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2012年4月15日 (日)

全国労保連講演から生保関係部分

昨年11月10日、全国労保連で「最近の労働政策」と題して講演したものが、同会の機関誌『全国労保連』に4回に分けて連載中ですが、そのうち2回目の分から、今話題の生活保護制度に関わる部分をこちらにアップしておきます。

話の流れは、1回目掲載部分で雇用保険制度について述べ、2回目掲載部分で第2のセーフティネット(求職者支援制度)と生活保護制度について触れています。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/rouhoren1201.html(第1回)

http://homepage3.nifty.com/hamachan/rouhoren1202.html(第2回)

求職者支援制度の説明が終わったあたりから、

・・・・・と同時に、一応今年の10月にこの法律が恒久的な制度として始まったのですが、ここで労働行政の話は終わったということになるかというと、実はそう簡単に終わらせてくれません。なぜ終わらないかというと、旧厚生省サイドの福祉対策、生活保護との関係が、ここで問題として出てくるからです。労働行政、労働政策という観点からすると、生活保護をやるわけではないので、当然のことながら何らかの形で労働市場とのかかわりを持った形での制度設計にせざるを得ない。職業訓練を受けている方に対して、その間の生活補助をするというのはまさにそういうことであるわけです。しかし、社会全体のセーフティーネットという観点からすると、そこと、その一番下の第3のセーフティーネットとの間をどうするかという問題がなお残ります。ここのところを、公的扶助制度、生活保護制度のほうからまた見ていきたいと思います。労働保険と話が少し離れますので、ごく簡単にお話をしますが、やはりこれは結構大きな話です。

 生活保護法というのは、1946年に旧生活保護法がつくられて、1950年に現在の生活保護法ができております。その生活保護法の文言を見ますと、基本的には無差別平等と書いておりまして、誰であれ生活が困窮する者には生活保護を出しますよと。その根拠は憲法25条ですよとなっている。と同時に、これは実際に生活に困窮しているというのが要件ですので、運用の仕方ということだったのだろうと思うのですが、現役世代はほとんどいなくて、数年前まで生活保護の受給者の9割は、高齢者か障害者、傷病者、そして母子家庭。母子家庭は、現役世代は現役世代なんですけれども、就労困難な者にかなり限定してきたのです。

 言い換えれば、五体満足な現役世代の男性が、福祉事務所に行っても、あなた働けるんでしょうと言って追い出されるというのが一般的な状態だったようです。これは、ある種の運動家の人たちからすると、法の趣旨に反してけしからんという話になるんですが、逆に言うと、何でもかんでも全部、こういう拠出制でない給付システムの中に入り込んでしまうということは、社会全体として、いわば福祉依存になってしまうということで、決して望ましいわけではないのです。

 そこをどうするかというのは、ヨーロッパでは大きな問題となりました。わたくしは、今から10数年前、ヨーロッパに3年間ほど勤務したことがあります。当時のヨーロッパのいろんな労働問題を見た中での一番大きな問題は、福祉依存でした。ヨーロッパ諸国では、日本の生活保護に当たる公的扶助の受給者の大部分が現役世代なんです。なぜかというと、高齢になると年金が結構ありますので、そうすると現役世代の人たちが無拠出の、しかも期限がない福祉的な給付の制度の中に入り込んでしまって、なかなかそこから抜けていかない。この人たちをどうするかというのが当時、1990年代半ばぐらいのヨーロッパ諸国の最大の課題でした。

 そういう観点からすると、現役世代をできるだけ入れないようにする日本のやり方というのは、法律上の筋からいうといろいろ問題があるのでしょうが、社会のあり方としては、決して間違っていなかったという言い方もできます。当時、ヨーロッパではワークフェアといいました。ウェルフェアからワークフェアへ。福祉に依存するよりもできるだけ働く方向へ持っていくという政策が言われていたのです。ところがそれが問題ということで、先ほどリーマンショックのところで申し上げた年越し派遣村、そこに流れ込んだ人たちが生活保護を受給できるということが分かったのです。分かっただけではなくて、それがマスコミを通じて全国的に報道されたということもあって――確か数日前の読売だったと思うんですが結構大きな記事になっていたと思うんですが――その後、あまり現役世代が入っていなかった生活保護に非常に多くの現役世代の人たちが流れ込んでいくということが起こりました。これが今、大きな問題になっております。

 今、大阪市は、やや変な政治的な話で注目を集めていますが、平松市長というのは、この問題において非常に重要な方であります。この数年来、まさに平松市長がある意味、先頭に立った形で、制度の見直しを要求してきています。なぜ彼が先頭に立ったかというと、大阪市が一番、生活保護の受給者が多くて、しかもどんどん増えて来ているのです。このままでは大阪市の財政がパンクしてしまう。何とかしてくれと。しかし生活保護法自体、国の制度で、国の制度として生活に困窮する者には金を出せと書いてあります。これでどんどん来られては困るということで、非常にまじめに考えておられるがゆえに、これをどうにかすべきであるというわけです。平松市長がずっと主張されているのは、生活保護に期限を区切ろと。一たん入ったら、ずっとそれをもらえるということで、いつまでもそれに安住すると。高齢者とか障害者だったらある程度しょうがないかもしれないけれども、ここに現役世代がどんどん入り込んできてそういうふうになってしまう。これは社会全体として大きな問題ではないかということを非常に強く指摘しておられます。ある意味でその動きを受ける形で、現在、厚生労働省で、国と地方との間でこの問題をどうするかという議論が進められているところです。わたしは、これは非常に重要な問題だし、今後の日本社会のあり方を考える上で非常に大きな問題提起だと思います。

 何でこの話をするかというと、これが先ほどお話しした求職者支援制度とかかわってくるのです。平松市長を初めとする指定都市会の市長会がことしの7月に緊急要請というのを発表しているのです。本来、働くことができる人には、生活保護ではなくて、まず就労自立支援の対応がなされるべきだ。そのために求職者支援制度ができたのではないか。第2のセーフティーネットとはそういうものだろう。だとしたら、現役世代の方で生活保護を受けたいという人に対しては、まず生活保護に優先する制度として求職者支援制度を定めるべきである。そのためには、月10万というのは低過ぎる。訓練を受けて月10万では、生活保護を受けたいと思う人にとっておいしくないので行かない。だから、全国一律10万円にすることは認めがたい。これを生活保護費より高くし、実効ある就労支援を行って、生活保護に頼ることなく就労に可能な内容とすることということを要求しているのです。これは非常に重要な問題なのです。ただ、これをそのまま受け入れると求職支援制度そのものの合理性が崩れる危険性もあります。正直言うと、わたしの目から見ると、生活保護が手厚過ぎるのではないかという気もするのです。ただこれを言うと、何を言っているのだという批判もありまして、なかなか難しいところです。

 本日は、最近の労働政策という題でお話をしているので、この問題についてこうすべきだとお話しするわけではありません。皆様の頭の中に問題意識をお持ちいただければそれでいいのです。わたくしからこうすべきだという答えはあえて申し上げずに、こういう状況にあるということをお話をして、第1の柱の話をここで終わります。わたしの話は終わりますが、この問題は全然終わるわけではりません。むしろ、求職者支援法は10月に施行されたけれども、セーフティーネット全体の問題が今、大きな問題として問われているということです。これは本当に日本社会のあり方そのものにかかわる話だということをぜひご認識いただければというふうに思います。

文中の表現は、ちょうど大阪市長選のまっただ中だったためですが、生活保護の見直しを熱心に主張していたのは、平松前市長だったということすら、既に忘れられつつあるやに見える現下の軽薄さが気になります。

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