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労働市場の変容と教育システム@広田科研報告書

昨年7月に広田照幸さんにお誘いいただいて、科研研究会で喋ったものが、『社会理論・社会構想と教育システム設計』というタイトルの分厚い報告書の一部として送られて参りました。

わたくしの参加したセッションへの金子良事さんのコメント論文も興味深いし、自由投稿論文の窪さんの中卒労働市場のも面白いのですが、ここでは、わたくしの発言部分を載っけておきます。

ミニ・シンポジウム「教育制度・教育政策をめぐって(2)――教育と雇用・福祉」
 
2011年7月3日(日)
 
日本大学文理学部百周年記念館 会議室2
 
○濱口桂一郎(ゲスト)「労働市場の変容と教育システム」
○小玉重夫「教育システムへの期待」
○山口 毅「教育に期待してはいけない」
指定討論者:広田照幸
 
第1報告:濱口桂一郎「労働市場の変容と教育システム」
 
はじめに
 
 普通の人にとって、若い頃は、ものを学ぶのが主な時間の過ごし方で、それを過ぎた大人の時期には、労働が主な時間の過ごし方です。そういう意味で、人間は、引退後はともかく、おおむね教育と労働が一番なじみのあるところです。
 
 教育が人生の前のほうに置かれていて、労働がそのあとに置かれていることからすると、教育は労働の準備であり、労働は教育の成果であるというのが一般的な考え方です。そうすると、教育と労働は、本来、密接な関係にあるはずです。
 
 しかし、現実の日本社会では、少なくとも教育にかかわる政策や学問は、労働の中身にあまり関心がなかったように見えます。逆に、労働にかかわる政策や学問は、教育の外形には非常に関心を持っていますが、教育の中身にはあまり関心を持ってこなかったように見えます。
 
 より正確に言うと、高度成長期が始まった頃までは、まだお互いにそれなりの関心・関与がありました。むしろそのあと、それがだんだん失われていったように見えます。これは、その必要がなくなってきたからそうなっただけですが、とりわけここ数年来、再びその辺が議論されるようになってきました。
 
 その理由として、若者の非正規問題が一番大きなきっかけであったことは間違いありません。ただそれだけなら、その問題だけを解決すればいいという議論もあり得ます。しかし、それをきっかけにして、今まであまり議論されなかったもろもろの問題が、いわば一連のかたちで議論されるようになってきました。
 
1 「教育」と「労働」の密接な無関係
 
 教育と労働がお互いの中身に関心を持たなかったといっても、もちろん、お互いに無関係だったわけではありません。ややひねった言い方ですが、私はこれを「教育と労働の密接な無関係」と呼んでいます。「密接な無関係」というのは意味不明な言葉ですが、当然のことながら教育の世界と労働の世界は非常に密接な関係があります。学校で受けた教育が、卒業後にどういう職業キャリアをたどっていくかに大きな影響を与えるのは事実で、だからこそ「学歴社会だ」とか何だとか言われるわけです。
 
 本田由紀さんが『若者と仕事』(東京大学出版会)を出してから「職業的レリバンス」という言葉が人口に膾炙するようになりましたが、それまでは、そんなことを議論しなくてもいい仕組みになっていたから、世間は関心を払ってこなかったのだと思います。
 
 ここは、企業や職場レベルがなぜそうなってきたかという話だけでも、たっぷりと時間を使って議論ができますが、そこは置いておいて、政策のレベルで言うと、意外に多くの人に認識されていないことですが、かつての日本政府はむしろ職業的レリバンスを重視する政策を掲げていたのです。私の土俵である労働政策の観点からすると、むしろ、教育と労働を中身でつなげるような方向を志向する政策の考え方が中心的でした。
 
 国民所得倍増計画は高校の教科書にも太字で出てきますが、中身を読んだ人はほとんどいないと思います。これを読むと、まさに近代化論に満ちています。近代化論とは、日本はまだ前近代的な社会で、もっと近代化しなければいけないという考え方です。近代化とは、労働市場がもっと流動化し、職種と職業能力に基づいた社会が作られなければいけないということです。国民所得倍増計画には、そのようなことが延々と書いてあります。経済政策も労働政策も基本的にはそういう方向を向いていました。
 
 もっと意外に思われるかも知れませんが、日本の経営団体も、ある時期まではそういうことを一生懸命言っていました。労働関係の人にとっては常識的な話ですが、それ以外の方々にはあまり知られていないと思います。
 
 日経連がこうした近代化論から身を離すのは、むしろ1960年代末期以降です。政府はもう少し遅れて1970年代半ばです。一番大きな契機は石油ショックで、日本的な長期雇用や年功的な賃金制度を前提にして、それを称揚する方向の政策が進んでいきます。
 
 そうすると、教育と労働の関係も、必ずしも教育課程の中身そのものが労働に直接リンクするものである必要はありません。こうして私の言う「労働と教育の密接な無関係」が確立してきたと思います。
 
2 フィクションとしてのジョブ型システム
 
 ここまでは、どちらかというと「そう演じろ」と言われて演じているような議論です。本来ならば、これに対する広田先生の突っ込みがあったうえで、それに対するリプライとして言うべきことかもしれませんが、こういう職業的レリバンス論に対する批判を想定して、それに対する応答的な議論をいくつかお話ししたいと思います。
 
 私は実は、どういうジョブについてどういうスキルを持ってやるかで仕事に人々を割り当て、世の中を成り立たせていくジョブ型社会の在り方と、そういうものなしに特定の組織に割り当て、その組織の一員であることを前提にいろいろな仕事をしていくメンバーシップ型社会の在り方の、どちらかが先験的に正しいとか、間違っているとは考えていません。
 
 ある意味ではどちらもフィクションです。しかし、人間は、フィクションがないと生きていけません。膨大な人間が集団を成して生きていくためには、しかも、お互いにテレパシーで心の中がすべてわかる関係でない限りは、一定のよりどころがないと膨大な集団の中で人と仕事をうまく割り当てることはできません。
 
 そのよりどころとなるものとして何があるかというと、ある人間が、こういうジョブについてこういうスキルがあるということを前提に、その人間を処遇していくというのは、お互いに納得性があるという意味で、非常にいいよりどころです。
 
 もちろん、よりどころであるが故に、現実との間には常にずれが発生します。一番典型的なのは、スキルを公的なクオリフィケーションというかたちで固定化すればするほど、現実にその人が職場で働いて何かができる能力との間には必ずずれが発生します。
 
 ヨーロッパでいろいろと悩んでいるのは、むしろその点です。そこから見ると、日本のように妙な硬直的なよりどころがなく、メンバーとしてお互いによく理解しあっている同じ職場の人たちが、そこで働いている生の人間の働きぶりそのものを多方向から見て、その中でおのずから、「この人はこういうことができる」というかたちで処遇していくというやり方は、ある意味では実にすばらしいということもできます。
 
 ただし、これは一つの集団組織に属しているというよりどころがあるからできるのであって、それがないよその人間との間にそうことができるかというと、できるはずがありません。いきなり見も知らぬ人間がふらりとやってきて、「私はできるから使ってくれ」と言っても、誰も信用できるはずがありません。そんなのを信用した日には、必ず人にだまされて、ひどい目に遭うに決まっています。だからこそ、何らかのよりどころが必要なのです。
 
 よりどころとして、公的なクオリフィケーションと組織へのメンバーシップのどちらが先験的に正しいというようなことはありません。そして、今までの日本では、一つの組織にメンバーとして所属することにより、お互いにだましだまされることがない安心感のもとで、公的なクオリフィケーションでは行き届かない、もっと生の、現実に即したかたちでの人間の能力を把握し、それに基づく人間の処遇ができていたという面があります。
 
 おそらくここ十数年来の日本で起こった現象は、そういう公的にジョブとスキルできっちりものごとを作るよりもより最適な状況を作り得るメンバーシップ型の仕組みの範囲が縮小し、そこからこぼれ落ちる人々が増加してきているということだろうと思います。
 
 ですから、メンバーとして中にいる人にとっては依然としていい仕組みですが、そこからこぼれ落ちた人にとっては、公的なクオリフィケーションでも評価してもらえず、仲間としてじっくり評価してもらうこともできず、と踏んだり蹴ったりになってしまいます。「自分は、メンバーとして中に入れてもらって、ちゃんと見てくれたら、どんなにすばらしい人間かわかるはずだ」と思って、門前で一生懸命わーわーわめいていても、誰も認めてくれません。そういうことが起こったのだと思います。
 
 根本的には、人間はお互いにすべて理解し合うことなどできない生き物です。お互いに理解し合えない人間が理解し合ったふりをして、巨大な組織を作って生きていくためにはどうしたらいいかというところからしかものごとは始まりません。
 
 ジョブ型システムというのは、かゆいところに手が届かないような、よろい・かぶとに身を固めたような、まことに硬直的な仕組みですが、そうしたもので身を固めなければ生きていくのが大変な人のためには、そうした仕組みを確立したほうがいいという話を申し上げました。
 
3 「抵抗」について
 
 残りの3分の1の時間で、想定される小玉先生の話に対するコメントをします。本田さんの言い方で言うと、「適応と抵抗」の「抵抗」になります。
 
数年前に、若者関係の議論がはやった頃に結構売れたのが、フリーターの赤木智弘さんが書いた本です。その中で、彼は「今まで私は左翼だったけど、左翼なんかもう嫌だ」と言っています。彼がいうには、「世界平和とか、男女平等とか、オウムの人たちの人権を守れとか、地球の向こう側の世界にはこんなにかわいそうな人たちがいるから、それをどうにかするとか、そんなことばかり言っていて、自分は左翼が大事だと思ったから一生懸命そういうことをやっていたけど、自分の生活は全然よくならない。こんなのは嫌だ。だからもう左翼は捨てて戦争を望むのだ」というわけで、気持ちはよくわかります。
 
 この文章が最初に載ったのは、もうなくなった朝日新聞の雑誌(『論座』)です。その次の号で、赤木さんにたいして、いわゆる進歩的と言われる知識人たちが軒並み反論をしました。それは「だから左翼は嫌いだ」と言っている話をそのまま裏書きするようなことばかりで、こういう反論では赤木さんは絶対に納得しないでしょう。
 
 ところが、非常に不思議なのは、彼の左翼の概念の中に、自分の権利のために戦うという概念がかけらもないことです。そういうのは左翼ではないようなのです。
 
 もう一つ、私はオムニバス講義のある回の講師として、某女子大に話をしに行ったことがあります。日本やヨーロッパの労働問題などいろいろなことを話しましたが、その中で人権擁護法案についても触れ、「こういう中身だけど、いろいろと反対運動があって、いまだに成立していない」という話を、全体の中のごく一部でしました。
 
 その講義のあとに、学生たちは、感想を書いた小さな紙を講師に提出するのですが、それを見ていたら、「人権擁護法案をほめるとはけしからん」という、ほかのことは全然聞いていなかったのかという感じのものが結構きました。
 
 要するに、人権を擁護しようなどとはけしからんことだと思っているわけです。赤木さんと同じで、人権擁護法とか人権運動とか言っているときの人権は、自分とは関係ない、どこかよその、しかも大体において邪悪な人たちの人権だと思いこんでいる。そういう邪悪な人間を、たたき潰すべき者を守ろうというのが人権擁護法案なので、そんなものはけしからんと思い込んで書いてきているのです。
 
 私は、正直言って、なるほどと思いました。オムニバス講義なので、その後その学生に問い返すことはできませんでしたが、もし問い返すことができたら、「あなた自身がひどい目に遭ったときに、人権を武器に自分の身を守ることがあり得るとは思いませんか」と聞いてみたかったです。彼女らの頭の中には、たぶん、そういうことは考えたこともなかったのだと思います。
 
 何が言いたいかというと、人権が大事だとか憲法を守れとか、戦後の進歩的な人たちが営々と築き上げてきた政治教育の一つの帰結がそこにあるのではないかということです。あえて毒のある言葉で申し上げますが。
 
 少なくとも終戦直後には、自分たちの権利を守ることが人権の出発点だったはずです。ところが、気が付けば、人権は、自分の人権ではなく他人の人権、しかも、多くの場合は敵の人権を意味するようになっていた。その中で自分の権利をどう守るか、守るために何を武器として使うかという話は、すっぽりと抜け落ちてしまっているのではないでしょうか。
 
 なぜこのような話をしているかというと、結局、集団的労使関係の問題や労働教育の問題は、そこに淵源するのではないかと思うからです。
 
 私が生まれたのは1958年ですが、この年に労働省から労働教育課がなくなりました。それまでは、労働者あるいは国民一般に対して、労働組合や労働法を教えることが国の政策の一つの柱になっていました。しかし、もう十分にわかったからいいということで廃止されたのです。
 
 職場で働いている人間が自分たちの権利をどう守るかということは、わかっているからもういいということで、それ以来、公的な政策としては半世紀以上なされないままになっています。その代わり、その間にされてきた人権教育は、自分ではないどこか遠くの人の人権を守る話です。それが悪いと言っているわけではありませんが、そういうことだけがずっと教育されてきました。そういう中で育てられて、「人権はそういうものだ」と思いこんだ若者たちから跳ね返ってきた反応の、一つの形が赤木さんの戦争待望論であり、私に猛烈な抗議を書いてきた大学生たちだと思います。
 
だとすると、「権利や人権というのはあなたのことだ。あなたが今いるその場で、自分の権利をどう守るか。そのために、法律も含めたいろいろな仕組みをどう使うか。それが人権擁護ということなのだ。」というところから話を進めないと、政治教育の議論は始まらないのではないでしょうか。
 
 政治とは何かというと、多くの人は、政治とは永田町でやっていること、あるいは地方でも政界という特別な世界でやっていることだと思っています。それは確かにそうで、そういうところでやっているものを追い掛けるのが新聞の政治部の記者なので、仕方がありません。
 
 しかし、機能的に考えると、社会のありとあらゆるところに政治があり、会社の中にも政治があります。企業小説を読むと、まさに政治のはらはらどきどきする世界がたくさん描かれているし、私はよく知りませんが、たぶん、大学の世界も非常に政治に満ち満ちていると思います。
 
 およそ人間が組織を作れば、そこにはありとあらゆる政治があるはずです。どんな小さな職場であっても、そこの管理職や下っ端、そして、その間に挟まれた中間管理職の間には、実に手に汗を握るような政治が日々展開しているはずです。
 
 そういう政治に対してどう適応するか、それが自分に対して何らかの不利益をもたらすならば、それに対してどう対抗するかも含め、それこそが政治を捉えることのはずです。政治にかかわる在り方、生き方を教えるというのは、永田町でやっている政治の話ではなく、むしろ社会のありとあらゆるところで日々行われている政治に対する対し方を教えるということだと思います。
 
 それを労働の話に引き付けると、自分が働いている場で起こるいろいろなトラブル、不満、問題をどううまく解決するかが政治の術です。政治は古代ギリシャ以来、まさに人間社会の技術の方法で、それが集団的労使関係であり、労働教育で問われている課題です。
 
 
(当日配布参考資料)
 
濱口桂一郎「労働の場のエンパワメント」「労使関係から見た労働者の力量形成の課題」日本社会教育学会6月集会発表メモ2010年6月5日。
 
濱口桂一郎「新規学卒者定期採用制の歴史と法理とその動揺」『ニューズレター』第36号。
 
濱口桂一郎「日本型雇用システムと職業訓練』『都市問題』2010年12月号。

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