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判例雑誌への実名掲載はプライバシー侵害じゃない!

私が常々奇妙に思えてならないのは、日本の判例雑誌では原告も被告もみんな名前が隠されていることです。法律の勉強用には、甲とか乙とかいうのはいいとして、素材の判例自体で当事者の名前を隠さなければならないというのは不思議で仕方がない。

憲法で裁判を受ける権利が保障されているということは、裏から言えば全国民の見えるところで正々堂々と権利義務を主張し合い、裁判所の判断を受けるということであって、それがいやなら非公開の手続きでやればいいのであって。

第32条 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。

第82条 裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。

私が参照するEUの裁判例も、ネット上に全文公開されていますが、当事者の名前は全て明らかにされ、そもそも判決の呼び名自体、なんとか対だれそれ事件と、当事者の名前で呼ばれています。そっちが当たり前で、こそこそ隠している日本の方がよっぽど異常だと思うのですがね。

労働法分野だけはちょっと違って、昔から当事者の企業名で呼ぶのが慣習だったためか、いまでも企業名で呼んでますけど。

セクハラとかの事案そのものが当事者のプライバシーを配慮しなければならないような性質のものは別として、堂々と全国民の前で権利を主張した以上、実名を公開されたといって文句を言うのは筋違いとしか思えない。

でも、なまじ実名を出すと、こういう裁判を起こされたりするとなると、やはり判例雑誌としてびびってしまって、名前を隠した方がいいと言うことになりそうです。

さいたま地裁の去る1月26日の判決。結論は上のタイトルのように「判例雑誌への実名掲載はプライバシー侵害じゃない」ということなんですが。

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120308203014.pdf

本件は,原告が,被告の発行する雑誌に原告の実名入りの判決文が掲載されたことにより原告のプライバシーが侵害され,又は原告の名誉が毀損されたなどと主張して,被告に対し,主位的に,民法709条に基づき精神的損害の賠償を求め,予備的に,同法703条,704条に基づき不当利得の返還を求めている事案である。

本件におけるプライバシーは,原告が別件訴訟を提起した者であること,別件被告らが原告の元勤務先の会社であること,原告が一部敗訴の判決を受けたこと,その他別件各判決文に現れた全ての情報であるところ,裁判の公開の原則に照らせば,原告はいったん原告として訴訟を提起した以上,一定の限度でこれを他者に知られることは当然受忍すべきものといえるし,別件訴訟は知的財産に関する訴訟であって,経済的活動としての性質を有するものであり,私事性,秘匿性が低いといわざるを得ない。原告自身,ホームページ上で別件控訴審判決の判決文を実名とともに公開していることからも,その秘匿性は低かったといえる。

被告による本件各掲載行為の目的は,判決文を紹介することにより法曹界の学問的資料を提供することであって,公益性があり,また,掲載態様に関しても,原告の請求が認められた事例として別件各判決文をそのまま掲載したに過ぎないものであり,原告が別件訴訟を提起したことを暴露したり批判の対象とすることを目的としていないことは明らかである。本件各雑誌は法律専門誌であって,一般人が見る機会は新聞やインターネットに比べて低く,開示の相手方はある程度限定されているといえる。

なお,原告は,本件各掲載行為により嫌がらせ電話や,原告のホームページへの不正アクセス等がなされるようになったと主張するが,上記のとおり,原告はホームページに別件控訴審判決を掲載したり,原告の住所や電話番号も掲載したりしていること,一方,本件各雑誌には原告の住所や電話番号までは記載されていないことからすると,これらが本件各掲載行為が原因でなされたとは認め難い。また,原告は,本件各掲載行為により税務署の調査を受けるようになったと主張するが,別件訴訟により,原告が別件被告らに対し相当額の金員の支払請求権を有することが確定したのであって,このことから税務署が徴税の有無等を確認するため調査等を行うことは当然に予定されていることであり,税務署の調査が原告に対する不利益であるとはいえない。

ウ そうすると,本件において,被告が別件各判決文を本件各雑誌に掲載するに当たり,原告の氏名を実名で掲載する必要性はなく,仮名処理をすることも可能であったことを考慮しても,なお,プライバシーの性質と侵害態様とを総合的に考慮すれば,一般人を基準として私生活上の平穏を害するような態様で開示されたとは認められず,被告による本件各掲載行為に違法性はないというべきである。

こういう事案だけでなく、なぜか日本における「プライバシー」という概念の使われ方は、他国では到底通用しないような奇妙なことが結構ありそうな気がします。

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