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2012年5月17日 (木)

日経「経済教室」の読み方

昨日、今日と、日経新聞の「経済教室」で、「高齢者雇用を考える」というエッセイが載っています。昨日は八代尚宏さん、本日は安藤至大さん。明日も「下」があるようですが、とりあえずこの2回分でコメント。

まずもって、日経の見出しの付け方が「規制による延長は弊害大」とか「一律義務化は不適切」と、いかにも高齢者雇用に対する敵意を示すかのようなものになっているのは、いささかミスリ-ディングの感があります。内容自体は、まともな労働経済学者の議論として、9割方は同意しうるものなのですから。

実際、八代さんは

働く能力と意欲のある高齢者が働き続けて、より多くの所得税や社会保険料を負担することは財政収支の改善を通じ、間接的に労使の負担軽減に貢献する。・・・その意味で、高齢者の労働市場参加は社会全体にとって望ましい。

と、世界の常識を淡々と述べています。彼が批判するのは、

個人の仕事能力の差は、年齢とともに広がる傾向にあるが、それに見合った処遇差を十分につけられない大企業の人事管理は、定年時までの雇用と年功賃金を保障することが「平等」であるとの思想に基づいている。このため企業にとって、必要としない労働者を解雇できる唯一の機会が定年退職時となる。

しかし、画一的な定年退職では、企業にとって専門的な技能を持つ有為な人材も、同時に手放さざるを得ない。

という日本型雇用システムであり、

定年制が日本のように平等な仕組みとしてではなく、むしろ禁止されているのが米国であり、欧州も同じ方向に向かっている。仕事能力の差に応じた雇用契約や賃金のもとでは、一定の年齢に達したというだけで解雇することは「年齢による差別」と見なされるためだ。労働者全体から見れば、こうした欧米の論理の方がはるかに公平ではないか。

と、むしろ年齢差別禁止法の導入を主張します。

これはこれで筋の通ったまっとうな議論です。少なくともレベルの低い「ワカモノの味方」とは違うことが分かります。

問題は、肝心の日本の企業が到底そのような主張を受け入れる可能性がない中で、せめて高齢者雇用を推進するにはどういう手段があるのか、という政治的選択肢の問題なので、少なくとも、そういう次元で論じないと、八代さんの意図をトンデモな方向にねじ曲げる危険性があることは留意が必要でしょう。

本日の安藤さんのエッセイも同様です。

基本的に、法案が現行通り定年延長ではなく継続雇用制度としていることから

この法案が理由で、若年層の正規雇用の職が失われるとは考えにくい

新たな制度により失われる若年者の雇用は非正規の仕事が中心になるだろう

とし、その評価について

長期的な技能形成に役立つ仕事ならば若者が雇用された方が望ましい。高齢者は先にリタイアするが、若者は先が長いからだ。反対に、熟練を必要としない仕事ならば、高齢者が雇用されて、若者は職業訓練を受ける方が望ましいと言うことも考えられる。

と肯定的に見つつ、一方で、

とはいえ多くの場合、それが非正規雇用であっても、実際に仕事をすることによる技能形成の方が有益だ。従って高齢者の継続雇用を義務化するよりも先に、若者の雇用を確保するか、少なくとも同じ水準で雇用を確保すべきだ。

とやや否定的なコメントもしていますが、そこは先の八代さんの言うように、マクロ社会的に高齢者であれ若年者であれ労働市場にできるだけ多く留めておくための政策が重要なのであって、消極的権限争いをするべきところではないでしょう。

各論レベルでは、安藤さんの提言はまさに私が主張しているところと重なるところが多いです。

まず現在の法案では、関連会社などでの雇用でも可とされているが、これを「社外であっても、働く場を実質的に準備できればよい」とするなど、企業に工夫の余地を与えてはどうか。

これは単なる仕事のあっせんとは違う。あっせん先がなければ、自社での継続雇用が求められるからだ。

こういう外部労働市場まで含めて企業の高齢者雇用確保義務の中に含めて考えようという発想は、肝心の労働法学者の中には賛成する人は全然見当たりませんが、安藤さんは数少ない味方のようです。(『季刊労働法』236号「高年齢者雇用法政策の現段階」参照。これはまだ最新号なので、HPにアップされていません。)

また、

最後に、継続雇用の義務化では救われない層がいることへの配慮も求められる。

というのも、上記論文で指摘していることです。

なんにせよ、日経新聞がつけた見出しだけで分かったような気分になるのではなく、ちゃんと中身を読むことが必要です。

八代さんの文章中の次の一節など、私が繰り返し述べていることでもあります。

・・・判例に依存した日本の解雇規制では、裁判に訴えられる大企業の労働者を保護する一方で、そうした余裕のない中小企業では事実上の解雇自由に近い。

自分が在籍した大企業しか目に入らないたぐいの議論とは違い、こうしたマクロ的な視野をもった経済学者の議論というのは政策を進める上で重要です。

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