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2012年5月 9日 (水)

週末を犠牲にしてでも取り組みたい仕事

「あごら」ですが、常見陽平さんが書いているので、そしてとても重要なポイントがさりげなく入っているので、ちょいとコメント。

http://agora-web.jp/archives/1454612.html(アップルが新入社員に渡すメッセージがブラック企業みたいな件)

常見さんが「吐き気を催す表現」とまで罵倒しているのが、この

週末を犠牲にしてでも取り組みたい仕事

って台詞です。

わたくしは、もちろん、

一見すると美談だが、人間には休息が必要である。「24時間働く」なんて大量の滋養強壮剤を飲まされたバブル期のサラリーマンみたいなことを言って酔っている場合じゃない。

という常見さんに賛成なのですが、それはもちろん、この台詞が労働者(いわゆるサラリーマンも当然含む)に向けて吐かれるという前提での話です。

経営者、あるいはむしろ企業家といわれる人々には、別の人生の見え方があり、考え方があり、生き方があるのはまた当然です。

問題は、そういうベンチャー企業家が、自分たちにのみ適用可能であるはずの倫理規範を、本来適用してはいけない自分が指揮命令して働かせているところの労働者にそのまま要求してしまったり、場合によってはその指揮命令を受けて労務に服している労働者ご本人が、あたかも自分をベンチャー企業家か何かであるかのように思いなして、当該労働者には向かない倫理規範を自分だけではなく他の労働者たちにも押しつけたりしようとし出すときに発生します。

そしてそういうたぐいの人が、自分のイデオロギーに沿わない人に対してぶつけるのが、この常見さんのエントリにつけられたコメントの筆頭に出てくる

この記事を憐れんでしまうのは、彼は根っからのサラリーマンであり、いまだ人生総てを懸けうる仕事に出会っていない「未熟児」であるが故だ。

というようなよくある(ほんとによくある)台詞であるわけです。(このコメント者が自ら企業家であるのか、それとも「気分は企業家」なのかは分かりませんが)

根っからだろうが枝葉からだろうが、指揮命令を受けて労務に服する労働者(サラリーマン)と企業家は違うのですけどね。

このあたり、例によってyellowbellさんの皮肉な表現を引きますと、

http://h.hatena.ne.jp/yellowbell/243606813759878176

自営業もそうなんですけど、経営者の仕事に対する感覚って、基本的に24時間365日フルタイムなんですよね。オンもオフもない。出会いが遊びに繋がり遊びがコネに繋がりコネが商売に繋がり商売が新しい出会いに繋がり、ぐるぐる回りながらその図体を維持する台風のようなサイクルができあがってく。

雇われ営業職の一部にもそれを求められる業態はあるにはあるんですが、そうした感覚っていわゆるサラリーマン的な働き方とはとても相性が悪いんだと思います。そして、多くの被雇用者にとって、いわゆるサラリーマン的な働き方って、本来責められたり揶揄されたりする筋合いのものではないんですよね。労働のモチベーションをどこに見出すかなんて、その人個人の自由なんですから。とはいえこのあたりは、「カネで自由を買ってるんだ」ってタイラントな人々にはどうあってもわかっていただけませんよね。

問題は、組織のTOPが組織とTOPである自分と組織に雇われている従業員とを明確に区分けできてればいいんですけども、未来の成功を信じて疑わない系、特に組織と自分の成功が部下の成功と一体になってる系のTOPは、ついつい「組織をよくすることが社会への貢献!社会のために組織をよくしよう!そのために、従業員諸君にはオンオフなんてありえない!休みのときも、常に組織の一員として情報を発信しまた収集してほしい!だってやれば成功するんだもの!やらない言い訳聞きたくない!」的なことを言ってしまいがちなんですよね。

という話だけだと、ああ、あのブラック企業論のところでやってたあの話ね、というだけで終わっちゃうんですが、これをもう少し引っ張ると、実は日本と欧米の労働社会の(余り指摘されない)一番大きな落差って奴につながってくるわけです。

1 それは、先に海老原嗣生さんの『HRmics』12号で述べた「「ふつうの人」が「エリート」を夢見てしまうシステムの矛盾」で述べたことなわけですが、

http://homepage3.nifty.com/hamachan/hrmics12.html

エリートの問題についても大きな違いがあります。アメリカではエグゼンプト(exempt)、フランスではカードル(cadres)、ドイツではライテンデ・アンゲシュテルテ(leitende Angestellte)といいますが、残業代も出ない代わりに、難易度の高い仕事を任され、その分もらえる賃金も高い、ごく少数のエリート層が欧米企業には存在します。彼らは入社後に選別されてそうなるのではなく、多くは入社した時からその身分なのです。

一方、「ふつうの人」は賃金が若い頃は上がりますが、10年程度で打ち止めとなり、そこからは仕事の中身に応じた賃金になります。出世の階段はもちろんありますが、日本より先が見えています。その代わりに、残業もほどほどで、休日は家族と一緒に過ごしたり、趣味に打ち込んだりといったワークライフバランスを重視した働き方が実現しています。

日本は違います。男性大卒=将来の幹部候補として採用し育成します。10数年は給料の差もわずかしかつきませんし、管理職になるまで、すべての人に残業代が支払われます。誰もが部長や役員まで出世できるわけでもないのに、多く人が将来への希望を抱いて、「課長 島耕作」の主人公のように八面六臂に働き、働かされています。欧米ではごく少数の「エリート」と大多数の「ふつうの人」がいるのに対して、日本は「ふつうのエリート」しかいません。この実体は、ふつうの人に欧米のエリート並みの働きを要請されている、という感じでしょうか。

いってみれば、新入社員全てが「係員島耕作」として「社長島耕作」になったつもりで「週末を犠牲にしてでも取り組みたい仕事」にがむしゃらに取り組む・・・という日本型雇用システムを構築してきたわけであり、それがベンチャー企業家礼賛とくっつくと上記のようなコメントが化学合成されるというわけですね。

結構深いネタでした。

(追記)

ということがまったく分かっていない「人事コンサル」氏がいるから困るんだけどな。

http://www.j-cast.com/kaisha/2012/05/08131329.html

日本と諸外国の働き方の違いを簡単に説明すると、会社が責任を持ってきっちり管理するのが日本、個人がある程度の裁量を持って自己管理するのが他国、というくくりになる。

日本の場合は、労働者は裁量を放棄する代わりに、企業が(終身雇用も含めて)きっちり労務管理をするというのが建前となっている。でも、現実にはそれはとても難しい。

まったく逆であってね。

雇用契約のジョブ・デスクリプションに書いてあること「だけ」を、きちんとやり「さえ」すれば、それ以上余計な「何で自分で考えて仕事をしない?言われたことだけやってればいいと思っているのか?」などと、労働者に対する台詞とは思えないようなことを言われる心配がないのが、欧米のジョブ型の働き方であり、

「会社の仕事は全てお前の仕事と心得よ」とばかり、ある意味で「裁量性」の高い仕事をやらされるのが日本のメンバーシップ型の働き方なんだが。

「個人がある程度の裁量を持って自己管理する」なんてのは、まさにエグゼンプトやカードルといったエリート労働者の話。普通のそんじょそこらのノンエリート労働者はいうまでもなく「労働者は裁量を放棄する代わりに」余計な責任を負わされない。

064198 なお詳細は、海老原嗣生さんの『就職、絶望期』(扶桑社新書)の巻末近くに図と一緒に載っているので参照のこと。

てか、この本の巻末には海老原×城対談まで載っているんだから、当然読んでるはずなんだが・・・。

(再追記)

ちなみに、冷泉彰彦さんはまたちょいと違う視角からこの話題を取り上げていますね。

http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2012/05/post-429.php(「週末も働け」というアップルが必ずしも「ブラック」でない理由)

確かに常見氏の言うように、この種の「メッセージ」をいきなり新入社員に突きつけるような会社があったら、日本では相当に「ブラック」でしょう。ですが、シリコンバレーのアップル本社「キャンパス」に入社した若者に、仮にこうしたメッセージが渡されるのだとして、そこには「ブラック性」はないのです。

 それはアップルが良心的な会社だからではありません。一般に、アメリカの労働慣行では開発を担当する技術専門職には、労働の「裁量権」というのが認められているからです。時には「週末を潰すぐらいのやりがい」がある、そんな種類のプロジェクトに関わっている技術者には「今日は調子が出ないので3時で帰ってリフレッシュ」とか、「進捗が順調なので金曜は休んで3連休」という自由があるのです。

と、言葉の本当の意味での裁量性があることを強調するのですが、しかしその後で語っていることは、上で私が述べたことと共通していますね。

いずれにしても、こうした現場での「社員」というのは、大学や大学院で最先端の技術を学んだか、他社から引きぬいた人材で、スタート時点での年俸は8万ドルを下回ることはないでしょう。更に言えば、仮に上層部とケンカしたり運が悪くて低評価になって辞表を出したりしても、労働市場がちゃんとあり、能力さえあれば他社から好条件で迎えられる可能性は十分にあるわけです。

 1つ注意しておかねばならないのは、こうしたメッセージはあくまで高度専門職・管理職向けのものです。例えば「アップルストア」のローカル採用組などには一切適用していないはずです。週末返上うんぬんという部分が労働法規違反に受け取られる恐れもありますが、それ以上に「ビッグな何かができる」という表現が、将来の昇進昇格の可能性を約束しているように受け取られる危険があるからです。

エリートはエリートらしく、ノンエリートはノンエリートらしく、それぞれにふさわしいやり方でやっているから、どちらも文句を言わなくて済む。

ただ、やはり冷泉さんの主たる関心は、ノンエリート層よりもエリート層の方にあるようで、

この種の「ブラック性」に若者が押し潰される危険も気になりますが、一方で、私としては、日本の産業界が、アップルのような働き方を好む世界の最先端人材を使いこなせないという問題も大変に気になります。

正直言って、認識枠組みは相当程度共有しつつも、やはり関心の向きはだいぶ違うなあ、と感じたところです。

(最後に)

当の常見さんが、

http://twitter.com/#!/yoheitsunemi/status/200161726715543552

最近「君は池田信夫さんのアゴラで書いていて、田中秀臣さんとTwitterでやりとりしていて、仲が悪い2人の共通の敵である濱口桂一郎さんのブログで紹介され、他にも立場の違う人とつながりのある君って何なの?」と突っ込まれたのですが、私は論壇島耕作を目指したいのです。

と島耕作風にまとめたところで、いいオチがつきました。チャンチャン、というべきなのでしょうか・・・。

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