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2012年3月17日 (土)

福島敏雄氏@産経の「維新」論

これくらいの距離感を持って、文化人類学的に批評すると、頭に血の上がった方々にも一服の清涼剤になるのかも知れません。ならないかも知れませんが。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120317/lcl12031703030000-n1.htm(論説委員・福島敏雄 「維新の会」は何を目指すのか)

かつて橋下徹氏が大阪府知事選に当選したとき、この欄で、その存在態様が文化人類学の「トリックスター」に似ていると書いた。日本語では「いたずら者」と訳されたりもするが、トリックスターは外部から不意にやってきて、さまざまなトリック(奇策)をめぐらし、権威に挑戦する。

 権威の側は一時的には混乱するが、ぎゃくにそのトリックによって、固定化、かつ硬直化したシステムが流動化、かつ活性化される。アフリカなど世界各国の神話などに登場し、「文化英雄」などと称されることもある。

 トリックスターは、居座ることはない。日本でいえば、古くはスサノオ、ちかくはフーテンの寅さんが、その典型であろう。活性化に成功すると、「あばよ」などと言って去っていく。

 橋下氏も府庁で、ぞんぶんにトリックスターぶりを発揮した。いちいちの評価はくわえないが、府庁内をドラスチックに流動化、かつ活性化させた。強圧的な部分もかなりあったが、抵抗する職員らに対しては、しきりに「民意」を強調した。

 だが「民意」は、いかようにも解釈することができる。最低限、求められるのは、反対派の「民意」をくみいれつつ、諸施策を打ちだしていくことである。

 その意味で、民主主義は、とんでもなく「手間」がかかるシステムである。英国の宰相チャーチルが「最悪の政治形態」と指摘したとき、念頭にあったのは、ワイマール憲法下で、正規の民主主義の手続きを踏んで登場したヒトラーであったはずである。

 「いま、必要なのは独裁」と喝破した橋下氏は、べつに比喩的に言ったとは思えない。民主主義から、めんどうくさい「手間」をはぶいてしまえば、すなわち「独裁」である。

トリックスターにまじに立ち向かった神官が返り討ちにあったのもむべなるかなと。

とはいえ、人類学の知見はその行く末にも不吉な予言を。

ふたたび文化人類学の知見を借用すれば、維新の会員にとって、橋下氏はもはやトリックスターではなく、「王(キング)」になっている。J・フレーザーの『金枝篇』によれば、未開社会において、「王」は無秩序の世界を整序し、浄化するという役割を負う。

 だが飢饉(ききん)などの不測の災厄に見舞われたばあい、その責任を取らされ、「民意」に基づき、残忍な方法で「王殺し」が敢行される。

 文明社会においても、政治だけでなく、企業や各種の組織において、形而上学的な意味での「王殺し」はいまも、頻繁に行われている。橋下氏という「王」にも、その危うさがつきまとう。

 そのていどには、「民意」はいいかげんであり、そうであるがゆえに、ときとして絶妙なバランス感覚を発揮する。

考えてみれば、この「失われた10年」の政治家たちは多かれ少なかれ、あるいは成功裡にであれ失敗理にであれ、なにがしかトリックスターとして振る舞い、王殺しされてきたのかも知れません。

そして、それを「民意」の名の下に推し進めてきたのが、そのカリカチュア的なトリックスターに返り討ちにあった神官たちであったという皮肉もまた。

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コメント

13日の毎日新聞の名物政治コラム「風知草」では、坂野潤治氏の新著「日本近代史」(ちくま新書)が紹介されていたが、みたては「小刻みの政治」ということであった。このブログのネタとの関係では、トリックスターがいろいろでてきて、世の中をかきまわすということだろうか。
坂野氏は、最近の状況と「昭和維新」が唱えられたときの状況の類似性を示唆する。
トータルリセット(日本国改造)も、1度目は日本を破滅のふちにおいやったが、2度目は単なる喜劇でおわればよいが・・。

そのあたりの気分について、2008年にこういうエントリを書いておりますので、ご参考までに

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-e470.html">http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-e470.html(ソシウヨの時代?)

縦軸にリベとソシをとり、横軸にウヨとサヨをとると、計4つの象限が得られますが、そのうちこれまでの日本で一番論者が少なくて市場としてニッチが狙えるのはソシウヨですからね。

まあ、西部邁氏を取り巻く人々はある意味でその一角を占めていたといえるのですが、いささか高邁な議論になりすぎるところがあり、むくつけなまでに劣情を刺激するようなイデオロギー操作にはリラクタントな風情がありましたが、このムックはそこはスコッと抜けていて、何でもありの感じですな。

「21世紀大恐慌は資本主義の崩壊か」とか「金融大恐慌が証明した小泉=竹中路線の大罪」とかタイトルだけ見ると、『情況』かという感じですが、その後に控えるのは「経済ナショナリズムが日本を救う」ですからね。両方に文章を寄せているのが経済産業省の中野剛志氏ですが、気分は商工省の革新官僚ですか。

興味深いのは、「超格差社会と昭和維新」という昭和初期の話がでてきていることで、これは本ブログでも取り上げましたが、まさにソシウヨが勝利した典型的な事例であるわけで、この筆者は現代日本でもそれをやろうと思っているわけですが、それはいささか問題ではないかと思う人々にとっても、等しく学ぶべき歴史の教訓であることは間違いないと思いますよ。


参考までに

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_a88b.html">http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_a88b.html
(超リベサヨなブッシュ大統領)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_f86f.html">http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_f86f.html
(日中戦争下の日本)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_642c.html">http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_642c.html
(昭和8年の三菱航空機名古屋製作所争議)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/12_f1d9.html">http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/12_f1d9.html
(昭和12年の愛知時計電機争議)

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