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2012年2月17日 (金)

スターリンになぞらえるのが不適切な理由

こんなのは現代史の基礎知識だと思いますが、

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120217-OYT1T00112.htm(橋下市長はヒトラー?志位氏「独裁政治」と批判)

http://twitter.com/#!/Khon_Ruai/status/170283580453421056

独裁を持ち出すなら、中共とスターリンと言え。

こういう趣旨のコメやツイートが頻出しているようですが、言うまでもなくそれは不適切です。

なぜなら、国民の圧倒的な人気によって選挙で勝利して合法的に権力を獲得して独裁をやったのがヒトラーであり、国民の人気はなく選挙では負けたのに武力で権力を奪い取って独裁をやったのがレーニンやスターリンなのですから。

やっぱり、近現代史の勉強を必修にしないといけないようです。

(追記)

常見陽平さんに

http://twitter.com/#!/yoheitsunemi/status/170489729308037120

最近、社会学系の人と打ち合わせになると上野千鶴子最強論をよく聞くが、雇用系の人と話題になるのは濱口桂一郎最強論。こういう高いレベルの教養があることだよなあ。すごいわ。

と言っていただいているのですが、正直、雇用労働系の問題については若干自負がないでもないですが、本エントリのような話については、全然高い教養でも何でもなく、昔大学に入った頃に習ったレベルの、ごくごく常識レベルの話をしているだけという強い自覚がありますので、むしろ困惑してしまいます。

ていうか、こういう昔なら大学1年生が習うレベルの基礎的な社会科学的素養って、一体どこに消えていってしまったのでしょうか?正直その方が心配です。

(再追記)

こちらは、由緒正しくおふらんす革命のじゃこばん派になぞらえておられますな

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120220/lcl12022003170000-n1.htm(京都大学教授・佐伯啓思 「維新の会ブーム」の危うさ)

・・・したがって、「構造改革」であれ「政治改革」であれ「行財政改革」であれ、「改革論」を支持したものは維新の会に反対する理由がない。しかも、90年代から2000年代へかけて、実は、自民党も、これに対立する民主党も基本的に「改革派」であった。いや、正面から「改革」への警戒など説いた政治的勢力などほんのわずかしかなかった。

 だから話はこうなる。今日の日本の閉塞感は、自民にせよ民主にせよ、「改革」が十分に達成されなかった点にある。かくて、既成政党にはない斬新なエネルギーをもった平成の坂本龍馬たちならば一気に「改革」を実現できる、というわけだ。

 しかし考えていただきたい。この十数年の「改革」は何をもたらしたのだろうか。・・・

結局のところ、十数年にわたる「改革」についての功罪がいまだに整理されていないのだ。すべてがうやむやに進行していくのである。グローバル化の功罪、金融自由化の功罪、日本的経営の崩壊の意味、二大政党政治の功罪、小選挙区制やマニフェストの問題、これらの問題を、自民も民主も整理できていない。むろん、マスメディアやジャーナリズムとて同様である。

 この間隙(かんげき)をついて、明治の「革命」を想起させるような「維新革命」が「民意」をえる。フランス革命において、ジャコバン派が一気に勢力を拡張したのは、あらゆる党派が権力抗争に消耗しているときに、権力の空白を縫って、ただ「民衆の友」というスローガンを掲げたジャコバン派に誰もが反対できなくなったからだ、といわれている。むろん、時代も状況も違うがそうなってからでは遅いのだ。(さえき けいし)

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コメント

ヒトラーが「選挙で勝利」して「合法的に権力を獲得した」ということには違和感があります。ヒトラーが首相になったのは、大統領内閣の下ですし、ナチスはヒトラーが首相になる前に過半数とったことないです。また、首相になった後に、ナチス以外の政党を禁止して権力を獲得したのではなかったでしょうか?

過半数になってないといっても、ナチスが選挙で第1党になったことは確かでしょう。

「首相になった後に・・・権力を獲得」というのがよく意味が分かりませんが、ナチス以外の政党を禁止できるような権力を、首相になることで形式的には合法的に獲得したわけですよね。


 やはり「国民の圧倒的な人気によって選挙に勝利」に違和感が。
1932年の大統領選挙ではヒンデンブルグに負けていますし、首相になる直前の1932年11月の選挙では第1党ではありましたが議席を減らしています。
 私の意見ではヒトラーは「密室で首相になり、ズル(国会議事堂放火事件等)をして選挙(1933年3月)に勝ったことで権力を獲得した。」になると思うのです。これを「合法的」と言い切るのは私には困難です。

後半については、だから「形式的には合法的に」といってます。やったことは実質的にはまさに無法ですが、とはいえ形式的には法に則ってやっている。逆に、形式的意味でも非合法であるとは、純法理論的には言い難いでしょう。

前半はむしろ政治論ですが、第1党が票を減らしたけれどもやはり第1党であるという状態を、その党首が首相になる権利がない状態であるというのは無理があるでしょう。その前に党首が大統領選に(僅差ですが)負けているから第1党としての権利がなくなるわけでもないでしょうし。

このエントリの趣旨は、(「多数派」という意味の)ボルシェビキは一回も第1党になったことはない少数派だけれども・・・ということなわけで。

 エントリーの趣旨にそぐわない内容でだらだら続けて申し訳ありません。ただ、「ヒトラーは普通選挙で、多くの候補者から選ばれて権力を握った。」と思われている方が世間には多く、先生のエントリーの内容がその誤解を助長するのではと思いましてつい筆を滑らせてしまいました。乱文乱筆失礼しました。

私兵団を持ち、それを以って対立する政党、党員(共産党、社会民主党)を脅迫したり、逮捕したりして、自分の政党の地位を優位に持っていったのがナチスで、そういう行為が黙殺されたのが当時のドイツ。(社会民主党自身、フライコールを使ってスパルタクス団を粛清した訳ですが)

今の日本では武力を以って対立する政党、党員に対して脅迫したり、逮捕したりなんて事は許されないので、ナチスにもボリシェビキにも例える事は出来ないと思います。


>ace様
>今の日本では武力を以って対立する政党、党員に対して脅迫したり、逮捕したりなんて事は許されないので、

そんなことは皆さん分かりきった上でhamachan氏のアナロジーを受け入れているんじゃないですか? (それが「形式的に」であれ)選挙が行われ、その結果が尊重されている状況であっても、為政者は法的に無理筋なことを押し通す権利まで与えられたわけではない、という話だと思いますが。
卑しくも「法治国家」を謳うのならば、このような状態が「論外」なのは言うまでもありません。「暴力行為がないからマシ」とか言う話じゃないんですよ。

橋下市長の場合は言葉の暴力が目につきます。

テレビでたまに討論していますが、持論と異なる論者がいたとき、相手の主張を受け止めて反論するということはしません。相手の(厳しい)問いにも正面から答えません。やるのはちゃぶ台返しです。

いつぞやは、教育学者相手に、所属が国公立大学なのをついてレッテル貼りして罵詈雑言。そのくせその番組の最後で「議論は歓迎」って、なんですか?

いつぞやは「対案を出せ」で煙にまく。これじゃあ、料理にクレームを付けれた料理人が、だったら「お前が作れ」と客に逆ギレするのと同じではないかと。

なのに橋下市長の勝ちと評価するジャーナリスト。こういった言葉の暴力がまかり通っているのですね。つまり、世間を味方につければ多少の無茶は見逃してもらえると...

多分、敵味方思考で、敵を倒すためなら手段は選ばず、といったところなのでしょう。元弁護士なのに、話し合いとか、法律とか、そういったものへのリスペクトが一切感じられません。だからこそ、従来の政治の延長上にない斬新な政策が出てくるのでしょうけど。従来にはない、聖域に斬り込む姿勢は評価しますが、このような人間性の市長に教育改革だけはやってほしくないとも思います。

「ヒトラー」の例は、民主的な制度のもとでも「独裁」が生まれうる、という警告としてよく持ち出されますが、民主主義から独裁ないしファシズムが生まれたというと抵抗感を持つ方も多いようですね。しかし、佐藤優氏は、はっきり「民主主義とファシズムは親和的」といっておられます。

>「密室で首相になり、ズル(国会議事堂放火事件等)をして選挙(1933年3月)に勝ったことで権力を獲得した。」になると思うのです。

その種の「フレームアップ」や「謀略」はいつの時代でもありうるのではないでしょうか。事件前すでに第一党であったということを過小評価しているように考えます。現代日本の選挙制度であれば十分過半数とっていたでしょう。

>私兵団を持ち、それを以って対立する政党、党員
>(共産党、社会民主党)を脅迫したり、逮捕したりし
>て、自分の政党の地位を優位に持っていったのが
>ナチスで、

武力というよりむしろ「すぐれた」大衆宣伝術の功ではないかと考えますが。


近現代史の勉強の必要性について、深く同感です。

そんな私は、社会主義政権・共産主義政権が生まれるには、「革命」が必要。一方、独裁政権が生まれるには、「革命」は必ずしも必要で無く、「民主政治」があれば十分なのだろうなぁと思い始めて久しいです。

今の政情・世情を鑑みるに、戦前の日本での政党政治の自壊過程や、戦前のドイツでの国家社会主義ドイツ労働者党の躍進過程に類似する、環境が整いつつあるのは、間違いないと私は思ってます。

戦前のドイツでは、当時のメディアの主役だった「ラジオ」の果たした役割も大きかったとされてますけど、現在のメディアの主役たる「テレビ」の有り様を見ていると、類似性を感じざるを得ませんので。

郵政選挙・政権交代選挙に続いて、2度ある事は3度あるのか、3度目の正直なのか・・・。さて。

>Executor様へ
>民主主義から独裁ないしファシズムが生まれたというと抵抗感を持つ方も多いようですね。佐藤優氏は、はっきり「民主主義とファシズムは親和的」といっておられます。

 実際民主主義における「多数派」の取り方次第で変わりますが、議員内閣比例代表制度や得票数だけを重視する(つまり進歩的な)民主主義ならヒトラーが多数派になったことなんてないと言えます。
 ヒトラーは最後の議会選挙で得票率4割でしたが、レトリックを変えると、「5割以上がヒトラーに投票をしなかった」のです。つまワイマール国民の意思は非ナチスが多数派だったともいえます。
 例え一割の少数票でも連立工作が恒常化する議員内閣+比例代表制では、キャステングボードを握っていてかなり大きな影響力です。その一割の代表者達が非ナチス側に就くと、多数派という正当性はそっちになるのですから。
 得票率相対的第一党が与党なら、スウェーデンなんて1940年代以降政権交代が起こってない国になってしまいます。

 むしろ民主化したあとでも根強く残る保守的な政治手段が独裁に利用されることのほうが多いように見受けられます。(過大代表制、統帥権で政党政治を邪魔+世論を無視した軍事クーデター、大統領大権の利用、国王の保身によるファッショ組閣命令など)

 実際の民主主義は独裁よりも、意見が多すぎて現代イタリアみたいに混乱し続けるほうに親和性があるような気がします。(だから問題解決には集団個人間の粘り強い話し合いや議論による合意しかない)

わかりやすいポピュリズムよりも、
震災ガレキ処理などでよく見えるようになった、
住民の意向を尊重するという、
後ろ向きのポピュリズムのほうが有害かも。
あれ、地域エゴというより、
首長の、受動的ポピュリズムなんだよね。

>自由と平等様

>ヒトラーは最後の議会選挙で得票率4割でしたが、レトリックを変えると、「5割以上がヒトラーに投票をしなかった」のです。つまワイマール国民の意思は非ナチスが多数派だったともいえます。

ここのところ、どうなんでしょうか。同じ理屈で言えば、郵政選挙の時、「日本国民の意志は非小泉が多数派だった」となりますが、果たしてそう言えるかは微妙なところだと思います。

何にしても、ヒトラーの独裁的権力獲得には、「暴力」よりも「民意」の要因が大きかったように思いますが。
例えば、ヒトラーが暴力に頼って権力を獲得しようとしたならば、ドイツ国軍がそれを防ぐ手段はあったでしょう。
暴力ではなく、大衆の強力な支持によっていたからこそ、国軍は結局クーデターも実行できず、ヒトラーの独裁を防ぐことができなかったし、ヒンデンブルクにしてもヒトラーを排斥することはできなかった。
ヒトラーが首相になるのは、どのみち時間の問題だったでしょう。ヒンデンブルク以外でヒトラーに選挙で勝てる人間がいたとも思えませんし。

>>一中年さん

>>暴力ではなく、大衆の強力な支持によっていたからこそ、国軍は結局クーデターも実行できず、ヒトラーの独裁を防ぐことができなかった。例えば、ヒトラーが暴力に頼って権力を獲得しようとしたならば、ドイツ国軍がそれを防ぐ手段はあったでしょう。

むしろ逆だと思います。仮にヒトラーが共産主義者で、大規模な私兵団を持っていなかったら?そうなれば仮に大衆の強力な支持があっても潰していたでしょう。

ナチスが暴力に頼って権力を獲得しようとしたとして、国軍が止められたかどうか怪しいです。突撃隊の武装兵力は国軍の5倍でしたし。国軍がヒトラーに従順的だったのもヒトラーが再軍備に賛意的で反共産党であったのもありますが、突撃隊(と言うよりレーム)を抑えられるのがヒトラーだけだったと言うのが大きいと思われます。


>ace様

>ナチスが暴力に頼って権力を獲得しようとしたとして、国軍が止められたかどうか怪しいです。突撃隊の武装兵力は国軍の5倍でしたし。

これは突撃隊に対する過大評価ではないでしょうか。
50万人という員数は政治的な威力は大きいですが、そのまま軍事力として機能したかどうかは別問題です。

例えば、突撃隊の非正規軍が40万人に膨れ上がった当時ですら、ヒンデンブルクはヒトラーの脅威に対する警告に対し、「自分には大砲がある」の一言で一蹴しています。
また、ヒトラー自身、政治闘争の道具としての突撃隊は重視していましたが、突撃隊を軍事力とみなしてはいなかったでしょう。現に、首相となって以後のヒトラーは、突撃隊より国軍への浸透を図っています。

さらに、ヒトラーが首相になるに至る過程については、ブリューニング、パーペン、シュライヒャーとも、いずれも国民の支持を得ず、弱い政治基盤しか持たなかったことが退陣の根本的な原因であり、ナチ党の暴力によって打倒されたわけではありません。ヒトラーが首相になったのは、他の首相では政権が維持できない、という現実があったわけで、いわば必然というべきことです。

なお、パーペンはクーデターを企図していますが、実行できなかったのは、シュライヒャーの反対があったにせよ、「国民の支持を得られない軍事独裁は成功しない」というカップ一揆を通じた認識が根底にあったのではないでしょうか。
独裁を成功させるも失敗させるも民意次第、というわけです。

>>これは突撃隊に対する過大評価ではないでしょうか。
50万人という員数は政治的な威力は大きいですが、そのまま軍事力として機能したかどうかは別問題です。

確かに急速な組織拡大で質の悪い兵も居たとは思われますが、それでも国軍を凌駕するだけの武装兵力はあったと思われます。突撃隊はヴェルサイユ体制下で軍備に制限がかかっていた国軍の代理、隠れ蓑的組織でしたので、国軍の支援で武器が供給されていて、軍事訓練も受けており、決して素人集団ではありませんでした。それにレームの他、プロの士官が指導する兵団でした。数だけの素人集団なら国軍も脅威と見なさなかったと思います。

>>また、ヒトラー自身、政治闘争の道具としての突撃隊は重視していましたが、突撃隊を軍事力とみなしてはいなかったでしょう。現に、首相となって以後のヒトラーは、突撃隊より国軍への浸透を図っています

先述した突撃隊の性質からして、ヒトラーが突撃隊を軍事力とみなしていなかったと言うのはあり得ない事だと思います。国軍に浸透を図ったと言うのは、自分の制御のきく内ににレームと国軍の対立をおさめたかったのだと思います。それが上手くいかなくて長いナイフの夜へとつながったのだと思います。

>>ヒトラーが首相になったのは、他の首相では政権が維持できない、という現実があったわけで、いわば必然というべきことです。

これはその通りだと思います。

>>なお、パーペンはクーデターを企図していますが、実行できなかったのは、シュライヒャーの反対があったにせよ、
「国民の支持を得られない軍事独裁は成功しない」
というカップ一揆を通じた認識が根底にあったのではないでしょうか。

パーペンがクーデターを実行できなかったのは内戦を恐れての事です。
突撃隊の戦力は少なく見積もっても国軍と互角に戦えるくらいの実力はありました。
それに国軍の中にはNSDAPのシンパが居ましたから
泥沼の内戦に陥る懸念がありました。

>>独裁を成功させるも失敗させるも民意次第、というわけです。

民意があっても、国内において絶対的な軍事・警察権力を保持していなければ、独裁政権樹立は不可能です。突撃隊の存在が無ければNSDAPはパーペンに従わざるを得なかったでしょう。

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