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2012年3月 4日 (日)

テレビ漬け高齢者のポピュリズム政治

dongfang99さんの鋭い批評が今日も冴えています。

http://d.hatena.ne.jp/dongfang99/20120304現代日本の「テレビ政治」

実は最近結構、現役を引退した年金世代の高齢者ほどある種のポピュリズム政治家を高く評価したがるという傾向を身近に痛感していたこともあり、この指摘はまさにそうだよなあ、と沁み入りました。

若い世代の「テレビ離れ」が指摘される一方で、人口層が多く政治的にもヴォーカル・マジョリティである年金生活者層においては、むしろ「テレビ漬け」とも言える現象が進んでいる*1。「テレビばっかり見てないで・・・」という、かつての親の子どもに対する小言は、今や高齢者層にこそ当てはまる言葉になっている。

1990年代初めくらいまでは、テレビで政治動向が理解できるということは基本的になかった。・・・

しかし、こうした形で政治を理解することが可能であったのは、安定した仕事に従事している現役労働者が社会の圧倒的マジョリティであったからである。つまり、人々が仕事を通じて関わっている団体・組織の利害関係の網の目を解読することで、政治の動きも概ね把握できたのである。しかし2000年代以降、仕事を通じた利害関係の網の目から「自由」になった年金生活者が増大し、自ずと家でテレビを見る時間が増えたことで、テレビの政治世論形成における役割が圧倒的に大きくなっている。

インターネットが当たり前すぎる日常になっているとつい忘れがちであるが、日本の政治世論の中心である高齢層の過半にとって、依然としてインターネットは理解不可能な別世界のメディアあり続けているのが現実である*3。インターネットの情報収集が中心になっている我々にとって、新聞・テレビ発の情報が素朴に信頼できないことは自明すぎる前提であるが、高齢世代にとっては新聞やテレビにおける政治報道が政治に関する情報源のほぼ全てであり、そうした既存のマスメディアに対して全体的に高い信頼を置く傾向が強い。

 もちろん、テレビの政治に対する影響力が強くなることそれ自体は、別にいいことでも悪いことでもない。問題は、テレビに出演している政治評論家やジャーナリストたちの質が、そうした変化に全く追いついていないことである。・・・

おそらく最大のポイントは、年金生活者という、マクロ経済的には現役世代からの移転所得で生活しているという意味で最大の公的サービス依存者であるにも関わらず、民間保険的イメージによってあたかも自分の積み立てた貯金で生活しているかの如き「幻想」を抱くことによって、最大のリバタリアン気分を享受できてしまっている脳天気かつお気楽な高齢者たちが、その気分を最大限に発揮して、自分たちに年金その他の公的サービスの原資を送るべく一生懸命働いている現役世代を「無駄遣い」だのといって罵り、罵ることをもっぱら専業としているかの如き政治家や政治評論家を自分たちの正義の味方であるかの如く思いなすという、奇妙にして悲劇的なメカニズムがぐるぐる回っているということなのでしょうか。

逆に、テレビの方も、そういう高齢視聴者の幻想的リバタリアン気分に追従し、昂揚させるように、番組作りに精を出すということかも知れません。

さらにまた、現役を離れたお気楽なリバタリアン気分ということが、たとえば

例えば、1990年代まではそれなりに報道されていた過労死や過労自殺の問題がほとんど報道されなくなり、むしろ最近のバラエティ番組の多くが(いわゆる「ブラック企業」を多く含む)企業の宣伝番組と化している・・・

といったことの背景にあるのかも知れません。

福祉国家が産み出し、福祉国家のお蔭で移転所得を得られている人々が、それを市場による交換で得たものと思いなすことによって、その存立根拠を掘り崩していくという悲劇的でもあり喜劇的でもある逆説。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-7e2c.html(年金生活者と非正規労働者の主観的違い(または主な勘違い))

・・・非正規労働者に対しては、あんな連中を支持しても、今でこそ乏しい君たちへの再分配はますます減るだけだよ、もっと再分配を拡大する方向を支持しなくちゃダメだよ、という戦略論的説得が、少なくとも自己認識を変えることなく可能であるのに対し、上記のような勘違いをしている年金生活者たちは、それでは歯が立たないという点が最大の違いではないでしょうか。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-f770.html(「若者が働いて親を支える」メタファーの射程距離)

・・・だから、「儂の昔払った年金じゃ、儂がもらうのは当然じゃ」と間違った思い込みを振りかざす老人たちをなだめすかしながら、老人たちにも働いてもらい、払う年金をできるだけ少なくしていくしか、このアポリアを解決する道はないのですよ。

(追記)

これを別の言い方で言えば、現役世代からの「仕送り」で生活しているという意味においては最大の「しがらみ」の中で生きているはずなのに、それが主観的にはその「しがらみ」から切り離され、「儂の昔払った年金じゃ」的に自主自立で生きてる感覚で「しがらみ」のない「強い個人」という幻想に惹き付けられやすいということもできるかも知れません。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-6087.html(「しがらみのない政治」で得をしたのは「強い個人」)

(再追記)

ピンボケなはてぶがあったので

hyakuhyaku hyakuhyaku 抑制の利いた元記事内容ぶち壊し。世代をひとくくりにして馬鹿扱いとか、さすがにちょっとこれはないわ。ていうか、この人50代でしょ?まったく近頃の老人は、いつまでも若者気取りで困ったもんだなwww 2012/03/04

どこかの「ワカモノの味方」中年さんと違って、世代論などという馬鹿げたものをやっているつもりはこれっぽっちもないのだけどね。問題は世代などではなく、所得の性質だということ。

働いている人からの移転所得で生活している者が、その所得を自分の活動による稼ぎだと思いこむことによって、リバタリアン的感性になってしまうというメカニズムを述べているのであって。

ていうか、そういう話を自分の貧しい感性で世代論としか読めない人が、こういうぶこめをするという一例かも。

ちなみに、「いつまでも若者気取りの」「近頃の老人」の典型例を見たければ、こういうのがありますよ。

http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51496632.html(「若肉老食」の国)

・・・中高年の雇用を守るために新卒の採用を減らしたおかげで、大卒の就職内定率は6割を切った。

・・・このような状況を「若肉老食」と呼ぶそうだが、まさに団塊世代が下の世代を食いつぶしてゆくわけだ。

高齢者が働くといっては文句を言い、働かないといっては文句を言い、論理破綻の「ワカモノの味方」老人の典型です。

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コメント

まさにおっしゃるとおりの、しかも現役時代にそれなりの地位を獲得された高齢者がおられました。

それなりの地位を獲得された方なんだからポピュリズム政治には批判的なんだろうと思いきや(しかもよりによって某市長を)絶賛というか・・・ショックだったなぁ・・・

すでに1980年代に
鈴木健二の「気配りのすすめ」でも
高齢者のテレビ漬けは言われていましたからねえ。

卑近な事例で恐縮ですが、都心の「高級」と銘打った有料老人ホームに勤務していますので、光景がありありと浮かんできます。
ただ、多くの入居者の方は報道番組を見ないんですよねぇ。
なんでも「よくわからない」んだそうで。
個人的な感想として、この辺りの世代の人達がどれだけ知識含めてこの問題に興味を持っているのかちょと疑問です。

こんにちは。
google検索で「高齢者 tv 文句」して、こちらにたどり着きました。

私の父(71歳)もやることと言えば、テレビに向かって苦言を呈することですね…それ以外に興味も関心もありません。

学生闘争や革命を支持した世代の人々は、若いころに使い切ってしまったせいか、意欲や行動力が少なく、視野が極端に狭まっているような人が多いと感じます。

人の気力や人生を楽しもうとする意欲を奪われるので、私はこの世代の人々(ある雰囲気を持つ人々)とは極力関わらないようにしています。

最近のマスゴミはユダヤの洗脳済みの小泉JRをヒーローであるかのごとく愚民を洗脳してますね。
彼が総理になったときに日本に壊滅的な政策を取ることは間違いないでしょう。

私の父がまさにこの世代です。
30代の頃は「TVばかり見てたら馬鹿になるぞ」というセリフが流行っていたのでそれを子供に振り回して偉そうにしてましたが、
今はその父がTV中毒です。

自分で考えないでただそのセリフを言うのがかっこいいと思っていたから言っていただけなのでしょう。

自分で考えて出た言葉なら
今、TV中毒になどならないでしょうからね。

こんな感じで思考停止した老害ばかりで恥ずかしいですね。

もちろん、若い世代が正しいとも思いませんが。

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