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2012年5月11日 (金)

テクノクラート目線

本日、人事院公務員研修所で、初任行政研修の(先日の講義での課題を受けての)報告発表を聴いてその講評をするというお仕事。

あらかじめ用意していた言葉では全くなかったのですが、彼ら新人官僚たちの作った報告を聴いていて、思わず口を衝いて出たのが「テクノクラート目線になりすぎてはいけないよ」という言葉。

でも、思うにこれは、近年の「公共政策論」だの「公共管理論」だのといった学問の議論の仕方が、妙に現実の複雑なひだひだを抜きにした、きれいきれいな紙の上では一見もっともらしくみえる議論をし過ぎていることの弊害が表れているんじゃないか、と思いました。

実際に行政なんてことをやっていくと、世の中そんなに紙の上の理論みたいに合理的に動くわけではない、その非合理に見える人々をどう動かすかが腕の見せ所なんだよ、という情景にいくらでも出合うわけですが、その辺があまり理解されていない。

独裁国家で、国民の文句なんて気にせずにやれる国の行政官なら、教科書に書いてあるからと押し通すこともできるかも知れないけれど、そういうわけにはいかないのが民主主義国家でしかも人権を尊重しなければならない政府の役人の務めだということが、あまり分かっていない。

まあ、独裁国家であり得る企業をモデルにし過ぎるとそうなるという面もあるのかも知れないけれど、やはり、とりわけ労働や教育を含めた社会政策というのは、そうたやすくテクノクラート目線で物事をうまく扱えるわけのものではないということは理解して欲しいなあ、と思ったものでした。

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