけがパワポも一切使わず、適当に漫談風に喋ってたというのは公然の秘密ですが。

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