有期契約に係る労働契約法改正案について
野川忍さんがツイートでこう述べておられますが、
http://twitter.com/#!/theophil21
(1)昨夜、有期労働契約に関する改正法の検討会があり、改正経過を担ったメンバーと話した。希望する高齢者の65歳までの雇用義務についてはかなり注目されているが、それに匹敵するか、見方によってはもっと重大な法改正である有期労働契約法制についてはあまり取りざたされていない。
(2)労働契約法の改正という形をとる今回の有期労働契約法制は、概ね三つのポイントがある。一つは更新を重ねて5年を超えた場合に労働者の申し出によって無期契約に転化すること、二つめは雇止めを規制する判例法理が法の明文に移されたこと、三つ目は有期労働者の不合理な差別を違法としたこと
(3)いずれの点についても課題は多いが、わかりやすいのは不合理な差別の禁止規定。有期雇用であることを理由とした正規労働者との労働条件の格差が不合理とみなされるときは、裁判所は是正措置や損害賠償を命じることができる。努力義務でなく端的に差別を「禁止」した点は大きい。
(4)最も注目されている5年経過後の無期転換については、動向を見極める必要がある。解釈論上の課題は非常に多い。一つは、無期転換に当たって「別段の定め」があれば労働条件を切り下げることが認められる点。これをどこまで合理的な範囲にとどめられるかは制度の将来を占うポイントである。
(5)今回の法改正で明確になったのは、日本は、有期雇用自体を原則として「あってはならない」雇用形態とするドイツのような立場をとらないことを明確にしたという点である。有期雇用を雇用形態の選択肢として認めたうえで、具体的に生じうる不合理をチェックするという方向が示されたのである。
ちょっと引っかかったのが、(4)の「無期転換に当たって「別段の定め」があれば労働条件を切り下げることが認められる点」です。
法案では、
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/soumu/houritu/dl/180-33.pdf
第十八条 ・・・・・・この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件(当該労働条件(契約期間を除く。)について別段の定めがある部分を除く。)とする。
というところですが、今までの経緯からすると、有期労働者は無期労働者よりも労働条件が低いことを暗黙の前提に、それを(いわゆる「ぴかぴかの正社員」並みにまで)引き上げるという「別段の定め」がない限り、元の低いままだよ、という趣旨だと受け取られるのが普通の解釈だと思っていましたが、確かに逆もあり得るわけです。そして、確かにそれは禁止されていません。
しかし、そもそも考えてみれば、それは有期労働者の方が無期労働者よりも高い労働条件であったことを前提としてそれを引き下げるという話なので、有期契約のそもそも論からすると実はあるべき正しい姿なんじゃないか、という気もするわけです。
戦前に北岡寿逸監督課長がこう述べた考え方を前提にするならば
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_c013.html(一知半解ではなく無知蒙昧)
当時の北岡寿逸監督課長は、『法律時報』(第7巻第6号)に載せた「臨時工問題の帰趨」において、「臨時工の待遇は本来よりすれば臨時なるの故を以て賃金を高くすべき筈」なのに、「常用職工より凡ての点に於て待遇の悪いのを常例とする」のは「合理的の理由のないことと曰はなければならない」とし、「最近に於ける臨時工の著しき増加に対して慄然として肌に粟の生ずるを覚える」とまで述べています。
リスクプレミアムを含んで高かった有期労働者の賃金が無期化して下がるというのは、必ずしもおかしなことではないですよね。
まあ、現実の日本の労働社会を前提にすれば、あまりリアリティのない話ではありますが。
今回の改正内容のうち、(3)の不合理な差別の禁止という考え方は、わたくしも参加した「雇用形態による均等処遇についての研究会」報告書の指摘を受けたもので、
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-8e1c.html(雇用形態による均等処遇についての研究会報告書)
このような雇用形態に係る不利益取扱い禁止原則は、雇用形態の違いを理由とする異別取扱いについて、その客観的(合理的)理由につき使用者に説明責任を負わせることで、正規・非正規労働者間の処遇格差の是正を図るとともに、当該処遇の差が妥当公正なものであるのか否かの検証を迫る仕組みと解することができる。
このような仕組みは、正規・非正規労働者間の不合理な処遇格差の是正及び納得性の向上が課題とされている日本において、示唆に富むものと考えられる。
現行パート法のような、職能給という特定の賃金制度を前提にした法制よりも柔軟でかつ適用性の高い考え方だと思います。
« 高橋康二さんのDP『限定正社員区分と非正規雇用問題』 | トップページ | てかこの社会学者がイケメン過ぎてどうしよう »
コメント
トラックバック
この記事へのトラックバック一覧です: 有期契約に係る労働契約法改正案について:
» 労働契約(有期労働)法改正案閣議決定 [雇用維新 派遣?請負?アウトシーシング?民法と事業法の狭間でもがく社長の愚痴ログ]
先週の金曜、労働契約法改正案が閣議決定されました。
この法案は、先日3月16日に厚労省の労働政策審議会労働条件分科会で「おおむね妥当」とした有期労働法制に関する要綱案です。
法案は、以下、厚労省のHPにアップされています↓
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyok... [続きを読む]
« 高橋康二さんのDP『限定正社員区分と非正規雇用問題』 | トップページ | てかこの社会学者がイケメン過ぎてどうしよう »
>リスクプレミアムを含んで高かった有期労働者の賃金が無期化して下がるというのは、必ずしもおかしなことではないですよね。
稼働年数が限られるプロ野球選手なんかを思い浮かべると分かりやすいかもしれませんね。
しかし球団経営はその年棒額の高さもあって基本的に赤字になるものですが、そのことで年棒額をもっと押さえろ、とは(世論的に)ならないですね。
まあ、活躍選手のおかげで親会社の広告になったり、メジャーリーグという目の上のたんこぶがある、といったことが影響しているのでしょうけど。
逆に、一般の労働者だと、新興国と比べて賃金水準が高い、割高、経営圧迫している、となって(特に製造業で典型)、有期契約で使い減らされているだけ(!)なら、取って代わられるよりもまだまし、とされやすい点、好対照をなしています。
このあたり、日本の経営者は国際的には(特に米国と比して)報酬が低く、もっと上げてよい、という一部論調も合わせ鑑みれば、ある程度雑に考えても、政策形成および政策的介入がなくとも、くっきりとした(それなりの厚みをもった貧困層を含む)階層性が社会に構成されずに済む、と考える方が無理でしょうね。
投稿: 原口 | 2012年3月25日 (日) 14時47分