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2012年5月 4日 (金)

サービス経済化と労働の変容

ツイッター上で、『日本の雇用終了』についてコメントされている方を見つけました。

http://twitter.com/#!/tkz3/status/198050856069906434

『日本の雇用終了』JILPT第2期プロジェクト研究シリーズを読了。使用者と労働者とに間にある「対人関係業務における「信頼」や「コミュニケーション」の客観的認識」のズレから始まり雇用終了へとつながる事例が多く取り上げられています。サービスの消費者ともおそらくズレがあるんだろうな…

http://twitter.com/#!/tkz3/status/198056271704895492

(同書pp169)「物的労働における能力の認識評価が生産物という形である程度客観的に現れるのに比べると,その認識評価を共有することの本質的困難性をもたらしているように思われる.」使用者ー労働者,提供者ー受益者…ずれがあちらこちらに.「ずれ」に対する気になりが再生産される構造.

ここで「KOMAZAKI Toshitake」さんが引用されている部分を含む事例を全文示しておきますと、

・30449(非女)普通解雇(36万円で解決)(50名、有)

 学童保育指導員。子供たちからの信頼も厚く、コミュニケーションがうまくとれ、企業の利益に貢献していたのに、解雇通告された。

 申請人は感情的になって言い合いをしたり、児童を傷つけるような言動を行うなど、児童と直接接する業務に全く不向きであり、主任指導員を介して適宜指導を行ったが、素直に聞き入れるどころか、自らの意見に固執して反発したため、やむを得ず契約の打切りを通告したもの。この団体は社会教育団体で企業ではないので、ボランティア精神が必要である。

 労使双方の労働の実績に対する認識評価がまったく正反対に近いほど異なっている事案である。対人関係業務における「信頼」や「コミュニケーション」の客観的認識が、労働者自身の主観的認識と恐ろしいほど食い違っていることは、物的労働における能力の認識評価が生産物という形である程度客観的に現れるのに比べると、その認識評価を共有することの本質的困難性をもたらしているように思われる。サービス経済化による能力認識の困難性という問題は、今日の労働過程を考える上で重要な論点となるのではないか。

このほかにも、サービス経済化による労働の変容という問題意識を刺激するような事例が結構多く見られます。

この事例は含みませんが、「顧客とのトラブル」という項目に23件上がり、その項目の最初と最後で、わたくしは次のように述べています。

(4) 顧客とのトラブル

 同じトラブルでも、顧客とのトラブルは雇用契約の目的である業務の遂行に直接関係するものであるが、必ずしも意図的な行為ゆえのトラブルとは言えず、むしろ業務遂行上の気配りの乏しさゆえトラブルが発生することが多いという意味では「能力」を理由とする雇用終了と類似した面もある。件数は23件で、うち金銭解決したものは9件とかなり多めである。おそらく職務の違いゆえであろうが、解決金額も訪問看護の3万円から医師の160万円、専門学校講師の215万円まで分散している。

 顧客とのトラブルが雇用終了の理由となるのは、事業活動において顧客とのある程度長期的な関係を良好に維持することが重要であり、特定の労働者のサービス提供上における行動が顧客との関係を悪化させることが事業運営上に好ましくない影響を与えるという状況が一般的に存在していることを物語っているであろう。これは、とりわけ、日本においては顧客のサービスへの要求水準が極めて高く、事業側も顧客の意向に沿うことを最も重要と考える傾向にあることから、より強められている可能性がある。

 しかしながら、労働者と顧客との間で発生するトラブルが常に労働者の責めに帰すべきものであるとは必ずしも限らず、近年社会問題ともなっているモンスターペアレントやモンスターペイシャントと言われるような不当な要求を行ってトラブルを発生させる顧客も存在しうることを考えると、顧客とのトラブルの発生自体に雇用終了を正当化する要因があるとは限らない面もある。

 ややマクロ的観点から言えば、産業構造が製造業中心からサービス産業にシフトしていく中で、業務運営上顧客との円滑なコミュニケーションの持続が強く求められるタイプの労働が増大してきていることが、顧客とのトラブルを理由とする雇用終了の背景事情としてあるとも考えられる。近年労働社会学で注目されている「感情労働」の問題などとも関連するであろう。

・・・

 以上、顧客とのトラブルを理由とする雇用終了事案を概観して浮かび上がってくることは、現在のサービス化する経済社会においては、顧客の権力が極めて強大化してきているということではなかろうか。もともと、雇用契約においては、使用者が指揮命令権を有し、労働者がそれに服従すべき義務があるという意味において、上下の権力関係が存在しているが、顧客との間にそのような権力関係があるとは想定されていない。しかしながら、サービス経済においては、サービスの受け手である顧客が労働者の労務提供行為それ自体に対していちいち注文を出し、使用者としては顧客の意を迎えるためには、もっぱらその注文に服従する以外にないという状況が一般化するように思われる。

 上掲の各事案においても、「来年度以降は契約を締結しないとまで言われており」(10154)、「どんな理由であれ、会社は得意先を失うことはできず」(20205)、「請負先が人を入れ替えてくれという以上、従わないわけにはいかない」(30533)と、使用者にとっての雇用終了の「やむを得なさ」を説く言辞がみられる。

 この点をさらに深く検討すると、雇用契約に基づく労働者の使用者に対する労務(サービス)の提供行為と、労働者を履行補助者として用いて行われる使用者の顧客に対するサービスの提供行為とが、サービス経済化の中で徐々に区別しがたくなり、顧客が労働者の労務提供の態様自体に対して、あたかも指揮命令権を有する使用者のような権力を使用者を通じて行使するというような事態が現出すると考えることもできる。この点は、さらなる考究が必要であろう。

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