最高裁の残業代判決
本日、最高裁が残業代事件で判決を下したようです。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120308144443.pdf
これはやや複雑な雇用契約の定めなのですが、
上告人と被上告人との間の雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)においては,上記のとおり基本給を月額41万円とした上で,1か月間の労働時間の合計(以下「月間総労働時間」という。)が180時間を超えた場合にはその超えた時間につき1時間当たり2560円を支払うが,月間総労働時間が140時間に満たない場合にはその満たない時間につき1時間当たり2920円を控除する旨の約定がされている。
これに対し、労働者は労働基準法に定める法定労働時間を超える部分についての割増賃金の支払いを求めた訴えです。
そりゃ、現行法規を前提とする限り当然じゃないかと思いますが、なぜか原審の東京高裁は、
上告人と被上告人は,本件雇用契約を締結するに当たり,月間総労働時間が140時間から180時間までの労働について月額41万円の基本給を支払う旨を約したものというべきであり,上告人は,本件雇用契約における給与の手取額が高額であることから,標準的な月間総労働時間が160時間であることを念頭に置きつつ,それを1か月に20時間上回っても時間外手当は支給されないが,1か月に20時間下回っても上記の基本給から控除されないという幅のある給与の定め方を受け入れ,その範囲の中で勤務時間を適宜調節することを選択したものということができる。これらによれば,本件雇用契約の条件は,それなりの合理性を有するものというべきであって,上告人の基本給には,月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する時間外手当が実質的に含まれているということができ,また,上告人の本件雇用契約に至る意思決定過程について検討しても,有利な給与設定であるという合理的な代償措置があることを認識した上で,月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する時間外手当の請求権をその自由意思により放棄したものとみることができる。
として、180時間以内の部分については請求を棄却したのですね。
実をいうと、わたくしは立法論としては、(物理的労働時間規制ではなく、お金の問題としての残業代の支払い義務としては)この考え方に反対ではありません。お金の支払い方は、最低賃金に抵触しない限り、過度に介入するのは本来おかしいと思っているからです。その点については、拙著『新しい労働社会』などで繰り返し主張してきたことです。とはいえ、現行法規を前提とした解釈論としては、残念ながらそういう議論をする余地はないといわざるを得ません。
というわけで、最高裁は当然ではありますが、これをひっくり返しました。
以上によれば,本件雇用契約の下において,上告人が時間外労働をした月につき,被上告人は,上告人に対し,月間180時間以内の労働時間中の時間外労働についても,本件雇用契約に基づく基本給とは別に,労働基準法37条1項の規定する割増賃金を支払う義務を負うものというべきである。
これも再三ですが、時間外労働問題がこういう風に残業代問題としてしか裁判所で争われ得ないということに、むしろ問題があるということも、上記拙著で繰り返しているところです。
さて、本判決には櫻井龍子裁判官の補足意見が付いています。旧労働省出身の裁判官が労働基準法についてつけた最高裁判決の補足意見というのも珍しいのではないかと思われますので、興味深い指摘の部分をちょっと見ておきましょう。
2 さらに,原審は,本件では手取額を大幅に増加させることとの均衡上変則的な労働時間が採用されるに至ったもので合理性を有するとして,個々の労働基準法の規定や同法全体の趣旨に実質的に反しない限りは私的自治の範囲内のものであるとしているが,契約社員としての月額41万円という基本給の額が,大幅に増額されたものである,あるいは格段に有利な給与設定であるとの評価は,原審の認定した事実関係によれば,派遣労働者である契約社員という立場を有する上告人の給与については妥当しないと思われる。確かに,41万円という額は,正規社員として雇用される場合の条件として被上告人から提示された基本給月額と単純に比較すれば,7万円余り高額ではあるものの,上告人は契約社員であるため正規社員と異なり,家族手当を始めとする諸手当,交通費,退職金は支給されず,毎年度の定期昇給も対象外であるなど,契約内容の全体としては,決して格段に有利な給与設定といえるほどのものとは思われない。さらに,本件の場合,数か月を限った有期雇用の契約社員であるから身分は不安定といわざるをえず,仕事の内容等も自由度や専門性が特別高く上告人の裁量の幅が大きいものとも思えず,原判決のいうように私的自治の範囲の雇用契約と断定できるケースとは大きな隔たりがあるように思われる。
3 労働基準法の定める労働時間の一日の最長限度等を超えて労働しても例外的に時間外手当の支給対象とならないような変則的な労働時間制が法律上認められているのは,現在のところ,変形労働時間制,フレックスタイム制,裁量労働制があるが,いずれも要件,手続等が法令により相当厳格に定められており,本件の契約形態がこれらに該当するといった事情はうかがわれない。
近年,雇用形態・就業形態の多様化あるいは産業経済の国際化等が進む中で,労働時間規制の多様化,柔軟化の要請が強くなってきていることは事実であるが,このような要請に対しては,長時間残業がいまだ多くの事業場で見られ,その健康に及ぼす影響が懸念されている現実や,いわゆるサービス残業,不払残業の問題への対処など,残業をめぐる種々の状況も踏まえ,今後立法政策として議論され,対応されていくべきものと思われる。
最後のパラグラフは、政策担当者であった櫻井裁判官の香りが若干漂っているようでもあります。
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>労働基準法の定める労働時間の一日の最長限度等を超えて労働しても例外的に時間外手当の支給対象とならないような変則的な労働時間制が法律上認められているのは,現在のところ,変形労働時間制,フレックスタイム制,裁量労働制があるが,いずれも要件,手続等が法令により相当厳格に定められており,本件の契約形態がこれらに該当するといった事情はうかがわれない。
法律論としては、これだけが正論であって、後は不要な政策論や契約論に踏み込んだ蛇足に思えます
原判決はこの点で労働法を理解しておらず、法令に違反した判決と言うだけで充分だと思います
投稿: Med_Law | 2012年3月 9日 (金) 00時24分
http://www.weekly-net.co.jp/logistics/post-8094.php
>ドライバーが未払い残業代請求 裁判で勝ち目なし?
え?ドライバー側に勝ち目がない?
と思ったら勝ち目がないのは残業代を払っていない側のようです。
投稿: test | 2013年1月 9日 (水) 16時11分