正社員の解雇にはいくらかかるのか?
向井弁護士のエッセイについての一昨日のエントリに、お二人からコメントが寄せられました。
「ロー弁」さんからは、
ロースクール時代から楽しく読ませて頂いています。
この人の記事は仮処分を起こせば,労働者は賃金の二重払いを受けられる,というのが見所なので「その通り」とは言いがたいのでは。
記事は後で言い訳を補足していますが,やはり事実上二重払いを免れられないような書き方をしています。
実際、ネット上では、多くの弁護士や学者などからそういう趣旨の批判が噴出しているようですが、まあ、法律専門家にとっての突っ込みどころと、そうでない人々向けの突っ込みどころとは違うということでしょうか。
法律専門家にとっては、二重取りは出来ないよというのが大事な突っ込みどころなのでしょうけど、それだと結局、
正社員の解雇には2千万円かかる!
が、せいぜい
正社員の解雇には1千万円かかる!
に修正される程度で、経済社会的インプリケーションとして、やっぱりある種の人々が印象誘導しようとしている
正社員はほとんど解雇できない
ということには変わりはないわけです。
少なくとも、この元ネタを利用して「とにかく日本では雇ったら負けだ」という印象を広めたがるたぐいの人々にとっては、法律専門家が一生懸命山のように上記論点を論じたところで、蛙の面に何も掛からない程度にしか感じないでしょう。
なまじ専門家サークルにどっぷり浸かりすぎると、そういう情報の非対称性に鈍感になってしまいがちになります。それはそれで、全体政治戦略的には結構致命的です。
本ブログは、むしろ経済社会的観点から労働法現象を見ようとしている方々向けに情報発信するという意味もありますので、法律専門家サークル内の突っ込みどころはそちらに譲らせていただいております。
なお、「Uちゃんねる」さんからも、こういうコメントをいただいておりますが、
社会正義を実現するために、自分を犠牲にしてでも不当解雇ととことん闘う労働者を、十把一絡げに馬鹿にしたような言いまわし…
話を分かりやすくするためにわざとそうされているのでしょうけれど、ちょっと残念です。
おわかりと思いますが、経済学系の基礎知識を有していて、ほっとくとそっち系の議論ばかり頭に入りがちな人々を念頭に、まさにそっち系の「機会費用」という概念でものごとが理解できるように噛んで含めるように説明したものでして、そういう風にいわないとものごとが理解できない人々もいるということも理解していただければと存じます。
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解雇=2千万というのはキャッチとしては抜群ですからね。
それだけ解雇にはリスクがあると言いたいのでしょうが、実際には濱口先生がおっしゃるように、そのリスクが大きく具現化することは少ないままスパスパと解雇されているのですね。
投稿: yoss | 2012年3月31日 (土) 15時52分
解雇された側も不当解雇を証明出来なかったら
その分を返済しなくてはならない上に
次の就職活動では圧倒的に不利な条件になるわけで。
ざっくり機会費用を考えたら先生が掲載してくださった
あのリストの結果になるのは
ある意味ロジカルに必然かと
投稿: Dursan | 2012年3月31日 (土) 17時48分
ここ数年はやや是正されてきましたが、医療訴訟において裁判官によっては医学的におかしな判決が出され、医師のコミュニティにおいて問題視されています。ただ、裁判は費用、機会費用を用意できるごく一部の人しか利用できない制度であることに思いをはせる必要があるのでしょう。
医療事故の被害者は患者の多くは泣き寝入りしていると主張し、医療側は言いがかりのような裁判ですら裁判所は時として医療側に有責の判決を下すと主張する。これはどちらが間違っているという問題ではなく、両方とも真実の一面なのでしょう。実際、医療訴訟の多発国家であるアメリカにおいても同様の傾向があることが指摘されています。
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2002dir/n2489dir/n2489_05.htm#00
>HMPSが第1に報告したのは,医療事故・過誤の頻度であった。入院患者のカルテ3万あまりの検討で,1300例弱(3.7%)に医療事故が起き,そのうち300例あまり(27.6%)が過誤によるものであったとされた。
>第3報で対象とされた約3万のカルテの分析で,280例に医療過誤が存在したと同定されたのだが,この280例のうち,実際に医療過誤の損害賠償を請求していたケースはわずか8例のみであった。一方,全3万例のうち,過誤による損害賠償を請求した事例は51例あり,その大部分は,HMPSの医師たちが「過誤なし」と判定したケースだったのである。つまり,実際に過誤にあった人のほとんど(280人中272人)が損害賠償を請求していない一方で,「過誤」に対する損害賠償の訴えのほとんどは,実際の過誤の有無とは関係のないところで起こされていたのである。
さらに,HMPSは過誤訴訟の帰結がどうなったかを10年間追跡したが,賠償金が支払われたかどうかという結果と,HMPSの医師たちが客観的に認定した事故・過誤の有無とはまったく相関しなかった。事故や過誤はまったく存在しなかったと考えられる事例の約半数で賠償金が支払われている一方で,過誤が明白と思われる事例の約半数でまったく賠償金が支払われていなかったのである。それだけではなく,賠償金額の多寡は医療過誤の有無などとは相関せず,患者の障害の重篤度だけに相関したのだった(ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン335巻1963頁,1996年)。
蛇足ですが、ふつう弁護士はどのような立場からの依頼も受けます。しかし対立の激しい分野、すなわち労働や医療に関しては労働側、経営側や患者側、医療側のどちらか一方の立場のみに立って活動する弁護士が多いと聞きます。一方の立場を引き受けることが多いと、もう一方の立場を引き受けることになってもクライアントから信頼されにくいですから。
投稿: dermoscopy | 2012年4月 1日 (日) 21時40分
で、その連載の最新ですが
いやタフだなぁ・・・・・(呆
労務トラブルに巻き込まれるのは、
「経営者が交代した会社」と「草食系経営者」
http://diamond.jp/articles/-/16739
投稿: Dursan | 2012年4月13日 (金) 06時08分