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2012年5月15日 (火)

CIETTパネルの議事録アップ

Top_image_3去る3月6日の「Ciettリージョナルワークショップ-変化する労働市場における人材派遣業界の役割を考える-」については、本ブログでも何回か紹介してきましたが、本日日本人材派遣協会のサイトに詳細な議事録がアップされましたので、わたくしの発言部分を引用しておきたいと思います。

http://www.jassa.jp/ciett/ws/report/

http://www.jassa.jp/ciett/ws/report/pdf/120306ciett-ws_PanelDiscussion.pdf

濱口 濱口でございます。

今、鶴さんから経済政策の観点からのコメントがありましたので、私からは主として労働を中心とした法政策の観点からお話をしたいと思います。とりわけ世界的に見れば、日本も含めて、派遣事業については規制から規制緩和の方向に向かっていたものが、なぜ2000年代の半ば以降事業規制強化の方向に向かっていったのかということについての、ある種政策分析的観点からのお話をしたいと思います。

実は若干、あるいはかなり皆様の耳には痛い話をさせていただくかもしれません。そして、これから私がお話しする話は、恐らく本日いらしているCiettの方々にとっても余りほかで聞いたことのない重要な話になるのではないかと思っております。

恐らく一番大きな理由は、間違いなく日本の社会における正社員モデルの優位性であります。つまり正社員、レギュラーワーカーだけがディーセントな働き方であって、派遣を含めた非正規労働はディーセントではないんだという考え方が非常に強固にある。とりわけ労働組合のほうにある。しかし実際は、とりわけ労働時間を見れば、決して正社員の働き方がディーセントであるわけではない。雇用はある程度不安定であるかもしれないけれども、逆にほかの面で様々なディーセントである面が恐らく派遣を代表とする非正規労働にあるはずなんですが、そういうイメージが必ずしも浸透していないということだろうと思います。しかしながら、実はこれは既にかなり指摘をされてきているところです。それだけであるならば、1990年代、そして2000年代半ばまで着実に規制緩和が進められてきたことがなぜ逆転したかという説明にはなりません。

私が思いますに、2000年代半ば以降の規制強化、とりわけ派遣事業を事業としてやることに対する事業規制が、ある意味政治家、マスコミ、その他の人々を巻き込む形で進められてきたその大きな理由は、1つには正社員モデルが非常に強いということもありますが、実は派遣業界そのものの戦略的な誤りがあるのではないか。あるいは、派遣業界という言い方は正しくないかもしれませんが、派遣業界に属する方々や周辺の方々の今までの議論、ディスコース(言説)のあり方に過ちがあったのではないかと思っております。それはどういうことかといいますと、日本の派遣規制というのはもう四半世紀前に作られました。基本的には正社員モデルがいいということを前提として、正社員に代替しないことを最優先の目標とする形で作られました。従って、派遣事業の立場、あるいは派遣労働者の立場から見れば極めて不満足な仕組みであったことは間違いありません。私はずっとそう思っておりますし、現在でもそう思っております。

しかしながら、そういった事業規制を改善すべきである、緩和すべきであるという議論を展開する中において、ややもすると行き過ぎがあった。その行き過ぎというのはどういう意味かというと、派遣労働者がよりもっと自由にディーセントな形で働けるようにしていくという目的を明確にするのではなく、あるいはそれを上回って、一般的な労働規制、まさにILOが言うディーセントワークであるとか、労働基準法に代表されるような様々な労働者一般に対する労働規制に対しても極めて敵対的な言辞を弄してみたり、本日のプレゼンにもあったようなソーシャルパートナーシップ、労使の協議、交渉によってあるべきディーセントワークを考えていく。そのディーセントワークの中身が何であるかは一方的に国が決めるべきものではなくて、まさに労使が話し合って、ある人にとってはこのほうがディーセントであるというような形で作っていくものである。そういう道筋が本来あるべきだったと私は思うのですが、ソーシャルパートナーシップのあり方に対してもまた敵視するような議論と、残念ながら派遣事業規制緩和の議論がないまぜになる形で進められていったということに実は大きな原因があるように思います。

最も典型的な例を挙げますと、例えばILOなんか要らないんだとか、あるいは厚生労働省や労働基準監督署なんか要らないという議論、こんなことを派遣業界が言う必要はなかったと私は思います。むしろ必要なはずです。しかし、世間的には、あたかも派遣業界というものは、ディーセントワーク、ソーシャルパートナーシップに敵対する人々であるというような間違ったイメージを作ってきた。そのことに、ここにいらっしゃる1人1人に責任があると言うつもりはありませんが、しかし少なくとも連帯責任の一端はあるのではないかと、実は反省をしていただきたいところがあります。こういう中でリーマンショックが起こって、先ほど坂本会長が感情論と言われましたし、長勢議員は誹謗中傷と言われました。全くそうなんですが、なぜそういうことが起こったかというと、実はそういう観念の不幸なコンビネーションがあったということがその原因にあるのではないかと思っております。

ここまでが私の分析でありまして、ではどうしたらいいかについては第2ラウンドでお話をしたいと思います。ありがとうございました。

濱口 ある意味で先ほどの話の続きといいますか、別の観点からになると思うんですが、八代先生が代替があるのかないのかという形で問題提起されたんですが、実は、こんなことをここで言っていいのかどうかわかりませんが、代替するのは当たり前だと思っています。世の中がどんどんグローバル化し、そして技術革新がどんどん進む中で、雇用という側面においては安定した部分が縮小していくこと自体は、それのみを悪であると考える必要は必ずしもないのではないかと私は思っています。むしろ問題なのは、代替ということで言うならば、ディーセントな働き方がノンディーセントな働き方によって代替されているとするならば、それこそが問題のはずであります。従って、問題の設定の仕方が若干ずれているのではないか。

そして、実は先ほどの話ともつながるのですが、日本の派遣法、派遣規制というものは、派遣を特定の業務に限定することによって、こういう特別の職種のみで派遣を認めているのだからそれ以上に保護する必要はないのだという、ある意味で余り根拠のない思い込みの上に法規制が成り立ってしまっている。従って、それがどんどん拡大することによって下手をするとノンディーセントな形に落ち込んでしまうかもしれない派遣というものをきちんと下支えするシステムが、規制が厳しいと言いながら、その規制というのはあれをやってはいけないこれをやってはいけないという規制だけであって、やるときにはこうしろというその規制が極めて緩い、あるいはほとんど欠如しているというところに実は最大の問題があるのだろうと思っています。

そして、そこを何とかしようとすると、今までの正社員モデルの考え方というのは、企業の中で話が完結するわけです。企業の中の経営側と正社員の組合が話し合って物事を決める。ところが、派遣というシステムはそこだけでは完結しません。これは企業の枠を超えた諸々の下支えするようなシステムを必ず必要とするんですが、残念ながら日本は企業別の正社員システムが非常にうまく作られてしまったために、逆にそれを外側から支えるシステムが非常に未発達である。そして、その未発達なところに派遣という仕組みを導入して、きちんと支えるものがないまま動かしてきたがために、先ほど、龍井さんも指摘していますし、私も今いる組織で様々な個別の労使紛争の研究をしておりますけれども、やはりいろんな問題が発生してきます。これをどうするかというのは、四半世紀前につくられた派遣法の発想から脱却して、そして真にディーセントな働き方を確保するためにはどうしたらいいか立ち返るというか、日本はもともとそこがないので立ち返るのではないんですが、グローバルなスタンダードであるそこに立ち返ってそういう話をしていかなければならないのではないかと思っております。

そして、それをやっていく上で一番重要なパートナーというのは、皆さんは意外に思うかもしれませんが、実は労働組合だと思います。先ほどのプレゼンの中で、日本では労使協約が定められている国に入っているとか、あるいは労組対話型であると書いてあります。日本は、企業内の正社員との関係においてはある意味で最もそういうタイプの国ですが、しかしながら、一旦そこを外れると一番関係が薄い国であります。その薄さが派遣という働き方に対する、先ほど、坂本会長が言われる感情論とか、あるいは長勢議員の言う誹謗中傷といった言葉が出てくるその培養土になっているということも改めて認識する必要があるだろうと思います。企業経営で何かするときに、アンチビジネスの発想で外から攻撃するときに一番頼りになるパートナーは企業内組合なんです。冗談じゃない、そんなことをするな、ここで働いている我々の生活をどうしていくんだと、派遣において派遣労働者の利益を代表して日本の社会の中でそれを言う人々というのはいません。いないがゆえに、例えばさっき松井さんが言ったように、秋葉原でたまたま派遣労働者が人を殺したら、これは派遣が悪いからだということをマスコミが言うと、それは違うというふうに派遣労働者の立場で言う人がいないのです。派遣会社が言っても信用されないんです。ここが非常に重要なところだと思います。

濱口 先ほど八代先生がボイスとイグジットということを言われまして、ここは恐らく八代先生と一番意見が違う、ニュアンスが違うところかなと。ボイスとイグジットのどちらかがあればいいということはない。そもそもベルリンの壁があったときの東ドイツ人にボイスの自由があったかと言うと、そんなものはなかった。ハーシュマン自身もたしか言っていたと思いますが、ボイスがあるからイグジットができるし、イグジットがあるからボイスができるんだという関係だろうと思っています。その意味では、派遣労働者にきちんとしたボイスのメカニズムがないというのはやはり考えなければいけないことだろう。

そして、ここからは実は大変コントラバーシャルな問題に、あえて火の中に手を突っ込むような話をしますが、労働組合はもちろん自発的な団体でありますから、会社あるいは業界団体が作れというような話ではないのですが、しかし、ボイスのためのメカニズムとして、例えばヨーロッパにあるような従業員代表システムといったことは十分考えられていいのではないか。そしてそれを個別企業というレベルだけではなくて、派遣業界というレベルで、実際に派遣で働いている方々のボイスをきちんと表に出すようなメカニズムは、組合が作らないからないんだよと言っている話ではないのではないかと思っています。これは、労働組合とはそもそも何ぞやという大変コントラバーシャルなところに触れる話なのですが、ここでそれをどれだけ議論する時間があるかどうかわかりませんが、実は八代先生が言われたボイスとイグジットということから引きつけて言うとそういうふうに考えております。

ちょっと違う話というか、先ほど龍井さんがちらっと言われた話でもあるんですが、私は今いる研究所で個別労働紛争の研究をしているんですが、実はそのうち1割近くが派遣労働関係者です。これは日本の労働市場における派遣労働者の比率からするとかなり高いです。なぜ高いかというのは多分色々な理由があるだろうと思います。やはり派遣だから文句を言いやすい、外に持ってきやすいという面はあるのかもしれないですが、現実に発生した紛争をそこまで持ち出さずに解決するメカニズムが余りうまく働いていないのではないか。これもある意味でボイスとも関わる話だろうと思います。

私は、四半世紀前につくられた日本の派遣法のシステムには大きな問題があると思いますが、しかしながら、それに代わる本当の意味での派遣労働者の保護になるような仕組みをどうすべきかということについて、ぜひここに集まっていらっしゃる多くの派遣業界の方々に真剣に考えていただきたいと思っています。

濱口 私もCiettの皆さん、日本人材派遣協会の皆さんに感謝したいと思います。そして、その立場に成りかわるわけではないし、そんな資格もないのですが、ぜひ今日お集まりの派遣業界の皆様には、この結構分厚いCiettの報告書をぱらぱらっと見るのではなく、よくじっくりと読んでいただきたいと思います。ここにはディーセントワークとかソーシャルパートナーシップという、恐らく皆さんは今まで聞いたこともない何じゃそれというような言葉がいっぱい乱舞しております。しかし、少なくともムンツさん初め、Ciettの中心にいらっしゃる方々はそういう世界で派遣を運営してきておられるんです。

そして、だからこそそういった国々では派遣は市民権を持って、決してここ数年来の日本で行われたような、先ほどの言い方で言うと感情論や誹謗中傷でない世界で運営しているのだということを学んでいただくためにも、この若干分厚くて重くてなかなかの荷物になるものを読んでいただければ幸いだと思っております。

非常に重要なことを言っておりますので、上っ面で読まないようにしていただければさいわいです。

なお、リンク先には動画もアップされていますので、リアルな発言を見聞きしたい方はそちらをどうぞ。

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