解雇の金銭解決 by 野川忍先生
野川忍先生が、先日の日経記事に触発されてか、解雇の金銭解決について連続ツイートしておられますが、
http://twitter.com/#!/theophil21
解雇の金銭解決(1)「解雇の金銭解決」というテーマが現実の制度として検討されつつある。日経も非正規労働者のサポートという観点から解雇の金銭解決制度を導入する論陣を張っている。やがて労政審でも取り上げられるであろう。解雇を金銭で解決するとはどういうことか。なぜ検討されているのか。
解雇の金銭解決(2)一般の理解は、「金を払えば解雇できるという制度」もしくは「解雇されても金は取れる制度」というものであろう。しかしそれは間違い。解雇の金銭解決とは、「解雇が法的に無効であっても、一定の金銭を使用者に払わせて雇用関係を解消させる」制度である。
解雇の金銭解決(3)現在の仕組みでは、解雇が法的に争われて無効という判決が確定すると、使用者は労働者を復職させる義務を負う。しかし、アメリカや欧州諸国などでは、違法解雇の効果は金銭による補償ないし賠償が主であって復職はまれである。すると使用者の負担は日本より軽いとみなされる。
解雇の金銭解決(4)特に具体的に問題視されているのが整理解雇である。たとえばアメリカと比べると日本では整理解雇に対する法的判断は非常に厳しく、使用者は整理解雇に踏み切ってもそれが無効とされるリスクが大きい。そうすると、アメリカ企業との国際競争にはそれだけで不利になると考える。
解雇の金銭解決(5)そこで日本の企業は、「違法な解雇であっても一度解雇した労働者を復職させるのは負担が大きすぎる。金銭補償で勘弁してほしい」。と主張することになる。この主張に正当性はあるか。あながち全くないとは言えない。
解雇の金銭解決(6)仮に日本の労働市場がアメリカのように流動性が大きく、失業期間がきわめて短くて、解雇された労働者もすぐ新しい仕事が見つかり、しかも新しく就いた仕事の方が給与が高かったということも珍しくない、というような状況があればそれなりに傾聴に値する主張である。
解雇の金銭解決(7)また、労働者の側も、自分をくびにするような使用者に「捨てないで」とすがりつかなくてはならないよりは、「こっちからやめてやらあ!」と啖呵の一つも切って「その代り安くないぜ」と十分な転職費用をぶんどってただちに転職できる、というのなら一考の余地があろう。
解雇の金銭解決(8)もちろん、実際には日本の労働市場はこんなことが現実化する状況にはない。解雇は諸外国でも労働者にとって打撃であるのは変わらないが、日本におけるその脅威は比較にならないほど大きいのが現実である。
解雇の金銭解決(9)もし日本の経営者が解雇の金銭解決を現実化したいのであれば、労働市場の構造や会社における人事の在り方を抜本的に改革することが先決である。解雇されてもそれほど労働条件が変わらない転職ができる可能性を高める工夫を真剣に検討すべきである。
解雇の金銭解決(10)また、日本の企業は雇用保障と引き換えに強大な人事権を享受してきたのであるから、解雇の金銭解決を主張するのであれば人事権ではなく合意によって労働者を扱う方向へ人事制度を転換することも実現させるべきであろう。
解雇の金銭解決(11)こうした改革を本気で行うという対応なしに、解雇の金銭解決だけを提唱することは現実的ではない。「自らも痛みを負う改革」は、経営者にこそ求められる。また、私の親しい経営者の方々がそうであるように、日本の経営者には、それができるだけの聡明さがあるはずである。
ドイツ労働法の権威である野川先生としては、まさに適切な論評であり、労働法理論的には同感するのですが、それとともに、『日本の雇用終了』に示されているような(裁判規範とはかなり乖離した)職場の現実を考えると、いささか違う感想もあります。
つまり、労働法学的には、解雇の金銭解決の導入というのは、現状が違法な解雇は無効であり復職されている(ものである)という判例上の前提認識に基づき、「解雇の復職解決から解雇の金銭解決へ」、という枠組みで捉えられるのですが(そしてそのこと自体は法理論としてはまったく間違いではないのですが)、現実社会において違法不当な解雇の大部分が、ごく少額の金銭解決されるか、それよりさらに大きな確率でそもそも金銭解決どころか何ら解決されないという実態にあることを考えると、むしろ「解雇の少額解決または無解決からそれなりの金額の金銭解決へ」と捉えられる面もあるわけです。
先の日経の記事も、そういう面を強調していたと思います。
野川先生の言われる企業の人事管理システムの改革や労働市場システムの改革が必要であることは言うまでもないのですが、ただ、ではそれらが実現するまで待っていれば、解雇は復職で解決されているのかというとそうではなくて、むしろ圧倒的大部分は少額解決ないし無解決に終わっているという状況が放置されることになると思います。
ちなみに、今月開かれる日本労働法学会のミニシンポで水町先生らが労働審判の実態調査結果について報告されますが、そこでも示されるであろう労働審判と労働局あっせんの解決金の格差もなかなか大きなものがあります。
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