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« 出たがり・トンデモ・陰謀論の聖三位一体 | トップページ | 労働組合兼従業員代表機関の逆説 »

2012年1月 4日 (水)

まさか裸の王様が「みんな服は着とこうよ」と言い出すとは思いもしなかったよねみたいな

日経の趣旨不明瞭なリーク記事(?)に狂喜する人事コンサルタント氏と、それを苦々しげに窘める元人事担当者氏という対照も興味深いものですが、

http://jyoshige.livedoor.biz/archives/5018564.html

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20120104#p2

ここはやはり、元労組役員氏の皮肉に充ち満ちた箴言を熟読すべき時期かと・・・。

http://h.hatena.ne.jp/yellowbell/243586370633253978

>まあでも面白いよね。定昇無くして組織への帰属から役職への帰属にモチベーションを振り替えて、なおそれで企業としてのガバナンスをちゃんとしようとしたら、日本型組織がもっとも苦手なコンプライアンスをベースにするしかなくなるよ。

コンプライアンスベースの労使関係って、今ただちによーいどんしたら、困るのは労働側じゃなくて使用側だからね。

サービス残業とかサブロク協定とかみなし残業とか裁量労働とか週40時間とか男女雇機均とか、コンプラベースに乗っけたらどれも真っ黒クロスケ出ておいでだ。それを組織へのお義理でグレーに薄めてるだけ。組織潰れたら困るだろ?いまさら新しいとこ行くのアレだろ?じゃあちょっとくらいは目をつむれやと、そんなヤクザな諒解の上に乗ってる裸の王様なわけでしょ。

まさか裸の王様が「みんな服は着とこうよ」と言い出すとは思いもしなかったよねみたいな

何という見事な比喩。これをぐだぐだとわかりにくく書くと、拙著『日本の雇用と労働法』になるわけですが。

ちなみに、yellowbellさん自身による要約:

>働いた分しか金やらねって考え方は結構なんですけど、
金くれた分しか働かねって考え方とコインの裏表だって、わかってますかー?

まあ、それが民法の雇用契約の発想なんですが。

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コメント

能力給(成果給?職能給?)でプロ野球選手を例示していたのを思い出しますが

・自分の個人的スキルを磨いた結果
・充分な収入を得て
・雇用が流動的

というと
マンガで時々見かける

・包丁一本さらしに巻いて
・(傾いた旅館や割烹に)雇われて
・その凄いスキルを用い
・(そこの問題を解決して)また辞めて流れていく
みたいな物語を連想します。

ブラックジャックと言った方が通りはよいんでしょうが

そんな「社員が全員ブラックジャック。気に食わないことがあったら即わからずやどもを叱り付けて辞める人ばかり」みたいな企業が
どんな風なものか想像すると面白いですね。

というか、

どこまでやるのかを、
しっかり契約書に明記する

ことから始まるかもです。

 城繁幸が財界の御用評論家であることは間違いありませんが、定期昇給見直し云々における経団連の狙いは、単なる賃金切り下げに留まらず、従業員を職務で分断することをたくらんでいると思えます。

 同業組合(いわゆるギルド)がなく、産業別労組が自然に発生する土壌のない我が国では、経団連の提言は、定期昇給と同一企業内で職務に関わらず対等に扱うという、経営者の労働者に対する制約の解消、つまり経営者の自由の一方的な拡大以外の何者でもないからです。しかも人件費を節約できるし労働者を分断して経営陣に対抗する力をそぐことができるし浮いた金は株式配当と役員報酬に回せるしで、私利私欲しか考えない経営者にとっては旨い話ばかりです。

 これで解雇の自由が拡大されれば、「コンプライアンスベースの労使関係」とか「金くれた分しか働かね」とか言う従業員は要らない、経営者と大株主に奉仕する奴隷が嫌なら飢えて死ねという、財界や城繁幸の願望が達成されるわけです。

 私は、yellowbellさんや濱口さんのような皮肉な見方さえ、楽観的過ぎると思っています。私は、経団連の報告書案には恐ろしいとが隠されていると思っています。

>国道134号鎌倉さま
>しかも人件費を節約できるし労働者を分断して経営陣に対抗する力をそぐことができるし浮いた金は株式配当と役員報酬に回せるしで、私利私欲しか考えない経営者にとっては旨い話ばかり

但し、この方向性を突き詰めていくと、長期的には「去勢された労働者」から次代の経営陣を選抜しなければならなくなるわけです。まあ、そうなったら経営は海外から採用してきたエリート陣に任せるのかもしれませんが(笑)。

ご指摘にある「労働者の分断」に関しては、JRやNTTの民営化・分社化に始まり、いわゆる「非正規雇用」労働者へのアウトソーシングに至るまで、既にかなりの程度に進んでいます。その結果、企業の収益は上がったのかもしれませんが、それは一時的な合理化の結果に過ぎず、長期的な安定性までは獲得できていない。食生活の見直しで体質は改善できても、食を絶っては生きていけないが如しです。
私としては、これ以上の「分断」を進める余地も、そのメリットも、さほど残されてはいないと思います。

 皆さん、今晩は。
 鬼木様、私の書き込みに御返事くださり、誠にありがとうございます。
 本ウェブログにおける鬼木様の御投稿、いつも拝読しております。勉強になります。

>この方向性を突き詰めていくと、長期的には「去勢された労働者」から次代の経営陣を選抜しなければならなくなるわけです。まあ、そうなったら経営は海外から採用してきたエリート陣に任せるのかもしれませんが(笑)。

 私は、我が国でも、従業員の中から経営陣を選抜する時代は終わり、経営者の一族か海外から採用したエリーtp陣に経営を任せる方向へ行くと思います。生産点と生活点が名実ともに分離される時代では、従業員は大株主と経営陣に尽くすだけの存在になるのでしょう。

>ご指摘にある「労働者の分断」に関しては
>企業の収益は上がったのかもしれませんが、それは一時的な合理化の結果に過ぎず、長期的な安定性までは獲得できていない。
>私としては、これ以上の「分断」を進める余地も、そのメリットも、さほど残されてはいないと思います。

 そうだといいのですが、企業が黒字を出し続け、株式配当と役員賞与を出し続けるだけの現金の手持ちがある限り、一時的な合理化でしのぎ続けることができるというのが、何ともやり切れません。
 極端に言えば、生産拠点などの現場を賃金の安い国に移し続けるか、通貨の弱い外国から人を雇うという形で労働者の分断を続けることもできますからね(これがいわゆるグローバリズムの本質です。)。

>国道134号鎌倉さま
>極端に言えば、生産拠点などの現場を賃金の安い国に移し続けるか、通貨の弱い外国から人を雇うという形で労働者の分断を続けることもできます

上記の点に関しては、一般論としてはそうなのでしょうが、私は少々違う意見です。まず「言葉の壁」、そして最近ではタイ洪水被害など海外には海外なりのリスクがつきまとう以上、生産拠点を移すといっても自ずと限度があります。
それに、いまや海外の拠点でも、中韓はじめ日本以外の企業との激しい競争に晒されています。海外拠点における労使関係の実情は私も詳らかには存じませんが、韓国や中国の企業での労働争議やストの激しさは、今の日本の比ではありません。そういう環境では、yellowbellさん言うところの「コンプライアンスベースの労使関係」を構築しないと、現地あるいは海外採用のスタッフを繋ぎ留められなくなるはずです。
要するに、グローバル化を進めている企業が、労使関係だけ「日本の伝統」を残すのは無理だろうと私は思うのです。その影響は遅かれ早かれ日本国内の企業にも及んできますし、労働運動も否応なく変革を迫られるのでしょう。そうした変革に先回りできるか否かがこれからの労働運動の課題ではないか、とも思います。

 皆さん、今晩は。鬼木様、御返事有難うございます。

 ただ、私はあまり楽観的になれません。

>「言葉の壁」

 私は、日本語とその他の言葉の間の「言葉の壁」は、一部の企業が既に実施しているように、企業内の公用語を英語にすることであっさり乗り越えられてしまいます。

>タイ洪水被害など海外には海外なりのリスクがつきまとう以上、生産拠点を移すといっても自ずと限度があります。

 タイがだめでも、成人が読み書き出来て人件費の低い国はまだまだ多く残っています。移転先が尽きるのはまだまだ差の話でしょう。

 また、タイの洪水のような災害のリスクについては、我が国より大きな国は地球上のどこにも存在しないでしょう。あれだけの大震災が起きても、「(財政支出が惜しいから)防潮堤を強化しなくても避難に最善を尽くすことで津波に十分対応できる」とか「自然の脅威に直面した時は対抗しようとするのではなく、付き合うという思想が必要なのではないか」とか言っているわけです。これは、我が国で商売をやるのなら世界最大の災害リスクを全て自分でかぶれと言っているのと同じです。

 そう考えると、リスクも海外移転の障害にはならないように思えます。

>それに、いまや海外の拠点でも、中韓はじめ日本以外の企業との激しい競争に晒されています。
>「コンプライアンスベースの労使関係」を構築しないと、現地あるいは海外採用のスタッフを繋ぎ留められなくなるはずです。

 確かに、海外移転先でも激しい競争はありますが、現場のいわゆる「平」の従業員の獲得で激しい競争が生じることは、考え難いと思います。「平」の人材確保の競争が起きたり労働争議が激しくなったりしたら、企業は生産拠点を、人件費のより安く、労働争議のない国に移転するでしょう。中国や韓国で行われているような労働争議をやったら刑務所にぶち込まれる国はいくらでもありますから。

 長くなりましたので、続けます。

 皆さん、今晩は。鬼木様の御返事に対する返事の続きです。

>グローバル化を進めている企業が、労使関係だけ「日本の伝統」を残すのは無理だろうと私は思うのです。

 グローバル化といえば外国資本の傘下に入った日本企業も多数に上りますが、こういう企業における労使関係は、経営者に都合のいい所だけ「日本の伝統」が残っているように見えます。

>変革に先回りできるか否かがこれからの労働運動の課題ではないか、とも思います。

 労働運動、特に労働組合は既にグローバル化に伴う変革に対応しているように思えます。

 グローバル化というのは、企業の「国際競争に負ければ職場自体がなくなるぞ」というマキャヴェッリの「国家理性」にそっくりの恫喝と「優遇しなければ外国に拠点を移してやる」という自分勝手な恫喝が大手を振ってまかり通ることです。
 先進国、特に我が国の民間企業における労働組合は、自由度の増した経営者に捨てられないために、労働者の権利を守るよりも、労働者を管理し、権利主張を抑える組織になってきました。

 要は、グローバル化の進展によって、労働運動や労働組合は、一部の例外を除き、労働者を守るよりも、労働者から経営者を守るためのものに変わって行ったということです(中国や韓国も、今は自国通貨の安さ故に、激しい労働運動をやっても生産拠点の海外流出はないという余裕があるからこそ、我が国とは比べ物にならない激しい労働運動ができるだけです。、元高・ウォン高になったら、生産拠点の海外流出を恐れて、労働運動も大人しくなるでしょう。)。

 また、定期昇給廃止・職務給への移転は、従業員代表機関の法定化と共に、経営者が労働者を配置転換させる自由を広く認める(拒否者に対しては懲戒解雇も認められる)我が国の現状が改まらない限り、経営者による労働者の支配の強化に終わるでしょう。なぜなら経営者は、配置転換による雇用条件の悪化の恐怖と職種別に編成された労働組合の企業内対立を思う存分利用できるからです。

 この状況を打破するには、特に我が国においては、円高を是正すると共に、グローバル化の進展とともに「ただのランチ」として大盤振る舞いされて広げられてきた経営者の自由を制限し、責任をより重く持たせることが必要ではないかと、私は強く思います。

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