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経団連経労委報告から

Bk00000230というわけで、帰りにブックファーストに寄って経労委報告を買ってきました。

わが国企業は、長きにわたる国内事業環境の劣化に加えて、行き過ぎた円高による収益の圧迫、さらに東日本大震災などの影響も相まって、まさにわが国企業は重大な岐路に立たされています。本報告書は、こうした状況下で迎える「2012年春季労使交渉・労使協議」に臨む経営者の指針として、経営と労働に関する考え方をまとめたものです。2012年版は、労使が取り組むべき最大の課題は「企業の存続」であるとし、企業が生き残り、新たな成長の礎を築くための議論を賃金交渉に加えてするべきと、経営側の基本スタンスを打ち出しています。さらに、危機を乗り越えるための人材戦略として、企業理念による求心力の強化や、グローバル経営者候補の育成などの重要性についても言及しています。目前に迫った春季労使交渉・労使協議にぜひお役立てください。

下のエントリの関係で、やはり定昇についての部分を見ておきたいと思います。

下のエントリの要約は、p61-62の「2012年交渉・協議における経営側のスタンス」という節の一部を持ってきたもので、その限りではまさに震災や円高による経営状況悪化に対応した賃下げとしての定昇延期・凍結論なのですが、そして、現実の交渉で経営側が使うのはもっぱらこちらになるだろうと思いますが、その少し前に「定期昇給の負担の重さを労使で共有する」という節があって、こちらはむしろ構造的な定昇見直し論に近い感じになっています。

「近い感じ」と言ったのは、前半は賃金制度の構造論というわけでもないやや意味不明の文章になっているからですが、

>定期昇給に関しては、労務構成が変わらない限り総額人件費は同じであること(定期昇給原資内転論)を根拠として、企業の負担は小さいとする見方がある。しかし、昇給のベースとなる賃金水準が既に競争力を失っている中で、企業環境は激変した。新興国を中心に、コスト競争力を持ちながら高い技術力で市場を席巻する企業も出てきており、労使は定期昇給の負担の重さを十分認識する必要がある。

なんだかよく分からない、というか、分からなくしたような文章ですが、「昇給のベースとなる賃金水準が既に競争力を失っている」という言い方は、定昇があろうがなかろうが、下のエントリのX円というベース賃金自体が高すぎるということのようで、つまり震災や円高といった一時的な話ではなく、絶対水準としての賃下げ論という趣旨のように解されます。とすると、「定期昇給の負担の重さ」じゃなくて、定昇があろうがなかろうが、現在の高すぎる賃金水準の負担の重さを、労働側は認識せよ、という趣旨のように理解できますが、そういうことなんでしょうかね。だとすると、アジア並みに下げようという話になって、そう簡単にそうだねという話にはなりにくいでしょうね。

それに対して、その次のパラグラフはむしろ賃金制度論としての構造転換論をストレートに打ち出しています。

>最近は、技術の進歩・機械化などの影響で仕事のやり方が変わり、高度な仕事に従事する人が増える一方、習熟度合いが付加価値に直結しない状況も生まれている。毎年、誰もが自動的に昇給する定期昇給は、個々人の貢献・能力発揮が見られない場合にも、昇給する文の賃金の積み上げがあるため、仕事・役割・貢献度と適切な賃金水準との間で乖離が生じやすい。個々人が創出する付加価値と、賃金水準との整合性を図ることは、従業員の納得性を高めるばかりでなく、付加価値を有効に使うという意味でも重要である

これはこれで、筋の通った議論の組み立てです。この構造論が、総額人件費を一定に保った上で労働者間での再配分という趣旨であるとすると、これは得する労働者と損する労働者の間のゼロサムゲームに近くなり、組合側としても、ケシカランだけでもいかない面があるでしょう。

とはいえ、実は経団連自身もそういう構造改革論に与しているかというと、それに続くパラグラフではむしろ定昇自体は維持したいという気持ちがにじみ出る文章になっており、

>定期昇給は、安定的な運用が望まれるものの、制度の持続可能性について労使で絶えず確認する必要があり、定期昇給の実施を当然視できなくなっている。

>労使は、企業の置かれている厳しい状況を直視し、必要な対策などを冷静に分析しながら、定期昇給の今日的意義や、そのあり方について多角的に議論することが求められる

このアンビバレンツ感がほとばしる重層的な文章は、経団連の中に構造的定昇見直し論と構造的定昇維持論が共存しており、それゆえアジア諸国だの、震災だの円高だのといった観点を表に出した方が定昇やらない論で一致できるという内部状況を示唆しているのかも知れません。

というわけで、定昇だけでいっぱいしゃぶれる美味しいネタですが、そのほかにも面白いトピックが結構ありますので、改めて。

《主な目次》
第1章 重要な岐路に立つ日本経済
 ○東日本大震災からの復興に向けた労使の取り組み
 ○一段と厳しさを増す経営環境
 ○日本国内での企業活動の維持に向けて
第2章 危機を乗り越えるための人材強化策
 ○グローバル経営に対応した人材戦略
 ○人材の多様化に対応した人材戦略
第3章 今次労使交渉・協議に対する経営側の基本姿勢
 ○「労使パートナーシップ対話」の深化
 ○総額人件費に対する基本的考え方
 ○2012年交渉・協議における経営側のスタンス
 ○企業の実態に合わない労働側主張
 ○人事・賃金制度(昇給ルール)の見直し
 ○労使コミュニケーションの強化
〈労使間で見解が異なる論点に関する経営側の主張〉
〈トピックス〉
 ○中堅・中小企業におけるBCP(事業継続計画)の必要性
 ○国内製造部門の競争力の強化に向けた取り組み
 ○介護休業者の増大への準備
 ○在宅勤務の可能性
 ○職場におけるメンタルヘルス対策の推進

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