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2012年2月15日 (水)

お金りふれではなく実体経済のリフレを

黒川滋さんの一口コメント

http://kurokawashigeru.air-nifty.com/blog/2012/02/214-7c5e.html(民主党政権の尻ぬぐいをしてりふれ政策を採らされた日銀)

現金崇拝がある限り、消費の増加が前提とならない現金流通を増やせば、市中に出回った現金が、実体経済にはほとんど回らず、お金がお金を買うだけの投機に回るだけ。投資先が少ないままますます投資資金ばかりが増えれば、ますます生産活動が冷え込み、デフレが悪化する。そのデフレが破られるときには、貨幣価値の急落、つまり恐慌とは違った経済の大混乱が待っているのではないかと思う。

本質的な景気対策、デフレ克服は、良質な雇用を創ることが第一だと思う。まじめに働けばそこそこ生活して老後の不安がない、そういう仕組みを作らない限り、回ってくる現金を何かの有効なものに使おうなんて話にはならない。

一言で言えば、お金だけがぐるぐる回る空虚な「りふれ」ではなく、実体需要に引っ張られた経済そのもののリフレーション(つまり言葉の正しい意味での「経済成長」)が必要ということでしょう。

そういう「成長派」が絶対的少数派であり、金融成長派と反成長派の喧嘩がこの世の一大事みたいになっているというところに、悲劇と喜劇のタネがあるわけですが。

(参考)クルーグマンのインタビュー

http://www.globe-walkers.com/ohno/interview/krugman5.html#p1

- ならばそこで、最も望ましい財政政策と金融政策のベストミックスはどのようなものでしょう。

クルーグマン 完全雇用に近いかたちにまで経済を戻せるように、かなりアグレッシブな財政拡張政策をとるべきです。さらには次の五年間に二?三%のインフレ率になるよう、金融緩和を組み合わせなければならない。

そうすることで個人投資に対する真のインセンティブを提供し、ある程度、借金を削ることもできる。うまくいけばそこで、自律的回復を生み出せる可能性があります。


- そのような「決められない」政治家への非難を反映してか、世界各国では「反格差デモ」が起こっています。要因についてはどう、ご覧になっていますか。グローバリゼーションの必然的な帰結でしょうか。

クルーグマン グローバリゼーションが主要な要素ではないと思います。政治の変化、そして社会の変化がもっと重要です。格差問題が大きく生じた国はアメリカ、次いでイギリスです。この二国では市場原理主義が最も進みました。つまり政治的な環境に格差は深く関係している、とみる必要がある。

- いつの間にか世界から、「中流階級」がかなりの割合で消滅してしまいました。

クルーグマン 金融の規制緩和こそが要因です。いま最も収入を得ている人のほとんどは、金融界の人間ですから。さらにいえば、先ほどの変化の二つ目にあたる社会規範の変節も関係しています。具体的には労働組合の衰退。以前から会社のCEOは自らの収入を自分で決めていましたが、かつては高すぎる給料を設定するのを怖がっていました。反発に直面すると思ったからです。しかし一九八〇年代の初めから、その反発を気にしなくなった。繰り返しになりますが、格差が広がった要因は、政治的、そして社会的なものです。

(追記)

たしかに、日本の金融至上主義「りふれは」は、もっとクルーグマンになるべきだな。まあ、やってることを見ればなりそうにもないけど。

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コメント

20年間にわたってデフレ脱却に失敗し続けている日銀が、民主党政権の尻拭いとか、どんだけバイアスかかってるんですか、黒川さん・・・

そもそもデフレにせよインフレにせよ根本的には貨幣的な現象であって、その意味ではリフレも「空虚」なもの以外、ありえないと思うんですが。マイルドなインフレのほうが、「良質な雇用」をつくりやすいし、「経済成長」しやすいというだけの話であって。

りふれ派にせよ構造カイカク派にせよ黒川さんにせよ、「私が考えると正しい経済成長」にとらわれ過ぎているのかなあと。その結果、他にもあるはずの経済成長の手段について無駄に否定的になってしまうという。

もっとも、「良質な雇用」はそもそも経済成長とは関係なく目指すべきもので、方法論を別にすれば、本来的には反対が出ること自体がおかしいのですが。

>消費の増加が前提とならない現金流通を増やせば、市中に出回った現金が、実体経済にはほとんど回らず、お金がお金を買うだけの投機に回るだけ

松尾先生は反論しています。

全労協で「不況は人災」講演をしました
http://matsuo-tadasu.ptu.jp/essay__110202.html
◆ 前の量的緩和のとき「金余り」と言われていたが、我々にはちっとも金がまわらず、海外で原油などの投機に流れたように思うが。
◇円は日本でしか使えないので日本の外に出ることはない。海外で投機に使われるときには、円を外貨(ドル)に交換してドルで投機する。このために円安になって輸出が増えて、景気が支えられた面がある。したがって、投機に使われたドルは世界のどこかにもともとあったドルで、日本の金融緩和がなかったとしても、やはりそれは投機に使われていたかもしれない。

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