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2012年4月 3日 (火)

「全員エリート」はもう無理@海老原嗣生

Kyp1204090102 昨日紹介した『HRmics』で私が(高齢者対策という側面から)喋ったことと密接に関わる問題を、「日本の人事部」というサイトのインタビューで、海老原嗣生さん自身がかなり詳しく展開しています。

https://jinjibu.jp/article/detl/keyperson/731/(ニッポンの「雇用」と「採用」のあるべき姿とは?~日本企業の構造から雇用問題と新卒採用について考える)

アメリカやヨーロッパ、日本の官公庁やかつての日本の軍隊など、国や時代を超越して共通する「雇用の仕組み」があります。それは、「エリート」と「ノンエリート」に分かれているということです。これだけ時代・国を問わず共通なのに、驚くことに日本の「企業」はこの仕組みを使っていません。日本では大卒で総合職採用されたら全員が「幹部候補=エリート」。欧米企業ではそんなことはなく、出世するのはエリートのみで、ノンエリートには「ワークライフバランスを重視し、自由な働き方をしてください」という考え方です。福祉活動や子育てに熱心に取り組んでいる人の多くはノンエリートで、エリートは日本以上に昼夜を問わずバリバリと働いています。こうした仕組みは世界共通なのに、日本企業だけが違っています。

そういう『全員エリート』がもう無理な時代になっているというのですが、問題は・・・

問題は、エリートとノンエリートに分けた場合の対応です。エリートに関しては、新卒一括採用を続けていくことに変わりはありません。これは世界中どこでもそうです。フランスならカードル、アメリカならリーダーシップ・プログラムといって、欧米のどの国でも新卒の厳選採用を行っています。少数の限られた人材をエリートとして育て、将来の幹部へと就けていくのです。

一方のノンエリートに関しては、「仕事の専門性を高めていく」という考え方です。例えば営業職なら、実力があれば他の業界に行っても扱う商品やサービスが異なるだけで十分通用するでしょう。何より、現場での実務は流動性が高いし、企業内での特殊な熟練もあまり必要ありません。自分の実力で食べていくことができます。あるいは、努力すれば数パーセントの人材は幹部へと登用されることもあるので、それを目指してがんばろう、というモチベーションを持たせたマネジメントの仕方ができます。

これが、高齢者雇用とどう関わるのかというと、

とはいえ、雇用の仕組みは徐々に変わっていくはずです。とりわけ、定年が65歳に延びたことで、この「全員管理職」システムは崩れるでしょう。管理職として実務を離れた熟年者を65歳まで雇用することは厳しいが、熟練社員として現場で実務をこなしてくれるのならば、年齢に関係なく働くことができる。65歳まで働く社会となれば、「錆びない人=現場・実務者」の割合をもっともっと上げねばなりません。それが、日本型「全員幹部」制度を壊すのではないでしょうか。

海老原さんが展望する将来の姿は:

エリート・ノンエリートを入り口の段階で分けるのではなく、最初は同じようにスタートして、10年から15年の猶予期間を置いた後、幹部になれるかどうかの評価が下され、本人も納得する。その後はノンエリートとして仕事をしていく、という仕組みに落ち着いていくことでしょう。

この当初の10年くらいというのは、欧米でもノンエリート労働者が勤続による技能向上によって年功的に賃金が上昇していく時期でもありますね。

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コメント

海老原です。毎度どうもありがとうございます。HRmicsとどちらの方にレスしようかと迷い、こちらに書くことにいたしました。
この「総合職=全員幹部候補」という世界でも異端の仕組みについて、「若者はかわいそう論のウソ」や「就職、絶望期」でも再三取り上げてきました。ところが、世に名の知られた識者は、こうした違いを全く念頭に置かず、欧米と日本の比較をしすぎていますよね。本当に、違いを分かっている人が少ないので、「就職、絶望期」では後段でそのことに触れ、このことに言及している論考は、濱口さんのメンバーシップ論くらいだ、と書いたの、覚えおられれれば光栄です。そして、末章は御著へのオマージュで終えたのが同書でした。
さて、こうした流れの中で、今回のHRmicsの特集では、いよいよ濱口さんご本人に登場いただき、この話をしてもらおう!と思っていたのですが、予想以上のインタビューでした。「全員幹部候補」を揶揄するように、「ふつう人がエリートを夢見る仕組み(ふつうのエリート)」というキャッチーなフレーズで濱口さんが語ってくださったことで、読者理解は相当、促進すると思っております。
5月のレビューでもこのあたり、ぜひよろしくお願い申し上げます。
このブログへの批判的なツイィットを見かけました。「全員幹部候補なんて、アホな、そんなの見せかけだけだろ!」という内容です。そう、そんなこともちろんHamachanも私も分かっていて、見せかけだけなのに、熟年世代までその夢を引っ張り、結果、企業が自縄自縛になっていること、そちらを問題としているのですよよね。ただ、かつては50歳で結論が出たものが、最近では40代前半で課長になれずに気づくようになった。でも40代では遅すぎるので、じき、35歳で気づく形で世界標準と折衷する、というのが私の本意です。

社会現象の面白いところは、現実とは明らかに異なる観念現象が、それ自体(一定程度)現実を左右する力を発揮するということなのでしょう。

全員エリートというイデオロギーがぞのまま全員エリートという現実を作り出すわけではありませんが、全員(ではないにしてもかなりの部分)があたかもエリートであるかの如く行動する「現実」を作り出し、一部しかエリートじゃないとみんなは思っている状況とは異なる結果をもたらすというところが、日本型システムのかつて素晴らしいと賞賛される所以とその後ひどい代物と非難される所以のまったく同じ原因となっているというところが、この一番面白いところだと思うのです。

この辺の感覚がないと、すごく平板な賞賛論やら批判論に堕してしまって、まことにふくらみが無くなります。

そういえばこんな記事が
日本の雇用の敵は「経済合理性」ではなく「封建主義」ではないのか?
http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2012/04/post-420.php

日本の雇用の敵は「経済合理性」ではなく「封建主義」ではないのか?

http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2012/04/post-420.php

”1つ目は、アメリカやヨーロッパでは、国内向けの定形仕事で食べてゆく仕組みが守られているという事実です。まず大原則として「高待遇の仕事は実力主義であり一切保護されない」一方で「定型業務は9時5時仕事で家庭生活と両立。身分も組合に守られている」というバランスがあります。”

”物事の順序として「高給の管理職はいつでもクビになる可能性があるが、非管理職の組合員は身分を保護されている」あるいは「成果主義の管理職は早朝出勤も海外出張もするが、定形仕事の非管理職は家庭との両立が可能」というバランスはまだ残っているのです。日本の場合は、これがまだ逆転しており、高給の終身雇用契約者の身分は保護され、定型業務の方は権利も保護もドンドン切り崩されているというアンバランスがあるわけです。”

タイトルはアレですが(中身も)、米国におけるホワイトカラーと非ホワイトに関する一つのパースペクティブとして

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