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2012年1月10日 (火)

集団的労使関係の経験がマクロな合意形成の基盤

被災地から発信を続けておられるマシナリさんの新年初エントリは、武雄市長の成人式での発言「私ががれき受け入れの意向を表明した途端、多くの反対の声が届けられた。中には脅迫もあった。こんな大人に、君たちはなって欲しくない。」から話が展開して、マクロな合意形成の基盤を考えています。

http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-493.htmlなってほしくない大人

>・・・反原発運動の盛り上がりとかそれに荷担する形でまき散らされるヘイトスピーチは後を絶たないものの、かといってそれが必ずしも悪意によって引き起こされているわけではないことは、拙ブログでも指摘してきたところです。つまり、それぞれの立場で利害関係がある(と思い込んでいる)方々がいらっしゃり、それを表現する方法がヘイトスピーチだったりボランティアだったり反原発運動だったりするわけで、人によってその表現に巧拙があること自体は当然のことでしょう。・・・一方では実務上どんなに無理筋であっても「既得権益を打破する」とか「権力者の陰謀を暴く」という威勢のいいカイカク派への郷愁が途絶えることはありません。

>拙ブログではこれまで集団的労使関係の再構築の重要性を飽きもしないで指摘し続けているわけですが、その理由は、少なくとも職場内の日常生活の中で立場の異なる方々と連帯しながら、同時に立場の異なる方々と利害調整するというプロセスを各個人が直接経験するということで、こうしたカイカク派への郷愁を断ち切るよすがとすることができるのではないかと考えているからです。・・・対立する主張を持つ相手とであっても、話し合いを尽くすことによって自分の境遇を自らが変えることが可能であるという経験がなければ、自らが稼得した所得を他人へ配分するという公的な所得再分配政策についての合意を得て、その結果として各家計の所得が公的セクターを通じて消費や投資に回されて流動性供給が増加し、マクロの経済成長がもたらされるという事態にいたることはないだろうと考えます。

>いうまでもないことですが、公的セクターを通じた所得の再分配という難儀な作業とそれによる経済成長は、職場レベルから一国レベルまでの利害調整の先にしか達成されません。そうである以上、いきなり政府レベルの利害調整に委ねるよりは、自らが直接関係する労使関係においてどうやって生活保障を確保するかということについて立場の違いを乗り越えて議論しながら地道に合意を取り付けていくことが、遠回りであっても着実な方法だと思います。その点こそが、省庁代表制によって利害関係が表に出てこない日本と、労使関係において取り決められた事項が政策に直接反映される(ネオ・)コーポラティズムが定着している北欧との違いであり、それが結果として社会保障の財源調達についての社会的合意の違いとなって現れているものと思われます

利害関係を利害関係として認め合い、率直に利害調整することによって合意を形成するというミクロの経験の欠如したところでは、自分の利害関係を利害敵対者へのヘイトスピーチという形で表現して騒ぎ立てることによってしかその実現の道はないように見えるのでしょう。

まことに悲しいかな、そういうヘイトスピーチ型政論を煽り立てるせいじ屋やひょーろん家どもが、マスコミでは有卦にいるわけですが。

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コメント

ご紹介いただきありがとうございます。別エントリでお気遣いいただいた(?)かもしれませんが、取り急ぎこちらにコメントさせていただきます。

お互いの顔の見える範囲で利害調整するという機会は、実を言えば仕事上の利害調整を除けば私自身もあまり経験がありませんし、そのルールもなかなか共有できないというもどかしさを感じることが多々あります。拙ブログで起きている現象も、そうしたルールのないネット上ではヘイトスピーチに流れやすいということなのかもしれません。

その点からすると、労組法・労調法(ついでに労委規則)などの集団的労使関係法規において、多少片務的ではありますが「誠実な(団体)交渉義務」を実体的に審査・調整する機能が規定されているというのは、社会的に見て貴重なリソースではないかと改めて認識したところです。

ご苦労様です・・・。

「カイカク派」を揶揄する保守思想の持ち主が「左翼」と罵倒されるという(端から見れば面白い)図式の中に、まさにこの「革命烈士」という自称に象徴される、かつての左翼人士の精神構造を左右反転させただけで全く同型的な今日の「カイカク派」の精神構造が透けて見えるというところでしょうか。

もちろん、これ自体実は(ナチスは共産党の反転コピーに過ぎないなど)歴史は繰り返すの喜劇版でしかないわけですが。

そういう意味もあり、左翼人士の橋下批判というのは、同じ精神構造が同じ精神構造を近親憎悪しているところがあって、端で見ていて醒めてしまうんですよね。

何にせよ、ご苦労様です。

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