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2011年12月 3日 (土)

ガラスの床

yeuxquiさんのつぶやきから、大変重要な指摘と思われることを。

http://twitter.com/#!/yeuxqui/status/142084788772286464

>福祉国家とはその意味で、差異を平準化という意味での平等ではなく、むしろ社会階層毎の差を最小化し、連続することで階層移動を容易ならしめ、あらゆる領域で競争を促進する過酷かつ熾烈な仕組みであると考えた方がよいと思う。

http://twitter.com/#!/yeuxqui/status/142085717529608192

>(上にせよ下にせよ)階層移動しても、移動したその先でまたあらたな競争が存在する。相続税の強化などは典型的にそうであり、これに耐えられない場合、社会の上層における競争からの回避が、いわゆる「新自由主義的」と呼ばれる思想となって現れる。

http://twitter.com/#!/yeuxqui/status/142086067305193473

>学歴重視や、相続税や累進課税の強化もそのような観点から考えられるのであり、いわゆる「新自由主義」と称される人びとのこうした政策への忌避感、とくに相続税にたいするそれは、やはり世界観においてある種の一貫性を欠くものとなって現れている。

http://twitter.com/#!/yeuxqui/status/142086318518841345

>ガラスの天井は、逆から見ればガラスの床であり、それをどのように維持するかという態度が存在するのではないかとわたくしはつねに邪推している。

福祉国家こそ、ほんとうにイコールフッティングで熾烈な競争をさせるための仕組みなのであり、一見競争を賛美しているように見える(自称する)新自由主義は、そういう競争を忌避する「ガラスの床」のイデオロギーである、と。

その通りだと思うのですが、最大の問題は、福祉国家の味方と自称する人々が、そういう公正な競争のためのイコールフッティングの意義を主張するどころか、かえってあらゆる競争を敵視するような態度をとりがちなところでしょう。

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コメント

http://econdays.net/?p=5399

"マジメな話,「貧困寸前の人たちへの医療を否定するのはまともな赤字削減政策だけど最富裕層への課税はそうじゃない」って考えは,実際の数字を根拠にして正当化できるもんじゃあない.ちがうと言ってる人がやってるのは,まあ,「階級闘争」ですわね."

クルーグマン「最富裕層への課税」(ブログエントリ,2011年11月26日)

特権階級が、本心では下層を見下していても、それを馬鹿正直に表明するのは愚かな態度でしょう。むしろ、うわべてでは下層の味方的な態度を見せつつ、実質的に自分達の特権を維持する方がずっと賢いですね。表面的な態度が新自由主義的であるかか社会民主主義的(福祉国家的)であるかにはかかわらず。
 そういう人たちにとって、表面的な態度は自分の本心から生み出されるものではない。だから言葉が薄っぺらで迫力もない。世襲政治家が「既得権打破!」とか主張しているのを見るとウンザリさせられます。世襲政治家こそ、まさに既得権が服を着て歩いているようなものではないですか。でも、世襲政治家が本当に「既得権打破」してくれるかもしれないと期待してしまう情けない下層の人もいっぱいいたりしますしね。これでは政治言論がどんどんレベルが下がっていっても仕方がない。

より正確にいえば、近年の日本の「既得権打破」論は、苦労せずに親から既得権を受け継いだ「太子党」連中が、それなりに苦労して何らかの地位を得た人々を「既得権だ、叩き潰せ!」と罵っている嫌いがないでもありませんね。少なくとも「政治主導」とやらを見ていると。

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