『ディーセント・ワークと新福祉国家構想』旬報社
伍賀一道+西谷 敏+鷲見賢一郎+後藤道夫+雇用のあり方研究会編『ディーセント・ワークと新福祉国家構想』(旬報社)をお送りいただきました。
>雇用の劣化と貧困を放置しては福祉国家の実現はない。
安定した社会保障制度がなくては、ディーセント・ワークの実現は困難……
大震災からの復興をめざす今こそ、ディーセント・ワークの実現と福祉国家政策の確立を!
編者として名を連ねている方々のほかに、こういう方々がメンバーとして書かれているようです。
今村幸次郎(自由法曹団元事務局長)
伍賀一道(金沢大学)
木下秀雄(大阪市立大学)
後藤道夫(都留文科大学)
鷲見賢一郎(自由法曹団幹事長)
清山 玲(茨城大学)
西谷 敏(近畿大学)
根本 到(大阪市立大学)
藤田 実(桜美林大学)
松丸和夫(中央大学)
萬井隆令(龍谷大学)
脇田 滋(龍谷大学)
渡辺 治(一橋大学)
内容(目次)は下に引用しておきますが、全体を読んだ感想としては、個々の部分ごとの議論としては大変共感できるところがあるとともに、その組み合わせ方の全体戦略としてはいくつもの違和感を感じるというところです。
いや、全体戦略としての、労働のあり方をより「ディーセント」なものにしていくことと、マクロ社会的な福祉国家構想を組み合わせて考えていくという方向性は、むしろ大変共感するところなのですが、その「ディーセントワーク」の中身について、雇用の安定と人間らしい働き方をどうバランスさせていくのか、という視点が弱いように思うのです。
日本の正社員の長時間労働がその雇用の安定の対価として労働者によって受容されてきたことを考えると、どの程度の義務とどの程度の安定をバランスさせるかという観点がないと、リアルな解決策にならないのではないかということです。仕事がなくても雇用は守れ、しかし仕事は人間らしく、というのをすべての労働者に保障することができるのか、できないとすれば、公平さをものごとの基準とするのであれば、その間のバランスが取れるようにしていくことが重要でしょう。もちろん、現在はそのバランスが崩れて、義務が高いのに不安定という状況もあるわけですが。
その意味で、とりわけ「多様な正社員」構想を「解雇規制の緩和された第二正社員の創設を意図している」と批判している点には、やはり違和感を感じます。私は、本書でも言われているようにまさに「解雇規制は人格的利益を保障する」ものだと思いますが、それは逆に言えば、どういう解雇規制であれば、使用者の不当な要求からの保護具たり得るのか、という観点からの検討を要請するようにも思われます。
あと、マクロ社会的な福祉国家構想としては、本書では(部分的にコメントされていますが)正面から取り上げられていない住宅や教育、医療といった個別分野ごとの現物給付の側面がやはり重要で、そこが貧弱であるために、生活保護に矛盾が集中してしまう面もあるのではないか、と思っていて、そこは本書への違和感というのとは違うのですが、ただ生活保護を出せ!というだけでは、今盛り上がりつつあるように見えるそれへの社会的敵意(「怠け者を退治しろ!」)には多分立ち向かえないと思います。ある種のワークフェアは不可避であって、むしろそれを基礎的な社会サービスの給付がきちんと補完する仕組みが必要なのでしょう。
序章 新自由主義「構造改革」を転換しディーセント・ワークの実現を
一 東日本大震災が提起したもの
二 本書の基本的視点
1 ディーセント・ワークを必要とする雇用の現状と課題
2 福祉国家的施策を必要とする実態と課題
3 「新しい福祉国家」について
第1章 雇用の劣化と働き方の現状
一 雇用と働き方・働かせ方を把握する視点
二 雇用の劣化、働き方の貧困
1 非正規雇用・不安定就業の肥大化
2 正規雇用の働き方の貧困
3 正規雇用と不安定就業の融合
三 半失業、顕在的失業、潜在的失業の相互関係
1 半失業―雇用と失業の中間形態
2 顕在的失業者
3 潜在的失業者
四 経済・社会・産業の特徴と雇用・失業・半失業
1 グローバル競争下の輸出主導型経済構造、大企業の国際競争力強化支援、労働法制の規制緩和
2 労働力とエネルギー浪費の「二四時間型社会」
3 公共的社会サービス(介護、福祉、保育)の貧困、市場化
4 福祉国家型の産業・就業構造と日本との対比
第2章 ディーセント・ワーク実現の課題
一 安定した良質な雇用の実現
1 はじめに
2 解雇規制の意義と安定的雇用の要請
3 有期雇用の制限
4 間接雇用(労働者派遣)
5 同一価値労働・同一賃金、最低賃金、ジェンダー平等
6 人間らしい働き方
7 労働者性と個人事業主
8 今後の政策課題―とくに非正規労働問題について
二 日本における失業保障制度の現状と課題
1 雇用保険―カバー率は改善されたか
2 求職者支援法―「第二のセーフティネット」といえるか
3 生活保護―「最後のセーフティネット」として機能しているか
4 さいごに
三 あるべき労働市場のあり方―雇用創出・公的就労事業の再建・職業訓練
1 雇用をつくる
2 労働市場の改革はディーセント・ワークを基礎に
3 第二の労働市場と雇用のセーフティネット=「公的就労事業」の再興を
第3章 福祉国家型経済産業システムの展望
一 震災前の日本経済
1 輸出主導型経済
2 賃金抑制によるデフレの深刻化
3 持続的な円高
4 日本経済の化石燃料と原発依存
二 震災後の日本経済と通商国家論
1 通商国家論での日本経済の再構築は何をもたらすか
2 通商国家論では被災地域の産業は衰退する
3 選択と集中による地域開発の危険性
三 低炭素・福祉国家型経済産業システムによる日本経済の再構築
1 低炭素・福祉国家型経済産業システムとは何か
2 低炭素・福祉国家型の経済産業システムへの展望
第4章 健全な労働市場と福祉国家構想
一 ディーセント・ワークの条件の不足と日本型雇用
1 失業時保障の不足と雇用基準・労働基準の不足の相乗関係
2 両者の不足の日本的背景
二 日本型雇用に対応する小さな社会保障と勤労者への生活保障の極度の脆弱□
1 小さな社会保障・公租公課による貧困
2 日本型雇用と開発主義国家による代替
3 社会保障における公的責任のいっそうの縮小─構造改革
三 福祉国家型社会体制への転換の必要とディーセント・ワーク
1 失業時保障の制度的整備
2 最低賃金を最低生活費の数割増しに
3 社会保険料代替拠出の必要と最低生活費非課税原則
4 失業扶助における所得制限など受給要件の新たな考え方
5 最低保障年金制度の必要
6 児童手当と最低生活保障における子ども分
7 基礎的社会サービスの現物給付と住宅補助がささえるべき失業扶助
四 福祉国家型システム転換にかかわる諸論点
1 大きな福祉国家財政
2 福祉国家型施策の本格的展開と新たな経済循環
3 脱原発と福祉国家構想
補論 裁判の現状と労働者・国民の権利
一 非正規労働者の裁判闘争の現状と課題
1 派遣切り裁判の現状と課題
2 期間切り裁判の現状と課題
3 個人請負労働者の労働者性
二 労働者の諸権利をめぐる裁判闘争の現状と課題
1 解雇等
2 男女差別
3 労働時間
4 過労死・過労自殺・メンタルヘルス
5 セクハラ・パワハラ
6 労働者の自由と権利
7 高齢者雇用
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